BUT SERIOUSLY, FOLKS...京都の地の果てより

楽しみながら苦しみながら、学びながら馬鹿やりながら。

素描

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 朝起きたとき、昼間散歩をしているとき、夜寝床につくとき、必ず聞こえてくる音がある。引っ越してからようやく半年が過ぎ、当時の夏の暑さの空気に、春の暖かさが少しづつ追い付きつつある季節、ここに移ってくる前には絶対に聞こえてこなかった音。
 それは電車が走っていく音。
 駅から歩いて5分ほどの場所にあるオンボロアパートなので、電車が走る音が聞こえてくるのは当然といえば当然なのだけど、ここはすぐ近くを木津川・淀川・宇治川・桂川という比較的大きな河川が合流する地域だけあって、川を渡る鉄橋の上を通過する列車の音は線路と車輪が規則正しく軋むリズムの塊となり、それらは鉄の骨組みの発射台に乗り遠くまで届いていく。その発射台から放たれた音は川風に乗って昼夜を問わず空を舞い、人々の耳に大きく伝わる。
 京都市内の観光地までは20分ほど、大阪市内のオフィス街までは40分ほどかかる場所にある、今の住まい。ふたつの大都市に挟まれて、便利なのか不便なのかよくわからない地理的条件ではある。個人的にはさほど不便は感じていないのだけど、知人からは「えらい遠い所やなあ」的な反応が決まって返ってくるので、やはりここは京都と大阪の狭間、その境界に位置する地の果ての田舎みたいなところなのかなあと思ったりもする。
 この半年余りの時間が経過するのは、遅いようで早かった。あるいは早いようで遅かった。
どちらでもいいのだけど、これまで過ごしてきた人生と比較しても、時間の感覚は違っていたように思える。
 規則正しく刻まれるリズムのように聞こえる電車が通り過ぎる音は、実際は半年という歳月の流れを狂ったテンポで刻む時計の歯車が噛み合った音だったのかもしれない。その噛み合い具合は必ずしも自分にとっては楽なものではなかったわけだけど。


 先日、ここに来る前に住んでいた引っ越し元の近所を通る機会があった。
 先に述べたような、電車に乗って20分の京都市内までの距離、そして引っ越ししてから半年過ぎという時間ではあるのだけど、そんな変化などものともしない、その地域の変貌ぶりに少なからずショックを受けた。
 まず、以前住んでいた家の敷地は家屋部分は完全に取り壊され、土がむき出しの更地になっていた。これは引っ越す前から予想していたことではあったのだけど、実際に目の当たりにすると、さすがに驚いた。僅か半年ほど前までは普段通りの生活を営んでいた場所が何の面影も残すことなく消えてしまっていたのだから。
 次に驚いたのは、引っ越す前によく行っていた近所のコンビニがなくなっていたこと。こちらはまったく予想していなかった分だけショックは大きかった。
 夜な夜なお酒のおつまみなどを買いに行っても、当時はそこそこお客さんも多い印象があり、商売繁盛で良いことだなと呑気に思っていたのだけど、今回行ってみたらコンビニチェーン店の看板はきれいに取り外され、ポスターやステッカー、あるいは日よけ用のシールドが乱暴に剥がされた跡がはっきり残るガラス窓の上に、無造作にテナント募集中なる看板が下げられている様子は、かつての商売繁盛時を知る者にとっては、さながら廃墟のような雰囲気が漂っているのがさびしかった。この先新たな店舗が入る可能性はあるのだろうか。今やコンビニといえば小売業の稼ぎ頭になっているわけだけど、そういう華やかさの影で潰れていく店舗も山ほどあるのだろう。栄枯盛衰といってしまえば単純すぎるが、半年という時の流れは思いのほか早いものだと実感する。
 そして最後に驚いたのは、すぐ近所にあったネクタイを作っている会社の建物が完全になくなって、代わりにメガネのディスカウントストアが建っていたこと。
 このネクタイの会社、本当に本業のネクタイ製造として営業しているのかよくわからない雰囲気が漂うような瓦葺きの木造の古い社屋だったのだけど、半年前までは朝になればシャッターを上げて社員らしき人たちが出入りし、夕方になればシャッターを下ろし室内の灯りも消えるといった具合だったので、なんだかんだいっても通常営業しているのだなと思っていただけに、半年が経過したら跡形もなく社屋ごと消え去り、代わりに今テレビCMもやっている人気メガネチェーンの支店が、いかにもプレハブっぽく即席で建てました的たたずまいで敷地内に収まっているのが物凄く違和感があった。こんな場所で営業してお客さんは来るのかと思わないでもないが、こういう新興チェーン店は儲からなければとっとと潰して移転するくらいのドライさがあるからこそ、新規出店も積極的なのだろう。安っぽい建材を使ったような白い外壁の店舗を見ていると、そう思わざるを得ない。コンビニの開店・閉店同様、現代のビジネスのスピードというのはそういうものなのだろう。それが瓦葺きの木造の社屋で昔ながらの商売をしていた人たちと比較して、どちらが充実感があるかはわからないけど。
 半年という歳月は短いようで長く、長いようで短い。そしてそのことが人間の時間の感覚を狂わせ、ときに不安で辛い気分にさせることもある。そういうことを思い知らされる出来事ではあった。


 時を刻む歯車、その軋む音を聞いたとき、人は何を思うのだろうか。
 それは人によって違うのだろうけど、過ぎ去った時や場所を懐かしく思い、これから向かう未来へと希望を見いだせるようになれば、それが一番良いと思う。そういうことができなければ、過去の後悔や未来への不安に縛られたまま苦しむことにもなる。
 しかし、そういうものから抜け出すきっかけになるものは、ふとしたはずみで発見できるのかもしれないとも思うのだ。


 ベランダのプランターに植えていたラナンキュラスが花を開いた。
 このラナンキュラス、1年前は引っ越し元の花壇に咲いていたもの。
 花が散ったあとで地面を掘り起こし球根を取出し乾燥させ、新聞紙に包んで乾燥保存させたもの。
 最初はダメもとで去年の秋ぐらいに植えたのだけど、だんだんと大きくなり、ようやく花を咲かせてくれました。ひょろんとした茎が頼りないけど、正真正銘1年前は引っ越し元の土のなかに埋まっていたのを、1年間辛抱して丁寧に扱った結果、期待に応えて咲いてくれました。
 1年前、半年前と比べても何もかも変わってしまった現状があるのだげど、そういう人間の都合などお構いなしに、何も変わらずそこに居続けるものもあることを発見できるのも嬉しい。
 その嬉しさは、過去を思い出として大事にしながら、未来を実現可能な希望として抱いていく力へと変わっていくのではないかと思う。たとえ小さな球根でも自然の力は偉大だなと感心し、励まされるような気分になる。
 まだ蕾のままのものもある。これらが開花し、そのあとで再び球根として保存し、また次の季節に花開くことがあるならば、これからの人生も楽しくなるのかもしれない。そう思えば、ささやかな未来への希望も生まれると思う。
 歳月が刻む歯車の回転が、その噛み合い具合が少しでも滑らかになりますように。


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 朝から晩まで雨が降って、気分も沈んでいた一日が明けて迎えた朝は、快晴には程遠い灰色に膨らんだ雲ばかり目立つのだが、雨上がりを象徴するかのような澄んだ青空が西の方に少しだけ見えている。
 これなら毎朝のウォーキングを再開するには十分過ぎるコンディション。ジャージに着替えて外に出る。
 このウォーキングを始めて約半年。振り返れば、雨に降られてやむを得ず取り止めるという日は一度も無かった。
 実際のところは小雨が降る、あるいは粉雪が舞う朝もあったのだけど、少々濡れてもいいし冷えても構わない、そうなれば着替えて乾かせばいい、元々少し身体を動かしただけで汗をかきやすい体質で体内から発する熱が出るみたいだから、少々の雨や雪など知ったことかと開き直って出発したら、天は我が身に味方してくれていたようで大概の場合、その雨や雪は歩いている間は強くなることもなくそのまま止んだり、あるいはウォーキングを終えて戻ったあとで本降りになるといった具合で、その都度これはまだ運があるなあと勝手に思ったものだった。
 その運が一旦尽きてしまった。昨日の時点で。
 だからといって特別に落ち込んでいるわけではない。半年くらいウォーキングを続けていれば目先の運という物差しでは測りきれない、一種の習慣として確固と根付いていたりするから、一日くらい途切れたとしても次の日に持ち越せばいい、やり直せばいいくらいの考えは自然に身に付いている。だから歩けないほどの雨に降られるということ自体は初体験であっても、いつもと違う感覚に多少苦しみながらも何とか雨の一日を過ごしたのであった。


 ところが、たった一日ウォーキングをしなかっただけで、随分と周囲の風景は違って見えた。
 よく見ないとわからないのだけど一旦気付いてしまうと結構びっくりしてしまう程度に、あるいはすぐにわかってしまうほどに劇的に。
 

 ウォーキングのコースは、約140メートルの山の上にある神社へと続く石段を、何回かの曲がり角を経てひたすら上っていくもの。
 灰色の石段の表面は雨に濡れて濃い色になったままであり、朝日に照らされた石段の窪みに溜まった水が少しだけ光っているのが遠目からでもわかる。
 そんな石段の表面に、ひときわ鮮やかな色彩を振り撒いているものがある。
 鮮烈な赤色が木々の間から漏れてくる朝日の光に浮かび上がってくるもの、その赤色とハーモニーを奏でるかのように熟した黄色を一緒に抱えたもの、あるいは鮮やかさを表すことなく踏みにじられ、黒く濁り石段にこびりつくように控えめな色となっているもの、様々な色彩が歩き慣れたはずのコースに溢れていることに気付く。
 この色彩の変化を起こした主役は、この神社の参道にある野生の椿の花であった。
 満開の椿がその花の塊ごと、石段の上、ウォーキングのコース上を覆っている。
 あるものはまだ散って間もないのだと思う、赤く開いた花びらに包まれた黄色い色が鮮やかに目に飛び込んでくる。そして一方、とうの昔に散ってしまったであろうものは、まるで晩秋の濡れ落ち葉のように色彩を失い石段の色と同化しようとしていた。
 椿というのは思ったよりも、その開花の時期は長いらしい。
 振り返ればまだまだ寒い時期、小雪が舞うような天気の朝でも、石段を覆う高い枝から鮮やかな赤い花びらを開いて誇らしげな様子で、縮こまりながら一生懸命石段を歩いている人間を見守るように咲いていた花の姿を覚えている。
 旬の時期は冬で終わりかといえば、これから春に向かう季節に咲くものもある。よく見ると散っている花とは対照的に、まだ全開とは程遠い状態で枝にくっついている蕾もある。ここは小さな山のなかとはいえ、明らかに平地の市街地とは違う気候だったりするから、それだけバラエティに富んだ生態が楽しめるのかもしれないが、少なくとも野生の花というのは結構しぶとい美しさがある。


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 石段を覆った椿の花を避けながら、あるいは時々踏みしめながら歩く。
 本当ならそのしぶとい美しさに敬意を表して踏みしめたくはないのだけど、息を切らし汗をかきながら、ふらふら歩く道程だと、なかなかそういう冷静な判断は難しい。結局は足の向くまま歩くしかなくなる。
 そんななかでも、この椿の花が冬から春にかけて、季節の変わり目の間に自分の傍にいてくれたことが、何となく嬉しいと思う。
 朝のウォーキングを始めてからの期間の一部の数か月に過ぎないのかもしれないけど、気付かない間に紛れもなく、椿の花は生活の一部になっていたことに気付かされるのが嬉しいのだ。
 寒い寒いと言いながら歩いていた冬の日々、そしてそんな朝の寒さが爽やかさに少しづつ変わりつつある最近の季節に至るまで、知らないうちに自分の生活の一部となって、周囲の自然として溶け込みながら存在していたことに気付いたりする。
 もしも、毎朝のウォーキングを単なるルーティンワークとして過ごしていたら、こういうことに気付いただろうか。
 恐らくそれはなかったのではないか。本来自分を心身ともリラックスさせるための軽い運動が、いつの間にか何の感情も覚えず機械仕掛けのロボットのように歩くだけ、それを忙しい日常生活の一部としてしか感じられない状態に、知らず知らずのうちに自分を閉じ込めていたのではなかろうか。
 そういうふうに思っていたら、雨のため一日くらいは休んでもいいような気がしてきた。
 もちろん自分の心身、そして天候等の外部のコンディションが許せば無理をしてでも歩くべきなのだと思う。実際のところ歩きたいし。
 しかし、それが単なる機械的なルーティンワークに陥ってしまうのは避けたい。歩いている間に目に飛び込んでくる自然の変化に、多少遅れてでも気が付いて感動できるくらいの気持ちの余裕が必要なことに気付いたのだ。
 そういう意味では、悶々としながら朝から晩まで雨の一日に悩まされたのも、良い機会だったのかもしれない。


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 神社までの石段を上り切った帰り道、いつも通る川をまたぐ橋のたもとにある枝垂れ桜を見て、これまたびっくり。
 一昨日までは濃い茶色の枝ばかり目立ち、蕾は枝にくっついている塊くらいにしか見えなかったのだけど、今朝になると、はっきりと開きかけの花とわかるくらいに色付いていたのだった。
 そういえば数日前のニュースだったか、日本一早いソメイヨシノの開花が四国であったという知らせを聞いたのだが、それに比べればこちらはまだまだ、単に枝の色が花らしい色に変わったというだけに過ぎない。
 それでも、色付いた花びらが背伸びをするようになっているのはわかる。薄い桃色が同じく薄い緑色と一緒に混じり合うように、はっきりと枝の色から分かれている。
 たった一日歩かなかっただけで、こんなに風景が違っているのだなあと感動してしまった。
 そして、この休みがなければ、こういう自然の変化に気が付かなかったのかもしれないとも思う。


 椿の鮮やかな赤い色は、桜の仄かな桃色へと変わっていく。
 まるでリレーでバトンを渡すかのように、季節の流れに乗りながら、その色の濃さや明るさや鮮やかさを整えて、その花の独特の魅力を振り撒いていく。
 そういうことに気が付いただけでも、一日の休みというのは十分大きい。一日中雨に降られた時間だって無駄じゃなかった。
 そして、こういう発見を今後続けていくことができるかもしれない。たった一日休み、そのあと再び歩くというだけで。
 これからも、毎朝、歩きます。休みながら。

 
 3月に入ってからすぐ、スイッチを入れた途端、ハードディスクレコーダーがジージーガーガーだか、あるいはガチャンゴトンだか、金属が触れ合うような妙な機械音を発したかと思うと、つないであるテレビの画面にはいつものように番組が映ることはなく、今まで見たことのない「リセットボタンを押してください」というメッセージが現れたのだった。
 これって壊れたということか。
 いやいや、リセットということは多少なりとも復元する可能性があるということだろう。今まで撮り溜めていた録画や、これから撮る予定の予約もすべて消えてしまうかもしれないけど、もう一度最初から設定をやり直せば再び使えるのかもしれない。そんな淡い期待を持って、レコーダーの前面にあるにも関わらず文字もボタンも濃いグレーのパネルの色と一体になってわかりにくい位置にあるリセットボタンを押したのだけど、再び妙な機械音を立てるだけで復旧の様子はまったく見せてくれなかった。
 とうとうこの日がやってきてしまったか。長年使いこんだ家電製品を買い替える日が。
 自分で思うに、色々な製品を問わず物持ちというのはいい方だと思う。このレコーダーも8年くらいは使っているはずだ。他の人が二つの番組を同時録画できるだの、ブルーレイディスク対応だの、インターネットにつなげるだのいう機種を使い続けているなか、これらの機能を一切持たないものを使い続けたのだから、技術や価格の変化が著しい家電業界のなかでも、テレビやレコーダーというのは言わばモロにハイテク、技術革新やそれに伴う価格低下の競争が激しい世界だと思うので、同じ機種を長く使っていることは間違いないと思う。
 だって他に必要性を感じないのだから、録画できればそれでいいじゃないかという程度の認識しかない人間に、新機能を満載した新商品が低価格で手に入ると言われても食指が動くわけがない。まだ使えるし勿体ないという理由で、同じように炊飯器も冷蔵庫も洗濯機も全部使い込んでいるものばかり。なかには人からもらったものもある。
 こういう様子を見て、最近の機器は単に高性能なだけでなく、一見同じでも中身は電気代がかからない省エネ設計になっているから買い替えた方が得だと親切に言ってくれる人もいるのだが、使える限り使う、壊れるまで使い切るのが筋ではなかろうか。このあたり多少ケチな部分があることは否定しないが、まずは物を大事にしてきたという、それなりの意固地なポリシーもあったりするのだ。
 しかし、そういうことも通じない日が本当にやってきたのである。壊れたので買い替えるしかないという決断を強いられる日が。


 しかし、なかなか買い替える気にはならなかった。
 慎重になって振り返るに、最近は昔ほどテレビを見なくなってるし、録画してでも見たい番組はその場の放送で見るようにしているので、買い替えても意味がないような気がしたというのもあるし、新しい製品はある程度値段が下がっているのはわかっていたけど、やはり大金を払って買わなければならないのは嫌だという、実にしみったれた感覚というのもあった。
 しかし買い替えるのを躊躇していた一番の理由は、消費税増税前の駆け込み購入の波に自分が安易に飲み込まれるのもなんだかなあという、妙な抵抗感というのが大きかった気がする。世間の雰囲気に惑わされないぞという妙な意固地さが多少なりともあったのだ。
 新聞などでニュースを見ると、生活必需品を中心に増税前に買い込んでおこうとする人の数というのはかなり多いらしく、各企業は出荷に追われたり、増税後に反動で売上が落ち込むことを心配しているとか。別に必要なものは必要と思ったときに買えばいい、増税前だろうが後だろうが欲しいと思ったときが消費者にとって正しいタイミングと思うのだけど、世の中はそういうものではないらしい。実際に店頭でどれくらいの消費者が集まっているのか、買い物中にそういう実感はあまり湧かないし、そういう動きに安易に乗るのもなあという反発心というか抵抗感というか、そういう気持ちがあったのだ。
 しかし、レコーダーなしの生活を送りながら色々考えていると、このタイミングで長年使ってきた機械が壊れてしまうというのも、ある意味運命的なものなのかもしれないとも思うようになった。そしてそれが運命なら従うしかないのではあるまいかと。もしも“家電の神様”というのが天にいらっしゃるのなら、そのお導きに従おうかと(いないと思う、そんな神様)。
 増税の分だけ価格が上がる可能性もあり、また今年は好きなサッカーのイベントであるワールドカップも開催されるから、今は使わなくても2か月後くらいには録画で大活躍ということも十分に考えられる。そういえば前回レコーダーを購入したのもワールドカップの年だったなあ、そのときはそれを意識したかどうかは忘れたけど。
 というわけで、やっぱり買おうという結論に至ったのであった。
 世の中には欲しいものが自由に買えない人も多いと思うけど、幸運なことにそこまで生活に困っているわけではない。だったら生活に必要なものとして、今ある生活をより豊かにしてくれるものとして、素直に欲しいものを買ってしまえばいいのだ。
 たかがブルーレイディスクレコーダーの問題で、壊れてしまってから決断に至るまで実に3週間を要している。慎重というかケチというか意固地というか、我ながら困ったものである。
 しかし、このタイミングでしっかり壊れてしまうのだから、家電というのは機械としては上手くできているのかもしれない。買い替えのサイクルを狙って、まるでタイマーでもセットされてるかのように。まさに機会を上手くとらえた機械、なんちゃって。


 新しいブルーレイディスクレコーダーの購入は実にあっけなく終わった。
 ネットの価格比較サイトを開き、まずはその安さにビックリ!無理に最安値で販売しているショップを選ばなくても、十分安い。高性能なのに昔買ったときの値段の半分以下だと思う。その手続きをしたのが二日前の木曜日。
 そして今日、土曜日に到着。なんと時間指定もしていないのに朝一番の九時に運送屋さんがやってくるという素早さ。そして受け取った荷物の軽さにビックリ!片手で楽々持ち上げることができるなんて、これも昔買ったときの半分以下の重量。
 そして実際に中身を取り出したときの、その見た目の小ささやシンプルさにビックリ!元々最小限の機能しか付属していない小型モデルということはわかってはいたのだけど、幅や高さは、これまた昔買ったときの半分以下の大きさ。コードを繋ぐ端子も実にわかりやすい。
 というわけで、注文から設置まではあっという間に終わってしまいました。ここに至る前の3週間の苦悩はいったいなんだったと思うくらい、あっけなく。


 レコーダーのセットのためにテレビの周りを掃除することにした。
 小まめに掃除はしているつもりだが、テレビの裏側とか、これまでレコーダーを置いていた棚の各コードが入り組んで絡み合っていた部分は日頃掃除機が届かないので、かなり埃が溜まっていた。引っ越してこの部屋に来てから半年しか経っていないというのに。
 壊れてしまったレコーダーを買ってからの日々、そして引っ越してから埃を溜めてしまった日々に比べたら、今回新しいレコーダーを買うのに正味要した日々はわずか三日間に過ぎない。なのにその一番短い時間の経過に、家電製品ひとつとってみても昔とは随分変わって来てるんだなあということを、逆に凝縮して思い知らされる。世の中の進歩に反して、自分はえらく歳をとってしまったなあと、ビックリ!のあとは少しガッカリしてしまいました。
 今まで思い込んでいたこだわりや、なかなか決断に至れず前を向けなかったことというのは自分のなかでは一見重いようでいて、実際は掃除で払えば吹き飛んでしまうような埃のようなもので、何か思い切るきっかけがあれば、あっさり捨ててどんどん新しいものを取り入れる機会にすべきなのかもしれない。
 たかがブルーレイレコーダー。でもこれは引っ越し後、初めて我が家にやってきた機械なのだから、これからも生活に新しい機会を与えてくれるのかもしれない。
 機械による機会、を信じてみることにするか。(以上、同じギャグを繰り返すのはオヤジの証拠、でした)。

 
「少し眼圧が上がってますね。許容範囲内なので、そんなに気にしなくても大丈夫ですが」。
 目のなかに少し粘り気のある薬のようなものを入れて、ライトが眩しい輪のなかを覗き込むこと十数分くらいだろうか。これが済むまでは、大体1時間半くらいは待つことになる。さらに今年になって引っ越したというこちらの事情もあるので、移動の時間も含めればさらに1時間くらいがプラスされる所要時間。秋の行楽シーズンも終わったので今回はまだマシだったが、前回の移動は京都市内に入ってからの交通渋滞が凄くて、ここに辿り着くだけでも大変だった。
 引っ越す前の歩いて15分くらいの距離と比べたら手間がかかるのはわかっていたけど、引っ越した後も電車を特急などで上手く乗り継げば大して時間はかからないだろう、電車賃もしれてるし、などと高をくくっていたのだけど、結構ハードな道程となってしまっている。2か月に1回のペースの問診なのが幸いではあるが。
 

 健康診断を受けて、緑内障の疑いがあるという結果が出たのが今年の春先。
 まだ肌寒さの残る季節で、少し薄着で散歩代わりに通うにはちょうどいい具合に身体が温まる感じだったのを覚えているけど、今や本格的に冬を迎える季節となり、上着を着込んで身体を縮みこませながら、交通渋滞で本当に間に合うのかと冷や汗もので病院の受付に滑り込むようになった。
 診察自体は十数分間、それから眼圧を下げるための目薬を4つほど処方してもらって、あとは家に帰って毎朝点眼するだけの単調な作業。本当にこれでいいのか、そもそも緑内障ってそんな大変な病気なのかと最初は半信半疑だったのだが、これが実は深刻な病気で、失明の危険性も大きいらしい。
 さらに色々調べたら、緑内障は成人日本人の視覚障害の原因として第1位の疾患で、40歳以上では約20人に1人が緑内障にかかっていると推定されるにもかかわらず、自覚症状があまり無いので、実際に受診している患者は約20%に過ぎないとのこと。こうなると早めに発見できてよかったと納得して、2か月に1回のちょっとした小旅行も受け入れるしかないかな。


 病院というのは本当に年寄りが多い。
 自分がこういう長い期間、長い距離を経て来てるせいもあるのだろうが、眼科というのは特別多いような気がする。
 人間は歳をとると足腰、そして目をやられるという話を聞いたことがあるが、足腰の方の衰えや異常は割と早めに自覚症状が出てくるものだと思うので、何か感じたらすぐ病院に行けばいいと思うが、目の方は意外とその異常に気が付かないものではないだろうか。
 徐々に進行するから、気が付いたときには視野が狭くなったりして、それでも老眼が進んだのだろうとかパソコンの見過ぎだろうとかメガネで矯正しようとか勘違いの自己判断をしてしまって、気が付いたときにはとりかえしのつかないことになっているのかもしれない。
 そういえば過去に勤めた職場では、健康診断こそすれど、目の病気についての診断は余り念入りにやってなかった覚えがある。血糖値とか中性脂肪とか内臓関係の数値結果ばかり見せ合っていた頃が懐かしいが、思えばその頃から何がしかの兆候はあったのかもしれない。
 そう考えると、やっぱり恐ろしい。
 もう決して若くはないのだから、自分の身体を自己管理していく上では、やはりきちんとした他人の力を借りなければいけないのだと思う。


 病院からの帰り道、引っ越し前に住んでいた家の近くまで歩いてみた。
 以前住んでいた一軒家は、諸事情があって『売物件』の札が立っており、土がむき出しになっていて花壇代わりにしていた一角は、雑草が生え放題になっていて、草むらのなかから今年の春に植えたフーセン蔓や、花が散ったあとに剪定したガクアジサイがさらに少し小さくなって、色褪せた緑色で生えているのが見えた。
 土や腐葉土を加え、色々な種や球根を植えて、こまめに水や肥料をあげたのだけど、どれもなかなか育たなかったのが懐かしい気がする。ひょろっと長いだけのヒマワリやラナンキュラスやチューリップたちの姿は情けなかったなあ。ほんの数か月前の記憶が愛おしく思えるのは、きちんとこの目で毎日観察しながら、自分の手で土いじりをしたからだろう。
 今の家は庭のないオンボロアパートだけど、ベランダの小さなプランターにはそこで咲き散っていったチューリップの根元に残った“子供の球根”を植えている。きちんと育つかどうかはわからないが、冬の寒気が緩み春の気配を感じる頃には、かつて目にしたような若々しい緑色の芽が出てくることを信じている。


 次の通院は来年2月。随分先のように思えるが、師走の慌しさに流され、1月は行き、2月は逃げるというから、あっという間に時間は過ぎ去っていくのだろう。次の診断では、良いことを聞きたいものだ。
 先のことはわからないけど、見えてくるであろう未来の風景を信じたい。
 そのためにも、単純な通院・診察・点眼という繰り返しを続けていくとするか。


  
 バスターミナルでロシア人旅行者を見かけたので、ロシア語の勉強をしたくなった。
 京都市内を歩いていると、当然のように観光客を大勢目にするわけだが、とりわけ海外からの観光客を目にすると、つたない語学力で案内したくなってしまう。ちなみに今日はスイス人カップルを案内した。しかしあの二人、御池通りに行きたいとしか言ってなかったけど何の目的だったのだろうか。
 海外からの観光客に声をかけたい理由というのは色々あって、自分が海外旅行したときに現地の人々に熱心に道案内してもらった経験が大きいというのはある。たとえそれが頼りないものであっても、大概の人は親切に色々と身振り手振りで指差したり、早口で一方的に応えてくれるので、そういう行動の大事さ・有難さというのを何とか日本で還元したいのだ。同時にこれは自分が海外旅行で強盗や詐欺など痛い目にあっていないことへの幸運への感謝でもある。
 しかし一番大きいのは、語学そのもの、言葉そのものへの興味だと自分では思ってる。
 世界中で色々な言葉が話され書かれ読まれ、そういう意思疎通を根っこにしてそれぞれの地域で独特の暮らしがある。日本国内だけでも各地域で方言があるくらいだから、海外の国に出れば全く異なる言葉があり、さらにその言葉のなかでもきっと現地でしか知られていないような方言が同じようにあるわけで、そういう自分の外にある世界への興味の窓口として、僕は語学に興味があるのだろうと思う。
 ちなみにこれまでトライした、そしてトライ中の言語は、英語・ハングル・中国語・スペイン語・ドイツ語・フランス語・ポルトガル語・アラビア語である。どれも何一つモノになっていないけど。そもそも外国語を勉強する前に、日常使ってる日本語でお世辞やおべっかの一つや二つ流暢に使いこなせれば、今みたいな境遇にはならなかったりするんだろうなとは思う。いいけどさ。
 で、今回はロシア語を勉強したくなったというわけ。
 
 
 京都に来る海外からの観光客というのは、どこからやってくる人間が多いのかわからないけど、根拠の乏しい実感ではあるけども、安定的に多いのはフランス人、意外に少ないのはイギリス人、中国人は日中関係の悪化とやらで一時期より大幅に減ったけど再び戻って来てる気がする。
 そして意外と多いのはロシア人ではないか。
 考えてみればシベリアの存在は別にしてモスクワ等ヨーロッパ寄りの都市だって、日本から近いといえば近いと言えないこともない。少なくともロンドンやニューヨークよりは近いのではあるまいか。飛行機の航続距離や時差の面でも。意外と近い場所に温暖で、何より欧米人のようなロシア人に対する偏見(というのがあるかわからんが)を持たない、体格的にも自分たちより小さな人間が親切にしてくれるのなら(日本人のロシア人に対する偏見も相当だと思うけどね。露助、とかいう言葉があるくらいだから)極東の島国に行ってみたいという気持ちはあっても不思議ではない。別にクールジャパンとか日本のアニメ・カワイイ文化をアピールするまでもなく。
 
 
 で、NHKのロシア語講座のテキストを買いに行ったわけです。烏丸三条にある大きな本屋さんに。
 それが、ない。
 普通大きな本屋さんならNHKの語学テキストは必ず置いてあるものだと思うが、それが、ない(ちなみに四条通り沿いにある、同じように大きな本屋さんには置いてました。さらに遡ったバックナンバーの在庫も)。
 確かに僕が来店したのは15日、月の半ばだから売り切れていても仕方がないのかもしれない。
 しかし唖然としたのは、在庫があるかどうか尋ねた僕に対する答えであった。
 曰く、「ロシア語のテキストは2部しか入荷しておらず、すべて売り切れております。申し訳ございません」とのこと。
 ロシア語というのは、ここまで不人気なのか。あんなに大きな書店でも、たった2部しか入荷していないとは。町中にはロシア人が闊歩しているというのに。
 これってある種のミスマッチじゃないのかな。
 
 
 あと「2部しか入荷していない」という、会社の在庫管理の内容を、あっさり謝罪の言葉のなかに入れてしまうのも、大いに呆れてしまった。
 カウンターで在庫があるのか尋ね、しばらく待ったあとの回答なので、そういう数字データを外部の顧客に漏らしても構わないという判断があったのだろう。ひょっとしたら、余り深く考えないで現場の社員同士が忙しさのなかでポロリと漏らしてしまったのかもしれない。
 まあ、多少皮肉を込めて考えれば、そういう不人気な書籍は切り捨てるくらいのシビアなビジネス感覚があったから、あそこまで大きくなったのかもしれないな、あの本屋さんは。
 ここの書店は昔、地下鉄が通る前から烏丸北大路の片隅で小さく開業していた本屋さん風情の店だったのを僕は覚えているのだけど、いつの間にか京都中の大きなビルに出店する大企業の貫録を持つようになって、昔を知る人間としては驚くことが多いのだが、こういう在庫管理やマーケティングをしっかりしてるのが成長の秘密なのかな。
 
 
 というわけで、ロシア語の勉強を開始。
 ロシアに行くわけでも住むわけでもないのに、なんと酔狂なと思われるんだろうな、きっと。
 でも、未来はどうなってるかわからない。
 町の小さな本屋さんが大きなビルを抱える企業として大きくなったように、こちらは多少無駄な努力でも、好奇心に従って自分の世界の窓を大きくしていくだけだよ。

   Здравствуите!  Я Йасуси! 

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