もぐら

昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

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寒い!真夜中のウナギ

H31年1月11日(金) 晴れ

日中気温が8℃だったからか・・ 今日の夜は特に冷え込んでいる松山市。
23:00に倉庫を覗くと、巣穴から出てきた大ウナギが、あまりの寒さに耐えられないのが身を曲げて、プカプカと浮いていました。 水槽内の温度は2℃ですから、ウナギだって寒いんですね。 

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H31年1月11日(金) 晴れ

20歳の頃、大学寮で一緒だった島根県出雲の友人宅に遊びに行き、宍道湖の蜆汁を味わって以来、時々、蜆汁が欲しくなります。 今日の松山市は最高気温が8℃と低く、帰宅時はジャンバー二枚重ねでもめちゃ寒ぶ! 
ふとあったかい蜆汁を思い出し、帰路時に寄り道して某スーパーで蜆を購入しました。
「青森県 十三湖産 大和しじみ」 です。 砂抜き完了の大粒で、まとめ買い800円也。 
今日の夜に仕込みして、明日の朝食は蜆汁といきたいですね(喜)

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かなりの大粒です。 ” 800円はちょっと高いかな?” とも思いつつ、蜆汁の誘惑に負けました(笑)
H31年1月10日(木) 晴れ

本日の愛媛県松山市は、最低気温が1℃、最高気温も9℃までという寒さ。
日中気温があがらぬまま夜となり、夜間は今年一番の寒さ。 
23:00〜 ビール缶を捨てに倉庫に行くと・・・ 大ウナギは寒さで眠れない?のか巣穴から顔を出していました。
まあ、夜行性のウナギが起きていたからといって不思議ではないのですが、昨夜は同じ時間帯に爆睡だっただけに、この差はやはり水温の関係でしょうか? 水温計も2℃くらい(デジタルじゃない為、1℃なのか2℃なのか、はっきりせず・・・)でした。 
今年はこのままの状態を維持する予定ですが、何かの異変が起こるようなら、来年はヒーターも考えなければ。
私の飼育方針には反しますけど・・・。 (自然界で捕った魚は、自然界と同じ環境下で飼育する方針です)

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一昨年前の冬に脱走して行方不明となったデブゴン1号(体長80cm位)と同サイズの大ウナギ。 鉛筆ウナギと言われるチビウナギから育て成長したデブゴン1号と比べ、このサイスになるまで自然界で育った大ウナギは、流石に厳しい寒さに強いように感じます。 これぞ、天然モノって感じです(苦笑)
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昭和50年のセ・リーグ・ペナントレースは、万年Bクラスが定番であった広島カープ、悲願の初制覇となり、中国地方を中心にお祭り騒ぎ。 当時の画像が残っていますが、一般市民がスーツ姿で列を組み、リズムに合わせて街中を踊り歩く姿はいかにも昭和そのもの(笑)

ルーツ監督が開幕早々にフロントとぶつかり退団となるも、引き継いだ古葉監督のもと一致団結。
=野手=
1、大下剛史  2、山本一義  3、山本浩二  4、ポプキンス  5、衣笠祥雄  6、シェーン  7、三村敏之
8、道原博幸  控え ・・・ 水谷実雄  水沼四郎  苑田聡彦  深沢修一  久保俊巳 ・・・
=投手=
外木場義郎(20勝 13敗) 池谷公二郎(18勝 11敗) 佐伯和司(15勝 10敗)  宮本幸信(10勝 2敗)
渡辺弘基(3勝 3敗)  若生智男(3勝 3敗)  永本裕章(2勝 2敗)  金城基泰(1勝 0敗)

日本シリーズでは、今なお「過去最強」とも言われる阪急と対戦。 1戦、4戦で引き分けるも4敗とストレート負けを喫し敗退しますが、このセ・優勝があってこそ、今の広島カープがある歴史的な優勝でもありました。

当時の優勝メンバーの中で、地味な存在ながら 「陰のMVP」 と言われたのが渡辺弘基。
対戦相手となった阪急から、宮本幸信と共にトレード移籍をしてきたスリークォーター左腕。 武器は落差あるカーブ。 身長176cm。 福岡県小倉生まれ。 日立一高 → 亜細亜大 → 1971年、阪急に入団。
1975年(昭和50年)は55試合 77・2イニング 3勝 3敗 防御率1.85 ながら、先発3本柱を支える中継ぎ投手として活躍。 後半戦に強く、28試合 50.1イニング 防御率0.55 と好投。
抑えのエースであった宮本幸信(10勝 2敗 10S)が、44試合 89.2イニング で二桁勝利・二桁セーブを挙げた裏には、後半の接戦を勝利する渡辺の中継ぎがあったから・・ が 「陰のMVP」 と言われる所以。 
主力3投手ともに、200イニング以上を投げているように、当時はローテーションなどあってないようなもの。
(外木場・・41登板 40先発 17完投 287.0イニング、池谷・・45試合 36先発 10完投 244.0イニング、佐伯・・40登板 36先発 12完投 250.2イニング)
中継ぎは二流投手の役割と言われた時代において、ここまで高評価された中継ぎ投手は稀と言えます。

後年、某番組の取材に対し、「いつまでもチャレンジする心。 どんな時でも明るく前向きに。 それが人生を楽しくする秘訣です。 山高ければ谷深し。 ジェットコースターのような人生でしたよ・・・」 とコメント。
1976年(昭和51年)には、シーズン73試合(当時のセ・最多登板記録)を達成する等、中継ぎ中心に活躍するも、1979年(昭和54年)をもって引退。 (この年も広島はセ優勝。日本シリーズで近鉄と対戦し日本一。江夏の21球が話題となりました)

引退後はオーナー直々のコーチ残留要請を断り、広島市内にイベント企画会社を設立。
自身も講演や野球教室等に参加。 広島ホームTVでレギュラー出演をする他、広島OB会やプロ野球OB会の役員を歴任されています。

=通算成績=
8勝  9敗  0ホールド  7セーブ  160奪三振  防御率3.51
シーズン最多登板1回  

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