もぐら

昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説のプロレスラーサイン集(日本

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ 1

イメージ 2


身長175cm程度、体重は100kgに届かず・・・ の小柄体格にして、曙、貴花田、若花田 といった後の横綱たちと互角の勝負を行ない ” 平成の牛若丸 ” と呼ばれ人気を博した力士こそが維新力。
子供の頃から大の格闘技ファンでプロレス好きながら、当時のプロレス界は、あまりにも体格の劣る者は入門困難な面があり、のちにプロレスラーになる事を夢見て大相撲に入ったという、” 掟破りプロレスラー ” ・・。 
(大相撲からプロレスラーに転向する者は多いですが、プロレスラーを目指して大相撲に入る者は稀)

四股名の「維新」とは、相撲に対する革命を目指しての意味ではなく、当時、人気大爆発した長州力=維新軍団からとったもの。 割れた腹筋からもわかるように、小柄ながら力強い取り口で昇進し、1989年11月場所では西十両筆頭にまで出世。 1990年には身長203cmの曙を突き落とし、若花田を土俵外に投げ飛ばす活躍。 
しかし・・ 体格の差は戦績にも反映し、同年7月場所において2勝13敗と大きく負け越し十両転落。 十両在位は20場所。 通算戦績は141勝159敗。 

当時、まだ29歳でもあり、本格的にプロレスラーを目指して始動。 メガネスーパーが資本提供を行う新団体SWSに入門します。 デビューはアメリカ・テキサス州ダラスにて。 相撲の立ち合いポーズから放つラリアットは、「相撲ラリアット」と呼ばれ、彼の代名詞的な必殺技に。 
徐々に実力を発揮し、1994年1月5日、実力者であるウルティモ・ドラゴンを破って、第25代 UWA世界ミドル王者になりました。 (タイトルは同年2月18日、ウルティモ・ドラゴンに奪還されています)
このUWA世界ミドル王座ですが、日本でもお馴染みの歴史あるベルトであり、1976年(昭和51年)5月2日、” 小さな英雄 ” ことグラン浜田が、レネ・ガハルドを破って第2代王者に君臨。 以後、浜田は7代、10代の王者にもなり話題を呼びました。

期待と話題の維新力でしたが、資本力あるはずのSWSはまもなく崩壊。
継続団体のNOW、WARでレスラーを続けるも、内臓疾患が悪化したことからセミ・リタイア。
WARは女子プロレス団体LLPWと提携していた関係で知り合った、ジュリアナ詩子(穂積詩子)と結婚し、1994年、” どりんくばあー 維新力の店 ” を吉祥寺にオープン。
プロレスはフリー参戦しながら現役を続行中。
イメージ 1

イメージ 2


「プロレスは肉体パフォーマンスだ!」と言わんばかりのド派手な入場シーン。
ダンサーを取り入れ、自身もAVギミックとなり、ストリッパーに扮した動きで登場。
ダンスで踊るマグナムのコスチュームに、観客が金一封を差し込むという、プロレス史上、前代未聞の入場パフォーマンスは、1950年代に人気を博した ” ゴージャス・ジョージ ” も顔負け。

しかし単なるショーマン派かと言えばそうではなく、相当なる実力を秘めている点がマグナムの魅力。
身長180cm 体重90kg とジュニア体格ではありますが、一度キレたら観客が引くほどのラフ殺法を披露。
そんな試合が2002年3月15日 川崎大会におけるSUWA戦。 英連邦ジュニアタイトルを賭け、いつも通りにダンサーと入場する際、そのダンサーをSUWAが攻撃。 これにキレたマグナムは、SUWAをパイプ椅子で乱打したり、殴る蹴るの大荒れ。 以後、マグナムが本気になる事を、「川崎モード」と言うようになりました。

ウルティモ・ドラゴンに弟子入り懇願を繰り返し、闘龍門1期生としてトレーニングに励み、メキシコに遠征。
1997年5月11日、アレナ・ナウカルパンにおいて大島(現・CIMA)相手にデビュー。 以後、メキシコのインディー団体 → みちのくプロレス を経て、1988年にはアメリカのメジャー団体 WCWに参戦。 ここでダンスを取り入れたレスラー達のグループに加わり、ダンサーギミックを磨く事に・・・。
こういった地道な下地があり、闘龍門JAPAN参加の為に帰国した頃には、日本プロレスラー史上、類を見ないダンシング・レスラーとしてのパフォーマンスを確立しました。

2007年4月9日 DRAGON GATEを退団。 引退はしていないものの、” 限りなく引退に近い状況 ”に。
晩年の天龍との絡み等を経て、2009年4月23日、後楽園ホールで復活。
元々空手出身であり、2010年には大道塾江東支部 黒木道場支部長兼師範となり、2015年には総合武道である絆會を設立し師範に。 格闘術の他、ヨガ、ベリーダンス、太極拳等、幅広く事業を展開中。

イメージ 1

イメージ 2


全日本プロレス草創期、小柄ながらテクニックに優れ、メインへのつなぎ役として活躍したのがマシオ駒。
礼儀正しくとにかく真面目。 トレーニングの鬼と言われ、同じくトレーニング好きだった山本小鉄ですら舌を巻いたという熱血漢。 (その為、二人は大親友。小鉄は新日本に参加する折り、駒を誘うつもりだったが、駒がアメリカ遠征中であった事もあり断念。その後全日本入りした事を悔やんでいたとか。 もし駒が新日本入りしていたら、ヤマハ・ブラザースは小鉄&駒だったと思います)
上下関係に厳しく、忠実な駒を馬場は信頼し、35歳という若さで永眠した時、馬場は人前で絶句したとか。

出身は早稲田実業。 野球部に所属し、同期が王貞治といいますから驚きです。
1961年(昭和36年)6月に日本プロレス入り。 10月にはデビュー(相手は平井光明=ミツ・ヒライ)していますから、すでに有望若手として扱われていたように思います。
1970年にメキシコ遠征を行うと、現地の英雄であったエル・ソリタリオからNWA世界ミドル王座を奪取する活躍。その後アメリカに移り、テキサス州アマリロに転戦。 当時のアマリロはドリー・ファンク・シニアがプロモートしており、シニアに気に入られた駒は定着。 ドル箱スターとして地位を築きます。 どのくらい儲けていたか・・ 当時を知る方の資料を参照にしますと、年単位で週1000ドル以上(当時)と言いますから驚き。 当時の1000ドルを換算しますと、日本円で約150万円ちかい金額になるのだとか。 これだけ稼げる日本人レスラーは馬場くらいのもので、ついにはアマリロにファンクラブまでできたといいますから、いかに駒の人気が凄かったか・・・。

そんな絶頂期、日本ではプロレス団体が分裂。馬場は日本プロレス時代に付き人であった駒に、全日本プロレス参加を要請すべくアマリロに・・・。 ここで駒の口添えもあってシニアと提携を結んだ事が、後に全日本がNWAと強い絆で有名外人レスラーを招聘できるきっかけとなりました。
(駒がシニアに 「今度、日本の馬場が新しい団体を作る」 と伝えると、NWA幹部だったシニアは、馬場に日本でのNWAプロモートに協力すると話したとか。馬場としては、テキサスをしきっていたフリッツ・フォン・エリックを招聘窓口にする予定が、思わぬ形でファンクスという強力なパートナーを得た事はラッキーでした。 ”駒のおかげで今の全日本がある” ・・ 後に自伝の中でも語っています。)

駒の理想は、あくまで中間ところの立ち位置レスラーは、大技を使わず、いかにメインにつなぎ盛り上げるか・・であった為、他の中堅レスラーにも大技を禁じ手とした事から衝突もあったようです。(特にグレート小鹿) 
私欲(個人プレー)を慎み、団体(チーム)を重んじた ”忠義の男” ではありますが、歴史の人物に例えるなら、石田三成と同じタイプ。 忠義だが堅物。 社長でもない駒が自身の理想論で縛ろうとすれば、反発者が起こるのも当然。 
35歳という若さで亡くなった(尿毒症)時、駒がいなくなった事で、自身のプロレスができると喜んだ?レスラーもいたとか。 「自己をアピールし、個人が売れてナンボ」 のプロレス界。 このあたり・・・ 人それぞれですから難しいところです。 

イメージ 1

イメージ 2


プロレスでいうジュニアとは、100kg未満(全日本プロレスでは105kg未満として報道)の体格を対象としているそうですが、最近のジュニア界は90kg前後のウエートでも王者になる混戦模様。 小柄なレスラーの場合、空中殺法のような華々しい技を連発する事で人気を得ますが、高岩竜一に限っては、パワーで勝負のジュニア戦士。得意技は雪崩式の投げ技や、叩きつけるようなラリアット等々。

在日コリアンで、基礎格闘技は柔道。 1992年、専門学校生の時に新日本プロレスの入門テストを受験。 インターハイや大きな大会で優勝したエリートですら、簡単に新日本プロレス入門はできないと言われる狭き門を、さしたる戦績がない高岩が合格した事で、当時新日本のコーチをしていた長州力の反感を買い、「鍛える為にしごく」のではなく、「辞めさせる為にしごく」 という理不尽な扱いを受けます。
また同期や同期に近い仲間は、続々とチャンスに恵まれ売り出される中、高岩だけが置き去り状態。 そんな中でも黙々とトレーニングに励んだ事から、徐々に長州も認めるようになり、新日本ジュニア戦線の一角として売り出されました。
空中戦や小技が飛び交うジュニアの試合において、重厚なパワー勝負を挑む姿が、当時、新日本プロレスで暴れていたスコット・ノートンとダブる事からついたニックネームは「ジュニアの超竜」・・・。 

当時の日本プロレス界事情は、初代タイガー・マスクの成功以来、注目を集めるジュニア界ではシングルマッチが主流であり、小柄なレスラー同士のタッグマッチは格落ち扱いとして、ジュニアタッグ王座では客が呼べないとしてタブー扱いを受けていました。 ところが、1994年4月16日 スーパーカップ 1st STAGE では、他団体の実力ジュニアが集結して大盛況。 ジュニアでも十分客が呼べる事が再認識され、1998年8月8日、大阪ドーム大会において、高岩竜一&大谷晋二朗が初代IWGPジュニア王座となります。
2回の防衛に成功後、1999年1月4日、東京ドーム大会において、ケンドー・カシン&ドクトル・ワグナーJrに敗れ王座転落。 その後、タイトルは獣神ライガー&グレート・サスケに渡りますが、1999年7月13日、岩手県営体育館において、高岩竜一&大谷晋二朗が再奪取に成功。 初代に続き、第4代王者となりました。
高岩はシングルでも本領を発揮。 2000年7月20日 北海道立総合体育センターで獣神ライガーを破り、第38代 IWGPジュニアヘビー級王者に君臨しています。
2001年、ZERO−ONEに移籍。GHCジュニアヘビー王座に2回君臨した他、2007年2月18日、日高郁人を破り、AWA世界ジュニアヘビー王座も獲得しました。

2009年4月5日、両国国技館大会でのIWGPジュニアヘビーのタイトルマッチ終了後、4代目タイガー・マスクをブラック・タイガーが襲撃。真相は不明ですが、どうやらこの5代目ブラック・タイガーの正体は、高岩竜一のようです。

イメージ 1

イメージ 2


身長185cm 体重110kg ヘビー級としては並みの体格ながら、パワー技が得意で、必殺技は 「キン肉バスター」 & 「直下型キン肉バスター(夢で逢いたい)」 
キン肉マンの原作者 ” ゆでたまご ” 公認という必殺技であり、彼の代名詞技と言われていますが、この技、漫画程の威力はないようで、大抵の場合跳ね返され、反撃されています。

1995年、藤原組に入門。 アレクサンダー大塚と共に、藤原喜明最後の弟子。
1996年、格闘探偵団バトラーツに参戦。 アフロ頭にズングラ体型。 ユニークなキャラもウケ、人気選手に。
2001年、バトラーツが成績不振で解散となり、他団体にフリー参戦後、プロレスリング・ノアの一員に。

GHCタッグ王座に計3回 (11代、13代 = パートナー・森嶋猛 19代 = パートナー・力皇猛)
第三代 GHC無差別級王座 の他、2012グローバル・タッグ・リーグにおいて、丸藤正道と組んで優勝。

「楽しいプロレス」 は現代の若者に支持され、美男子レスラーとの対戦では、執拗にチン・ロックをかけ、苦痛で歪んだ顔を、四方の客に見せるパフォーマンスを展開。 
昭和期・・ ジャンボ鶴田が、ジャンボ・ラリアットをする前に、サポーターを直しながら手をかかげ、「オウッ!」と客にアピールすると、「真面目にやれ!」「余計なショーマンするな!」 とヤジが飛んだのがウソのようです。
(ジャイアント馬場は解説で、” あんないらない事する暇があったら、もっとガンガン攻めにゃいかん ” とよくぼやいていました・笑)

大食いの多いレスラーの中でも1・2を争う食欲は、回転寿司だと120皿を完食する程。
ちなみに過去のレスラーの中で、もっとも大食いと言われたのが、昭和の怪力男こと豊登。 「寿司屋に行った際、握り寿司を250個食べた」 という胃袋は当時としても有名で、更に早食いでもあったとか。
そんな寿司つながりなのか・・(もちろん偶然です) 2006年公開の映画 「力動山」 において、ヨネは豊登役で出演しています(笑)


.
mogura
mogura
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(21)
  • 権田さん
  • グリフィスの倉庫 メゴマ呉
  • ちょうすけ
  • おりお
  • san*e*524*
  • y49*2h
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事