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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

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販売者 ・・・ 東洋水産 
内容量 ・・・ 308g (麺110g)
エネルギー ・・・ 439kcal
希望小売価格 ・・・ 285円(税別)
一言  ・・・ 無難な味。 特に秀でた特徴はありませんが、二人前で手頃な値段からすれば、十分美味しいラーメンだと思います。 醤油ラーメンですが、ガラ出汁がきいていてコクがあります。
醤油ラーメンですが、販売は主に、近畿、中国、四国、九州、沖縄エリア との事。
H31年2月17日(日) 晴れ

晴天に恵まれた松山市。倉庫のシャッターを開けると、光が入って小鯉も普通に泳ぎ出します。
水温的に見れば、冬眠モードのはずなのですが、水槽内に隠れ家が少ない事や、人の出入りや日光等もあって、小鯉たちは冬眠どころか、夏場とかわらないような活性ぶり。
こうなってくると問題なのが低栄養に対する対処です。 これまでのブログにも書きましたが、冬場の餌やりが原因で、多数の小鯉を昇天させてしまうポカをしました。 今は断食させての冬越えです。 結果的には元気で問題なしの状態ですが、透き通った水槽には苔一つもなく、一切食べるモノは無し。 
ネットで調べたところ、この時期、自然界の鯉はごく少量ながら、生きるに必要な栄養素を、水草や泥の中の微生物から摂取しているとの事。 そう考えると、何某の水草等を水槽に入れておいた方が良いと思われます。
小鯉の飼育は、昨年の初夏から始めた為、正直言って無知無能状態。 日々、試行錯誤です(苦笑)

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以前、熱帯魚を飼育していた頃は、レイアウト重視だったので、多数の水草を入れていました。ただ光合成によって、水槽ガラスに苔類が付着したりと管理も大変だった為、石や流木といったモノに単純化。 それらの経験がトラウマ?となり、今に至っています。

今年最後の温州蜜柑

H31年2月17日(日) 晴れ

つい先日が正月・・?だった気分ですが、気が付けは早一ケ月半が経過しています。
何とも月日の流れの早さには驚きです。 2月半ばとなると温州蜜柑も終わりです。 コタツに入ってTVを見ながら食べる蜜柑は、いつの時代になっても良いもの。 なんだか寂しい気持ち。
ただ、これからは品種改良された美味しい蜜柑が出始める為、時期的には楽しみな季節でもあります。
セトカ、キヨミ、デコポン、ネーブル・・・ 待ち遠しいですね(笑)

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またも実家から届いた温州蜜柑。 終盤品だけあって、流石に限界って感じです。
H31年2月17日(日) 晴れ

本日の松山市は晴天。 気温も10℃に達する見込みです。
そんな好条件もあってか、倉庫のシャッターを開けておくと、光で目が覚めたのか、ウナギが顔を出してきました。 ただ、その顔の眠そうな事(笑) ウナギ飼育の面白さの一つが、これらウナギ表情の豊かさです。
瞼があるわけでもないのに、どうして毎回豊かな表情?となるのか・・・ 全くもって不思議な魚です。

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                    極端なまでにバットを短くもつミヤーンのスタイル

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       「鼻下の口ひげと、前歯のすきっ歯」がトレードマーク。 プエルトリコ出身らしく陽気な性格。

高飛車で失言も多いが、日本プロ野球においての実績も凄い張本勲。 広角に打ち分ける為、打席の前方部に立ち、ややバットを寝かせ気味に構え、球の軌道に合わせるジャストミート打法は、 「スプレー打法」「広角打法」「扇打法」「神主打法」等、様々な異名で呼ばれました。
どんなに速い球でも、どんなに曲がる変化球でも、球はホームベース上の一角に向かって飛んでくるのですから、打者は球の軌道にバットを合わせれば、ミートされた球は勝手に飛んで行く・・・ 無駄な大振りをしたり、踏み込む為に、余計な足上げをしない張本の打法理論は、日本記録である3085安打(日米合算ではイチローの方が上)というずば抜けた成績なり証明されています。

1978年(昭和53年)、本拠地を横浜に移転させ、「横浜大洋ホエールズ」 として再出発した大洋に、大物メジャー助っ人 フェリックス・ミヤーンが加わります。 (日本ではマルチネス・ミヤーンと紹介された事も)
身長180cm 体重78kg と細身だったミヤーンは、バットを極端に短くもって寝かせ、小首をかしげるような独特のフォームで広角に打ち分ける中距離打者としてメジャーでも活躍。
メジャー実働12年のうち、9年連続でシーズン100安打以上を放ち、1970年=183安打 1973年=185安打 1975年=191安打 と、例年なら最多安打王に輝いてもおかしくない程の安打製造ぶりを発揮。 
また守備の達人で、1969年、1972年と、MLBゴールドクラブ賞を受賞。 MLBオールスターにも3回出場。
更に小技も得意で、1974年(昭和49年)には、MLBナショナル・リーグのシーズン最多犠打王。
ブレーブス→メッツの中心選手でしたが、34歳となる1977年は怪我もあり調子が上がらず、打率も248と低迷。 アメリカでは受け入れ(メジャーと同格扱い)されていなかった日本球界に参戦したのは、怪我による選手生命の見極めがあったものと推測します。

事実、来日一年目となる1978年(昭和53年)は、肩の故障が影響して、120試合に出場し、443打数 127安打 2本塁打 打率287 と平凡な成績。 期待のミヤーンだっただけにファンもがっかり。 
この年の横浜大洋は、あまりの弱さに 「横浜大洋銀行」 とのあだ名がつけられた程で、一部の球団には気前よく勝ち星を提供するのに、そこと争っている球団には意外と強く、結果的に独走状態を作り出す原因とされる始末。(特に巨人は ”お得意様” と言われ、横浜移転後だけにヘンに勘繰るマスコミまで出現・・)

ミヤーンは翌年も残留しますが、1974年(昭和54年)も怪我により、出場は98試合どまり。
しかし364打数 126安打と安定した打力を発揮した結果、36歳にして打率346で首位打者を獲得。(2位の掛布に1分9厘差) ベストナインにも選出されました。
1980年(昭和55年)も日本球界でプレーしますが、怪我の状態は平行線・・・であり、107試合 332打数 95安打 4本塁打 打率286 と平凡な中距離打者のまま契約終了。
1981年(昭和56年)はメキシカン・リーグでプレーした後、惜しまれながら引退しました。

攻守・好打の優良助っ人ではありましたが、長打力に乏しく、打点を稼げないでは、当時の日本野球ではタブー。 (昭和の日本プロ野球において助っ人とは、あくまで日本人ではどうしようもないパワーを重視していましたので、シーズン30本塁打が打てない者は、助っ人として認められない時代でした)
プエルトリコ出身だけに明るく陽気。 トレードマークは鼻下にフサフサとした口ひげとすきっ歯。
後にポンセが大洋に入団し、姿格好から 「マリオおじさん」 と呼ばれた事から、ミヤーンを知る一部のオールド野球ファンの間では、「元祖・マリオおじさん」 なる異名?があるようです(笑)
(ちなみに・・ ミヤーンが入団した頃は、まだファミコンがなかったのですが・・)

=通算成績=
(メジャー) 1617安打  22本塁打  403打点  67盗塁  打率279
ゴールドグラブ賞2回  MLBオールスター出場3回  ナ・リーグ シーズン最多犠打1回  
ナ・リーグ シーズン最多死球1回  シーズン最多試合出場1回
(日本)    348安打  12本塁打   92打点  13盗塁  打率306
首位打者1回  ベストナイン1回

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