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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説の女子プロレスラーサイン集

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1980年後半にUWFが誕生。 ショー的な要素を除外し、実力と真剣勝負をうたった新格闘技路線が濃くなった頃からプロレス・スタイルにも変化が起こり、組み合って寝技に持ち込むといった従来のレスリング要素よりも、キックやパンチ(掌底や張り手も含む) を多用する立ち技系のレスラーが増えていきます。

女子プロレス界も例外ではなく、回し蹴りや跳び蹴りを得意とするレスラーが続々誕生しますが、前川久美子くらいキックに執着したプロレスを展開する者は稀。 試合開始から終了まで蹴り技がしめ、合間に肘打ちやサブミッション(関節)が入るというスタイル。 

1972年生まれ。 千葉県佐倉市出身。 スポーツ歴は極真空手という本格派。
1991年(平成3年)10月4日、全日本女子プロレス 後楽園ホール大会でデビュー。
身長166cm 体重70kg超 という恵まれた体格で期待されるも一時離脱し、1993年に再デビュー。
空手を生かした独特な試合展開は斬新で、内容は単調ながら、その強さが評判となり、多くのファンに支持されるようになります。

そうなると人気と実力の象徴でるタイトルもついてきて・・・ 主なタイトルを総獲得という離れ業。
1998年5月5日 後楽園ホール大会にて、ZAP−T(渡辺智子)より、伝統ある白ベルト(WWWAオールパシフィック)を奪取。 同王者には第40代としても君臨。この時も、渡辺智子を破っての獲得。
そんなライバル関係にあった渡辺智子とは、タッグも組んでおり、1997年1月20日 大田区体育館において、スイート・ハーツ(豊田真奈美&下田美馬)からWWWA世界女子タッグを奪取。 計4回、同王者となる中、内3度は渡辺智子とのタッグでもあります。

その他、全日本シングル王座、全日本ジュニア王座、全日本タッグ王座 と有名タイトルを腰に巻き、ついには2005年1月3日 後楽園ホール大会 で浜田文子との王座決定戦(前王者が負傷にてタイトル返上)を制し、第59代 WWWA世界女子王座を獲得。 しかし不運にも全日本女子プロレスが倒産した事により、「全女解散時のWWWA世界王者」 として名を残しました。
2006年3月、同王座を高橋奈苗に明け渡し引退。(ベルトは封印)

得意の蹴り技を生かして、総合格闘技も3戦行っていますが、戦績は全敗。
2004年12月19日 日本総合格闘家である石原美知子と対戦。 2R 腕ひしぎ十字固めで敗戦。
2005年8月17日 日本総合格闘家である ”たま☆ちゃん” と対戦。 5分2R終了 0−3判定負け。
2005年11月29日 イタリアの格闘家(空手、柔術)タラ・ラローサ と対戦。 5分2R終了 0−3判定負け。
いくら蹴り技が得意でも、つかまって寝技に持ち込まれると勝てない?
前川の実力と戦績を比較すると、異種格闘技戦においては、ボクシングや蹴り系は分が悪いように思えます。
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1986年(昭和61年)の全日本女子プロレスは新人のアタリ年。
当時はバブル経済による超好景気。 更にクラッシュ・ギャルズ人気が健在という事もあり、行く会場、打つ興行、全て超満員という女子プロレス・フィーバーが巻き起こりました。
この年、デビューを飾ったメンバーを見てみると・・・
「宍戸 江利花 = アジャ・コング」 
「木村 伸子 = バイソン木村」 
「前田 薫」 
「工藤 めぐみ」 
「天田 麗文」
「豊田 記代 = コンバット豊田」
「高橋 美華 = 高橋 美香」
「神谷 美織 = Cooga」 
等々、女子プロレス界に名を遺した面々がずらり。 
更に1987年(昭和62年)には、「豊田 真奈美」 「山田 敏代」 「下田 美馬」 「三田 英津子」 等が入団。
残念ながら、クラッシュ・ギャルズの解散・引退と共に、女子プロレス人気は下火になっていきますが、人材の豊富さは、この時期が一番だったように思います。

神谷 美織は1986年(昭和61年)9月25日 大宮スケートセンター大会でデビュー。
埼玉県所沢市出身。 身長165cm 60kg という恵まれた体格と、器用にこなす豊富な技を武器に期待されますが、豊富な人材が揃っている全日本だけに、なかなか前座の域から脱する事ができず、2年間は伸び悩みます。 転機が訪れたのは、入団3年目となる1989年(平成元年)のこと。 短髪でボーイッシュ・スタイルがよく似合う事から、フロント側としてはライオネス飛鳥を模して売り出そうと、同期の天田麗文とタッグを結成。 
1989年3月4日、前田薫&高橋美華を破って、全日本女子タッグのタイトルを獲得。 ブレークを予感?させるも、わずか3ケ月後の6月14日、三田英津子&山田敏代(ドリーム・オルカ)に敗れ王者転落。 その後行われた井上貴子との全日本シングルでも敗退。 結局、実力派でありながらブレークする事無く、1992年12月13日、1回目の引退を行い、全日本女子プロレスを退職されます。

しかし4年後、吉本興業が手掛けた ”吉本プロレスJd” に覆面レスラー 「Cooga」 として復活。
1996年4月14日、六本木のディスコ・イベント会場=ヴェルファーレでの旗揚げ戦より参加し、1998年10月3日、坂井澄江とのコンビで、第2代 TWF世界タッグ王者に君臨。
(TWFは吉本プロレス認定の王座であるから、この世界王者という内容には、かなり無理があります)

覆面レスラーCooga時代は、完全な覆面レスラーとして活躍。
その為、覆面を剥ぎとられそうになると、やっ気になって正体隠しをする姿が評判となり、相手チームから何かと覆面剥ぎ攻撃を受けるようになりました。
1999年12月28日 後楽園ホール大会 ・・ 王者ライオネス飛鳥とTWF世界シングルを行い敗退。
自らその場で覆面をとり正体を披露。 2000年1月10日、後楽園ホールにて二度目の引退。

引退後は元十両力士である 「若隼人」 と結婚。
神田で飲食店 ” 食酔Ya−はやと ” を経営。 弟弟子は横綱・白鵬。 その為、白鵬の出入りもあり、白鵬の個人ファンクラブも兼ねていたようですが、お店は2010年9月18日をもって閉店したとの事・・・。
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           こちらのサインは、白鳥 智香子 を名乗った時のモノとなります。

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             こちらのサインは、長谷川 智香子 時代のモノとなります。

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1980年代後半、毎日、マスメディアの必要以上な不動産価値報道が端を発して、日本中に土地を担保に投資や株購入といった投機景気が到来。 俗に言うバブル景気です。 不動産価値の高騰によって全国に億万長者が続出。 1989年(平成元年)12月には、日経平均株が史上最高値となる38957円を記録。 証券の高騰売買や不動産開発、過剰な建設ラッシュは雇用と莫大な金流通を生み、世の中、超好景気で昭和元禄状態。 
当時は1ドル250円時代。 今とは比べものにならないくらいの円安だった事が幸いし、海外では安くて高品質の日本製電化商品や車が飛ぶように売れ、数百万はくだらない高級車が、発注しても1年以上待ち・・なんて当たり前。 ついにはアメリカとの貿易摩擦が深刻化となります。
そんなバブル好景気も、円高が進み1ドル150円となると輸出業が大打撃を受けた事から陰りが見えはじめ、徐々に起こった土地下落がもとで1993年(平成5年)には衰退。 翌年には完全崩壊となり、過剰投資に関わった金融機関は投資回収の目途が立たず負債の嵐。以後、不況の低成長期を、「失なわれた20年」と呼びます。

バブル経済の名残りなのか・・ 女子プロレス界では、キャラ化けレスラーが続出。
ツッパリ女暴走族をイメージした ” 紅夜叉 ” 宝塚女優キャラクターの ” ジャンヌゆかり ” ボディコンに扇子というジュリアナルックが売りだった ” 穂積詩子 ” ぶりっ子キャラの ” キャロル美鳥 ” 土木業者キャラにハチマキ姿という ” ぬまっち ” そしてお嬢様キャラの ” 白鳥智香子 ” ・・・。

白鳥智香子はバブル後退期が始まる1991年(平成3年)10月4日、後楽園ホールでデビュー。
当時のリングネームは本名の 「長谷川 智香子」 でした。 身長165cm 体重58kg というスリムかつ均等のとれたルックス。 更に美女系美貌が話題を呼び、早くから写真集や雑誌等の話が起こる等、アイドルレスラーとして期待されます。

1993年夏頃から、当時人気漫画(ドラマにもなった)だった 「白鳥麗子でございます(鈴木由美子作)」 をモチーフに、お嬢キャラ 「白鳥智香子」 となった事から注目度があがり、人気も急上昇。 
アイドル路線・・ かと思われる中、意外にも流血戦を展開する激しさと、ジャーマン・スープレックスを使いこなすテクニックもあり、全日本女子プロレスでも一目おかれるテクニシャンでもありました。

1994年、腰痛悪化を理由に全日本女子プロレスを退団。 改名後、人気もでたばかりでの退団は惜しむ声がありましたが、1995年に吉本興業が、女子プロレス界に進出した際に現役復帰。 
1998年に退団すると、自身の事務所 「白鳥智香子オフィス」 を設立し、フリーレスラーとして活動。
大阪プロレス参戦時には、レディ・アパッチェを破り、初の王者となるCMLL JAPANを獲得。
時には竹刀をもって暴れたりと、お嬢様とは思えない?暴れっぷりを披露。
芸能活動も並行しており、仮面ライダークウガにも出演した他、のちにセミヌード写真集も発売しています。

2001年6月8日には、自身の引退興行を行っての引退。
大阪プロレスのスタッフでもあった際に知り合った、インディーレスラーの丸山敦と結婚。(歳は白鳥が3歳上)
当時の丸山は、阪神タイガースとタイガーマスクを合わせた ” タイガース・マスク ” なるギミックレスラーだった事もあり、美女で男ファンの多かった白鳥だけに、ちょっとした話題?になりました。
(丸山と白鳥は、結婚後、” 新婚さん いらっしゃい ” にも出演しています)

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デビュー当時はグリーンカラーのコスチュームで、” ピーターパン ” と言われ、シュアなプロレスを展開

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デビュー25周年での姿。 童顔はかわらずですが、見た目は別人。 しかしパワーは格段にアップ!


伊藤薫の体格は身長160cm 体重110kg ・・・。 若手の頃は、細身でがっしりとした体格。 ただ身長に比べると体重が増えやすそうな雰囲気はありましたが、まさかここまで増えるとは・・。 
得意技はダイビング・フット・スタンプ、ヒップ・アタック、セントーンといった体重を活かしたものが多い反面、プロレスの基礎がしっかりしており、投げ技や関節技、更には低空ながらドロップ・キックまで使うという器用性も持ち合わせています。

1987年(昭和62年)に全日本女子プロレスに入団。 柔道の経験があり、トレーナーはジャガー横田。
当時はクラッシュ・ギャルズの人気が続いており、入門希望者で溢れ、才能豊かな人材の宝庫。 それらもあってかデビューは遅く、1989年10月8日 吉永恵理子(バット吉永)戦にて。 
主な同期は、長谷川咲恵、渡辺智子、長嶋美智子・・。

童顔でボーイッシュなルックスから、「ピーターパン」 の愛称で親しまれ、団体の中核選手に成長。
第51代 53代 WWWA世界女子シングル王者。
第106代 WWWA世界女子タッグ王者。(ZAPーI&ZAP−T)
第18代 全日本女子シングル王者。
第16代 全日本女子タッグ王者。 (パートナー・長谷川咲恵)
伝統ある老舗団体、全日本女子プロレスの主なタイトルを獲得。

誠実な人柄で全日本女子フロント陣より信頼を受け、売り出し中のコンビやレスラーのユニット助っ人に参加する等、脇役的な立場でも団体をフォロー。
アジャ・コングの結成したジャングル・ジャック、豊田真奈美のフリーダム・フォース、堀田祐美子のU★TOPS 等に加わり盛り上げました。
また、選手の対戦表管理という重要な役割を任され、給与管理や若手育成係も担当。 
当時の全日本女子プロレスは、基本給+試合数を基に、勝敗・人気度・貢献度等を加味して給与計算をされており、試合を組まれない事には基本給のみの貧困生活。 当然、感謝される一方、恨みや妬みを買う立場。 
クラッシュ・ギャルスの引退後、経営路線を巡り売り上げが悪化した際、杜撰だとか、怠慢だとか、何かと悪き噂の多かった全日本女子プロレスが、1997年の大量離脱まで持ちこたえたのは、伊藤の貢献が大きかったとも言われています。

その大量離脱後は、覆面を被り渡辺とZAP−Ⅰ&ZAP−Tを名乗り大暴れ。
2000年には柔道の経験を活かして総合格闘技にも進出。
更に2003年、アントニオ猪木を神と崇め、我こそは闘魂伝承だとうたう星野勘太郎総裁が、小畑千代を総裁とした魔界魔女軍団を結成し、全日本女子プロレスに殴り込みした際、魔界魔女1号としてヒール転向する等、幅広いジャンルで活躍しました。

2003年11月、全日本女子プロレスを退団。 フリーとなり、ダリアン・ガールズを指導。
(ダリアン・ガールズとは、2002年にホリプロ主体の企画で結成された女子プロレス団体で、日本のみならずアジア諸国の有能な15歳〜21歳の少女にターゲットを絞り、プロレス、歌、ダンスからなるスポーツ・エンターテイナーを目指すというもの。 その為、オーディションは中国・遼寧省・大連市で行われ、550人が参加し、15人が合格しました。)
2005年には、伊藤薫プロレス教室を開校。 指導者としても、女子プロレスに貢献しました。

NEO女子プロレスでは、第6代 NEO認定タッグ王者。(パートナー・浜田文子)
OZアカデミーでは、第9代 OZアカデミー認定タッグ王者。(パートナー・アジャコング)

=全日本女子プロレス 外食産業部を担当していた A−rex氏より=
「伊藤薫の戦い方は、ある意味、堀田祐美子以上にシンプルだ。 打撃で倒した後は、十中八九、逆エビ固めでくる。 全盛期当時はエグいのなんのって感じであり、今はさほどでないが、重量があるので乗られたら絶対動けない。 以前にバラエティー番組で、伊藤の突進を受けてしまったナイナイの岡村隆史さんが、アバラをいって
しまった事があった。 これまで何度も試合を観てきたからわかるが、体重とスピードが違う以外は20年たってもかわらない。 ” プロレスラーは選ばれし者しかできないと思っているので ” が以前、伊藤が話していた言葉・・・」
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1980年(昭和55年)12月15日・・・
ビューティ・ペアブームも去り、女子プロレス界にも世代交代が告げられる中、実力者であり団体トップレスラーであったナンシー久美を破り、初代・全日本シングル王者となったのが横田利美。 (後のジャガー横田)
決して恵まれた体格ではない横田ですが、家庭の経済負担を軽減すべく女子プロレスに入ったという気迫は並々ならぬものがあり、以後、この王座に3度ついています。
しかし、不思議な事に、この王座は横田以外に複数回つくものが殆どおらず、いつしか「団体のトップレスラーになる為の、登竜門タイトル」と言われる事に・・・。 
2代はデビル雅美、3代はライオネス飛鳥。 面白いのが、4代の松本香と、10代の宍戸江利花。 後のダンプ松本と、アジャ・コングである事からすれば、確かにトップへの登竜門タイトルなのかもしれません。 

1996年11月21日 大宮スケートセンターにおいて、前川久美子を破り、第24代・全日本シングル王者となったのが玉田りえ。
デビューは1991年10月4日、後楽園ホールですから、当時25歳定年制のあった女子プロレス界としては、かなりの遅咲きといえます。

身長158cm 体重57kg と小柄な体格をフルに活かした跳び技は、ドロップ・キックなら5発以上の連打可能。
また左腕と決めたら左腕といった、一点集中の攻撃が得意。 
その実力はデビュー当初から発揮。 1992年4月29日、全日本ジュニア王者にもなっています。
ところが・・・ 1993年、一時引退・・・。 1993年と言えば、4月2日、横浜アリーナにて4団体による夢のオールスターが開催され、大会場を満員にした年。 長与千種=「全てが勝ち残り戦であり生き残り戦」 と言う真剣勝負は、男子プロレス以上の緊迫感を醸し出し、再び女子プロレスに脚光が注ぎます。 
金網デスマッチにおいて、ブル中野がアジャ・コングにみまった4mの高さから放つギロチン・ドロップは今や伝説に。 

それらの社会現象に刺激されたの如く、1994年には新人扱い覚悟で現役復帰。 アジャ・コングの付き人をしながら前座を盛り上げ、徐々に知名度もアップ。 TV中継では解説者から、「玉田は常に気を抜かない真面目な選手。 それらをアジャ達も認め、タッグパートナーにも起用している」 との賛辞がでた程。
1994年4月9日 宮城県スポーツセンターにて、チャパリータASARIと熱戦を繰り広げ、1994年5月2日 全日本選手権トーナメントでは、準決勝で同じくチャパリータASARIと時間切れ引き分け。 判定で勝利した際は、あまりの感激に足をバタつかせ、泣きながら勝利を噛みしめるシーンが印象的でした。

1995年3月17日、東京大会で吉田万里子とタッグを組み、全日本タッグ選手権者である、大向美智子&キャロル美鳥を破る快挙。 第19第王者に君臨。 更に同年12月4日、府川由美とのタッグ 「タマフカ」 で、第21代王者に返り咲いています。

1997年8月20日、日本武道館大会をもって全日本女子プロレスを退団。
この頃、老舗団体である全日本女子プロレスは赤字が慢性化し、瀕死の状態・・・。 レスラーのボイコットや大量退団もあって、新団体アルシオンを結成。 10月には玉田も参加します。 
(この頃、リングネームを玉田凛映に変更)

アルシオン崩壊後は合併先のAtozで活躍。 2004年8月22、後楽園ホール自主興行をもって引退(二回目)
2007年には結婚され、子供も誕生しています。

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