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H31年1月13日(日) 晴れ
本日の愛媛県松山市は晴れ。 朝の寒さは厳しいですが、日中はやや温度が上がるとの予報。
田舎に住む高齢の両親の様子を見に、月1回は帰省していますが、連休+晴天でもあり、本日を帰省日としました。 父親の誕生日が近い事から全員で食事に行った後、親子三人で散歩がてら地元の史跡巡り。
その帰り道、旧道の横にある山手付近からは、「ギャー、ギャー」と不気味なカラスの鳴き声が・・・。
実はこの山頂にある公園こそが、昔から地元に伝わる 「首吊り公園」 です。
愛媛県西予市宇和町卯之町2丁目の旧道に民家が並びますが、その民家の裏山に、この公園はあります。
私も子供の頃は遊んだ事がありますが、天気の良い昼間でも、急に暗くなって下に降りれなくなったり、風もないのにブランコが揺れ出したり・・・ と、確かに不思議な現象がみられる公園でした。 (私は霊とか神・仏などは一切信じない人ですが、何故かこの公園からは、不気味な妖気?を感じた事があります)
公園の別名=「首吊り」ですが、過去多数の方がこの公園の横にある松林で首吊り自殺を行いました。
実は私の同級生の父親も、ここで首吊り自殺(病気を苦にしたノイローゼらしいです・・)しましたし、当時一学年下の子が課外学習で公園にきた際、白骨化した首吊り死体を発見し、新聞沙汰になった事もあります。
昭和50年頃・・ 当時小学生でしたが、あまりに自殺者が多いので、地元民から 「行ってはいけない」と注意された記憶がある不気味な公園・・・。 久しぶりに下の道を通りましたが、この寒い中、相変わらず響きわたるカラスの鳴き声が、当時の記憶をよみがえらせてくれます。
嫁さんと、娘・お咲希さん(6歳)も一緒でしたが、公園の下を通る時だけ多数のカラスが 「ギャーギャー」 鳴き出すので二人とも驚いていました。 好奇心旺盛なお咲希さんは、「行ってみたい」と言ってましたが・・。
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愛媛の名所巡り
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カラスが鳴くのは縄張りに入ったから威嚇しているのですが・霊とは関係ないですが不気味な名前ですね。青木ヶ原樹海は有名です。首吊り自殺は普通室内かと思うのですが・・
2019/1/14(月) 午前 8:59
山頂の薄暗さと、下から吹き上げてくる微妙な風が、不気味さを演出した結果、何か妖気のように感じる・・ってだけの事ではありますが、当時は子供心ながらに怖かった思い出があります(笑)まあ都市伝説ってとこですね(笑)公園の横に松の木が並んでいてカラスが巣を作ります。歩いていたら頭上から突然カラスの「ギャーギャー」大合唱・・これまた演出効果抜群ですね(笑)
2019/1/14(月) 午前 9:24
「首吊り公園」という名前は、誰とも言わず当時からついていましたね。それだけ沢山の方が首吊り自殺をした結果です・・(汗)首をくくって木から飛び降りるとちょうどよい?枝が多数あり、周りの木や石が一種の絞首刑台の階段的役割をしてくれるので、病気で体力が落ちた人でも、簡単に首吊り自殺ができるのが、首吊り人気?の秘密でしょうか・・(苦笑)一つ年下の後輩が、白骨死体を発見した時の恐怖を話していました。
2019/1/14(月) 午前 9:32
同級生の女の子の父親が、ここで首吊りした事は衝撃でした。当時、私が小学4年生でした。女の子は風呂もなく障子も破れた借家に住み、自転車教室にも自分の自転車をもってないので、親の古い自転車をもってきました。亡くなった父親は病気がちで地元の町立病院に入退院を繰り返していたようです。当然のように「いじめ」にあいました。皆で「お前ん家は貧乏だ」「汚いから給食つぐな」「あいつの席の横は嫌だ」とか・・。当時の担当は知らぬふり? これが当時の田舎学校の有様です。朝、担任が事情を話し学級会を行いました。当時、私がいじめに加わっていたかは記憶にありませんが、この一件があった後、絶対にいじめをしないと決め現在に至ります。「首吊り公園」はある意味辛い思い出です・・。
2019/1/14(月) 午前 9:40
> moguraさん
昔はイジメなんて当たり前でした。先生知らんぷり。私はイジメていないのにイジメられている親から電話で脅された。イジメた生徒の反撃を恐れ大人しい私がやったと親に言ったみたいです。案の定何も言い返せませんでした。確かに貧乏な子いましたね。そして貧乏で勉強ができる子はいない。だから余計にバイ菌のように虐げられる。おんぼろ長屋の家に行ったら裸電球ふたつ・・幼稚園の時、私はズボンの膝につぎを当てていました。でも貧乏とは言えなかったです。今はあり得ないですね。連絡名簿を見ても電話のある家に借りている家庭が多かったです。現代の貧困なんて大したことはありません。みんな携帯持ってます。つぎはぎの服着ていません。
2019/1/15(火) 午前 8:42
確かに当時の貧乏な子は、学力的にも劣っている子が多かったですね。私が子供の頃、我が家は「五右衛門風呂」で蒔きをくべていました。焚きすぎると熱くなるので水で調整。入れすぎるとぬるま湯に(笑)丸い鉄椀の中をくるくる回って遊んだ記憶があります。こんな風呂でもあるだけマシ。家に風呂の無い子は銭湯に行ってました。その銭湯すら滅多に行かない(行けない?)子もいて、爪も伸びてフケも有り・・。今考えたら凄い話です。
2019/1/15(火) 午後 10:41
言われるように今の子は、大なり小なりながら自宅に風呂もシャワーもあるし、電子機器もそろっています。生活保護の者でももってますからね(苦笑)私もズボンの膝が破れるとアップリケ?でふさいだズボンをはかされた記憶があります。当時は当たり前でもあり、これによってイジメはなかったですね。今だったらどうでしょうね??
2019/1/15(火) 午後 10:45
> moguraさん
そうなんですよ。昔は風呂に毎日入りませんでした。給湯器が無かったですから、薪でお風呂を沸かしていました。鼻を垂らして、虫歯もいっぱいな子供ばっかり・・今じゃ探すのも大変です。さらに新潟の親父の田舎へ行けばもっと汚い子供たちと出会いますからショックでした。その子達の食べているものも汚く感じました。欠けた食器や古着を持っていくと親たちが喜んでいました。ニューギニアにいったらそんな感じでしょうか?
2019/1/16(水) 午前 8:27
同感です(笑)汚い服に汚い手でとって食べる者を見ていると、それだけで食欲不振になりそうだった記憶があります。また同級生の家に遊びに行くと、土間特有の臭いと、その家に染み付いた臭いがミックスされ、異様な臭いを発する家がありました。「土間」も今や見かける事もなくなりましたよ。
2019/1/17(木) 午前 0:15
昭和のあの時・・あの頃・・は普通に思えた事も、今振り返れば異常な事が多かったですね(苦笑)夏は暑いモノと決まっていて、エアコン教室なんて夢のまた夢。下敷きがウチワのかわりでした(笑)珍しい消しゴム等の文具を持ってくる者が、一瞬だけヒーロー扱い。席のくじ引きでは、嫌がるフリをしながら、好きな女の子の横になるのをじっと狙う・・(笑)やはり昭和は古き良き時代ですね。
2019/1/17(木) 午前 0:20