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「自由奔放」「子供好き」「豪快無比」 ・・ と自由人の象徴的な存在として、昭和20年代〜30年代にかけて、バツグンの人気を誇った ” 青バット ” の大下。
余りに女癖が悪いので、妻が生理の時は、素人以外を条件に、「遊郭?手当」らしき小遣いをもらっていた程の遊び人だったとか。 また西鉄ライオンズ移籍後は、日々中州屋台を遊びまわり、大半の屋台には、大下が書いた川柳や短歌が飾られていたというから驚きです。
威張らず、腐らず、世話好きの性格で、彼を慕う人は、野球界以外でも沢山いたと言いますから、持って生まれたカリスマ性が、当時の日本(戦後 → 復興 → 高度経済成長) にマッチしていたのでしょうね。
一種の 「憧れ」 として。
ポンポンと大きなフライを打つので、あだ名は 「ポンちゃん」 。 戦後、人気が爆発したプロ野球において、
粗末で飛ばないホールを、続々とスタンドに打ち込み、1946年は20本で本塁打王。 空前のホームランブームの立役者となりました。
名将で名高い三原修氏曰く、「 過去の最高の打者を5人選べば、王、長嶋、中西、大下、川上だろうが、絞れば、大下、中西、長嶋・・ 選ぶなら大下 」 とのこと。 水原茂氏や刈田氏といった殿堂された方々も同じことを言っていますから、かなりスゴイ選手だったみたいです。
脳血栓後遺症による心筋梗塞が原因で亡くなったと言われていますが、後年、致死量に値する睡眠薬を飲んでいたことが発覚し、自殺とも言われています。
MVP1 首位打者3回 本塁打王3回 最多安打1回
サイクルヒット1回 オールスター6回 日本シリーズMVP1回、敢闘賞1回 一試合7打数7安打
通算 1667安打 201本塁打 861打点 |
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