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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説のプロレスラーサイン集(外人

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2代目タイガー・マスクがジュニア戦線で活躍?していた時、ジュニアらしからぬ体格に、「本当にジュニア?」って思った方も多かったと思います。 これはデビュー当時のジャンボ鶴田にも言える事ですが、本来ジュニア・リミットは99.8kg未満(220ポンド)のはず。 ところが全日本中継では、ジュニア・リミットは105kg未満と紹介された事があるので驚きです。
まあ、ボクシング等と比べて、このあたりの曖昧さがいかにもプロレスなのですが、新日本プロレスに初参戦した時のスミスも103kgだったとの事。 
そのあたり、けっこう新日本も曖昧で、実況の古館が体格の紹介ができず、適当にはぐらかず場面も(笑)

初参戦時は覆面レスラー 「バンピート」 を名乗って大暴れの予感。 NWA世界ジュニアヘビー王座決定戦では、ザ・コブラのライバルとして期待される中、試合前に正体を明かしてファンを驚かしました。
っというのも、ザ・コブラは初代タイガー・マスクの後釜的な存在 (実際は初代タイガーがデビューした同時期、すでにメキシコマットで活躍していました) として認識されていましたから、バンビートはブラック・タイガー的な存在になるのだろうと予感していたファンが多かったわけで、その対抗馬がいきなり自ら覆面外しとは、誰も予測できない事でした。

そのスミス、あのダイナマイト・キッドの従兄弟にあたり、キッド同様にビルドされた肉体で大暴れ。
必殺技のツームストン・パイルドライバーの威力は凄まじく、主役であるはずのコブラがタジタジになる事もあり、何故か二人の対戦は名勝負にならず・・・。 
コブラの失敗はスミスを起用した事だというファンが多かった事を記憶しています。

日本ではジュニアで戦いながら、アメリカにもどるとしっかりヘビー級で戦うあたりは、流石、合理主義者。
1984年に北米ヘビー級王者となると、そのまま正式にヘビー級転身。 以後、日本マットを全日本プロレスにかえ、キッドと共に活躍?しました。 (但し、名勝負らしきものは?? 当時のファンは、新日本から全日本、又は全日本から新日本と登場マットがかわるだけで大騒ぎでしたので、スミス&キッドが全日本というだけで、十分な話題がありました)

1985年(昭和60年)〜 WWFに進出。 キッドとのコンビ名は 「ブリティッシュ・ブルドックズ」・・。
1986年にはWWF世界タッグも獲得。 絶大なる人気者に・・・。 しかし何故かスミスはキッドに対して攻撃的。
「キッドが交通事故にあったから出場できない」 といったガセ情報を流す等し、二人は疎遠状態に・・・。

2002年、ステロイド剤中毒による心臓発作で他界。 39歳という若さでした。
終始、スミスという人物は謎の多い人物だったように思います。
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「デスマッチの本場はテキサス」と言われる通り、テキサス人の気性の激しさは凄まじく、あのアントニオ猪木ですら、「背をむければナイフが飛び、囲まれたらリンチを食らう」と恐れた程。
”鉄の爪” フリッツ・フォン・エリックは、顔面や胃袋をつかみあげ、相手を悶絶させる事から絶大なる支持を受け、全盛期にはエリック王国を開いた事で有名です。 残酷、残虐な程、ファンが熱狂するテキサス・・・。 
そんなテキサスですら、あまりに過酷で残酷な事から敬遠されるのが ” チェーン・デスマッチ” ・・・。
長さ1m〜2mのチェーンをお互いの腕につけ、絶対に逃げる事が許されない状況だけでも恐ろしいのに、チェーン自体が武器になるわけですから、確かに恐怖のデスマッチ。 そんなデスマッチ王国・テキサスにおいて、「チェーン・デスマッチの鬼」 と言われたのがボリス・マレンコ。 後のグレート・マレンコです。

1924年(大正14年)、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。 1944年(昭和19年)プロレス入りとの事ですが、生まれ、プロレス入り説共に異説(1933年説)があるのは、いかにもアメリカ人らしい話。 
ただ間違いないのは、1961年(昭和36年)に、ボブ・ガイエルとのタッグで、AWA世界タッグ王者に君臨した事。 その他、NWA系のローカルタイトルを続々と獲得。 ついには野生児・バディ・ロジャースのNWA世界ヘビー級タイトルや、ブルーノ・サンマルチノのもつWWWF世界ヘビー級タイトルにも挑戦。 
当時のアメリカマット事情はプロモーターの結びつきが強く保守的。 結果、AWA、NWA、WWWF という巨大3マーケットで大暴れするレスラーは稀。 いかにマレンコ人気だったかがわかります。
但し、マレンコ人気は、あくまで悪役人気。 デスマッチ抗争の他にも、キラー・カール・コックスやジョニー・バレンタインとヒール軍団を結成。 流血を恐れない闘いぶりで恐れられました。

1965年(昭和40年)、日本プロレスにて初来日を行うも、ちょうど力道山が亡くなり、馬場時代に移る狭間だった事もあり名勝負を残すには至らず。 また、ロシア人ギミックでもある ”グレート・マレンコ” というネームが、日本人ウケしなかったのも、以後、日本プロレスからお呼びがかからなかった理由と思われます。 (当時のアメリカ・マット界において、ソ連や日本人を退治するパターンは根強く残っていました)

しばらく時を経て、1973年(昭和48年)に全日本プロレス、1974年(昭和49年)に新日本プロレスに参戦。
日本のファンは、「デスマッチの鬼」の異名から想像される評判のラフ・ファイトを期待しますが、残念ながらすでにレスラーとしてのピークが過ぎており、これまた名勝負を残すには至らず。

1994年に白血病にて永眠。 61歳と言われますので、この場合なら生まれは1933年となります。
晩年はレスラー育成にも尽力され、ヒール・マネージャーとして活躍。 すぐに怒って葉巻を押し付ける事でも有名に。 最近のプロレス・ファンなら、息子のディーン・マレンコやジョー・マレンコの方が印象深いかも。
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プロレスラーになる者の過去を見ると、日本人なら空手、柔道、レスリング出身者が多く、一昔前なら相撲、ボディビル、ラグビーあたりってところ。 
他にもプロ野球のジャイアント馬場、サッカーの蝶野正洋等、格闘技以外の者もポツポツ。
アメリカ人の場合は圧倒的にアメリカン・フットボールとレスリング。 ボクシングやボディ・ビルの他、プロ野球出身のボボ・ブラジル等、異色スポーツ出身者も多数。
そんな中、ダグ・ファーナスはパワー・リフティング出身。 簡単に説明すると、バーベルを使って重量挙げを競うスポーツ出身という事です。(元々はフットボール選手との掛け持ちでしたが、怪我をしてフットボールを辞めた後はパワー・リフティング一本に。1986年にプロレス入りした後もパワー・リフティングは継続。)

身長180cm 体重115kg と標準的な体格ながら、パワー・リフティング世界記録を19回も更新した怪力はパンパないもので、ロープにふられまいと踏ん張ったレスラーが、無理やり投げられる事もしばしば。 
ベンチプレス278kgと言いますから、あの小錦やアンドレ・ザ・ジャイアント、昔のレスラーなら ”人間空母” ヘルスタック・カルホーンが持ち上げられる事に・・・。 その奇跡の怪力ぶりに驚いた川田は、ロープの受け身を損ねて背中を強打した事もあるとか。
更にファーナスの凄さは跳躍力とスピードにもあり、バック宙返りをしてのドロップ・キックやスピーディーなフランケン・シュタイナー、空中一回転させる投げっぱなしジャーマンは、ファンから絶大な支持を得ました。

ただ・・ 凄さの反面、一流レスラーに必要な 「売り」 に欠けたもの事実。
ファーナスが頻繁に登場した頃の全日本プロレスは、スタン・ハンセンを筆頭に190cmを越える大型レスラーが多く、その巨体から繰り出す大技にこそ説得力が求められた為、一つ一つの技は合格点でも、トップレスラーとまでには至らなかったように思えます。

事実、全日本プロレスから本場のWWEに戦場を移すと活躍の場を失い、WWE解雇された後はECWに移りタッグタイトルを獲得するも、人気面はもう一つ伸びない有様・・・。
結局、インディー団体に活躍の場を移すも大成する事無く40歳にして引退。 社会福祉士(病院や施設で働く相談員の資格)を取得し人生の再出発を行っていた時、パーキンソン病が発症。
2012年3月2日、50歳という若さで永眠。 発見された時、すでに死後数日もたっていたそうです。 死因はパーキンソン病に伴う合併症により起こる心臓発作ではないかと言われます。

身体能力抜群でもトップスターになれない世界・・・ これが 「プロ」 というものなのかもしれません・・・。
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「貧困な少年時代の御馳走はネズミ」「喧嘩に明け暮れる日々で、ついにはシカゴで用心棒をしていた」「暇つぶしの為、朝から晩までひたすら200kgのベンチプレスをしていた」・・・ アニマル・ウォリアーの宣伝は伝言ゲームのように誇張され、ついには化け物紹介のような内容に・・・。 でも、仕方がありません。 何分にも、いかつい顔面ペンキングにゴツイ筋肉、そして荒くれ者スタイルで好き放題に大暴れするのですから。

1980年代〜1990年代にかけて、この無法者コンビこそが世界一強いと思った方は多かったと思いますが、上半身は凄くとも下半身が細身だったホークに比べ、全身筋肉の塊だったアニマルは最強との声も。
確かに100kgくらいの中軽量レスラーなら、軽々と持ち上げてデッドリードライブ。 大型レスラーでもロープに振ってのラリアートで半回転ノックアウトですから、それまでプロレスとはあきらかに違います。

ウォリアーズが出現する前のプロレスは、まず組み合ってから寝技でポジションをとり、スタミナを奪いながら大技(フィニッシュ)に切り替えていくスタイルでした。 しかし彼らのプロレスは 「秒殺」 を目的とし、駆け足で入場するやいなやロープとマットの隙間から入り込み、後は好き勝手に痛めつけ、相手の反撃を待たずして圧勝するスタイルでした。 

当初は、「ショー化されていくアメリカン・プロレスだから客ウケするのだろう」 と思っていましたが、1985年、全日本プロレスに登場した際、カーン&アニマル浜口を軽く一蹴。 現役復帰したテリー&ドリー(ザ・ファンクス)にも圧勝内容の試合運び。 誰もが、身長190cm 体重130kg のアニマルを倒す事は不可能にさえ思え、見せかけだけのショーマンではない事を実感しました。

ただ、一時期は客を熱狂させてくるのですが、単調な試合運びと、中身の伴わないプロレスは飽きられてくるもの事実。 そこを話題性とカリスマ性でフォローするあたりは流石というところ。 新日本プロレス参戦時には、アニマルの負傷から佐々木健介を得た事を幸いに、” トリプル・ウォリアー” を名乗り大暴れ。 話題性を振りまきました。 (あまりに人気があったので、人気漫画 ”北斗の拳” にも登場した程)

「アイアン・マン」の入場テーマを聞くたびに、昭和末期に現れたプロレスの変革者 ”ウォリアーズ” 及び、強烈なインパクトのアニマル・ウォリアーを思い出します。
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1988年(昭和63年)、全日本プロレス初登場したジョニー・エース。
193cm 112kg の恵まれた体格から放つ必殺技 ” エース・クラッシャー ” は、来日を重ねるごとに進化していき恐怖の技に。 怪力でもあり、中軽量のレスラーなら軽々と投げ飛ばす暴れっぷりが評判を呼び、1990年代の全日本プロレスにおいて常連レスラーになっていきます。
デビューが1986年ですから、わずか2年でスター街道。 レスリングが出来ないレスラーを極端に嫌うジャイアント馬場の眼にかなうあたりも超大物の気配・・・。

タッグマッチの名手でもあり、スティーブ・ウィリアムスやスタン・ハンセン、更にはライバル関係でもあった小橋健太ともコンビを組んで大活躍。 1998年には三沢光晴の三冠ヘビー級王座に挑戦し、あわや新チャンピオン誕生かという名勝負を行いました。 1990年代の全日本を語るには忘れられない名レスラーであります。

デビュー当時は弟の ” ザ・ターミネーター ” とコンビを組んでいましたが、この二人の実兄は、あの ” ザ・ロード・ウォリアーズ ” のアニマルと言いますから驚きです。 いつも顔面ペイントしているので、エースとの比較が困難ですが、確かに横顔を見れば、どことなく似ているように感じます。

とにかく日本大好き。 1988年〜引退する2000年までの主要マットは全日本。 (一説では、1999年にジャイアント馬場が永眠し、2000年、三沢たちが全日本を脱退したことにより引退を決めたとの事)
現在はWWE副社長(この団体には多数の副社長がいます)となって、若手の育成に当たりながら、プロレスの灯を守られておられます。

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