もぐら

昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

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昭和50年初期・・ まだビデオなんて普及していない頃、子供たちは夕方5時から始まるアニメを見るため、急いで自宅に帰ったものです(これって、愛媛県宇和町の子供だけでしょうか??)

その時、いつもコマーシャルしていたのが、「大亀牛乳」でして・・。

”オ〜カメ牛乳飲んでるかい? ♪ タラッタラッタ ラッタタタ・・ オ〜カメ オ〜カメ オ〜カメ牛乳〜 ♪♪♪”

大亀牛乳は、愛媛県松山市にあった牛乳会社でしたが、平成6年に倒産。 今は建物も撤去され、さら地となっています。

当時、国鉄(現・JR)松山駅の売店にて販売されており、出張で松山市に行った父親が、よくキャップを持って帰ってくれました。

「らくれん」にも劣らない豊富なデザインが印象的で、思い出深い牛乳会社です。

その大亀牛乳のネームが入った業務用冷蔵庫が、今も現役として、伊予市にあります特産物市場”輝市”で発見されました(喜)

大亀牛乳の灯火が消えないためにも・・ 冷蔵庫クン、いつまでも頑張って下さいね〜。

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小雨の中、かつて愛媛県新居浜市周辺にあった牛乳製造工場を訪問しました。

まずは新居浜市にある「白川牛乳店」を訪問。今は、ひまわり乳業販売店となられていました。

住所を調べるため交番にて地図を借り、ナビにて訪問してみると、なんとそこは自宅!
できればプライバシーにもかかわるからと思い、近くを歩いていた地元の方に、ひまわり乳業販売所の場所を尋ねても、誰もが「知らない」の返答だけに、仕方なく自宅を訪問・・・(ずーずーしくも)

しかし御主人様は不在・・ 結果、親切にも若奥さんが携帯電話でキャップの存在を調べてくれましたが、結果は・・アウト(もう残していないとのこと・・)でした(涙)

仕方なく隣町の土居町にあった「都乳業」へ移動・・。これがまたたいへんで、途中、青果市場で情報収集をするも、誰も分らない・・(困) またも交番で地図を借りて調べるも、それらしきものはなく、仕方なく住所だけを頼りに、らしき場所まで行って、地元の方に聞き込み調査を・・! ところが、住所付近の方ですら、誰も分らない・・。

途方にくれ、小雨の中、傘もささずにウロウロしていると、民家の窓越しに50歳くらいの御主人様と目が合って、御主人様曰く、「都って名前か分らないけど、裏手の広場が、40年程前に牛乳作ってた記憶がある・・」との貴重な情報を!! でも行ってみてガックシ・・ 建物はすでに撤去され、さら地となっていました。

合計200kmをこえる長旅でしたが、収穫はゼロ(泣) まあ、こんな日もありますよね。

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1月31日・・小雨の中、牛乳キャップを求めて、愛媛県川内町にあります「らくれん本社工場」を訪問しました。

「らくれん本社工場」さんは現在に至るまで、手紙でキャップを希望すると快く送って下さり、本当に感謝しております。

これまで多種多様のキャップを出されており、大手の老舗だったのですが、数年前からプラスチックキャップへ移行され、現在地元でも確認できますのは、「低温殺菌牛乳」と「四国カルスト牛乳」のみとなってしまいました。

「少しだけ、昔のキャップがありました」といただいた牛乳やコーヒー・・。思い出がいっぱいです。

牛乳キャップコレクターの方なら誰でももっている「らくれん」のキャップ。

だからこそ、誰にでも親切に分けて下さった「らくれん本社工場」さんの気持ちが伝わってきますね。

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今のプロレスの進歩は、「黒電話が携帯電話になった」くらいの進歩だと思いますが・・。
当然ながら、ドロップ・キックなんて技は、古典技の代名詞に・・(涙)
最近では時折トップロープから、”ミサイル・キック”と名をかえて見る程度になってしまいました。

でも、ドロップ・キックって、昭和30年代のプロレスでは、もっとも刺激的な大技として大人気。
確かに、「ルー・テーズ」「アントニオ・ロッカ」「バーン・ガニア」「エドワード・カーペンティア」といった当時の大スターは、みんなドロップ・キックを得意技としていましたね〜。

そんな中、鉄人ルー・テーズすら”最高のドロップ・キックを放つ男”と認めていたのが、「パット・オコーナー」であります。
下から突き上げるように蹴ると、一発で相手はノックアウトの連発・・。
パット・オコーナーのドロップ・キックは、別名「スカイロケット」と呼ばれました。

昭和50年前半に、全日本プロレスに参戦した時は、もう40歳後半になっていて、さほどスゴイとも感じませんでしたが、当時の映像を見てみると、納得するところオオアリです。

ジャイアント馬場のランニング・ネックブリーカー・ドロップのアイデアは、パット・オコーナーから示唆されたという逸話も・・。 NWA世界王者時代に、AWAの初代世界王者に認定される等、当時、実力と人気は絶大だったんでしょうね〜。

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昭和50年代中期までのプロレスファンの間で、常に話題だったのが、「NWA世界王者」と「AWA世界王者」はどっちが強いか・・でした。

当時は世界最大のプロレス組織「NWA」が主体で、第二のプロレス組織「AWA」は、やや過小評価気味でしたが、AWAと提携をしていた国際プロレスが崩壊後、全日本プロレスと提携を結んだことにより評価もアップ・・。 そんな折、時のAWA世界王者のニックの来日は、かなりの話題だったと記憶しています。

ただ、ニックの評判は良くなく、「劣勢になると反則負けをして逃げるダーティ(きたない)な奴」という触れ込みがあったのも事実で・・。 結果、実力はNWAの方が上・・との意見が圧倒的。
御大のジャイアント馬場ですら、テレビ中継でのコメントで「ドリー(元・NWA世界王者)とニックを比べたら、あきらかにドリーの方か上」と発言する始末・・。

これはAWAのルールに「反則勝ちではタイトルの移動なし」が決められており、ニックが巧みにルール利用をした結果であり、ニックの試合内容を見る限りでは、受身がうまくタフな上、技の流れも良いし、けっして弱いとは思えなかったのですが・・?

ジャンボ鶴田とは名勝負を多く残していますが、昭和59年に行われたAWA世界選手権において、鶴田必殺のバックドロップでAWA世界王者から転落した試合は、ニックがいかに実力者だったかわかるような名勝負でした。

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