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H31年2月18日(月) 晴れ
残業の為、帰宅したのが21:40過ぎ・・・。
水槽の様子を見るため倉庫の中に行くと、小鯉は元気なのに、メダカが数匹死んでいました。
他の個体を見ると、特に病気はないのですが、痩せてきたように思います。
冬となり、餌を与えていない事も原因でしょうが、やはり身体の小さなメダカの場合、室内飼育の方がよかったのかもしれませんね(汗)
あくまで自然流の飼育に拘っていますから、弱い個体はどうしても昇天となっていきます。
次回の飼育では、もっと水草を増やす等、工夫が必要かと思います。
これ以上、メダカの命が失われないよう、明日は何某の手入れをする予定です。
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H31年2月18日(月) 晴れ
入院に退院・・ 死去もあれば新規も有り・・ とにかく仕事が多忙の日々です。
今日も守衛さんが施錠するギリギリ(PM21:00)まで残って、パソコン仕事を行いましたが、すればするほど、仕事量が増えるって錯覚に陥ります(苦笑)
明日(2月19日)は休日なので、帰宅途中にスーパーに立ち寄り、酒のつまみを探すと・・・ 目にとまったのが、「函館 いかたまらん」なる一品。
アスタキサンチン含有の「美王卵」を、半熟状態に保ちつつ、イカ飯同様に煮る技術開発により、イカと半熟卵の絶妙な一体感を生み出したとの事。 10cmもない小イカ一袋で500円位しますので、ちょっと贅沢な気もしましたが、誘惑に負けて買いました(笑)
まあ、函館に行ったと思えば、超激安なわけですから、これでいいのだ!
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H31年2月18日(月) 晴れ
一年で最も寒い時期とも言える2月中旬、知り合い三人が宇和島沖にジギング釣行。
こんな時期に何が釣れるのか・・・ 疑問に思っていましたが、85cmオーバーのブリを筆頭に、青物だけでも30本越えの釣果(汗) 低活性の時は食わないのではなく、活性の高まるポイントが大切なんだとか。 なんか納得いくような・・ いかないような・・ って気分ですが、実際にここまでの釣果をあげられると、反論の余地はなしです(笑)
ではウナギはどうかといいますと、多数の方が 「水温が17℃以上で活性。15℃以下だと低活性。」 と答えていました。(ネットにてランダムに検索) ちなみに適温は20℃〜28℃まで。
度々ブログに書いているように、気温と水温は引力関係の如く、つり合っていますので、気温が上昇するにしたがって、ウナギの活性も高まっていきます。
「冬でもウナギは釣れる」 と持論をもつ方が、ウナギポイントの穴場で粘るも×。 ところが、普段はあまり釣れないが、温泉水が流れ込む(冬でも水温が高め)場所でウナギをチャッチという実践記事がありましたので、冬でも場所によっては活性のあるウナギがいるという事になります。
我が家のウナギは・・・ ヒーター等の予定がないので、4月までは今のまま、ゴロゴロしながら過ぎしそうです。
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小柄ながら愛くるしい顔立ちで、「アステカの妖精」 と言われた ” エステル・モレノ ” も、2月20日で50歳となります。(1969年生まれ・H31・2・17現在)
メキシコシティ出身。 本名はマリア・エステル・モレノ・レオン。 父は元プロレスラーで、アレナ・アステカ・ブドーカンのプロモーターであったアルフォンソ・モレノ。 モレノ4姉妹の次女で、上からロッシー、エステル、シンティア、アルダ。 シンティアとアルダの間に弟がおり、オリエンタルのリングネームでレスラー。 ドクトル・ワグナー・ジュニアの元妻はロッシー。 エステルも赤鬼仮面グロンダと結婚する等、まさにプロレス一家。
身長153cm 58kg と小柄。 得意技は空中殺法。(ムーンサルト・プレス、ラ・ケブラーダ)
1986年(昭和61年)に、新設されたジャパン女子プロレスに留学生として来日。
このジャパン女子プロレスは、「プロレス版 おニャン子クラブ」 を当初のコンセプトとして設立されたものだけに、格闘技経験者とは別に、ルックス面や観客ウケの良さそうな原石に視線が集まり、アジアを中心とした海外まで幅広い候補生が存在したようです。
エステル・モレノの場合は、天才的な空中殺法が評価を受けたそうで、クラン浜田の娘であるソチ浜田(留学)と共に、ジャパン女子に参戦。 同時に実姉のロッシー・モレノも参戦しています。
全日本女子プロレスのクラッシュ・ギャルズが、風林火山をイメージ(悪役やライバルたちと抗争する)した格闘派であった事から、初代タイガー・マスクによる空中殺法ブームを女子プロレスでも実現させようとするアイディアがあり、実力派の小柄なモレノに白羽の矢・・・ となったようです。
ジャパン女子プロレスの運営には、芸能会社 ” ボンド企画 ” が関わり、秋元康がアドバイザーとして関与。新日本プロレスとも提携を果たし、鬼軍曹として名高い山本小鉄をコーチに招聘する等、体制は盤石。
東京都八王子に道場をかまえ、後はブレークするのを待つだけ・・・。
1986年(昭和61年)8月17日 後楽園ホールで旗揚げ戦。
アントニオ猪木までが駆け付ける盛り上がりの中、エステル・モレノは、この日がデビューとなる尾崎魔弓とタッグを組み、剣舞子&レイナ・ガルコスと対戦。 日本で初めてムーンサルト・アタックを披露した他、本場メキシコ仕込みの空中殺法が注目されるようになり、留学期間の2年間、ジャパン女子プロレスの中堅として活躍します。
(第1回 グランプリ87では、技能賞&特別賞を受賞)
とにかく陽気なキャラであり、人数倍?ものお喋り。帰国後は、UWA→EMLL(現・CMLL)に活躍の場を移し、1990年からは全日本女子プロレスに参戦。
時にはマスクを被り、「チキータ・アステカ」 なるリングネームで、売り出し中のチャパリータASARIと、空中殺法で渡り合う等、その手の第一人者として活躍。
1991年には妹のシンティアを連れての参戦。 同年4月21日、姉妹タッグで、ラス・カチョーラス・オリエンタレス(猛武闘賊。通称・ラスカチョ)こと三田英津子&下田美馬を破り、第11代 全日本タッグを奪取。
タイトルは同年8月2日 井上貴子&吉田万里子 に奪われますが、モレノ姉妹の存在感を、ファンにアピールする事に成功。 怪我による長期離脱もある中、1993年4月2日、「ALL STAR DREAM SLAM」横浜アリーナ大会において、前田薫のタッグパートナーをつとめた金ラメ入りの虎マスクを被ったウルティマ・ティグリータ(究極の虎・・の意味らしい)の正体は、エステル・モレノではないか?という説があります。
日本では、JDスター女子プロレス、アルシオン、JWPといった団体にも参戦。
長年にわたり日本の女子プロレスを引っ張った外人レスラーとして、今でも人気があります。
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H31年2月17日(日) 晴れ
本日は娘 ” お咲希さん ” と一緒に、松山市内にあるコミュニティーセンターに行き、手作り工作で 「万華鏡」 を作りました。 お咲希さんは工作が大好き。 私は大の苦手・・。 工具までそろえて木工細工をする嫁さんの血が、お咲希さんには流れているようです。
帰り道、のどが渇いたと言うので、近くのスーパーに立ち寄ると 「乳酸菌飲料 リープル」 を発見。
高知県の大手乳業メーカーである ” ひまわり乳業 ” のロングセラー商品です。
私が子供の頃は、瓶に紙キャップでしたが、今では紙キャップは廃止。 1リットル 500ミリリットル、200ミリリットルともに紙パックのみ販売されています。
お咲希さんは、3歳の頃から愛飲しており、大のリープルファン。
ちなみに、温泉から出た時は、必ず ” らくれん乳業 ” のフルーツ牛乳を愛飲。
こだわり深い6歳児です(笑)
= リープル のホームページより抜粋 =
「ひまわりおなじみの超ロングセラー乳酸菌飲料。酸味と甘みのバランスの取れたさわやかな飲み口はいまや、高知県民のソウルフードと言っても過言ではない?」
ひまわり乳業株式会社
〒783-0093高知県南国市物部272-1
フリーダイヤル:0120-77-6245
TEL:088-864-5800
FAX:088-864-4594
牛乳キャップに歴史あり。 表示違いだけでも手元に3種。 ひまわり乳業は、カラフルな多色刷のキャップが多いのですが、ここまでシンプルなデザインは珍しい? ロング商だから?? |






