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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説のプロ野球選手サイン集(外人

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日本のプロ野球は経営資本を出資する母体が全て。 独立した立場ではありますが、大半の企業は球団全株を取得し、完全子会社化しており、運営会社の筆頭株主がオーナー企業とされ、代表取締役がオーナーとなっています。 (2018年時点において、母体による完全子会社化となっていない球団は、日本ハム、ヤクルト、広島、DeNAの4球団。 その為、資金力や運営に難が生じやすく、高年棒を提示できなかったり、高年棒選手を放出しながらの球団運営となってしまいます・・・)

社会部あがりの一般記者が出世した結果、読売グループを牛耳り、巨人はおろか日本プロ野球の編成にまで強い発言力で老害を振り撒いたのがナベツネ。 素人が何かと思い付きで口出しする悪例として、日本人の野球熱を冷めさせ、プロ野球人気の低迷を作りました。 (気の毒にも本人は自覚できてないもよう)
逆に 「金は出すが、口は出さない」 の名言(迷言?)で有名なのが、ダイエーの中内オーナー。 そのダイエーは、2005年にソフトバンクに身売りされますが、オーナーの孫代表は代表挨拶にて、「野球の事は(現場に)お任せ致します。 とにかくやるからには日本一になって、そして世界一を目指すチームにしてほしい。 望むところはその一点です。 (中略) 九州で稼いだお金は、九州で使って下さい・・・」 の名言を。 
以後、積極的に試合観戦を行いながら、選手やファンを労う一方、勝負への拘りとは別に、滅多に球団に対し口出ししないスタイルを貫いています。 巨額な運営資金としたたかなオーナー。 今のソフトバンクの強さの裏には、こういった側面が多々含まれているように感じます。

2005年1月、ダイエーを引き継いだソフトバンクは、巨額な運営資金から大型戦力補強を実施。
” 世界のホームラン王 ” 王貞治を球団会長とし、近鉄からFAした大村直之を獲得。 
外国人はインディアンス→ドジャース→マリナーズでメジャー経験をもつ、ホルベルト・カブレラを2億8千万で獲得した他、メジャーで通算214本塁打の実績をもつトニー・バティスタを、2年総額1500万$=15億8千万で獲得。 世の中は不景気の中、この超大型補強は大きな話題となり賛否を生みます。

トニー・バティスタは1996年6月3日、ロイヤルズ戦でメジャーデビュー。 
ドミニカ共和国出身。 身長183cmと上背は平均的ながら、独特の「スイカ割打法」 で長打を量産。
1997年11月、新設されたダイヤモンド・バックスに移籍すると、1998年は18本塁打をマーク。
1999年6月、トレードでブルー・ジェイズに移籍すると、計31本塁打(移籍後26本)を放ち中心選手に成長。
2000年には、リーグ3位となる41本塁打を放ち、オールスターに初出場しています。
2001年6月、ウェーバーでオリオールズに移籍。 2004年にはエクスポズに移籍しますが、2001年〜2003年にかけ4年連続で20本塁打以上をマーク。(25本、31本、26本、32本)
主なタイトルは獲得できませんでしたが、メジャー屈指の強打者として地位を築きました。

そんな大スターが日本球界に参戦するわけですから話題性は十分ですが、年齢的には30半ばである上、四球選びが少なく出塁率の低さや、打率の低さがネック。 実は高年棒の他、このあたりの確実性の低さがメジャーでも指摘され低評価。 32本塁打を放ちながら残留が難航していた理由でもあります。
当時の某スポーツ紙では、「2004年は14盗塁を決め、長打と俊足は日本向きだが、選球眼や出塁率(チームプレー)の低さは心配・・・」 といった内容の記事が掲載された程。

結果、2005年の成績は、広い福岡ドームが本拠地ながら27本塁打・90打点と長打力は発揮しますが、打率は263と低迷。 135試合で147安打を放っていながらの低打率の裏には、四球を含めた出塁率の低さがあった事は確か。 フロントやファンからも、これだけの強打者が135試合も出場し、23四球 5犠飛 出塁率294は個人プレー過ぎると批判が多く、チーム若返りを理由に、契約上は一年残して退団となりました。
ここで凄いのはソフトバンクの資金力。結局、1年しか活動しなかった選手に対し、2年契約上、残りの分も全額支払ったと言います。

ソフトバンク退団後は、12月15日、ツインズと1年=125万$で契約。 約10分の1程度の年棒での合意だった事からも、メジャーでは実績があっても高年齢者への評価の低さがわかります。 その点、日本球界は過去の実績を重んじる獲得が主流。 故障者だろうが過去が良ければ獲得・・・。 代表的な球団は巨人でしょうね。

=通算成績=
(メジャー) 1146安打  221本塁打  718打点  47盗塁  打率251
 MLBオールスター出場2回
(日本)    147安打   27本塁打   90打点   3盗塁  打率263

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巨人に移籍した2009年に大化けし、最優秀投手に選出されたゴンザレス。
1996年、メッツよりドラフト16位、全体468位の指名を受け入団。 アメリカ球界はメジャー30球団と傘下に幾層もあるマイナー・リーグにより、ドラフト指名も日本球界とは桁違い。 指名される者たちも、高校野球で活躍した程度の者だと中巡くらいの扱いという層の厚さ。 国土の広さや人口密度による事情等もあるので、一概に日本とアメリカ球界を比較できませんが、アメリカ球界では、ドラフト指名順位はあくまで指名評価であり、まずはプロ球団に入る事、そして這い上がりレギュラーをつかむ事こそが全て。 

プエルトリコ・バヤモン出身。 身長178cm ながら、体重90kg とがっしりとした体格。 若き日には150km近い速球をコンスタントに投げ込み、2001年、念願のメジャーデビュー。 この時、同僚だったのが新庄剛志。 「異星人」「新人類」と呼ばれた新庄の明るさと、情熱のプエルトリコ魂がマッチしたのか、日本来日時、「新庄の影響を受けて日本に来た」とコメントした程。

2004年にはデビルレイズに移籍し、メジャーに再昇格するも、トータル的にはマイナー暮らしが長く、マイナー通算71勝をマーク。
こういった実力あるマイナー選手に目をつけ、安価で獲得するのが日本流。 特にヤクルト球団はダン野村をはじめエージェント(交渉代理人)やマネジメント面も強い事から、実力あるマイナー狩りが得意。
2004年6月、ヤクルト・スワローズに入団。15登板で4勝2敗という成績ながら、手薄な抑え・中継ぎをカバーした事から残留。 2005年は先発と中継ぎを兼任する働き。 更に2006年には第1回WBC大会において、プエルトリコ代表入り。
しかし・・ 毎年のように怪我をしては戦線離脱。ヤクルト在籍の5年間において評価できるのは、2006年の9勝7敗 防御率3・15くらいのもの。 2007年は春季キャンプから右肘痛を起こし、靭帯移植手術の為、シーズンを棒に振りますが、2年契約を結んでいた事もあって解雇とならず、2008年もヤクルトでプレーするも、わずか1勝しかできず12月2日、自由契約選手に・・・。

決して実績を残したわけではないゴンザレスですが、巨人は投手事情や右肘の回復具合等から2009年1月13日、1年契約での獲得を発表。 外人枠関係で、2軍スタートとなりますが、5月に不振のエドガルドにかわり1軍昇格。 球速は平均140km前後ながら制球力やコントロールが良く、スライダー、カーブ、変化する速球(ツーシーム、フォーシーム)の他、巨人にきて習得したチェンジアップが効果を発揮し、5月を5勝0敗 防御率1.56で乗り切り月間MVPを獲得。 8月11日 広島戦に勝利し10勝に到達。 最多勝は逃しますが、15勝2敗 防御率2.11の成績を残し、最高勝率のタイトルを獲得。 CSファイナルステージでは不調ながら、日本シリーズでは2戦に登板し1勝をあげ、第5戦も好投した事が評価され、日本シリーズ優秀選手賞を受賞。
また野手経験もある事から、守りも得意でゴロ捌きが良く、ゴールデングラブ賞も受賞。

2009年の大活躍もあって、巨人は2010年の投手陣の柱としてローテを組みますが、オフに慢心があったのか、90kgだった体重は110kgにまで達しており、前年、41回1/3 連続無四球を記録した制球力は消え、別人のような投球内容。 前年、4勝0敗とカモにした中日にも5連敗するお粗末さ。 球団はダイエットを要求しますが身体の切れは戻らず、5勝13敗(セ・リーグ最多敗戦)でシーズン終了。
その後も復調とは至らず、2011年=11先発 3勝3杯 2012年=10先発 4勝1敗 ・・・。 11月9日、自由契約となり、12月13日、ロッテが獲得を発表。
2013年、ロッテ先発の一角を期待されますが、4試合に登板し、0勝2敗 防御率8.10と散々。 10月3日、自由契約が発表され、日本球界を去りました。

日本にはヤクルト=5年、巨人=4年、ロッテ=1年 の計10年在籍。 大化けして活躍したのは2009年のみ。
右肘故障後は、毎試合、好投しても100球に達すると降板する等、起用面にも配慮が必要な投手だけに、本人も自覚をもって自己コンディション維持につとめるべきでした。

=通算成績=
(メジャー)  3勝  2敗  0ホールド  0セーブ  38奪三振  防御率5.02
(日本)   45勝  41敗  6ホールド  0セーブ  508奪三振  防御率3.55
最優秀投手1回  最高勝率1回  ベストナイン1回  ゴールデングラグ賞1回  月間MVP1回
最優秀バッテリー賞1回(阿部) 日本シリーズ優秀選手賞1回  オールスター出場1回
セ・リーグ最多敗戦投手1回

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現在の日本プロ野球は、球場の広さと、投手の質向上もあり、日本人選手では30本塁打到達も難しい中、H30年9月・・ 西武の山川がシーズン40本塁打に到達という快挙。 やはり本塁打王は、40本以上であってほしいものです。 
日本プロ野球史を遡ると、慢性的なパワー不足を補う為の手段が、外国人選手の獲得であり、それらの選手を称して ” 助っ人 ” なる造語が生まれた程。
近年こそ、外国人選手が抑えや中継ぎ、アベレージ・ヒッターとして活躍しますが、10数年程前までの日本プロ野球では、” 外国人=パワー・ヒッター=ホームラン ” であり、この期待に応じない外国人選手は、いくら安打を打っても評価されない時代でした。
横浜=ローズ、巨人=クロマティ、阪神=マートン等は、打率の高さとチャンスに強い点は認められましたが、長打力不足が評価されず、オフになるともめ事。 結果、再契約時の条件が噛み合わないまま退団。
合理的な外国人だけに、「あれだけ凄い数字を残して、一体、何が不満なんだ?」 の心境でしょうが、” 助っ人 ” という言葉からもわかるように、日本プロ野球界は保守的で、日本人によるチーム作りが主体。 外国人選手は、日本人の足りない部分(長打力)を補う存在。 助っ人は、そのあたりの国民性?を理解しないと、思わぬ悲劇となる事があります。

平成初期頃のプロ野球界は、バブル期の勢いそのままに、大物助っ人の獲得に躍起。
ただ、金銭面の条件はまずまずでも、メジャーから見れば同格扱いではなく、日本でのプレーを望まない傾向。
そんな時、日本ハムに入団したのが、リック・シュー。 ” 確実性がある上、長打力もある。 ポジションは捕手以外なら、どこでも守れる万能プレーヤー ” なる触れ込み。 この話はかなり信憑性が高く、メジャー界においても、伸び悩む好選手との評価を受けていた程でした。

当時、日本ハムの主力助っ人はウインターズ。 シーズン30本塁打が期待できる主砲。 そこに万能選手としての評価高いリック・シューが加わるのですから、大沢啓二監督(当時)のテンションもアップ。
初出場は1993年4月10日 近鉄戦。 野茂の前に4打数ノーヒット。 しかし、徐々に日本野球に慣れてくると、チャンスに強いバッティングを披露。 同年4月の月間MVPを獲得。
大沢監督も、シューが活躍すると、「シュー様」 と称える入れ込みぶり。 ずば抜けとはいかないものの、それなりの活躍をし、日本ハムは前年度、リーグ5位から、一気に2位に躍進します。

1993年  128試合  130安打  24本塁打  79打点  8盗塁  打率270
1994年  129試合  113安打  14本塁打  45打点  5盗塁  打率244

しかし・・・ 才能と実力は高くても、好不調の波が大きのがリック・シューの欠点。
2年目に入ると、相手投手の攻め(投球術)に対応できなくなり、試合数よりも安打数が下回る程の不調。
日本人の下位打者クラスの成績では、残留とはいかず、1994年をもって退団。
1996年に一度はメジャーに復帰を果たしていますが、3Aに降格となり、そのまま引退。
その後は、ナショナルズやジャイアンツでコーチに就任していますから、伸び悩んだ天才・・ という事でしょう。

=通算成績=
(メジャー) ・・・ 386安打  41本塁打  134打点  17盗塁  打率246
(日本)   ・・・ 243安打  38本塁打  124打点  13盗塁  打率257
    月間MVP1回

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ドミニカ共和国出身。 身長188cm 体重105kg の巨漢で、陽気で真面目な性格。
2003年、アマチュアFAとしてテキサス・レンジャーズと契約し、プロ・デビュー。 
2010年には2Aで、133試合 打率281 16本塁打 80打点 の好成績をあげ、翌2011年は3Aに昇格。
135試合 打率304 24本塁打 90打点 と活躍するも、メジャー昇格には至らず・・・。 
2012年、レッドソックスの3Aに移籍。 開幕からの34試合で、打率294 10本塁打 33打点と結果を出し、念願のメジャーデビューとなるも、わずか2試合に出場し、無安打だった事から3Aに降格。 再度、メジャーに昇格しますが故障中のレギュラーが復帰する事により3Aに降格。 この年、メジャーでは37試合 2本塁打 打率275 17打点 の成績を残し、3Aでは100試合 打率310 24本塁打 74打点 をあげ、リーグMVPの大活躍。 しかし・・ 翌年はメジャー昇格はなく、3Aでも結果がでないとの理由で戦力外通告を受ける事に。
すでに30歳近くなっており、ゴメス談=「3Aで結果を残しても、メジャー昇格に至らない・・。 正直、モチベーションを保つ事がたいへんだった・・・」と本人も認める崖っぷち状態となります。

そんな状況下、阪神の和田監督(当時)は、守りが上手くても打てない外人ではなく、打撃に優れた外人選手を獲得する為、3Aを調査した結果、ゴメスとメヒア(のちに西武入団)をリストアップ。 
長打力ではメヒアながら、2012年7月6日 ヤンキース戦において、メジャー昇格間もないゴメスが、黒田博樹から外角へのスライダーに適応したバッティングを見せた事で、日本向きの選手と判断。 
2013年11月、一年契約を結びます。 年棒は推定1億2千万円。 3A暮らしが長かったゴメスにとって、この高額契約は夢のような話。 ゴメス談=「阪神と契約できた事は非常にラッキーだった。本当に嬉しい。」 とコメントしています。

苦労が報われたようなチャンスに対し、陽気で真面目なゴメスは、日本に慣れようと努力。 マートンと仲が良く、彼を真似て状況をメモ書きする等、熱心な姿勢が阪神ファンにも大好評。ファンサービスにも取り組み、サインを求められると、カタカナで 「ゴメス」 と書き加えるあたりも、阪神ファンから愛された理由かもしれません。

2014年  143試合  152安打  26本塁打  109打点  1盗塁  打率283
2015年  143試合  141安打  17本塁打   72打点  0盗塁  打率271
2016年  139試合  127安打  22本塁打   79打点  2盗塁  打率255

2014年にはセ・打点王を獲得。 ベストナインにも選出される大活躍。 しかし三振も多く、チャンスに弱い面もあり、阪神首脳陣からの評価はあがらず。 2016年、一時的にスランプとなった事から戦力の見直しを図った球団は、三塁手の補強として、3Aからエリック・キャンベルを獲得。 更にオリックスから糸井をFAで獲得し、福留を一塁にコンバートする構想となった為、ゴメスとは契約延長を結ばず。
2017年1月、韓国プロ野球 サムスンが獲得に動きますが、メディカル・チェックを拒否した事から破談。
その後、デスパイネを失ったロッテが獲得調査に乗り出すも、阪神退団後は野球をやめていたようで契約に至らず。

その阪神・・・ 予定していたコンバートが思うように進まず、結果、満足に一塁手の穴を埋める事ができず・・・ という毎度お馴染みの内輪もめ。 退団後になって、「ゴメスを残しておけばよかった」 という声が多々。

=通算成績=
(メジャー)   28安打   2本塁打   17打点  0盗塁  打率275
(日本)    420安打  65本塁打  260打点  3盗塁  打率270
打点王1回  ベストナイン1回

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FCバルセロナ所属 スペイン代表選手であるアンドレス・イニエスタがJ1 神戸に参入の衝撃・・・。
これまでJリーグでは、日本人選手の出場機会を保つ為、外国人枠3人+アジア枠1人+アジア中心のリーグ提携枠1人の、1試合最大5人の外国籍選手がプレーできる体制をとってきましたが、国際的なグローバル化に対応する為、外人枠撤廃の方向で調整に入ったとのニュースが流れました。 (2018年5月23日)
日本人以上の身体能力を持ちながら、貧困から脱出する為、幼少の頃から大人に交じってボールを追った者たちのレベルは想像以上に高く、本当に撤廃した場合、高卒程度のレベルではレギュラーはおろか、入団すら危ぶまれる事も予想されます。

野球界においてもメジャー・リーグでは、幅広いマイナー・リーグ層によって、「来る者を拒まず」 体制。
人種差別問題を乗り越え、実力さえあれば誰でもスターとなるチャンスが与えられます。 
しかしマイナー・リーグは雇用条件が厳しく、契約金も安い上、長距離をバスや電車で移動。 時には食費や宿泊費迄、選手が支払う過酷さ。
それに比べ日本プロ野球は、二軍でも一般の高給取り以上の収入が得られ、宿泊費用〜移動費に至るまで球団持ちという夢の世界。 もし日本プロ野球界が、外人枠を撤廃したら・・・ 少なくとも野手の大半は外人選手に占拠されると思われます。

打球の飛距離だけなら、「ニューヨークからロサンゼルスまで飛ばす男」 と言われたランディ・バース。 日本では阪神に入団し、1985年・阪神日本一に貢献。 二年連続三冠王と大活躍。 しかしメジャーでは速球に対応できず9本塁打のみ。 
ウィリー・モー・ペーニャもこういった一人。 ハイスクール(高校)時代から 「驚異の飛距離を生む男」 として注目され、1998年にヤンキース入りした際、「ドラフト外入団史上、過去最高額の契約(4年=370万ドル。) 」 を結び話題に。 2001年、レッズに移籍。2002年、メジャーデビュー。 当たれば図抜けた飛距離が生まれるも選球眼乏しく、”三振かホームランか” のバッティングは評価されず。 
以後、メジャー球団やマイナー球団を転々。 実績よりも実力が評価され、2006年 第1回 WBCドミニカ共和国代表に選出されています。

2012年よりソフトバンクでプレー。 130試合に出場し、129安打 21本塁打 打率280 の成績をあげ残留するも、翌年は結果を残せず。 
2014年はオリックスでプレー。 140試合 128安打 32本塁打 打点90 と活躍しますが、打率は255と低迷。 本人は残留を希望するも、条件が折り合わず退団に・・。 
2015年は楽天でプレー。 17本塁打をマークするも打点は40どまり。 125試合で109安打と打率も伸びず、シーズンオフには戦力外・・・。
2016年はインディアンス傘下のマイナー・リーグでプレー。 メジャー昇格なく翌2017年もプレーしていたところ、6月にロッテと契約。 70試合で15本塁打と長打力を見せる反面、全体的な衰えは隠せず、53安打 打率242 で終了。 12月2日、自由契約選手となり、日本を去りました。

身長190cm 体重118kg というレスラー顔負けの巨漢。
強烈な打球は野手のクラブを弾いたり、一直線にスタンド・インとなったり。 こんな凄い選手がメジャーでは通用せず、マイナー・リーグでプレー。 アメリカには無数の独立リーグもあり、カナダやメキシコ、更にはオランダ、韓国、台湾、中国も含めたら、未知なる能力を秘める選手はゴロゴロ。 
もし、日本プロ野球が外人枠を撤廃したら・・・ とても高校野球で活躍した程度の実力では、プロにすらなれない悲劇が待っています。 (日本プロ野球が一軍・二軍制度に拘った場合の話)
投手力は世界的な実力がついてきた日本人。 ただ野手となると身体能力的に劣り、長打力不足が解消されず。 世界の壁は本当に厚いです。

=通算成績=
(メジャー)  425安打  84本塁打  240打点  12盗塁  打率250
(日本)    454安打  86本塁打  260打点   5盗塁  打率261
  ベストナイン1回  月間MVP1回  オールスター出場2回  オールスター敢闘賞1回

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