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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

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クラッシュ・ギャルズ旋風が巻き起こった1980年代中頃、世の中は女子プロレス最大のブームが到来。
当時の女子プロレス界は、全日本女子プロレスしか存在せず、一点集中の荒稼ぎ状態。 そこに目をつけたのが芸能界。 1986年に設立された ” ジャパン女子プロレス ” は、そのような時代背景を事情としており、強さや技量といったレスリングを追及する団体というよりは、「プロレス版 おニャン子クラグ」 を目的とした芸能色が強い、エンターテイメント団体でありました。 その為、立ち揚げには芸能事務所の 「ボンド企画」 が参画。 おニャン子クラブをプロデュースした秋元康がアドバイザーに就き、新日本プロレスと提携。 山本小鉄をコーチに迎え、ルックスのよい少女のプロレス指導を行わせる徹底ぶり。 1986年8月17日 後楽園ホールでの旗揚げ戦では、ボンド企画所属のアイドルだった本田美奈子や少女隊が駆けつけ、リング上で歌い、アントニオ猪木まで登場するという豪華さで注目を浴びました。

そんなジャパン女子プロレス草創期にあたる、1987年11月に、後楽園ホール大会で、ムーン章子相手にデビューしたのが半田美希。 東京都出身。 身長160cm と小柄ながら、キビキビとした動きとルックスの良さから、徐々に団体の中核選手として存在感を示してきます。

ところが、ジャパン女子プロレスは地方興行に出ると、観客動員面で大苦戦。 
この背景にはTV定期放送を確約しないまま船出したツケがあり、見知らぬレスラーが多い団体に客は来ず・・・。 また新人レスラーたちも、世間に知られない以上、注目を浴びる機会を失い意欲ダウン。 
当初の目的だった 「プロレス版 おニャン子クラブ」 というコンセプトは結実しないまま、芸能事務所も秋元康も、いつしか撤退・・・。 ジャパン女子プロレスは資金源もバックボーンも失い、1992年に解散。 選手たちは、分裂して設立された、JWPとLLPWに散っていきます。

★当時、ジャパン女子プロ運営に関わったという某芸能関係者の話★
「かつてのビューティ・ペア人気も、1980年代に起こったクラッシュ人気も、共通点だったのは、支持層が女子中学生・女子高校生・女子大学生といった若い女性たちでした。 彼女たちは自分の化身として、アイドルレスラーに思いをはせ、熱狂的に応援を続けたわけです。 人間のもつ潜在能力の一つが、まだ狩猟や採掘をして暮らしていた時の本能であり、男女問わず、その本能の中には優越感、劣等感の他、暴力性が含まれており、当時の社会背景(1980年代は ” 積み木くずし時代 ” と呼ばれる程、若者たちが荒れた時代でもありました)と女子プロレスはマッチングしたのだと思います。 世の中が豊かになった1980年代、おニャン子クラブが大ヒットした理由の一つに、探せば自分のクラスにいるような女の子たちが集まったという斬新さがありました。 これまでのアイドルは雲の上の存在でしたが、企画当初のメンバー以外は ” アイドルを探せ ” という身近さを売りに集めた事が、当時の男子中学生や男子高校生に馬鹿ウケしたわけです。 ジャパン女子プロレスは、空き家となっていた男性ファンを得る事で会場の客を埋めるという戦略でした。 染まっていない原石を自分のものとして成長過程を見つめ、楽しむ事がアイドル応援の醍醐味ですからね。 ところがTV露出がない団体では、男性ファンの支持を得る事ができなかった・・・。 どこでもいるような女の子が、おニャン子クラブに入ってブレークするのは、TVや雑誌といった宣伝により露出するからです。 世の中の男子を甘く見過ぎていたわけです。」

1991年10月、半田美希、穂積詩子、北村真美(レオ北村)たちが、経営陣を批判して退団したことで、経営不振が再燃。 更に主力選手だった風間ルミの海外遠征を首脳陣が拒否した事で、神取忍が猛反発。 団体解散となった後、半田は仲間と共に、LLPWに参加となります。

LLPWの売りは他団体との交流戦。 1992年、全日本女子プロレスとの交流戦ではアジャ・コングと対戦。
「半田を甘く見ないでください!」とタンカをきって対戦しますが、体格差や技量の差は確然。 一方的に攻められ、7分少々で終了。 
★本人談★ 
「キックをもらった時、” オエッ ” って感じで・・。 受ける技一発一発が全てきいちゃって。 顔面に入った一発の後は、記憶がなくなってしまいました。 上には上がいるものだと・・ よい勉強になりました・・」

特攻服姿のスケ番レスラー=紅夜叉、ジュリアナをモチーフにした穂積詩子、コスプレレスラーのキャロル美鳥、更には美人で人気の大向美智子といった面々とは別に、格闘技歴の下地をもつ風間ルミや神取忍といった実力者もそろったLLPWの中にあり、中堅として活躍。 ジャーマン・スープレックスや、フィッシャーマン・スープレックスを得意とし、ルックス&実力者として人気レスラーに成長。
引退前の1995年、正規軍に反旗を翻すというアングルでヒールに転向。 この転向について、当時のファンは疑問が残るらしく、一説では売り込みのアングル、一説では本気、更には男がらみだとか、妊娠していた節まで浮上・・。 
引退後は、結婚→離婚して、会社員となり二児の母として奮戦中との事。

大ウナギの出迎え

H30年10月6日(土) 晴れ

台風が去り、予想外のポカポカ陽気となった松山市。 地方祭りが始まり、街は祭り一色に。 本当に松山市民は祭りが大好きですね。 
そんな中、朝8:30〜夜21:00まで、ひたすらパソコンとにらめっこ。 流石に疲れました・・・。
21:30過ぎに帰宅。 22:00過ぎに倉庫に行くと、大ウナギが塩ビ管より飛び出しお出迎え。
もちろん私に甘えるのではなく、餌をくれとアピールするに過ぎないのですが、どことなく愛嬌の良さが面白いです。

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H30年10月6日(土) 晴れ

数日前の天気予報では、「台風が去ると、気温が下がり・・ ぐっと秋めいてきます」 でしたが、今日は気温が高く、過ごしやすいというよりは暑いくらいでした。 まあ個人的には、このくらいが一番好きですけど。
台風通過と重なり、どうなることかと心配した松山市地方祭も、無事できそうです。 勤務先の病院職員にも、祭り好きが多く、AMの診察が終了後、そそくさと帰路についていました。 ところが私は保険更新者やカンファ処理に追われ、帰路についたのが21:00過ぎ・・・。 仕事に追われる日々です。

帰宅後、いつもの如く倉庫に入り、魚に餌やり開始。 
腹を空かせていた小鯉たちは、落ちてくる餌にむさぼりつき、食べるわ食べるわ(汗)
今までは100円ショップに売っている 「ザリガニの餌」 なる沈下餌が主でしたが、明日はペットショップに行き、小型魚用の沈下餌を購入してきます。 
庭に池でも造って飼育するのであれば、沈下餌よりも浮上餌の方が面白みがありますが、水槽の場合は食べ残しを防ぐためにも、沈下餌でいきたいと思います。 (この考え方は、個人差があります)

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どの鯉も、餌を鱈腹食べて、太ってきました。 

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