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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

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第100回 記念大会となった夏の甲子園。 史上最多56校の参加と、熱戦・豊富な話題も多く、観客数は史上初の100万人を突破。 あらためて高校野球の面白さを体感する大会でした。
私学の名門が集う中、圧倒的な戦力で優勝した大阪桐蔭は別格。 ただ、全国のエリートを寄せ集めた大阪代表の優勝は、本来の高校野球の社会的意義に即しているのか、疑問が残る大会でもありました。
(投)柿木=佐賀、(捕)小泉=和歌山、(内)山田=愛知、(内)根尾=岐阜、(外)宮崎=奈良、控えは1名以外、全員が県外選手。 その点、準優勝した金足農業は秋田の県立高。 メンバー全員が秋田県出身という純粋な県の代表校。 エース吉田を中心に、勝って校歌を歌う姿は、昭和の野球少年そのもの。 エースが投げ、集った仲間が一丸となって戦う高校野球は、「時代遅れ」と言われながらも共感を呼び、金足農業フィーバーを巻き起こしました。

昭和の高校野球は、地方の公立校に熱血な名監督が就任。時に失敗し、時に挫折しながらチームをまとめ、各選手が個性を生かし、総力で勝ち進むドラマが多く見られ感動と興奮を呼んだものです。
和歌山県立・箕島高校もその一つ。 昭和3年に創部という歴史を持ちながら、長きにわたり低迷。 昭和41年に、同校OBでもある尾藤公が監督となると頭角を現し、昭和43年 第40回・選抜甲子園では、初出場ながら東尾修投手を擁してベスト4。 昭和45年 第42回・選抜甲子園に2度目の出場。 島本講平投手を擁して見事、優勝という快挙を達成しました。

大叔父が和歌山相互銀行(現・紀陽銀行)の社長であった尾藤公は、その縁故で同銀行の社員。 同行OBという縁からコーチとなり、監督を引き受けたというボンボン育ち。その為、猛特訓こそが強さの理由と言わんばかりの熱血ぶりが、選手やOB間とわだかまりを生み、全国優勝しながら監督退任という事態を呼びます。

退任後は銀行員に戻らず、地元ボーリング場の従業員として就職。 
尾藤談=「何もかもうまくいっていた時は気が付かない事って多いです。世の中を甘く見てしまう自分がいた。全てを捨て、一から何かを始める事の大変さを、一般の企業に再就職した時に知りました。接客の難しさ、社会の厳しさ、人との接し方・・ 我慢と辛抱を学びました。」

昭和49年9月、箕島高校監督に復帰。 このボーリング場経験を活かし、これまでのスパルタ式練習から、厳しい中にも笑顔を取り入れた ” のびのび野球 ” に変換。 ピンチ、エラーの時も笑顔で選手を送り出し、迎え入れる姿は 「尾藤スマイル」 と呼ばれ、これにより選手は失敗を恐れたり、萎縮する事がなくなったと言います。 (後の名監督となった阪口慶三や上甲正典も、尾藤スマイルに影響を受け、真似たと言います)
また、投手が7回あたりから疲労で調子を落とす事から、知り合いの医師に相談し、ハチミツ+レモン入りの自家製スポーツドリンク(当時はスポーツドリンクがない時代)を開発。 練習中に水分や栄養補充はタブーとされた時代において、水分補給の他、チョコやバナナを試合中に食べさせていたというエピソードがあります。
(このスポーツドリンク補給により、箕島の投手陣は疲れ知らずとの話題が起こり、ついには大手薬品や飲料販売の研究員が教えを乞いにきた程。スポーツドリンクが開発されるきっかけとなりました。)

昭和52年 第49回・選抜甲子園に出場し、二度目の優勝。
昭和54年 第51回・選抜甲子園では、石井毅と嶋田宗彦のバッテリーで三度目の優勝。
更に第61回・夏の甲子園も全国制覇。 史上3校目の春・夏連覇という大偉業を達成。(公立校の春・夏連覇は箕島高校のみの快挙) この年の夏3回戦では、石川の星稜高校と延長18回の大熱戦を展開。 球史に名を残しました。

尾藤談=「監督として一番いけないのは、ヘンな先入観をもつことなんですよ」 「ゴロは目の前で捕れ。バントもバッティングも打ちに行ってはいけない。目の前でボールを捉えろ」 
尾藤野球はあくまで基本の反復形。 繰り返し練習する事で身に着け、実践で応用する・・ 地元の子供たちが、監督の指導に従い成長していく・・・ これぞ高校野球の原点。 「高校野球は教育の一環」 という意味は、このあたりにあるのではないでしょうか。

昭和57年、徳島・池田高校の活躍により、金属バットの特性が重視されるようになると、これまでタブーであったウエート・トレーニングや高タンパク食といった栄養管理が強化。 更にバッティングマシーンの普及もあり、選手の体格・体力・技術は一気に伸びました。 これにより、古き良き昭和の高校野球は終わりを告げます。

1995年、尾藤監督は体調不良(腰痛が悪化し、思うようなノックができなくなった)を理由に勇退。 
2011年3月6日、膀胱癌の為、永眠・・・。(満68歳)

=甲子園通算14回出場 35勝 10敗=
(春)  出場8回  22勝 5敗 優勝3回(1970年、1977年、1979年)
(夏)  出場6回  13勝 5敗 優勝1回(1979年)
★史上3校目 公立校唯一の春・夏連覇を達成

メダカは頑丈な魚?

H30年8月24日(金) 曇→晴れ

台風20号は、強風のみ残して北上し、熱帯低気圧に・・・。 愛媛県松山市は大きな被害もなく、平穏無事。
しかし山から吹き降ろしてくる強風はおさまらず、我が家などは吹き飛ばされるのでは?と冷や冷やです(汗)
台風が去ると、今度は我慢できない程の蒸し暑さ。 倉庫の中の水槽では、ウナギすら食欲不振に・・・。
そんな中、いつもと全く変わらないのが、倉庫前の飼育鉢にいるメダカたち。 とにかくマイペースと言いますか、いつ見ても同じ状況。 エアポンプもろ過装置もなく、水草から得る酸素のみを頼りに、普段は水草に隠れて過ごし、餌をもらう時だけ出てきて、食べたらまた隠れて暑さしのぎ。 
モロコやハヤ系の弱さとは比べモノにならない頑丈さです。 一見、弱そうに見えますが、環境への適応力の高さは、飼育魚の中でも上位に入ります。 このあたりも、メダカ飼育が人気の理由かと思います。

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弱そうに見える者程、実は強い?の例えに相当するメダカ。 とにかく逞しい魚です。


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