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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説のプロレスラーサイン集(外人

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1963年(昭和38年)、力道山が暴力団員に刺殺されるというショッキングな事件が勃発。
日本プロレスの経営を巡っての混乱にグレート東郷が加わり、乗っ取りを企てたとしてブッカーを解任。 
1964年1月、未亡人となった百田敬子氏が日本プロレスリング興行社長に就任しますが、遠藤幸吉、芳の里、豊登、吉村道明は、別会社となる日本プロ・レスリング興行を設立。 これによって興業収益や日本テレビからの放映権収益は全て日本プロ・レスリング興行に流れた為、百田社長の日本プロレスリング興行は、力道山が残した多額の借金で苦しむようになります。 中でも2年前に完成したばかりのリキ・スポーツパレスは負債が大きく、日本プロレス営業部長であった吉原功は、日本プロ・レスリング興行が買い取る形で解決しようと提案しますが、遠藤幸吉は大反対。 結果、吉原は退職し、国際プロレスを設立します。

吉原の目指した興行スタイルはフリーランス・システム(団体がレスラーを雇用するのではなく、契約をもって運営するシステム)でしたが、レスラー貸出を日本プロレスが拒否した事から頓挫。 結局、レスラーを雇用する形で国際プロレスは運営していきます。 そうなるとブッカーの必要性が重要となりますが、依頼したグレート東郷は高額の料金をふっかけた事から合意とならず、ヒロ・マツダを採用。 国際プロレス初期、吉原はアメリカ市場よりもヨーロッパ市場に視野を向けた為、未知なるヨーロッパの強豪や怪物レスラーが多く来日しています。

代表格なのがモンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)であり、220cmの大巨人として売り出されますが、同時に ティト・コパ なる小型レスラーも。 1969年(昭和44年)6月2日〜6月22日 まで全13戦行われたダイナマイト・シリーズにおいて初来日。 1972年(昭和47年)3月27日〜5月6日 まで全34戦行われた、第4回 IWAワールド・シリーズで2度目の来日を果たすと、モンスター・ロシモフとタッグを組み大人気に。
ロシモフ=220cm に対し、ティト・コパの身長は165cm少々。 このようなギャップを売りにするあたりも、国際プロレスならでは。 小太り(体重105kg)で丸顔にチョビ髭。 身長の低いティト・コパがコーナーに正面からぶつかり、後方にコロコロ転がる姿が懐かしいと言われるオールド・プロレファンも多々。
しかし・・ 人は見かけで決めたらいけないとはこの事。 実は本格的ヨーロッパ・レスリングを身につけている実力者。 無法者地帯と呼ばれた当時のテキサスにおいて、テキサス・Jrヘビー級王者に君臨した事も。 
その実力は辛口評価で知られるルー・テーズをして、「体格さえよければ、世界王者も狙える実力者」 との事。 2004年7月に永眠されています。
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古代オリンピック以降、競技として進化したレスリングが興行化し誕生したのがプロ・レスリング(プロレス)。
1930〜40年代のアメリカン・スタイルは、「投げ・蹴る・打つ」 が主体だった為、本格的なレスリング・スタイルを用いたレスラーはヨーロッパ勢に多かったように思います。 っと、言うのも、ヨーロッパ派には、スープレックスの他、サブミッション(関節)を重視したランカシャースタイルが根付いており、” 神様 ” ことカール・ゴッチあたりは代表的なレスラー。 その流れを組む ” キャッチ・アズ・キャッチ・キャン ” は現代プロレス源流の一つとされ、ビリー・ライれージムは名レスラーを多く生むジムとして有名。(日本では ”蛇の穴” として名称が浸透)
(伝説の初代世界王者であるフランク・ゴッチも、得意技はサブミッション。 イギリスからの移民によりアメリカに伝わったランカシャースタイルだが、大きなアクションで盛り上げるプロレス興行としては、ボクシングやフット・ボール出身のレスラーの方がウケがよく、ルー・テーズの人気が、アントニオ・ロッカをはじめ、オーバー・アクション派に敵わなかった理由でもあります。)

ジョニー・スミスは本格派ランカシャー・レスリングの使い手として、英連邦ミッド・ヘビー級王座を計4回奪取。
1987年(昭和62年)6月、ヨーロッパとのつながり深い新日本マットに登場。 未知なる強豪として期待されるも、この時期の新日本は新旧入れ替わり時期及び、離脱等もあってお家騒動の後遺症もありガタガタ。
1989年、ダイナマイト・キッドの誘いもあり全日本プロレスに移籍すると、キッド・ブラザーズの一員として活躍。
1991年には、キッドと組んで、小橋&菊池 からアジア・タッグ王座を奪取しています。 この時は初防衛戦において、ダグ・ファーナス&ダニー・クロファット に敗れ、王座陥落していますが、1998年、ウルフ・ホークフィールドと組み、秋山&大森 を破って、第63第アジア・アッグ王者に復活。 ” ジョニー・マジック ” と言われる程のテクニックを多く披露した事で日本での地位を築き、1999年にはベイダーのパートナーとして世界最強タッグに出場。 3位に入る活躍を見せました。

身長は180cmと小柄ですが、テクニックでファンを引き付ける事ができる数少ない外人レスラーの一人。
実力者だけに評価は高く、全日本離脱しノアを設立した三沢がもっとも欲していたレスラーでもありました。

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昭和50年2月、移動中の軽飛行機が墜落するという大事故に巻き込まれながら、奇跡の復活を遂げた肉体はアメリカでも評判となり、主に南部地区を中心に活躍。 ” 南部の帝王 ジェリー・ローラー ” との抗争で人気を得ると、昭和54年6月、若き日のハルク・ホーガンからNWAサウスイースタン・ヘビー王座を奪取。

身長188cm 体重120kg 筋肉ムキムキの身体・・・ 金髪で二枚目を気取った顔つき・・・
日本では 「まだ見ぬ強豪」 の触れ込みでプロレス・レスラー名鑑に紹介され、初来日(全日本)となったのが昭和55年8月 ” 第二次 サマー・アクション・シリーズ ” にて。

8月21日 後楽園ホール シリーズ開幕戦のメインは、ジャイアント馬場 ジャンボ鶴田 VS レイ・キャンディ オースチン・アイドル のタッグ・マッチ。 当時、この手の二枚目・ムキムキレスラーは、スーパースター・ビリー・グラハムのような怪力派と思いがちでしたが、オースチン・アイドルは開始9分過ぎに、鶴田に足四の字固めを決めギブアップ勝ち。 2本目は鶴田が攻勢に出て、オースチンからリングアウト勝ちしますが、日本のエース鶴田が、初来日の伊達男にギブアップ負けした事で、一層、” 未知なる強豪 ” のインパクトが高まった感がします。

そのシリーズでは、マスカラスと抗争を展開。 当時のマスカラス人気は異常な程で、夏になると来日するマスカラスを出迎える為、羽田空港にちびっ子ファン3000人が集まった・・・ という伝説がある程。 それだけに抗争相手にも恵まれ、このシリーズ参戦は大成功。 馬場としては客の呼べるレスラーといった印象がもてたはずですが、オースチンが全日本提携エリア外を主戦場に選んだ事と、スタン・ハンセンの全日本参加により、マスカラスをはじめ、軽量・中量級レスラーの商品価値は急落。 

2度目の来日は、昭和62年8月 ” 87サマーアクション・シリーズⅡ ” ・・。 スタン・ハンセンのパートナーに指名され、PWF世界タッグをかけ龍原コンビ(天龍&阿修羅原)と対戦するも敗退。 更にはマイティ井上との対戦で肋骨骨折の重傷を負い途中帰国と散々。 昭和63年4月、チャンピオン・カーニバルに参戦するも、目立った活躍なし。 (全日本プロレスは、この4月をもって生中継が終了し、日曜夜10時半に降格する等、プロレス人気低迷期に・・・) オースチン自身も以後行き場を失いローカル転戦を繰り返した後、1998年をもって引退し、不動産業に転職・・・。

必殺技は、” ラスベガス・レッグロック ” = 足四の字固め というあたりも日本で人気がでなかった理由。
デストロイヤーは元祖・使い手である他、小柄で太い足からガッチリ決めるので説得力がありますが、見た目が怪力派でありなから、こういった技がフィニッシュ・ホールドでは日本大成はムリ。 結局はハンセンやブロディの強さをアシスタントするサブ・レスラーとして期待された・・ てとこでしょうか?

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豊臣秀吉が小田原城攻めを行い、伊達政宗に参戦命令の勅書を出した時、読んだ政宗は 「ワシは時代の運がなかった。20年早く生まれていたら、必ずや天下人になれたであろうに・・」 と嘆いたとか。
政宗同様、グラジエーター(マイク・アッサム)は時代運がなかった悲運のレスラーのように思えます。

1990年代〜 「ブロディ、ハンセン級の大物」 として注目されたグラジエーター。
惜しむは主戦場がインディーFMWだった事や、平成に入り格闘技の多様化と、レスラーの世代交代によって、熱狂的であった昭和プロレスの流れを汲めなかった点が挙げられます。
身長198cm 体重130kg 筋肉隆々という超体格から、ノータッチトペや、ずば抜けた跳躍力から飛距離あるダイビング・ボディ・プレスを慣行。 圧倒的なパワーから放つアッサム・ボムの破壊力は失神者続出の威力を誇り、「人間じゃない、サイボーグだ!」とさえ言わしめた程でした。

1995年のFMWリーグ戦「グランドスラム」でハヤブサを倒し、世界ブラスナックル王座となると、続いて金村ゆきひろからインディーペンデント・ワールド・世界王者を奪取し、FMW二冠統一に成功。
以後、ECWとFMWを主戦場とし、ECW世界ヘビー級チャンピオン、ECW世界タッグチャンピオンに輝く活躍で、全米からも注目されるスターレスラーに成長します。

1999年9月4日 日本武道館では小橋建太とシングルマッチを行った事で、日本での知名度UP。
順風満帆のレスラー人生か・・ っと思われた矢先、なんとECW世界王者でありながら、WCWに電撃移籍を発表。 自由の国アメリカであっても、このタブーは許されず、ECW世界王者を降りた後は二線級レスラー扱いを受けることも・・・。 更に移籍したWCWがWWFに買収された事によって出番を失い、主戦場を日本に戻しますが、日本ではプロレスブームが去り、主だった有名レスラーの拡散や高齢化もあって超低迷期。 
こうなると名勝負を繰り広げる事もできず、持病(内臓疾患)の悪化もあって40歳にして引退。

引退後は不動産ライセンスを取得して就職するも、42歳の時、自宅で首つり自殺。
あと10年早く生まれていたら・・・ っと思わせる実力者の悲惨な最期・・・。 実に残念です。
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平成29年3月12日22:00〜予定の 「プロレス総選挙」 では、古今、日本に馴染みの深いレスラー20名を、現役&OB及び、プロレスファン1万人によってベスト20選び紹介するという壮大な企画。
WBC日本VSオランダ戦が延長となった為、放送開始は深夜をまわってしまったというハプニングがありましたが、ハンセン、長州、天龍、浜口、そして猪木と往年のレジェンドたちが姿を現し会場は大興奮。 
第20位がアンドレ・ザ・ジャイアントだった事に驚くも、ランクが紹介されるうちに、とてもベスト20では思い出の名レスラーを語る事ができない現実に直面。 1位=猪木、2位=馬場、3位=初代タイガーマスク 5位=力道山 7位=ジャンボ鶴田 ・・ と現役の人気レスラーを抑えて、昭和のレジェンドがランクイン。
しかし・・ 鉄人ルー・テーズ、神様カール・ゴッチをはじめ、ザ・デストロイヤー、フリッツ・フォン・エリック、ディック・ザ・ブルーザー、ブルーノ・サンマルチノ、ジン・キニスキー、クラッシャー・リソワスキー、ジョン・レオ・ジョナサンといった昭和40年代の名レスラーや、ドリー・ファンク・Jr、テリー・ファンク、ミル・マスカラス、ハーリー・レイス、リック・フレアー、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ブルーザー・ブロディ、ザ・ロード・ウォリアーズといった昭和50年代の名レスラーたちも落選。 BI砲時代を知る者も齢をとったということでしょうか? まさに昭和も遠くになりにけり・・・。

時代が変わると現れるのが二世レスラー。
親父の栄光をバックに、成功する者・・ 失敗し消えていくもの・・多々。 特にプロレス界は厳しいようで、力道山の息子である百田兄弟あたりは、陽を当たることなく終わった感じがします。
デビッド・サンマルチノも同じような運命をたどった二世レスラー。
身長173cm 体重110kg前後と小柄。 (ブルーノも身長はなかったですが、ゴリラのような重厚な体格を誇ったので、強さに説得力がありました。) バック・ブリーカーを必殺技に使用したあたりは七光りで良し ってとこなのでしょうが、力技を誇示する技量が乏しく、時代的にもフィニッシュ・ホールドにならない為、足4の字固めやら、ニー・ドロップやら、誰でもできる真似技に頼らざるおえず人気は低迷の一途。
1980年に、馬場=ブルーノルートで全日本に参戦しますが定着(常連)とはいかず、アメリカマット界でも、WWFでは芽が出ずAWA圏やインディー団体を転々。 
NYSWFヘビー級チャンピオン(ニューヨーク・ステーツ・レスリング・フェデレーション) やら SCWヘビー級チャンピオン(サザン・チャンピオンシップ・レスリング)やら、聞き覚えのない怪しげな団体のチャンピオンには各1回程度なれたみたいですけど、偉大なる親父殿と比較するには可哀想すぎるレスラー人生。
2010年には引退している模様。 ブルーノ自身は、デビッドのプロレス入りに反対していたとの事。 百戦錬磨だけに 「デビッドでは無理だ」 といった直感があったのかもしれません。

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