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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説の女子プロレスラーサイン集

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女優に転身した納見佳容を見ていると、「本当に元・プロレスラー?」 って気持ちになってきます。
下手な女優よりずっと綺麗。 子供がいるとは思えないスタイル。 整った顔とルックス。 
若き日は可愛らしく、三十路過ぎたら女性っぽく・・・ 女子プロレスの世界も変わりました・・・。

しかし現役時代はけっこうハードな試合をこなしており、鬼のような形相で相手につかみかかるラフ・ファイトも展開。 同じくアイドル系レスラー・井上貴子との抗争は有名。 また脇澤美穂とのコンビで3度の全日本タッグ王者に輝く他、全日本シングル王座に2回、オールパシフィック王座に1回君臨。
大技だけでなく細かな技も使いこなす等、運動神経の良さもあり、「実力ある美女」 として注目されました。

アイドル系レスラー4人とユニットを結成し ” キッスの世界 ” でCDデビュー。 
その見た目とのギャップがウケて、納見目的の男性ファンが急増。 っとなるとお決まりなのが写真集発売。
2001年に初出版されると評判を呼び、2003年12月24日 「Know Me? 」 ではフルヌードを披露。
久光製薬のポスターにも起用される活躍ぶり。 この時のキャッチコピー 「 こう見えても彼女はプロレスラー」 は納見らしさを上手く表現しており、けっこう評判になりました。

2004年4月18日、前川久美子戦をもって引退。
実は初めての引退ではなく二度目の引退。 一度目は全日本女子プロレス入りした翌年。 しばらく一般社会人として過ごし、1997年に復帰した経緯があります。
2015年時点、流石に三度目の復帰はないようですが、まだ39歳。 復帰を期待する男性ファンも多いのでは?
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ダンプ松本、ブル中野、クレーン・ユウ・・・ 体重が100kg近い大型女子レスラーは幾人もいますが、「動けるデブ・レスラー」の筆頭と言えばダイナマイト関西が一番かもしれません。

中学時代は、身長173cmという長身を生かしてバレーボール選手。 卒業後、恵まれた身体を活かすべく、16歳にして女子レスラーを目指し、全日本女子プロレスのオーディションを受けるも不合格。
おりしも同時期、ジャッキー佐藤を中心にジャパン女子プロレスが結成されたことから、ジャパンのオーディションを受けたところ合格。 1986年(昭和61年)、” ミスA ” というグネームでデビューすると、圧倒的な体格差で注目を集め、ついにはアメリカWCWにも出場。 
更に当時の人気映画 「ビーバップ・ハイスクール」 にも、” スケ番・マンモスお妙 ” 役で出演。 徐々に知名度が全国区となっていきます。

しかし・・・ ジャパン女子プロレスは1992年に内輪もめと経営不振により解散。
新しく設立されたJWPには当初から参戦し、リングネームもダイナマイト関西に変更します。

JWPは単独興行よりも、団体抗争を売りにした為、ダイナマイト関西も全女マットに登場。 アジャ・コングとの激闘を繰り返し、ついには全女レスラーではないにもかかわらず ”第41代 WWWA世界シングル” を獲得。
更に尾崎魔弓とのタッグで、全女の至宝タイトルである、WWWA世界タッグを奪取。
この頃になると、体重も90kg近くとなり、リングネームの ”ダイナマイト” のイメージと、必殺技の 「スプラッシュ・マウンテン(相手を逆さのまま抱え上げ、マットに叩きつける技)は評判を呼び、女子の強豪として人気者となりました。

そんなダイナマイト関西も、今年47歳となられます。(1969年 ”昭和44年” 生まれ)
団体の分裂や軍団の独立等にて弱小化した女子プロレス。1990年代に活躍したレスラーの高齢化によって、更なる低落にならない事を祈ります。
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女子プロレスの世界は、「いじめ・しごき との闘いの世界」・・・? 
大物OBが集まって行われた ” 女子プロレスの今だから話せるトーク会 ” において、ダンプや井上貴子は次のような話をしています。

〇 いじめやしごきは、その時のプロレス団体特有なものであり、ブームの時は少なく、ブームが下降線となると激しくなったように思う。(ダンプ)
〇 女の世界なので、軍団抗争うんぬんではなく、お互いの相性とか好き嫌いによって、いじめの差が出てくる。酷い人は、朝の挨拶をしただけで怒り出し、練習の時、顔面に蹴りを入れられた事もあった。(ダンプ)
〇 私の頃は、クラッシュ・ギャルズ人気が凄くて年間試合数が多かった分、先輩たちも忙しくて、流石にいじめやいびりをする時間がなかったみたい・・(堀田)
〇 逆に私の頃は、” 女子プロレスには、理不尽な上下関係や、いじめ・しごきがある ” といった情報が流れていて、それを承知で入団した分、やられてもスルーする事ができた。(井上)
〇 試合中、たまたま起こるアクシデント(凶器の椅子や竹刀が当たったり)に対し、それなりのリアクションで応じないと、後で相当な叱咤を食らった。 そういった方が(練習中よりも)辛かった。(井上)
〇 その他・・・

いじめられ、辞めようとすると、「頑張るんだ!」「御飯でも食べに行こう!」との優しい言葉・・・。
この矛盾?のような繰り返しを乗り切る事で、一人前の女子レスラーに育っていったというのですから、女子プロレスの世界は男子以上に、悩み・苦しみ・努力・根性 が必要。 
「所詮、女子のするプロレス」 なんて馬鹿にする人がいましたら、大間違いに気付いてほしいものです。

井上貴子は1988年(昭和63年)に全日本女子プロレスでデビュー。
女子では珍しいレスリング経験者の為、それなりの下地はあるものの、スリムな体型に長身(163cm)、整った顔立ちが評判を呼び、「アイドル・レスラー」 として写真集まで発売。 1992年には歌手デビュー。

しかし・・・ 個人的には多忙な生活ながら、クラッシュ人気が終了後の会社(全日本女子プロレス)経営は下降。
それが理由なのか? 1994年、オールヌード写真集を発売。
1999年に全日本プロレスを退職。 翌2000年には、ヘア・ヌード写真集を発売。 

どうしても人気女子レスラーって、こっちの道に流れてしまうみたいです(悩) 
色気やエロスは、いつの時代になっても ”女の武器” ってことなのでしょうけど。 まあ、見た目が悪い方は、この武器も使えませんから、これは生まれ持った必殺技ってとこですね(笑)
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女子プロレスのルーツはストリップ・・・ と言われています。 
アメリカでは1930年代にはすでに興行されていたようですが、日本では1948年(昭和23年)、進駐軍を楽しませる余興として行われた記録が残っています。
昭和30年代に入ると、ストリップ劇場の他、バーや舞台の余興としても行われるようになり、女性エロスの極限とも言われました。 (この頃の女子プロレスは、太ももにつけたガーターを奪い合ったり、水着の脱がせ合いを行うものであり、プロレスとは名ばかりでした。)
そんな女子プロレスも1970年代に入ると、実力派レスラーの出現によって表舞台にたち、現在に至るような本格的プロレスを展開するようになります。
女子プロレスラーに、どことなくエロリズムっぽさが求められるのは、こういった過去の流れがあるから??でしょうか。

風間ルミは格闘系(シュートボクサー)のプロを目指す中、その可愛らしい容姿が話題となり、グラビアやTVで大人気。 1986年(昭和61年)、ビューティ・ペアのジャッキー佐藤のスカウトを受け、全日本女子プロレスから独立した「ジャパン・女子プロレス」に入団。 格闘経緯も手伝って、「ジャパン四天王(ジャッキー佐藤、ナンシー久美、神取忍、風間ルミ)」 として活躍します。

1992年(平成4年)、ジャパン女子プロレス解散に伴い、LLPW(レディース・レジェンド・プロレスリング)を設立し、社長に就任。 同時にタレント業も行う等、プロレスと芸能界の二足の草鞋を履く人気者に。
その為、アイドル・レスラーのような扱いを受けますが、実際はシュートにも対応できる実力派であり、技もバリエーション多く、女性ファンのみならず男性ファンからも支持されました。

そんな風間が2005年あたりからAV出演に走り出し、2010年 「狂った果熟 芸能人 風間ルミ」で本格AV出演として話題に・・・。 身長153cm 体重62kg B99 という太っちょ体型や〇〇〇シーン、本当に見たいって人はこの手のマニア(笑)

1965年11月28日生まれの50歳。(H27年時点)

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けっして女子プロレスを舐めているわけではありません。 
その辺の男など、簡単にやっつけてしまう強さをもった女子レスラーや、到底真似できない程のハード練習を繰り返す女子レスラーばかりがひしめき合う弱肉強食の世界。 それは十分に承知しています。
しかし、それらを承知の上で一言! 「絶対に闘いたくない!女子レスラー」のNo1が神取忍です。
 
1993年、デンジャラス・クイーンこと北斗晶との死闘は凄すぎて唖然となりました。 試合早々から北斗の顔面に強烈なパンチ一発。 北斗の口が切れて顔面血だらけ。 それを見下げる姿はもはや鬼。 本来ならレフリーストップして救急車・・・ でもよかったのですが、口を押えながら立ち上がり反撃する北斗も鬼。 一体、この試合どうなるんやら・・・ こんな凄い人たちが集まる女子プロレス、もはや言葉になりません。 素晴らし過ぎます。

また遡る事1987年、ジャッキー佐藤との試合も凄過ぎ。 私の中では最高・最強であるジャッキーの美しい顔面を乱打。 腫れ上がり戦意喪失のジャッキーを執拗に攻め立てる姿、これまた鬼! 試合はジャッキーの敗戦で幕。 ジャッキー時代の終焉となりました。

1994年にはブル中野とチェーン・デスマッチを敢行。 敗れはするも、もはや女性の域を越えてしまったレベル。 そして1999年、男性レスラーに勝利した事がきっかけで ” ミスタープロレス” 天龍源一郎とシングルで対戦。 天龍曰く、「女子プロレス最強である事を真摯に認め、そんな彼女に失礼のないよう真剣に勝負する」 との言葉通り、天龍の容赦ない攻撃にあいTKO。 片目は潰れ、顔面は腫れ上がり、とても恐ろしくて見れない程。 普通なら後悔するところなのでしょうが、神取に限ってはそんなものなし。 
逆に勢いに乗って、2000年、超必殺技 「セミヌード写真集」 を発売! これには天龍もまいった(っと思う)

その後は北斗との死闘を繰り広げながら、何故か政治家に変身。 猪木、馳、大仁田・・ 一世風靡したレスラーって何故に政治家を目指すのでしょうね??

長き女子プロレスの歴史上、最強のシュートレスラーと言っても過言ではない神取の別名は、「ミスター女子プロレス」 もとい 「女子プロレス最強の ”男”」 ・・・。 そんな神取も51歳になられました。(H27時点)

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