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皇居が京都から東京に移った理由は様々あると言われていますが、
スピリチュアルには実は感動的な話があるのです・・・
それは二人の共にいたいという男女の真実の愛がそうさせたのです。
時代は1860年代にまでさかのぼります・・・
主人公は江戸幕府第14代将軍、徳川家茂様
そしてお相手はその奥方の皇女和宮様。
最初は朝廷に幕府を取り込むため、そして崩れかけた幕府に力をとりもどすための政略結婚でした。
和宮様も最初は毎日「京都に帰りたい」と泣いていらっしゃったそうです。
けれども家茂様のお優しさに次第に心を開かれて、お二人は真に愛し合われるようになりました。
あとはお子を待つのみでしたが、
皇室の血が幕府にながれることを嫌った和宮様のお兄様孝明天皇から何度も戦に駆り出されます。
そして最後大阪に遠征に行く前に和宮様に何がお土産に欲しいか聞かれると
和宮様は「今日の反物が欲しい」とおっしゃられたそうです。
ただ家茂様はこの遠征で大阪城で命を落とされてしまいます・・・
そして和宮様の元には約束の反物だけが届けられたのです・・・
それをご覧になって和宮様は
「空蝉の 唐織衣何かせむ 綾も錦も 君ありてこそ」
どんなに美しい織物も見せたいあなたがいなければ何の意味も甲斐もないのに・・・
という和歌を詠まれます。
「着物なんていらない。あなたさえいれば・・・」和宮様の悲しみが伝わってきます。
その後和宮様は孝明天皇様から京都に帰るよう言われましたが、
自分は徳川の人間ですと江戸に残られました。
そして最後はご自身の身を盾にして江戸城の無血開城を実現させました。
家茂様が亡くなられたのが1866年、
皇居が東京へ移るきっかけとなった「東京行幸」が1868年・・・
そうまるでお二人の魂とお心が一生添い遂げたいと響き合っているかのようです・・・
京都の朝廷の意に反してお二人は固く結ばれているのです。
それが皇居が京都から東京に移動した理由なのです。
東京にはその真の愛のエネルギーがまだ生きています・・・
最近関西で天災が多くても、東京はそんな被害がないのもこの真実の愛による
結界があるからかもしれませんね^^
愛は全てを浄化しますからね・・・
このお話、お恥ずかしい話ですが、実は去年12月冬至の頃
長野県下諏訪の諏訪大社の下社秋宮を参拝した際に和宮様がお泊りになられた旅館
「聴泉閣かめや」さんの展示で初めて知りました。
あの和歌を読んだら涙が止まらなくなっていしまい、声を押し殺すのに大変でした。
その後何故か錦糸町とか山田錦とかやったらと「錦」の文字を目にすることがおおくなったのには
驚きです・・・
もしかしたら自分の過去世と何か関係があるのかもしれません・・・
私が下諏訪を訪れたのは皇女和宮様降嫁150年記念の時だったのです。
同じく下諏訪にある花屋茂七館でも当時の和宮様の使用された食器などが展示されていて、
そこで和田峠の黒曜石をお土産に頂きました。
諏訪は本当に良かったです・・・
又是非寄せさせて頂きたいです。
その際は自分の過去世と縁の深い鬼無里にもお伺いしたいと思います。
自分と長野の縁は意外と深いようです・・・
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