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月子のネタ帳
BBT大学一期卒業。広島の佐々木あや(変劇団所属)の自己満足なネタ帳。ちょっとした出来事も、すべてに物語があるのです。

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まさかの一年ぶりの投稿。しかも前回もやっぱり旧正月に投稿しているようだ。意図はしていなかったが、現在絶賛旧正月中。今年は東アフリカ、ケニアへ一人旅にやってきた。ベトナムにすっかり身も心も溶け込んでしまった私は、日本の正月よろしく、旧正月に思考の整理を行う習慣がついているのかもしれない。

毎年どんな思考を整理しているのかというと、自分に嘘をつかずに生きているかどうかの確認だ。自分はどんな人生を歩みたい?歩めているか?なにかギャップがあるならそれは何か?どう解決するか?毎年振り返っている。

振り返りながら大事にしていることは、自分のミッションステートメントも更新すること。

昨年までは、割とずっと同じ文面で、「輪を広げる」とか「家族の話を広げる」って言っていたのだけど、今年は随分言葉が整理された。

「キラキラが連鎖する世界を創る」

これまでも、キラキラ連鎖の会を創って勝手に主宰していたのだけど、やっとこさ具体化された。やっぱり、私がしたいことって、キラキラが連鎖する世界を創る事なんだ、と。

キラキラしている世界ではなくて、連鎖するのがポイントで。キラキラした人と会うと、なんだかキラキラが連鎖されて元気にならない?私は、人から元気をうけることが多いので、いろんな人に会うことを意識している。一人でいたら、自分のことしか考えないから。そうすると、なんかネガティブになるのよね。

で、自分自身も、キラキラの源になりたい。

私が醸成するキラキラ成分は、特別なことではないことが強みだと思っていて。なんかしょっちゅう職員室呼ばれるし(生徒指導室ではないのがいい子ポイント)、職員室のブラックリストに名前載ってたよと友達から聞かされるし、書いた反省文の数は思い出せないレベルだし、単位足らないから進級できないって高2で言われて保健室で課題やってたり、そう、教室が嫌で保健室にこもってた人だし、大学生になってもなお「大前研一学長殿」っていうタイトルで反省文書く羽目になるし、社会人半年で始末書かかされるし(2年経った今まだ出してないけどさ)。

そんなダメな子でも、自分の信念持ってれば、好きな人生を歩めるっていうことを体現したい。

国公立の大学にいくことが幸せに直結することではない。通信制に入っても、世界を旅しながら、舞台作品を創りながら、自由に自分の時間を創れること。(BBT大学ありがとう、大前学長ありがとう)

大手企業に入ることが幸せに直結することではない。入社したときは社長と自分を合わせて4人しかいない会社だったけど、海外現地法人の立ち上げに一人で行かせてもらえたり、自由に出張できて自由な時間に仕事ができて自由に自分の時間を取って家族と過ごしたり舞台作品を創ることができること。(JIN-Gありがとう、三城社長ありがとう)

都会にいることが幸せに直結することではない。私の場合は本社は東京だけど、もともと西日本支社を立ち上げようということで入社している。(西に行きすぎてベトナムにいるけど。)田舎にいてもできる、東京にわざわざいかなくても愉しい仕事ができる会社にしたくて、今仕事をしている。

別に、国公立大学やら大手企業やら都会をディスってるわけではなくて、そこへ行くことを目的にしてる人が周りに多いので、それって人生たのしくなくない?って思うわけなのだ。それだけが人生ではなくて、もっと柔軟に考えてもいいんだよ、っていうこと。

「キラキラが連鎖する世界を創る」ために、「可能性を広げるお手伝いをする」「Enjoy My World」をしていきたい。

それで、大切なことって、「謙虚、感恩、対話、誠実、貢献」で、これは割と毎年同じこと考えてるかな。


そんなわけで、今年も、ミッションステートメントを更新しつつ、2017年をどう生きるかについてノートにずっと書き出しをしているのである。

ビジネス内容を、もっとキラキラさせたいなと思って、今日は新規事業について考えていた。

それに関わって、ちょいと親戚のおじいちゃんの状況をgoogleで調べたところ、彼ったら、御齢85になるのに今度は音楽劇に挑戦するとかニュースになってて、知らなかったぜという驚きとともに元気すぎるやろという衝撃をうけ、ええ、つまりこれもキラキラ連鎖の一つなわけで、私も頑張ろうと思ったわけだ。


みなさま、どんな人生をお過ごしですか?


>執事
元気?w

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ベトナムは旧正月なので、いまが正月休み。
そんなわけで、1週間の休暇を利用してスウェーデンに来ている。

日本とは8時間の時差があり、どうしてもしなければならない日本本社のコンサルタントとのミーティングのために朝食を駆け込んで、食べきれなかった分を部屋に持ち込んだのに時間を間違えていたことが分かり1時間暇になった月子は、何事もなかったかのようにブログ更新をする運びとあいなったわけだ。

ベトナムでそのミーティングを設定した時は、日本の16時ということはスウェーデン時間の7時にミーティングだから早起きしなければと思っていたのだけど、スウェーデンに来てgoogleカレンダーを確認すろと、スウェーデンでは8時だと気付いた。危ない危ない。どちらにせよスウェーデンでは毎朝6時に目覚め、熱いシャワーを浴びて朝食をとり、2時間ばかり散歩に出かける生活をしている。散歩をずらしてミーティングね、おっけい。ということを思い直していたはずなのだけど、寝る前に「明日は朝からミーティングだから早起きを」と間違ったことを記憶しなおしてしまっていた。遅れてないからいいのだけど。

人間は面白いもので、エピソード記憶と意味記憶という2種類をつかって記憶しているらしい。感情や場所や時間が含まれるのがエピソード記憶で、それは一回の体験で記憶される。意味記憶は、事実と概念を記憶することで、くり返し思い返しながら記憶されていく。

昔参加した演劇のワークショップで、カフカ著の「変身」を覚えるというワークがあった。かの有名な「ある朝、グレゴールザムザが....」で始まる小説だ。ワークショップのあと帰宅して我が家の図書室でカフカを引っ張り出して読んだことを今でも思い出す。(ちなみにこれはエピソード記憶だ)。

そのワークでは、単純に暗記(意味記憶)するのではなく、身体中をつかって覚えるエピソード記憶を体感するものだった。自分なりに、その言葉を身体をつかって表現し、その表現をなん度も行うことで記憶していくというものだ。例えば、グレゴールザムザという難しい名前は、「ザムザ」という音感から、腕全体をジグザグ動かして覚えた記憶がある。私は腕をつかって覚えたが、ほかの人は自分が思う方法で記憶していく。

エピソード記憶と意味記憶は、それぞれ単体ではなく、エピソード記憶が意味記憶と関係しているという研究が、様々なされているらしい。意味記憶がエピソード記憶によって更新されていくという学者もいれば、エピソード記憶が意味記憶へと変化していくとする学者もいる。

私は後者だと思っている。

ある一人の人物に関する複数のエピソードが重なり、そのエピソードに含まれる感情が悪いものであったとすると、だんだん本来のその過去事実(エピソード)とは違う事実を記憶してしまい、なん度も思い出すたびに意味記憶へと変換されていく。思い出すだけでなく、途中で新たにまた悪い感情を伴うエピソードが加われば、尚意味記憶へ刷り込まれ、最終的に元とは異なる事実として記憶される。そしてその事実(正しくは誤認された事実)が重なって、その人物像が形成されていく。

他者によって記憶されるということを、自覚する必要がある。

早起きするという意識よりも、8時にミーティング、という事実を記憶するべし。

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月子的人生の作り方

あまりに久しぶりすぎて、「通常と違う環境からログインがありました。お心当たりがない場合はパスワードを変更してください」って表示されてしまった本ブログの管理人月子@ベトナムでございます。みなさまいかがお過ごしですか?

ほったらかして半年。半年ぶりのブログ更新。

なんといつのまにやら2016年。1月も最終日。

もはや読者もいないと思われる本ブログだけれども、閉鎖するつもりはないので気が付いたら暇つぶしにどうぞ。


2014年は、全力疾走な1年でした。
2015年は、試行錯誤な1年でした。
2016年は、未来のために動ける1年にしたい。

実は、かなり焦っていて、あと半年で25歳。
まだまだやりたいことがあるのになかなか進んでいない現状。

やりたいことは昔から2つ。

家族と世界中をまわって世界を広げること。
広島に劇場をつくって世界を広げるきっかけをつくること。

両方とも思うように進んでいない。

大学4年間で、自分がほんとにやりたいことについて言語化するまでいろいろ手をつけてきた。で、「家族」「世界/可能性を広げる」「芸術」を含んで文章化して絶対やりたいことは上記の2つだというところまできた。
就職してからは、そのために必要な「自分で食べていける力」をつけるべく、がむしゃらにやってきた。仕事は、「人の可能性を広げる」ことを軸に選んでやってきた。

私の予定では、25歳にはやりたいことの土台までできてるんだったんだけど、ちょっと幸先が怪しい。

まだ自分で食べていくほど力をつけられていない。
結婚とかまったくなさそうでちょっと放ってる。相手ありきだし。

とか焦りつつも、今年の目標は「休みを取る」「いいくせをつける」。

とにかく、仕事と生活のバランスをとりたい。
まだはやいと言われそうだけど、もうけっこう働いたし。w
働けば働くほど、休むことの重要さが身にしみる。
大好きな人と一緒に、楽しいね美味しいねっていいながら週末を過ごすのが最近の幸せ。
いいくせっていうのは、メール早く返信するとか、早起きするとか、なんか基本的なルーティーンをすること。私、ルーティーン苦手やねん。

とかいいながら、今日はまさかの18時から始動。
隔週末に一緒にいる友達が早朝便で帰るから、行ってらっしゃいって送って、そのまままた寝ていた。
寝すぎて身体がいたい。

そんな日もある。

うん。

・・・うん。


どんな2016年になるかな。
なるかな、は違うな。どんな2016年にしようかな。
それは、自分次第。

次の週末からは、久しぶりの遠出の一人旅。

楽しみすぎて、やばい。

昨夜は友達(地理オタク)が、渡航前にきちんと勉強しろとYouTubeでその国を紹介している番組(料理番組)を見せてくれた。
かなり面白い。



あぁ、楽しみ。


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最近Twitter率の高い月子です。
こんにちは。皆様いかがお過ごしですか?

いやー久しぶりだろっていう更新。

ほんと、ブログの存在忘れてんじゃね?って思われても仕方ないのですが、いえいえ、そんな、中学3年生の頃から続けている当ブログを忘れるわけないじゃないですか。

何回か、ブログ書こうと思って開いていたのだけど、書く内容思い浮かばず筆が止まっていたわけで。

それって、多分アウトプットの体力がないというよりも、インプットや考えることをできていないんじゃないかと。

まずい、と思ってブログ再開。

脳内整理をしつつ、更新していけたらいいな。

とりあえず、そろそろ朝ごはんを食べようと思う。

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よくうける質問
「ベトナムが危険だと聞きましたがどうですか?」

答え
「軽犯罪は多いが重犯罪はあまりない」


私の愛する弟が、大学2年生の時に一人でベトナムへ旅立った。二週間の一人旅。両親が大変に心配した。私は世界中を一人で歩いているのでほっとかれているが、ぼーっとしている弟は大変に心配されていた。「心配してもしゃーない」と、姉である私がなだめてやっと落ち着いた。


さっそく、ベトナム到着して半日たっても弟から連絡がなくて心配した両親から私へお問い合わせがきた。


例によって、「軽犯罪は多いが重犯罪はあまりない。私がどうにかするから黙っとけ。」という回答を送り両親を安心させつつ、連日朝から深夜まで100人規模の舞台の演出助手で走り回っていた私はその合間に弟に様々な方法でアプローチを試みる。


やっと、数時間後に連絡がきた。


案の定、すべての持ち金をすべて持って行かれて一文無しになっていた。


弟ったら、姉がいつも海外でバイクタクシーとかバスとか乗って現地化しているのを知っているので、そのノリで深夜に空港からホテルまでバイクタクシーに初挑戦していたのだった。


日中ならあまりないのだけど、深夜に走ってるバイクやタクシーは悪い職業の方が多いので乗らない方がいいことは皆さんも感覚でわかるだろう。

裏路地に連れて行かれ、全部出せと言われて出さざるを得なかったらしい。



めずらしく弱気で、もう帰りたいとか言っている。


ここで帰国をすすめたら、彼は二度と一歩踏み出すことをしなくなるだろうと思った組織人事と教育に関わる会社へその後勤めることになる姉は、一言伝えただけにした。

「金はなんとかするからとにかくそこにいなさい」


もうすっかり疑心暗鬼になっていた弟だけど、どうやら同じホテルに泊まっていた日本人の男性が親身になってくれたようで精神的にも回復し、カンボジアまで移動するまで元気になった。

お金も、私の調査により「Western Union」という国際送金システムを知り、それを活用。しかし私の使える時間は深夜0時以降。そうすると、広島市に複数存在するその窓口が使えるのはただ一箇所のみ。

広島市の中でもヤのつく職業の方がたくさんいらっしゃる地域の裏路地を入り、さらに薄暗いビルへ突入。ネタになる、というネタ帳管理人としての使命もあり、携帯でパシャパシャしながらビルの奥へ入る。


どう見ても、フィリピンパブなんだけど、一緒に大きくWesternUnionと書いてある。


ドアは木でできていて、中を覗くことは不可能。

恐ろしかったがしょうがねぇと思い、ドアを開けると、私がフィリピン人仲間だと勘違いしたお店のお姉さんおばちゃま方にあたたかく迎え入れられ、無事送金。私の貯金だいぶ減った。


余談が増えたが、とにかく一文無しに陥っていた弟は無事に現金を獲得し、楽しいベトナム旅行を過ごしたようだった。



これがインドだったら、身体に一つや二つの傷ができていたことは間違いない。

私がインドへ行った時、合計3人の日本人男性と出会い、彼らは精神だけでなく身体も傷つけられていた。ある人はおばあさんに話しかけられ話してる間にバックの中の財布を別の人に抜き取られ、ある人はハンマーでぼこぼこにされて貴重品を全て奪われ、ある人は二人組に羽交い締めにされこれまた一文無しに。とりあえず現地では大金である1000円をお渡しした。帰国したらお礼の手紙とともに現金が返ってきた。



たしかにベトナムは軽犯罪が多い。


かくいう私も、とうとうやられた。


今まで25カ国くらいまわってきて、一度も盗られたことなかったのだけど、ベトナムへ赴任してきて8ヶ月経ち、携帯電話をさらっと盗られた。私の不注意。バイクタクシーで深夜帰宅中、私ったらお尻のポケットに携帯をいれていて、後ろから近づいてきたバイクの少年にさらっと抜き取られた。バイクタクシーのおじちゃんにめちゃ怒られた。このおじちゃんは私の専属で、いつも私の携帯のもち方について注意してくれていた。



そしてとうとう、その数週間後に、今度はひったくりにあった。


深夜に上司と歩いて帰宅中、手提げカバンごともっていかれた。財布、携帯、鍵、名刺、カメラ、貴重品を全て失くすことになった。あっという間だったけど、時間の流れがスローで、ゆっくり私の荷物に手をかけて、走り去っていった。ピンヒール履いてた私だけど受け身だけはうますぎて大きな怪我はなかったけど、上司と顔見合わせて、やられたねーとテンションダダ落ち。

深夜に二人で、何が盗られたかリストを作成し、カードなど止めれるものは止める。


怪我がなかったのでよかったけど、とりあえず私の会社のスタッフに激怒られるはめになった。


私のことを大変に愛してくれている女性スタッフで、いつもあれやこれやと世話をやいてくれる。


今回も、長いこと、いかに危ないか、どれだけの注意が必要か、などをとつとつと説明をうけた。


曰く、ある女の子は腕を切断されてバイクを盗まれたとのこと。


高級バイクに乗って深夜に帰宅中、二人組に囲まれ、腕を切断されてバイクを持って行かれたとのこと。


こわすぎ。



ベトナム生活にちょっと慣れてきたところだったので、自戒をこめて、このブログを綴るなど。



今日の一言。 他の国に比べたらめちゃくちゃ安全だと思うけどねやっぱり。

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