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身長171cm 体重60kg というモデルのような体型。 誰にでも受け入れられると言われた美貌。
このような美女が、クラッシュ・ギャルズに憧れ、中学卒業後に全日本女子プロレス入りを果たすのですから、バブル経済当時(1991年入門)のバブル元禄がいかに凄いものであったか思い出されます。
但し・・ 大型で美貌は良くても、格闘経験のない大向はレスラーとしての評価を得るには時間がかかり、慣れないプロレス特訓中に右膝靭帯損傷というアクシデントに見舞われデビュー前にして退団。
その後もレスラーへの夢を絶ち切れず、ジャパン女子プロレスから分裂した新興団体LLPWに入団。 そんな苦労人の大向に1994年チャンス到来。
これは全日本女子プロレスにあった ”全日本タッグ選手権” が、LLPW所属の半田美希&紅夜叉によって移動した際、キャロル美鳥とのコンビで奪取に成功。 短期王者ではありましたが第18第王者としてファンにアピール成功。 以後、LLPWの主力レスラーとして活躍します。
しかし、当時の女子プロレスは人気下降状態。 まだケーブルTVも普及されていない中、団体経営も悪化の一途。そうなると美女レスラーの最終兵器といえば 「ヌード写真集」 の販売。 まずは竹書房より 「BLOOMING」 を出版。 美しき現役レスラーとして話題沸騰。
アイドル路線では人気者になるものの、レスラーとしては伸び悩んでいた1997年、その人気と将来性に目を付けた新興団体アルシオンから勧誘を受け移籍入団。 するとこれまで古参レスラーに押されてくすぶっていた才能が開花。 女子プロレス史上最強説(神取とならび)の声高き アジャコング とも互角に闘う等、ファンに存在を大アピール。 2002年には憧れだったライオネス飛鳥にも勝利。 団体というよりも女子プロレスの頂点にたったとさえ言われました。
2003年、経営難のアルシオンを退団しフリー宣言。 全日本女子プロレス35周年大会では、新日本プロレス・金本浩二と一夜限りのタッグを結成し、男女混合試合に出場。
流血試合にも強く、2005年には総合格闘技にも参戦。 韓国のイ・ヒジン戦では鼻骨を折られ大出血の中、パンチ連打やバックドロップで勝利。 セメントにも強い ”リアル・女子レスラー” を名乗ります。
2007年12月9日、自主興行をラストマッチ(引退試合)とし、惜しまれながら引退。
翌年には結婚。 現在は山口県に在住。(夫はファッション、寝具、健康機器の大手会社エムラの御曹司とか。結婚当時の年商は70億円。)
他の女子レスラーにも希望と夢を与えるカリスマ。 美人は得。 ちなみに2009年 「かわいすぎる海女」 として有名になった大向美咲は親戚との事。 美人も遺伝する良い例。
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伝説の女子プロレスラーサイン集
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高校時代は器械体操でインターハイに出場した程の運動神経。
ルックスの良さと美形な顔立ちから、人気のあった福岡晶。
身長160cm 体重は増量した結果60kg。 現在はダイエットに成功し、別人の如く痩せられており、”現役時代のぽっちゃりの方が良い” ファンと、”今の激ヤセボディの方が良い” ファンにわかれるのだとか。
秋田県出身。1989年、ジャパン女子プロレスに入団した時から、その身体能力の高さは注目されており、「将来のスター選手」と言われた程。 ジャパン崩壊後はJWP所属レスラーとして大活躍。
第4代・JWP認定無差別級王者として、連続防衛6度を誇る他、JWP認定タッグ王者になる事、実に5度。
豊田真奈美に憧れ、部分、部分に豊田をコピーした一面も・・・。 華麗な空中殺法あり、寝技あり。
必殺技の1つが、テリー・ファンクがよく使用していたローリング・クレイドル・ホールド。 絡みついてリング内をゴロゴロ転ぶ(回転する)仕草にファンは熱狂。
1993年6月3日、全日本女子プロレス VS JWP 対抗戦・北都激闘編シリーズ 中島体育センター大会において、憧れの豊田と対戦した際は、お互いが黒コスチュームで登場。 背格好の似ている二人が絡み合い、ローリングしてマットを転がると、一体どっちがどっちなのやらわからない状態に(笑)
人気も定着した1998年1月 「福岡晶写真集」(郡司大地撮影 ビクターエンタテインメント 定価2983円)を発売。 結局、美形女子レスラーの行きつくところは・・ ヌード写真集。 ”写真集” とはなっていますが、ヘア以外の全てを丸出しにしたヌード。
1998年10月11日の試合中に首を負傷。
結婚も決まっていた事もあり、惜しまれつつも引退。(引退試合は1999年3月28日)
現在は秋田県で飲食店を経営しているとの事。(秋田駅近くにある ”留り木” という焼肉店)
たまにプロレス関係のお手伝いでいない時もあるようですが、普段は働いており、本人にも会えるとの事。
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昭和40年に放送された ” ウルトラマン ” の中身には、スリムでダンディな古谷敏が入り演じていましたが、古谷はヒーロー役ばかりでなく、ウルトラQの ” 海底原人ラゴン ” 等、怪物や悪役まで、幅広く演じていました。
(その後、あまりに古谷が美男子だったので、ウルトラセブンでは素顔で ” アマギ隊員 ” として参加。何事にも真剣に取り組む演技姿勢が高く評価され、今でもセブン伝説の隊員として人気があります。)
このように、役時々によってイメージを演じ分けられる実力派は、どの世界でも重宝されますが、尾崎魔弓もその手の実力者。 悪玉あり正統派ありデスマッチあり・・・ の何でも屋ながら、全てにおいて実力は最高クラス。
1986年(昭和61年)にジャッキー佐藤が起ちあげたジャパン女子プロレスに入団。
当初は悪役主体で活動し、ジャパン四天王であった風間ルミとの抗争を展開。 当初は格闘歴のある風間有利も徐々に劣勢に追い込み、1987年10月、風間よりJWP認定Jr王座(ジャパン女子版)を奪取。
その独特の雰囲気からかもしだす妖気っぽさもあり、一気にスターダムにのぼって行きます。
ところが1992年、ジャパン女子プロレスは経営難を理由に解散。 分裂後はJWPに所属し、キューティ鈴木との抗争や、悪役でありながら正統派プロレスも使いこなす実力が再評価され、JWPのトップレスラーに君臨。
このJWPは他団体抗争を売りにした事もあり、1993年4月11日 大阪府立体育館にて、豊田真奈美&山田敏代から、全日本女子プロレスの看板タイトルであるWWWA世界タッグを奪取。(パートナーはダイナマイト関西)
1993年12月6日 両国大会で、井上京子&井上貴子に敗れるまで、約8ヶ月も王者に君臨。
ところが・・ 1997年8月15日のタッグマッチにおいて、尾崎がかけたライガーボムによりプラム麻里子が帰らぬ人となるハプニング。 これが理由なのか、以後はデスマッチ路線に走り、蛍光灯デスマッチ(ロープに蛍光灯を巻き付けるというもので、割れた破片が危険かつ残酷なデスマッチ)や有刺鉄線デスマッチ、挙句にはガラスや観客が凶器をもって乱入OKのデスマッチまで敢行。
その過激で果てしない狂気のデスマッチの数々・・・ いったい何が彼女をそうさせるのか・・・。
反面、保育士を志す等、潰しの効かない女子プロレス事情も理解している模様。
FMWから始まった恐怖のデスマッチ各種・・・ 一昔のデスマッチと違って、狂気の沙汰なものも多々。
最近のプロレス事情を知らない私には、そこまでしなければファンの満足度が得れない程、プロレスは低落しているのかと嘆きたくなるのですが・・・。(ヘビーからルチャ、時にショーまで、プロレスには幅があってもよいと考える方ですが、プロレスの域を度外視した過激デスマッチは否定的です。理由は簡単。ファンは過激を見れば更なる過激を求めますし、満足しなくなります。このラインの崩壊はプロレス自体の崩壊だと思うからです。)
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1995年1月13日、JWP(女子プロレス団体)より期待の若手がデビュー。 若干16歳。
丸顔でほっぺがふっくらの童顔。 164cm 60kg前後の均一的なスタイル。 ビンク色に派手やかなコスチューム。 それが本谷 香名子(後に、実名の美咲華菜に変更)でした。
JWPは1992年、ジャパン女子プロレス解散後、その流れを組んで起こった団体。(このJWPに参加しなかった選手で結成されたのがLLPW)
デビル雅美を中心に、福岡晶、キューティ鈴木、ダイナマイト関西 ・・・ と駒が揃い、実力あり、かつアイドル路線あり、他団体との交流戦あり・・・ と幅広く活動。
また、独自のルールを設定したオリジナルマッチ(2カウントフォールマッチや、関節技のみで戦うギブアップのみマッチ等) も売りにした事で、ジャンル問わずにファン層獲得に成功。
そんな中でのデビューですから、本谷も徐々に実力をつけていき、大柄選手との試合でもアタリ負けをせず、力比べも互角以上に展開。 笑顔が可愛い童顔少女としての人気も出始め、「将来のJWP看板候補」 とまで言われるようになります。
必殺技はカナバット、フィッシャーマン・バスター、K-ショック等。
カナバット ・・・ 実名+頭突き が由来。 頭をクルクル回してから頭突きをする技。
フィッシャーマン・バスター ・・・ フィッシャーマン・スープレックスの投げ捨て版。
K-ショック ・・・ 不明(よくわかりませんが、Kは華菜からとったものと思われます)
非公式ながらファンクラブも結成され、これからという時期に両膝を負傷。
これが原因となり、2001年7月29日、惜しまれながら引退。 まだ22歳だったとか。
けっして美人とか美少女とかいったタイプではありませんが、どこにでもいそうな素朴感と素人っぽさが魅力の一つ。 今でも伝説の元アイドルレスラーとしてファンには惜しまれているようです。
2006年に女子が誕生したという情報がありますので、引退後、結婚された模様。
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空手の経験者というだけあって、喧嘩ファイトはお手のもの。(それもインターハイ団体優勝や個人全国3位という実力者)
スタイル抜群の美女が、闘志あふれるラフぶりで、リング狭しと大暴れする姿がウケ、1990年代の女子プロレス界に君臨した長谷川咲恵。 女性ファンのみならず、男性ファンからも絶大なる支持を集めました。
必殺技はローリング・ソバット。 誰もが見惚れる太い美脚からの一撃は強烈無比。
井上貴子や山田敏代、更には豊田真奈美から勝利した実力者。
170cmの大柄だけに見栄えも良く、説得力があると大評判。
さらに打たれ強さもあり、わざと相手の攻撃を食らい続ける等、役者ぶりも発揮しました。
裏投げを得意とし、ソバット同様に彼女の代表技として有名になりますが、反面不器用な一面もあり、技やグランド攻防による試合展開を苦手?としたようです。
その為、強さや見栄えの良さはあっても、”プロレスリング” のトップにはなれず。
当時の資料を見ると、そんな彼女にやきもきされたファンが多かったみたいです。(まるで坂口征二の女子版)
1999年、リングアナのオッキー沖田と結婚。 2児をもうけるも2008年に離婚。
現在は宇都宮市に 「Corazon de saki 」 という花屋さんを営まれているようです。
某雑誌における 「もう一度、リングに復帰してほしい女子レスラー」 にもランクイン。
1970年生まれですから45歳。(H28/2時点) 復帰は厳しい?状況でしょうか?
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