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(父)ポーランド系英国人 (母)日本・京都出身 という混血で、顔だちもなんとなく日本人風・・。 童顔でニコッと笑った顔つきがハンサムだと、1980年代〜90年代に人気のあったレスラーです。
得意技はダイビング・ボディ・アタックをはじめとした飛び技と、バックハンドを活かしたチョップ。 あと、サイクロン・ホイップは、世界一の使い手との評価を得て、リッキーの代名詞技に!!
身長が180cm前後だった分、オーバーアクションを行う時は、よく飛び上がって○○が多かったです。
ジム・クロケット・ジュニアのNWAミッドアトランティック地区で活躍し、リック・フレアーとはライバルであり親友の間柄。 日本には1980年世界最強タッグリーグ戦にディック・スレーターとのコンビで参戦。 その後は、鶴田、天龍のライバルとして、度々来日しました。 入場テーマは、YMO「ライディーン」 でしたが、なんとなくインディアンっぽい髪型とマッチして、よく合っていたように思います。
筋肉ムキムキの身体は魅力的でしたが、当時の全日本プロレスは、ハンセン、ブロディの全盛期。大型の馬場や鶴田も健在で、正直言って見劣りした印象があります。 もう5年早ければ、ミル・マスカラスやテリー・ファンクに並んで外人エースとなれたかもしれませんが・・・。 (日本において、あまりリッキーの印象が薄いのはこのあたりかも・・)
1989年、リック・フレアーを破って、念願のNWA世界ヘビー級チャンピオン(第73代)となり、母の母国・日本に凱旋帰国し、2代目タイガーマスク(三沢)から防衛しています。
今でもリッキーを慕うレスラーは多く、人柄の良さを感じさせます。
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