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クラッシャーといえば、馬場戦の後、控室でインタビューをする徳光アナと、通訳をするジョー樋口のマイクをとりあげ、「カブリっ」と噛みつくシーンが印象的です。 インタビューの内容は、「観客が馬場ばかり応戦するから腹が立つ」(樋口が通訳)でした。 額から血を流し、目をギョロギョロさせるパフォーマンスは迫力満点でした。
当時のプロレス入門では、「若いころから血の気が多く、レンガ積みの職人を経て、パトロール隊(警察)に入るが、交通マナー無視の無法運転をする若者をつかまえ制裁を喰らわし、行き過ぎ行為が元で警察官をクビとなり、プロレス入りした・・ と書いてありましたね。 漫画のイラストが過激だったからか、本当なのか疑問でしたが、最近発行されたレトロプロレス雑誌によると、概ねは間違いないようです。
当時のプロレス入門や雑誌によると、「必殺技はメリケンサック・パンチ」となっており、そんなものが必殺技と呼べるのか、とても不思議でした。
日本プロレスでは、リソワスキーの後に、ディック・ザ・ブルーザーが来日したので、いつの間にか、リソワスキーはブルーザーの子分扱いをされましたが、実はボスがリソワスキーで、子分がブルーザーだったとのこと。
バーンガニアを破って、AWA世界王者になったり、ブルーザーとの無法者コンビは、当時「最強」タッグとして恐れられました。 馬場なんか、毎試合、血だるまにされましたしね。
晩年期のプロレスはよく観ましたが、すでにバロン・フォン・ラシクとのコンビとなっており、ブルーザーとのコンビが観たかったです。 2005年、脳腫瘍にて79歳で死去。
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