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1992年、横浜大洋ホエールズという名称最後の試合が、遠藤 一彦の引退試合・・・。
140Kmを超える速球と高速落下フォーク (別名:稲妻フォーク) を武器に、134勝ー58S をあげ、長年にわたり大洋という弱体チームのエースとして活躍しました。
首都大学野球リーグでは通算47試合に登板し、28勝5敗、防御率1.11、奪三振200という大記録を達成。
MVP1回、最優秀投手2回、ベストナイン1回を受賞し、ドラフト3位で大洋が交渉権を獲得。 ところが本人は設計士になるつもりでいたので入団を拒否。 なんとかスカウトに口どかれ入団するも、今度は別当監督(当時)より、下手投げ投手転向指示を出され、引退寸前に・・・。
あれだけの大投手でありながら、色々なエピソードを持っています。
1983〜84年と二年連続で、セ・最多勝を獲得するも、チーム事情もあり、負け数も多く、これが大投手の一歩手前でくすぶった理由でしょうか?
アキレス腱断絶後は、打たせてとる知的派に変更、
1990年、6勝6敗21S をあげ、見事にカムバック賞を受賞。
東海大学では原辰徳の先輩にあたり、同時期に巨人には、江川卓の存在があったことから、彼達にライバル心を燃やし、巨人戦で見せる好投ぶりが懐かしいですね。
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