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H31年1月13日(日) 晴れ
日中気温は12℃と、一時のような寒さから脱した松山市ですが、日が沈むにつれ寒さは厳しくなり、夜間は暖房器具無しでは過ごせない程・・・。
こんな寒い夜といれば鍋。 そして鍋と言えば豆腐。 スーパーに行けば多種多様の豆腐が並び、中には手作りをうたい文句に高値販売する品もありますが、本当の手作りは機械作業を最小限に抑えた過酷なもの。 スーパー各所に出回る事ってあるのでしょうか・・・??
このブログでも度々紹介している 「宮内豆腐店」 は、一日に作れる量が限られており、売り切れと共に閉店する為、毎回予約必須。 予約が殺到した日は購入が不可能・・・ という事もありますので事前準備(早めの予約)が必要。 滑らかな舌触りに濃厚な味わい。 豆乳を極限まで凝縮したような究極の豆腐です。
3丁購入しましたので、しばらくは豆腐三昧。 早速14日は 「アンコウ鍋」 を予定しています。
以前もブログに書きましたが、「豆腐は呼吸をしている」 そうで、袋を縛ってはいけないそうです。 本物の手作り豆腐は、このあたりからも違います。
宮内豆腐店 ・・ 愛媛県内子町川中1953 0893−45−0128 (月曜=定休日)
「豆腐一筋90年」の看板の通り、昔ながらの蒔きを使用した方法で作られています。
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2019年01月14日
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どのスポーツにおいても俊足は武器。 ただ野球選手の場合、各本紹介で異常なまでの俊足データが掲載されており、信憑性が薄いというのが本音です。
例えば脇谷(巨人)=5.7秒、赤星(阪神)=5.79秒、柴田(西武)5.7秒・・。 中には広島(赤松)5.67秒のように、5.6秒台を記録した選手まで紹介されていますが、実際にそんな俊足ってあり得るのでしょうか?
短距離走はスタート後に加速していきますので、100m走だと後半の50mタイムの方が伸びる理屈になります。
という事は、仮に5.6秒で50mを通過できれば、100m10秒台も可能という事になりあまりに不自然。
調べてみると、50m日本記録は1999年、朝原宣治がマークした5.75秒。(100m走では10.02秒)
世界記録は2016年、ドノバン・ベイリーとモーリス・グリーンがマークした5.56秒。 参考記録では2009年の五輪で、ウサイン・ボルトがマークした100m走9.58の時、50m通過点が5.47秒だったそうで、非公認の世界記録と言われています。
これらの俊足選手が野球選手と同じスタートをきって盗塁を行うと、キャッチャーが2塁送球する時には、2塁ベース近くに到達する計算となる事からも、「50m走を5秒台で走るという事自体に信憑性がない」 という声まで、陸上界からはあがってきています。(ちなみに大阪桐蔭からプロ入りした藤原は、5,7秒とスポーツ新聞が紹介)
もし本当に赤松が5.67秒の俊足なら、新日本記録保持者という事になりますし、盗塁失敗確率は0という事になりますので、いくら手動による誤差があったとしても、陸上界の立場としては受け入れ難いものがあるのでしょう・・・。
2010年〜2011年、2年連続でパ・リーグの盗塁王に輝いた本多雄一の50m走は5.9秒。
一塁到達率は3.78秒。 通算盗塁成功率は76.7%。
2016年、通算盗塁成功率トップ10のランキング(200盗塁以上・戦後の選手に限る データは『Baseball Reference』を参照)を参照にしても、かなりの確率で盗塁を決めている事がわかります。
1.鈴木尚広(巨人) 盗塁数228 盗塁失敗47 盗塁成功率82.91%
2.広瀬叔功(元南海) 盗塁数596 盗塁失敗123 盗塁成功率82.89% 3.松井稼頭央(楽天) 盗塁数362 盗塁失敗79 盗塁成功率82.09% 4.赤星憲広(元阪神) 盗塁数381 盗塁失敗88 盗塁成功率81.24% 5.木塚忠助(元南海) 盗塁数479 盗塁失敗114 盗塁成功率80.78% 6.河西俊雄(元南海) 盗塁数233 盗塁失敗61 盗塁成功率79.25% 7.福地寿樹(元ヤクルト) 盗塁数251 盗塁失敗70 盗塁成功率78.19% 8.福本豊(元阪急) 盗塁数1065 盗塁失敗299 盗塁成功率78.08% 9.山崎隆造(元広島) 盗塁数228 盗塁失敗65 盗塁成功率77.82% 10.糸井嘉男(オリックス) 盗塁数245 盗塁失敗71 盗塁成功率77.53% 本多は福岡県出身。 鹿児島実業に進学しますが甲子園出場経験は無し。
社会人野球 「三菱重工名古屋」 に所属し、都市対抗に3回出場。 身長174cmと小柄ながら、俊足・攻守の有望選手として2005年の静岡大会では、最優秀新人賞を獲得。 同年公式戦の盗塁成功率は100%。
2005年11月のドラフト会議において、ソフトバンクより大学・社会人ドラフト5位指名を受け入団します。
入団当初、王貞治監督から 「最近の選手は筋肉をつけ振り回す者が多いが、本多は珍しく柔らかい」 と評価を受ける等、シュアなバッティングで2年目にはレギュラーに定着。 (この年、141試合で151安打をマーク)
2007年〜2014年まで、8年連続でシーズン100安打以上をマーク。
2010年〜2011年はシーズン・フル出場を達成した他、2年連続で盗塁王&三塁打王を達成。
2010年は167安打=打率296、2011年は159安打=打率305 と打ちまくり、ベストナイン1回&2年連続ゴールデングラブ賞を受賞。
また犠打も多く、2010年=50犠打、2011年は53犠打を決め、パ・リーグのシーズン最多犠打王に輝く活躍。
長打力は乏しいものの、俊足にプラスして遠投110mの強肩を活かし、内野・外野ともに守れる万能ぶり。
パ・リーグを代表する名プレーヤーとして人気を博しました。
2015年は怪我による不振が続くようになり、出番が激減。 2016年はレギュラーに復活するも、同時に若手の台頭もあり併用起用。 2018年はオープン戦好調もあって開幕スタメンでスタートするも不振となり、5月29日に二軍降格。 以後、一軍復帰ならないままシーズンを終え引退。
=通算成績=
1289安打 15本塁打 347打点 342盗塁 打率276
盗塁王2回 ベストナイン1回 ゴールデングラグ賞2回 オールスター出場1回
JA全農GoGo賞1回 福岡ソフトバンクMVP1回 シーズン最多出場2回 シーズン最多三塁打2回
シーズン最多犠打1回 シーズン最多盗塁死2回 シーズン二塁手最高守備率2回
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H31年1月13日(日) 晴れ
晴天に恵まれた連休。 親子3人で実家(西予市)に帰省。
実父の誕生日が近い事もあり、爺・婆と一緒に5人で、八幡浜市の老舗焼肉店 「大ちょうちん」 に行きました。
我が家の行きつけ店で、甘ダレにぶ厚い肉を韓国風に漬け込み、柔らかく何とも言えぬ旨さとなります。
親戚や知人が自宅にくる際、買って帰って炭火で焼くと、誰もが絶賛する焼肉。
肉は 「大麦牛」 を使用。 愛媛の大手スーパーでも馴染みのブランド肉。 にもかかわらず値段が安いのが嬉しいです。 お勧めは 「ハラミ」 の並。 「上ハラミ」 じゃなくとも滅茶旨いので問題なし。
松山にもこんな店があれば通うのですが、八幡浜市まで車で1時間半・・・。 ちょっと遠い為、帰省に合わせて2ケ月に1回のペースで通っています。
★ 焼き肉 大ちょうちん ★
愛媛県八幡浜市松柏丙125−4 0894−24−7094 (年中無休)
綺麗に着飾った焼肉店の場合、店の外装と中身(肉質や接待)が伴わない事が多々あります。 やはり焼肉店を選ぶのは 「味」 ですね。 外装ではありません。 大ちょうちんの味を知ると、見た目だけ立派なだけの焼肉店に行くのが馬鹿げてきます。 ここより高価な焼肉店に行って失敗したケース・・ 多々あります。
とにかく肉の一切れがぶ厚いです。 しかし柔らかくて高級ステーキのような食感。 漬けタレが美味しいので、生肉を焼くよりも、肉を漬け込んだ方が美味しく感じます。 (個人差はあると思いますが)
値段が安いのも嬉しいです。 並ハラミだと一人前600円(税込)ですから、10人前に御飯(小×5人)を頼んでも7250円也! この味、この肉質でこの値段。 毎回通うだけの価値があります。
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H31年1月14日(月・祝) 晴れ
成人の日・・ 松山市は晴天也・・・。
相変わらず夜間〜朝方にかけて低気温ですが、日中は日差しもあり寒さは和らぎます。 これも暖冬の影響でしょうか? 先日のニュースによりますと、ロシアでは永久凍土であった場所が溶けだしているとの事。 また海面温度は今年過去最高を記録したとか・・・。 その為、冷水を求めて魚が深海に落ちて行く現象も見られており、温暖化による地球破壊は更なる深刻化となっています。
そのような状況下において、朝鮮人(韓国・北朝鮮)の海へのゴミタレ流し問題は深刻化。 中には農薬や劇薬までも平然と捨て、それらが日本海を漂流し日本の各沿岸に(怒)
朝鮮人をどうにかしなければ日本の安全はあり得ません。 どういった暮らしや進化を遂げると、このような身勝手で汚い育ちができるのか・・・。 全くもって困った人種がいるものです。
倉庫内で飼育中のウナギですが、倉庫に行くと、またも上下逆さまになって爆睡していました。
度々このブログで書いているように、これは個体独特の 「寝相の悪さ」 のようですが、逆さになった方が眠れるって一体・・・?? 本当に不思議なウナギです。
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H31年1月13日(日) 晴れ
実家の西予市宇和町に帰省した際、卯之町の旧道で発見した 「南酪」の牛乳木箱です。
小学生当時(昭和50年頃)には、もう南予酪農業協同組合は、「らくれん(酪農連合の略称)」に統合されていましたから、この木箱は昭和40年末頃の物と思われます。
旧道には、築50年以上前の家が多数残っていますので、もしかすると押し入れの隅に、当時、宇和の子供たちが熱中して収集していた牛乳キャップが眠っているかもしれません。 発掘する何かよい方法はないでしょうか・・・?
昭和の名残り・・・ ロマンがありますね(笑)
昭和40年の牛乳キャップです。 昭和50年だったと思いますが、地元・宇和町小学校の図工室に、南酪牛乳の使い古しキャップで作った作品が展示してあり、皆で 「あのフタ珍しいから、先生に言ってわけてもらおう」 と話した記憶があります。 っという事は、昭和50年初期には、この牛乳は消滅していた事になります。 今では貴重な牛乳キャップとなりました。 絵柄も昭和の名残りがプンプン。 今では紙キャップ自体が消滅寸前です。
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