|
日本人の体格も良くなり、投手なら180cm以上はざら・・ となった日本プロ野球界。 それと同時に球速もアップ。 かつて夢の150kmと言われた快速球も、幾多もの選手が投げるようになり、甲子園大会においても、さほど珍しい事ではなくなりました。
しかし、上には上がいるもの。 アメリカ球界の場合は、190cm以上がざらであり、200mに達する投手がいても、さほど珍しくなくなっています。 球速も160km前後出す投手が増え進歩の一途。 野球の歴史100年とすれば、草創期とは比較にならない野球のレベルアップです。
デニス・ホールトンも193cmの長身投手。 手のひら30cmという巨大なパーツの持ち主。
当然ながら160km近い速球をバンバン投げ込んで・・・ と思いきや、実は技巧派投手。 速球は140km台ながら、長身を生かした縦割れのカーブと、大きな手のひらを生かした独特のチェンジ・アップが武器。
その他、左右にブレ球を投げる等、制球力を軸とした、いわゆる 「打たせてとる」 タイプ。
メジャーとマイナーを行ったり来たり・・・ の投手でしたが、学生時代にノーヒット・ノーランを達成する等、その制球力に目を付けたソフトバンクが補強選手として獲得。
2008年、怪我で出遅れた焦りなのか、ストライク先行にこだわるが為に投球が単調となり、突如打ち込まれる事が多く、28試合 11先発 4勝 7敗 6セーブ 防御率4.27 と結果を残せず。 当初抑えや中継ぎ起用だった事もあって、投球回数も84.1どまり。
2009年は先発中心の起用。 すると持ち前の制球力を生かしたピッチングで171イニングを投げ、11勝 8敗 防御率2.89と好投。 2010年、右足の怪我で度々登録抹消の中、大幅減棒を受けての残留。
2011年、打線の援護にも恵まれ、19勝で最多勝を獲得。 しかし年棒を巡っての交渉が難航となり、2012年、巨人軍に移籍となります。
巨人でも2012年= 12勝 8敗 防御率2.45 2013年= 9勝 4敗 防御率3.73 と、数字上は合格点に近い成績を残します。 ただ、2年目に成績が降下したように、かわすピッチング投手ゆえに、ストライクをとりにくるパターン(ベースに球が集中する)を読まれると、あっけなく打ち込まれる事が増え、安定感に乏しかったのも事実。 2014年には韓国リーグに移籍。 やはり結果を残す事ができず、2015年以降は野球界から遠のいているとの事。
= 通算成績 =
(メジャー) 6勝 11敗 2ホールド 0セーブ 111奪三振 防御率4.99
(日本) 63勝 39敗 0ホールド 6セーブ 613奪三振 防御率3.11
最多勝1回
(韓国) 5勝 8敗 0ホールド 0セーブ 58奪三振 防御率4.80
|
伝説のプロ野球選手サイン集(外人
[ リスト | 詳細 ]
|
H27年におけるプロ野球界において、こと日本人選手の中でメジャーに通じる長距離砲と言えば、日本ハム・中田くらいでしょうか? 最近、あまりプロ野球を観なくなった為か、選手事情に疎くなってしまいました。
でもいくら中田が凄いといっても、外人パワーと比較すればよくてトントンってところ。
メジャーではたいした実績を残せない選手が日本にきたとたん、ガンガン打ちまくりタイトルを独占する傾向は、まだまだ解消するに時間がかかりそうです。
その点、「おかわり君」こと中村は日本人向きな長距離ヒッターなのかもしれません。 体格とパワーだけで量産するタイプではないので。
セギノールと聞けば日本ハムの助っ人という印象がありますが、初来日は2002年におけるオリックス。 本塁打23本ながら打率は204と低迷。 なんと280打数で57本しかヒットを放っていない中、本塁打23本ですから、安打2本に1本は本塁打という珍成績。 当然ながら一年で解雇されてしまいます。
ところが翌年はヤンキース傘下の3Aで本塁打王&打点王を獲る活躍を見せメジャーにも昇格。 打撃に目覚めた事から日本ハムが調査に乗り出し契約へと運びました。
2004年 ・・ 打棒が大爆発。 135安打 打率305 と安定感を見せると同時に、本塁打44本と長打力を発揮。 本塁打王に輝きます。 翌2005年も31本塁打をマーク。 身長193cm 体重90kg から生み出す常識はずれの大アーチ度々には日本ハムファン大喜び。
しかし・・・ 日本ハム入団以降、4年連続で三桁三振を喫するように三振も多く、成績は年々低下・・・。
2006年には不振が続き4番を転落する事も・・・。 オフに退団し、メキシカン・リーグやマイナー・リーグでプレー。 そして2007年夏、楽天に参加・・・。
振り返ってみると、そうずば抜けた成績を残してはいませんが、何故か印象に残る助っ人選手でした。
スイッチ・ヒッターながら左右ともに長打力抜群。 2試合連続・左右打席本塁打は史上初。
= 通算成績 =
(メジャー)・・・ 91安打 17本塁打 40打点 0盗塁 打率249
(日本) ・・・ 724安打 172本塁打 483打点 3盗塁 打率273
本塁打王1回 ベストナイン2回 月間MVP3回 日本シリーズ優秀選手賞1回
|
|
歳の差、実に25歳。 親子くらいの年の差夫婦ながら、あまりの熱愛ぶりで話題となったペタジーニ夫妻でしたが、なんと離婚している事が判明。 原因はロベルトの不倫。 相手は21歳の女学生といいますから驚きです。
一体、この男は、母親くらい年上の女が好きなのか・・・ それとも娘くらい年下の女が好きなのか・・・。
どことなくしまりのない下半身の持ち主でもあります。
メジャーで7年間活躍するも、通算本塁打12本のロベルト・ペタジーニが初来日したのが1999年。
中日とヤクルトが獲得意向を示す中、打力重視指向だったヤクルトに軍配があがり契約。 当初は変化球主体の日本野球に馴染めるか不安視する声がありましたが、1年目から打棒が爆発し、44本塁打 最高出塁率のタイトルを獲得。 打率も325と安定。 以後、2000年=36本塁打 打率316 2001年=39本塁打 打率322 2002年=41本塁打 打率322 と大活躍。 このようにヤクルト球団というところは、アタリ外人を見つけてくる名人でもあります。
しかし・・・ 活躍すれば年棒があがるのがこの世界。 そして今回もヤクルト球団の予算では、高年棒のペタジーニを雇いきれなくなり放出を決意。 すると豊富な資金力にものを言わせ、すぐにかっさらっていくのが巨人。 中日、阪神、横浜が獲得意思を伝える中、2年総額7億円を提示した巨人と契約します。
2003年は腰痛や膝の故障の中、100試合に出場し、34本塁打 打率328 と好成績を残しますが、翌年は29本塁打 打率290 と成績がガタオチ。 (悪い成績ではないのですが、ヤクルト時代から続いていた、3割 30本塁打以上 が途切れてしまいました) オフに退団となります。
その後は、レッドソックスでメジャー復帰を果たし、4番での出場もありましたが、そこは厳しいメジャーの世界。
一試合でも結果が残せなければすぐに降格。 以後、マリナーズとマイナー契約後、結果を残せず引退。
しかし野球熱は続いており、2008年にはメキシカンリーグで現役復帰すると、韓国リーグにも参加。
2010年にはソフトバンクに入団となります。 日本での大活躍が印象深く、ファンの期待は相当のものでしたが、持病の膝の悪化から10本塁打とまりと散々。 結局、オフに解雇。
日本野球において助っ人は多数来日していますが、全盛期のペタジーニくらい安定して安打や本塁打を量産した選手は稀です。 よほど日本野球にマッチしたのか・・ それとも日本野球レベルが低すぎるのか・・ 一体、どちらが正しいのでしょう・・・。
= 通算成績 =
(メジャー) 87安打 12本塁打 54打点 1盗塁 打率227
(日本) 882安打 233本塁打 635打点 24盗塁 打率312
MVP1回 本塁打王2回 打点王1回 最高出塁率2回 最高勝利打点王1回 ベストナイン4回
ゴールデングラブ賞3回 オールスター出場3回 オールスターMVP2回 月間MVP3回
優秀JCB・MEP賞1回 IBMプレーヤー・オブ・ザ・イヤー1回 シーズン最多試合出場1回
シーズン最多四球1回 三振王1回 シーズン最高長打率2回
(韓国) 204安打 33本塁打 135打点 3盗塁 打率338
最高出塁率1回 シーズン最多四球1回
|
|
打者の打撃スタイルは時に弱点となることも・・・。
スタンスの位置や脚のあげ具合等によって、球の出所や球筋が見えず、速球についていけない者や変化球に対応できない者が時折いますが、ボウカーもタイプとしてはその一人。
左打者の欠点でもある 「左 VS 左」 を苦手とし、結果、変化球に対応しきれず三振が多いのが特徴。
反面、188cm 85kg の身体からはじき出す打球は 「弾道ミサイル」 に形容されたこともある程凄まじく、メジャー時代は 「バリー・ボンズの後継者」 と呼ばれた事も。
未完の大器であるボウカーですが、長打力は評価されても、三振が多く、左投手に弱いレッテルは解消できずメジャーとAAAを行ったり来たり。 そんな中の2012年、左の大砲を欲していた巨人軍と一年契約を結び来日します。
とにかく根が真面目で前向きな性格の為、原監督からの全面信頼を得ますが、好不調の波が激しくレギュラー固定とはならず。
1年目は69試合に出場するも 36安打 3本塁打 10打点 打率196 と結果を残す事ができず、一時は解雇状態に陥りますが、シーズン終盤になって復調しつつあった打撃が、クライマックス・シリーズで全開。 (10打数5安打) その勢いのまま日本シリーズでも2本塁打 7打点の活躍を見せ、奇跡の再契約となります。
2年目は4月から打撃が好調。 4月途中で6本塁打をマークする大活躍を見せますが、不運にも右手小指骨折を起こして戦線離脱。 6月の復帰後、「第78代 巨人軍4番打者」 にもなりますが終わってみれば14本塁打と尻つぼみであり自由契約選手に。 楽天に拾われるかっこうで入団。(当初は日本を去り、メキシカン・リーグに参加していたが5月3日に楽天入り)
復活を期待されるも65試合 7本塁打 22打点 と期待外れに終わりオフに再び自由契約選手・・。
まだ31歳。 2015年、AAAにてプレーし、メジャー再昇格を狙っているようです。
かつて阪神にいたフィルダーは、日本球界で学んだ事を活かし、メジャーの本塁打王となりました。
素質十分なボウカーだけに、今後の活躍に期待します。
= 通算成績 =
(メジャー) 133安打 17本塁打 73打点 2盗塁 打率232
(日本) 160安打 24本塁打 78打点 5盗塁 打率239
日本シリーズ優秀選手賞1回
|
|
ある時は、65盗塁を記録した俊足打者(マイナー時代)。
ある時は、メジャー記録でもある開幕戦・本塁打3発を記録した長距離打者。
三振も多いが選球眼も悪くない、長距離打者でもあり中距離打者・・・。
メジャー時代、1番打者としての起用に不満をもち、長距離打者として起用してくれる日本球界に活躍の場を求めてやってきたのが1996年。 王貞治と並ぶシーズン55本塁打を放った実力と明るいキャラがウケて、ラミレスと並び日本でもっとも成功した外国人選手と呼ばれました。
現在(H27年)47歳となりますが、まだまだ現役。 富山県の独立リーグに所属し、6月14日には第2号本塁打を記録。 衰えを見せない活躍ぶりでファンを喜ばせています。
1996年、近鉄に入団。 130試合全てに出場し、147安打 29二塁打 27本塁打 97打点 打率293 の好成績。 サヨナラ本塁打3本と長打力を見せつける反面、4試合連続猛打賞と確実性も見せ、3番がよいのか4番がよいのか。 (但し三振も多く122個を記録)
1997年は本塁打22本ながら、157安打 37二塁打 102打点 打率307。
素晴らしい成績を続けますが、後年のような本塁打をガンガン打ちまくる活躍ではなく、この時点では長打力もある中距離打者といったイメージでした。
このローズが本塁打打者に変貌したのが来日4年目の1999年。 40本塁打 38二塁打 101打点 打率301 という成績で本塁打と打点の二冠を達成。 2000年は25本塁打と伸び悩みますが、2001年には王貞治と並ぶシーズン55本塁打をマークし二度目の本塁打王。
2002年は46本塁打 112打点で打点王。 2003年は51本塁打で三度目の本塁打王。
西武・カブレラとの二強抗争には誰もついていく事ができなかった程であり、この二人の活躍はまだしばらく続くと誰もが思っていました。
ところが・・・ 2003年オフの契約交渉において近鉄側と交渉決裂する事態に。 これは近鉄側が 「外人選手との複数年契約は結ばない 」 とした事に対して激怒したもの。 結果、巨人に移籍となります。
(近鉄球団は過去もマニエルと同じ理由で交渉決裂をさせており、外人に冷たく、日本人贔屓球団でもありました。他にもスター選手をばっさり切ったり、長年はっきりとした本拠地をもたなかったりとダーティなイメージがあります。)
移籍1年目の2004年も破壊力ある打力を披露。 150安打 45本塁打 99打点 と打ちまくり、4度目の本塁打王。 しかし翌年は右肩を故障し、27本塁打をマークするも自由契約選手に・・・。
その為、2005年はメジャー復帰に走りますが夢かなわず日本球界復帰を希望。 近鉄とオリックスの合併球団であるオリックス・バファローズに再入団。 2007年=42本塁打 2008年=40本塁打 118打点 で3度目の打点王。 2009年オフ、またも年棒交渉が決裂し引退。
本名は 「カール・デリック・ローズ」 ですが愛称は 「タフィ・ローズ」。 このタフィとは 「タフ」 の意味だとか。
そんなタフ男も死球だけは許せないようで、日本球界新記録の計14回 退場処分を食らっています。
大阪を愛し、「大阪人に生まれたい」 とまで言い切る浪花外人ながら嫌いな食べ物は 「タコ」
タコ焼きの本場=大阪 だけに、このちくはぐさが、いかにもローズらしいように思えます。
= 通算成績 =
(メジャー) 132安打 44本塁打 44打点 14盗塁 打率224
開幕戦3本塁打(メジャー記録)
(日本) 1792安打 464本塁打 1269打点 87盗塁 打率286
MVP1回 二冠王1回 本塁打王4回 打点王3回 最高出塁率1回 月間MVP3回
日本シリーズ敢闘賞1回 ベストナイン7回 シーズン最多得点2回 シーズン最多四球3回
三振王3回 シーズン最高長打率3回 シーズン最多試合3回 シーズン最多二塁打2回
JA全農GoGo賞2回(好捕1回、強肩1回) IBMプレイヤー・オブ・ザ・イヤー2回
オールスター出場10回 シーズン50本塁打以上2回 シーズン55本塁打(史上2位)
10年連続100三振以上(日本プロ野球記録) その他
|







