BUT SERIOUSLY, FOLKS...京都の地の果てより

楽しみながら苦しみながら、学びながら馬鹿やりながら。

京都案内 などしたくはないけど

[ リスト | 詳細 ]

身近な場所を、そこに住む人間の眼で……ガイドブック的な説明は一切ありません。無理です。
記事検索
検索

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 
 引っ越しを機に始めた朝のウォーキング、今月でようやく半年を超えてきたところ。今が歩くには一番いい季節という気がする。
 始めたのが夏の終わりだったので、当時は早朝といえども暑さが残っていたし、その残暑を引き摺ったまま、秋の涼しさがいきなり冬の寒さになったという感じがあった。京都の内陸部というのは夏から冬へと変わっていくのが早い。おまけに今住んでる場所は京都の南の果て、小さな山と大きな川に挟まれた地形なので風も強く、秋の爽やかさが急に冬の厳しさに変わってしまったような気がした。いや、気候の上では秋らしい朝だったのかもしれないが、引っ越して間もない頃、色々あって気持ちに余裕がない頃は、そういう季節の変化に気付くことが少なかったのかもしれない。
 冬から春へという季節の変化。それは客観的にみたら夏から秋への変化とそんなに変わらないのかもしれないけど、引っ越してから半年経って、ここにある程度腰を落ち着けてみると色々なものが見えてくるものだなと思う。
 凍てつくような空気が徐々に暖かくなり、朝日が顔を出す時間も同じく徐々に早くなり、空は明るく空気は暖かくなることで、少し前まではダウンジャケットやコートで着ぶくれした格好で縮こまって歩いていた人たちも、軽い服装で背筋を伸ばして駅まで向かっているように見える。一番違っているのは小学生連中。これまでの厚着はどこへやら、トレーナーや半ズボンで登校する子供らが増えるのはともかく、天候によっては下校してくる子供らのなかにはTシャツ姿の連中もいたりして、やっぱり季節を問わず子供は風の子なんだと妙に納得してしまった。
 そういう季節の変化は、朝のウォーキングに励む人間にも影響を与える。それはどちらかといえば好影響、だと思いたい。まるで朝日に背中を押されるように、空気に温められるように、思ったことを行動に徐々に移そうとしているのだ。
 たとえば歩いている途中、同じ場所で決まって見かける掃除中のおじいさんがいるのだけど、その人に思い切って挨拶をするようにした。面識はまったくなく、不審な人物に思われたらどうしようという不安もあったのだが、そのときはそのとき、さっさと歩いて逃げればいいやと開き直った上での決断であった。
 「おはようございます」
 家の前を中心にその近辺の路地一帯を、両手に箒と塵取りを持って勤勉に掃除しているおじいさんは最初は怪訝そうに思ったのか、あるいは不意を突かれてどうしたらいいかわからなかったのか、何も反応がなかったのだけど、何回目かの挨拶で丁寧な返事が返ってきた。
 「おはよう。いつも頑張ってるねえ」
 別にこれ以上の会話があるわけではない。だからこのおじいさんと特別のつながりが生まれたわけでもない。なんてことはない普通の挨拶。これからも、これ以上の交流が生まれる可能性はないのかもしれない。しかし、そんなことはわかってる。
 こちらからの挨拶にきちんと返事が返ってきて、それがまがいなりにも励ますような褒めるような内容だったら、悪い気はしない。
 だから自己満足かもしれないけど、これからも挨拶をしようと思う。恐らくこのおじいさんは半年以上前でも同じように掃除をしていたはずだから、その掃除した道を歩いている人間としては、感謝の意を示しても少なくともバチは当たらないはず。
 明日もきっといつもと同じように、掃除をしているのだろう。そして、こちらも同じように歩き続けていると思う。見知らぬ同士が朝のほんの数秒くらいの間でも心が通えるのなら、それが良い朝の始まりになるのなら、それだけで十分だと思う。


イメージ 1


 朝のウォーキングの目的地は石清水八幡宮。高さ約140メートルの男山にある由緒ある神社。曲がりくねった石段を上ること約20分のエクササイズ。
 境内のなかには桜の花が一本だけある。
 ここは武運長久を祈願した神社のせいか、どちらかといえば草花の華やかさよりも、クスノキなどのたくましい樹木の質実剛健さの方が目立つのだけど、逆にそのコントラストから地味ながらその美しさが映える。しかも平地との標高差のせいもあって、咲き始めも散り始めも遅いのが独特の魅力になっている気がする。
 そんな桜も、そろそろ散り始め。朝日の光と青空の鮮やかさをバックに、有終の美のように目一杯咲いていた。
 引っ越してきて半年過ぎなので、これもここで初めて見る桜のひとつである。
 これまでウォーキングの途中で目に入ってきても、単なる裸の木にしか思えなかったのだけど、こうして姿を変えて、歩き疲れた心や身体を癒してくれる存在になっていることに気付く。そして花が散ったあとは若々しい緑の葉の生命力で、同じく歩き疲れた状態の自分を励ましてくれるのかもしれない。
 花は咲き、散り、姿を変えて行く。そういう当たり前のことに初めて気付く朝だった。


イメージ 2

 
 山上の石清水八幡宮からの帰り道は、裏山道を歩くことにする。
 この裏山道は1年半前くらいの土砂崩れで通行止めになっていた参道で、この春ようやく治山工事を終えて、正式に上り下りができるようになった。
 表参道に比べると、石段の幅が半分くらいになって狭い。そして表参道ではよく見られた鮮やかな紅色をした野生の椿の花は少なく、苔むした山肌に張り付くようなシダなどの深緑色、道を挟んでそびえ立つ竹林の艶が消えたような薄緑色、木々のざらざらした樹皮のグレーがかった茶色ばかり目立ち、場所によっては工事の跡であろう土嚢のプラスチック樹脂の袋が積み上げられているのも剥き出しで見えたりする。もちろん表参道にあったちょっと休憩ができる茶屋なんてものもない、ひたすら山の上から下って行くためだけの石段が続いている。
 そして一番の違いは、表参道を通る場合は鳥居を二つくぐらなければならないのに、裏参道はその必要がないこと。表参道以上に曲がり角の多い石段を下り切った先のゴールは鳥居からかけ離れた地点で、鳥居の下を通過することなく八幡宮の駐車場付近まで一気に下りてくるコースになっているのが面白い。
 こういう裏参道というのも、きっと必要だったのだと思う。
 歴史にも宗教にも詳しくはないけど、今よりもずっと信仰というものが生活の一部だった時代でも、正式なお参りはきちんと鳥居を抜けて本殿まで行くとして、それが終われば手抜きのショートカットとして、あるいは神社が参拝者の流れを手際よくコントロールするために、抜け道のような裏参道があったのではないかと勝手な想像をしてしまう。
 真偽のほどはともかく、こういう想像ができるようになったのは、裏参道の治山工事が終わったおかげ。半年前までは通ることができなかった、見ることができなかった場所を体験できることは嬉しいものである。


 引っ越して半年で見えてくる風景というのは、随分違うもの。その変化が自分にも好影響をたくさん与えてくれたらいいなと思う。それを切に願う朝のウォーキングの時間である。
 
 成人の日が絡んだ三連休というのは、なかなか面白い暦だと思う。
 個人的には、かつて成人の日は1月15日だった頃の名残りが身体から抜け切れなくて、何の休みなのだろうと戸惑うこともあるのだけど、正月休みからいきなり年始進行の慌しい日常生活へ戻る前にワンクッション置くような感じというのは嫌いではない。
 実際のところは休日出勤を強いられ、溜まった仕事を片付けれるのに追われている人もかなり多いと思うのだが、こういう勤め人としての身分から離れてしまうと、そういうのも懐かしい思い出、暦に任せて素直に仕切り直しとして新年を迎え直すという気分に浸るに限る。
 ここ八幡市は石清水八幡宮の御膝元、この三連休も残り福にあやかろうと御神矢を持った親子連れが朝早くから目立ち、よそ行き姿の参拝客たちが山頂の本殿までケーブルカーでさっそうとお参りしている横で、ジャージでいつもの朝のウォーキングで汗をかきながら上っていると、明らかに浮いている気分になる。こちらは毎朝のルーティンに過ぎないのだと開き直るしかないのだけど、寒いながらも晴れやかな青空を見上げていると、こちらも少しお出かけすべきなのかもしれないという気分にさせられる。風は冷たいけど日向に入ればそこそこ暖かい冬の一日。
 同じ残り福にあやかるのなら、やはりここは運だめし、干支の馬にあやかって京都競馬場まで出かけることにしました。


イメージ 1


 場所はすぐ隣の駅なので遠出という感じはまったくしないのだけど、改札を抜ければそこは京阪沿線のどこの駅にも似ていない雰囲気。
 少し(いや、かなり)くたびれた感じの寡黙なオジサンもいれば、カップルや親子連れ、やたら大声で話したがる学生風の連中も多く、誰もがスポーツ新聞などの冊子類を持っている。本気で予想をしている人からレジャー感覚でやってきている人まで、それぞれが程度の差こそあれ、大儲けを夢見ながら入場口へと向かって行く。
 こちらはささやかな金額を各レースの3連単にのみ注ぎ込むという、無茶苦茶ながらセコく一攫千金を狙う戦略と決めているので、最初から大した損もしない代わりに、大きく儲ける可能性も低い。でも、ちょっとしたら大きなリターンがくるかも、なんて少しだけ妄想を膨らませることもできる。まさに新年早々の運だめし気分を満喫。
 こういう軽い気持ちでレースに参加する人間は、ヘヴィでマニアックな競馬ファンからは、あまり良く思われないのかもしれないけど、それは個人の自由。3連単というのは1着から3着までの馬の着順をすべて当てるというものだから、16頭が走ればその組み合わせは3360通り、的中確率は0.03%になるのだけど、これでも宝くじで100万円程度が当たるよりも確率は高いらしい。じっくり研究しつつ、かつそのときの気分任せで夢を見るにはちょうどいいのかもしれない。
 現に公式の勝ち馬投票券の売上は3連単が圧倒的に多いのだから、やはり一攫千金という大きな夢を抱きながら、それもきっと叶わないんだろうなというほろ苦い敗北の現実をバランスよく味わいたい人によって、競馬は支えられているのだろう。


イメージ 2


 個人的には、ギャンブルというのは好きではない。というか、好きでないギャンブルが世の中には多過ぎると思っている。
 ギャンブルというのは基本的には、小さな元手を大きくして利益を稼ぐ仕組みであって、その成功の確率は低く、ほとんどの場合は運任せで、ギャンブルの参加者に考える時間を与えないというふうにできている。挙句の果てには、参加するかしないかという基本的な選択の意思まで奪ってしまう依存症状態まで持っていくものが多過ぎる。パチンコにしても宝くじにしても、まさにそういうギャンブルの典型であって、個人的にはまったく興味を持てないのだ。
 その点、競馬というのはいいと思う。
 やっぱり競馬場に来て、実際に走る馬を見るのがいいと思う。
 青空の下、レース前のパドックでこれから走る馬を見て、じっくり品定めをする。馬のことなどさっぱりわからないのだけど、どの馬も本当に美しい。冬の太陽の光が馬の揺れるたてがみに、つややかな肌に反射するしながら、おとなしく先導される馬もいれば、やや暴れ気味でパドックの周回もゆっくり進めない馬もいる。基本的に運に翻弄されるだけなのはわかっているのだけど、そういう生き物の姿に触れながら、夢と欲望を込めた考えを巡らせる時間があるのが楽しい。
 サラブレッドというのは人間が品種改良を重ねて生み出した動物だけど、走ることに特化した美しさと、これから勝負に駆り出されてしまう宿命の悲しさみたいなものが、人気のオッズを横目で見ながら少額でも自分のお金を財布から取り出してレースに参加していく過程を楽しむ人間の琴線に触れるのではないだろうか。
 そういえば競馬場のことを英語で「race course」というのだそうだ。だから、ここ「京都競馬場」も「KYOTO RACE COURSE」といい、わざわざ「horse(馬)」という単語は出てこない。馬は最初から人間の前で走るもの、賭け事の対象になるものだという前提のもとで、人々の欲望や愛情を受け止めながらサラブレッドは走り続けるのだと思う。
 だから人間もレースに夢と欲望を賭ける刹那を、自由に楽しめばいいのだ。それぞれの思いを運に任せながら。


イメージ 3



 計6レースで注ぎ込んだ金額は千円ちょっと。新年明けての三連休、3時間ほどの夢は夕暮れと共に終わり。
 来週もまた来ようかな。夢を見るのは何回だっていいと思うから。


イメージ 4

イメージ 1

 
 冷たく強い風に煽られ、吹き飛ばされそうな気分になる。この山と川に挟まれた小さな町の幹線道路を歩いていると。
 宇治川と木津川と桂川が合流し淀川となる、大きな水の流れも集まる地点を超えて続く国道を細々と受け継ぐような片側一車線しかない小さな道も、川の流れと同じように軽自動車からダンプカーまで色々な車両が合流して走っていく。ここは京都府の南の端、すぐ隣は大阪府枚方市ということもあるのだろう、互いの境界を越えるためにスピードを加速するように、道幅から溢れそうな交通量が途絶えない。
 そしてそのすぐ横には、京阪電鉄の列車が走り去っていくのが見える。特急や急行が停まらない小さな駅なので、大半の列車はスピードを緩めることなく、あっという間に通り過ぎていく。川を渡る鉄橋に敷かれたレールを踏みしめる音が風に乗って、かじかんだ耳に飛び込んできた。
 風の正体は、山からなのか、それとも川からなのかは、よくわからない。
 ただ、傍を通り過ぎていく自動車や列車が走り去ることで巻き起こる風も多いのではないかと、背中を丸めながらジャケットのポケットに手を突っ込んで歩く一歩行者としては思う。
 そういえば休日には観光客らしい人の群れも見かけるのだけど、そのなかでもサイクリングウェアで全身を包んだ自転車乗りの集団を必ず見かける。この川沿いのサイクリングロードが充実しているからだろう。この寒さのなかでもペダルを踏む喜びを味わおうとやってくる人たち。そのペダルを踏みながら風と共に疾走し、道路を走る自動車やレールを走る列車と同じように、別の場所へと移動していく。
 通り過ぎていく川の流れや人の動きを眺めているだけの町、それがここ、京都府八幡市なのかもしれない。
 実際の気温は京都市内よりも少しだけ暖かいはずなのだけど、冷たい風に吹かれ流されるような生活を送っていると、体感温度よりも寒い気分になる。


イメージ 2


 そんな八幡の町にも、少し変化が見られる季節になったのに気付く。
 相変わらずの冷たい風、そして目覚めの朝特有の肌を刺すような寒気のなか、朝のウォーキングを始める時間。
 山道に入ると、緩やかな石段を覆う落ち葉のじゅうたん。
 じゅうたんというには固すぎ、あるいは濡れてしまって滑りやすくなってしまった箇所もあるが、足元で石の塊をただ踏むだけの味気無さとは違う、シャキシャキと軽やかな音を立てながら、あるいは微かに滑る感触を靴の底から味わいながら歩くというのは、紅葉も落葉となり雨風に晒されながら土へと戻っていく今の季節を味わうことができて、息を切らし汗をかきながらの行程を少しでも楽しいものにしてくれる。
 そして同じように朝のウォーキングをしている人は結構多いようで、何度も同じ顔を見かけるようになり、「おはようございます」という単なる挨拶以上の言葉をかけるようになれるのも楽しかったりする。
 良く出会う人のひとりに「頑張って下さい」と声をかけると、その人は足を止めて「これからこの石段を三往復するんですよ」という、元気一杯な言葉が返ってきてビックリしたことがある。間違いなく毎朝同じことをして足腰を鍛えているのだろう。こちらとしては一往復でバテバテなのだから、見習わないという気分になって背筋を伸ばしてもうひと頑張りできる。
 あるいは別の人は、早朝の愛犬の散歩にこの石段を上っているようで、そこでこちらもそのワンコに出会ったときは、疲れた身体のまま少ししゃがみこんで、ワンコの方に手を伸ばすことにしている。毛に覆われた顔がくしゃくしゃで、そのなかから黒い瞳からこちらの様子を伺うような様子のワンコは警戒心と興味半分というところで、こちらの足下のあたりを注意深くクンクン嗅いで、その隙に顎の下や背中に触れてコミュニケーションに成功する日もあれば、ワンコの方からハナから興味ないよとばかりに無反応で通り過ぎてしまう日もある。そしてその傍には笑顔の飼い主さんがいる。「どうもありがとうございました」「いえ、こちらこそ」と犬好きだからこそ成立する会話のやり取りも楽しい。
 別に束の間の会話以上の親交が生まれるわけではない。それでも朝のウォーキングの時間のなかで、単に見知らぬ人同士がそのまま無愛想に何事もなかったかのように通り過ぎていくよりは気持ちがいいと思う。冷たい風混じりの朝の寒気が、ほんの少しだけ暖かくなる瞬間がある気がする。
 そして、このウォーキングの舞台となっている石清水八幡宮も、これまで通り過ぎるだけだった人たちの足を止めて、こちらに迎え入れる準備をし始めたようだ。


イメージ 3


 これまで本殿の前には小さな石段しかなかったのに、ここ数日の間に円錐形の木製のなだらかな階段が設置された。
 そしてその横には、紅白の幕の下がった小さな建物も出来上がった。
 これは恐らく、年末年始の初詣に合わせた仕様なのだろう。他の場所も、いかにも臨時こしらえの木製の小屋のようなものが出来つつある。今でこそ閑散とした観光地に過ぎないのだけど、その時分になれば賽銭を投げて願掛けをする人や、おみくじやお札を買う人でごった返すのだと思う。
 そうなれば今まで通り過ぎるだけだった京阪電車も臨時で停車してくれるのかな。そして列車から降りてきた大勢の乗客のために、普段は閑散とした八幡宮までのケーブルカーが稼ぎ時とばかりにフル稼働することになるのかしら。
 この地に引っ越してきて3か月なので、実際の年末年始の賑わいがどの程度のものなのかはわからない。京都市内にも京阪沿線にも他に動員力を誇る知名度のある神社はたくさんあるので、意外と競争に負けてショボかったりして。
 それでも冬の風のように今まで通り過ぎていた人たちが、一旦立ち止まって、この地を歩いてくれるのを想像するのは、結構嬉しい気持ちになる。別に個人的に何か得するわけでもないのだけど。
 でも、もしそうなったら、朝のウォーキングは中止せざるを得なくなるな。単なる初詣として石段を上ることになるのかな。
 気が付けば、年が変わるまで3週間もないのだ。時間が経つのは本当に早いと思う。


イメージ 4


 石段を下りウォーキングを終えたあとの密かな楽しみ。それは東高野街道の石碑の横で開いている野菜マーケットを覗くこと。
 木の棚に無造作に野菜が並んでいるだけのものなので、マーケットというにはお粗末だけど結構流行ってるみたい。人だかりができるというほどではないが、早起きの人たちが好きな野菜を取っては料金箱に小銭を入れていく。早めに行かないとお目当ての野菜が売り切れていることも多い。
 どの野菜も全部100円!何が並ぶかは当日のお楽しみ。少し前までは小松菜や水菜が並ぶことが多かったけど、今の主役は蕪・大根・山芋・白菜・みかんといったところか。値段も嬉しいが、季節によって旬のものが目に飛び込んでくるのが嬉しい。このために百円玉をジャージのポケットに入れることが習慣になってしまった。今週は白菜と蕪を買いました。
 毎日歩いている風景のなかでも、ほんの些細な部分で季節の変化を感じることは多い。そしてそれは人間の気持ちの変化にも繋がっているのだろう。そんな変化を捕まえて、受け入れるだけの心の余裕が、自分の心にも訪れることを願っている。


イメージ 5

イメージ 1

 
 松花堂弁当ってありますよね。間仕切り付きの四角い箱のなかにか細々とした料理が何種類も入ってる、料亭なんかで出る高級感がある懐石料理みたいなやつ。
 あれは、その由来がここ八幡市にある松花堂にあるそうです。江戸時代初期の文化人でもある僧の松花堂昭乗が、当時の百姓が農作業に使っていた小箱を筆箱など日用品を入れる用途に使っていたのが、その始まり。この写真の人が、その人。
 しかし歴史をさらにひも解いてみると、さらに時代を経て、この容器が食事を入れるのに適しているのに気付いた料理人が食事を定食風に収めるようになったのが、本当の松花堂弁当の誕生となったそうです。
 だから一部で俗説として信じられている、元々の由来である松花堂昭乗が客人をもてなすために、この容器を使ったというのは間違いであって、あくまで彼は歌を詠んだり書を書いたりする道具入れとして使っていたに過ぎないというのが事実のようです。
 でも、こういう俗説が広まってしまうというのは、何となくわかる気はします。ここ八幡に住んで石清水八幡宮に上ってみると。そして高野山へと向かう東高野街道の狭い石畳の道と、自動車がひっきりなしに行き交う幹線道路に挟まれるように位置する松花堂庭園に入ってみると。
 色々な人が行き交う場所で、この人の存在は不可欠だったのかなと思います。


 この松花堂昭乗という人、今でいえば大変な多芸多才で、その才能ゆえに色々な人が集まってくる仁徳も備えていた器の大きな方だったようです。
 元々は武士の家に生まれるも、石清水八幡宮に入り出家。修行を重ねながら歌や書や茶道にも勤しみながら、最晩年にはそれまで住んでいた庵をあっさり譲って、たった二畳しかない茶室兼住居に移り住むという、枯れた境地で余計な欲を感じさせない人生をおくった人でした。
 で、こういう人というのは往々にして人間としての器も大きかったりする魅力的な人物だったりするので、その交遊関係も小堀遠州、狩野探幽、徳川義直、沢庵宗彭など有名な人物と多岐に渡り、それなりの記録がきちんと残っております。
 私は歴史にそんなに詳しいわけではないけども、そういう彼の才能や欲の無さ、人間としての器の大きさと交友関係からの歴史的事実が転じて、“松花堂昭乗は松花堂弁当で客人をもてなした”という伝承が生まれたのではないかと思うのですよ。
 そして明治時代の廃仏毀釈の流れのなかで、石清水八幡宮のなかにあった仏教僧の庵は次々に取り壊されることになるのだけど、この松花堂昭乗が晩年を過ごした茶室等はそのまま移設され、しかもその移設先は東車塚古墳の上だったというのが、いかにこの人物が愛され茶室等が惜しまれ、場所がどこだろうが保存したい!(古墳の主である豪族の方、スミマセン)という意見が当時の人々の間にもあったのではないでしょうか。
 だから、ここは場所は違えど、時代を超えて人々を寄せ付ける魅力をもった場所なのかもしれません。
 そういえば、庭園を見学する際に入口に、かつてこの八幡市に住んだ明治期の歌人である吉井勇が谷崎潤一郎や志賀直哉や梅原龍三郎など、当時のジャンルを超えたアーチストと当地で親交を深めた証である写真と石碑が立っていたのだけど、これもここ松花堂が人々を集めて宴や創作活動を行ったという歴史のDNAを持っていることの証なのかもしれません。
 寂れた歴史街道である東高野街道と、今を感じさせる人々の行き来を感じさせる幹線道路の狭間にこういう施設があるのは、少し面白い気がします。


イメージ 2



 というわけで、長ったらしいウンチクはこれで終わり。
 今日はこの庭園のなかの四季折々の風景の変化を楽しみに来ました。当然今の季節は紅葉がメインですからね。緑色の竹林と黄色や赤色に色付いた木々の葉、そしてよく見ると早咲きの椿も少し観ることができる、絶好の癒しの空間に身を任すことができました。
 で、そのおすそ分けを。


イメージ 3


 茶室のそばにある水琴窟。竹に耳を近付けると澄んだ高い音が聴こえてきて、心地よさは抜群。特に今日は多少肌寒いものの好天の乾燥した空気もあって、耳を近付けなくても微かに音が聴こえてくる。
 自然の特性を生かしながら、人工的な茶室を融合をさせようとした先人の努力を感じます。


 
イメージ 4

 
 少し変わった竹林。良く見ると市松模様的に表面の色が変化してる。紅葉とのコンビネーションはないけど、常緑樹の色と黄色のコンビネーションは観る者をハッとさせる。


イメージ 5


 竹林の手前、早咲きの椿とその蕾が見える。
 紅葉と椿が同時に楽しめたらなあと思うのは、あくまで人間のエゴ。季節の花にはそれぞれのルールがある。逆に椿は椿として楽しめばいい、何せ数百種類の椿があるそうだから。


イメージ 6


 茶室を覆うような紅葉と常緑樹、そして青空。
 幾度かの波乱万丈の歴史を歩みながら、その茶室では色々な人々の交流が行われ、親しまれて、今があるのだと思う。
 八幡市に引っ越して2か月ちょっと、自分の住処もそういう風になればいいなと、少し思った。


イメージ 7


 京阪電鉄の電車が緩やかなカーブを描きながらホームに入ってくる。
 「列車とホームの間が開いております。ご注意ください」のアナウンスが車両内に鳴り響く。それが京都市外にある八幡市に到着した証。
 その列車とホームの間は15cm以上20cm以下といったところだろうか。子供の足の大きさを超える、大人でも油断してたら躓いたり落ち込んだりしそうな落とし穴のような、電車とホームの距離。
 最近の鉄道のホームは安全上の問題から、出来るだけ車両との隙間を無くそうとしていると思うし、きちんと壁を設けて列車到着時だけ扉が開くというような仕組みが標準装備されている駅も少なくない。そんななかで、八幡駅のような仕様は珍しいというよりも危ない、観客の安全性を図ろうとしない手抜きと思われても仕方がないと思う。照明も決して明るいとは言い難いし。
 まあ、京阪には京阪の言い分があるのだろうな。カーブだから設置しにくいとか、装置を設置してもそれほどの乗降者客が見込めない費用対効果の問題とか。
 だから今となっては逆に、少し酔っぱらってたり、夜の闇に包まれている時に、前述のようなアナウンスが聞こえてくると自己責任的に注意するようになった。電車を運営してる会社が対策を練ってくれないのなら、自分で自分の身は守るしかないからね。


イメージ 1


 京都市外を抜け出し、京都府八幡市に引っ越して2か月近く経過しようとしている。
 ここは、すぐ駅前にある石清水八幡宮を擁する由緒ある門前町。
 でも、その駅前は門前町というには少し寂しい。
 駅の改札を抜ければすぐに石清水八幡宮に行けるのだが、主にその間にあるのはバスとタクシーの乗り場、少し鄙びた感じのスーパーマーケット、数えるほどの飲食店だけであって、逆に数百年前の方がもっと賑わいがあったのではないか思ってしまう。
 僅かに門前町の面影を残すのは、その駅前のスーパーから続く石畳の道。特別風情があるわけでもなく、普通に乗用車が行き交う一道路に過ぎなくなってしまったのだが、ここが昔は京都から高野山へと続く遥かなる参道の入り口だった東高野街道だった雰囲気は少しだけど感じることができる。所々にある寺院や蔵、廃墟と化しているけどもかつて料亭があった風情のある建物の様子がその玄関から窺える。


イメージ 2


 その出発点には石碑が二つ。一つは昭和初期に設置されたであろう朽ち気味の石碑、もう一つは観光地振興を狙ったのかはわからないけど、その小奇麗な仕様が半ば浮き気味に堂々と立っている。このまま道なりに歩き続ければ本当に高野山まで辿り着けるのかもしれない。そんな歴史の雰囲気を微かに感じることができる。


イメージ 3


 多少なりともそういう歴史を感じさせる道と並行して走る、古くからの住宅地を隔てて設置された幹線道路の方に目を向けてみる。
 その狭い国道は常に車が行き来して、きちんとした信号が設置された交差点等でないと横断したり自転車で走るには注意が必要となる。道路の規模の割に交通量が多いのだ。ここは京都と大阪の狭間に位置する場所だからだろう。トラックやダンプなどの大型車両、企業名の入ったライトバンのような営業車両、フロントウィンドウ越しに茶髪で眉毛の無い女性の姿が見える軽自動車など様々な車両がひっきりなしに通り過ぎていく。
 そういえば少し前に八幡市内の小学校近くの三差路で、コーナーにもかかわらずアクセルを踏んで空中に跳び上がり通学中の小学生の列に突っ込んでしまったアホなドライバーが起こした交通事故が全国ニュースでも話題になるようなことがあったのだけど、こういう交通状態だと、いつ何時そういう事故が起こらないとも限らないとは思う。大半のドライバーは交通ルールを守っているのは承知の上なのだけど、自分の身は自分で守る、これが基本なんじゃないかと改めて思ったりもする。
 そして、その国道に沿って走って、右手に見える警察署を過ぎた辺りから風景が変わってくる。
 側道に自動車やバイクのスクラップが山積みになっている敷地が数多く目に飛び込んでくるようになる。プリウスなどの人気国産車、あるいはベンツなどの高級車両が無造作に敷地内に置いてあり、そしてそこで目立つのは日本人とは明らかに顔付きの違う人相の人たち‐あの彫りの深さは中東系だろうか、あるいはあの褐色の肌は東南アジアだろうか‐が、その置き場や工場内にいるのが見える。
 そういえば日本の中古車が車種を問わず発展途上国に輸出されて人気となっているという記事を新聞で読んだのはいつのことだっただろうか。いや、バイクからダンプカー等の大型車両まで、その廃棄機械の部品のなかには希少金属を使ったものも多くあって、結構な値段で取引されているという記事も読んだことがあったっけ。
 そういえば以前タクシーに乗ったとき、運転手さんがこの風景を眺めながら「この辺は“ポンコツ通り”というんですわ」と言っていたのを思い出した。
 そこには東高野街道のような伝統は感じさせないけど、今を生きる自分たちの生活を守っていくだけの国境を超えた人間の根性を感じたりする。そういえばハラル認証を受けたイスラム・フードのレストランもあったな。今度行ってみようかな。


 京都というのは市外も含めれば(いや市内だけでも)、数えきれない程の神社や寺院がある。
 しかし光があれば影があるように、神社は清めや祓いの行事を行い、寺院は基本的に亡くなった人間を弔う場所だから、その清めや祓いや弔いの行き先である、死体を処理したり棺桶を作ったり、あるいは行事で祓われたモノやコトを受け入れる場所が必要となるはずなのだ。だから必然的に、煌びやかな神社や寺院の賑わいの影には、そのしわ寄せを受けるように生きる人々の姿がある。そしてその賑わいの光が鮮やかであればあるほど、その影で生きる人々の闇は深くなるのではないだろうか。
 しかし、その闇をしっかり見ていないと、その場所で一緒に生きていけないんじゃないかと思ったりもする。別に彼らの生活スタイルに同調するというわけではなく、少なくとも同じ土地で、同じ時間を過ごしているということを感じておかないと、そこでの生活は楽しめないと思う。
 オシャレでもなければ歴史的伝統が色濃いウケの良い観光地というわけでもない町だけど、住めば都、何だかここの色に染まりつつある自分を感じている。


イメージ 4

 
 毎朝、石清水八幡宮への石段を上るウォーキングをしているのだけど、そのウォーキングを終えて東高野街道の石畳の道に戻る時間帯、ちょうど写真の石碑の向かい側で、その朝に畑から取って来たであろう野菜が無造作に棚に置いてある。どれも百円。今の季節はカブと小松菜が旬なのかな。
 ジャージのポケットに用意しておいた数枚の百円玉でいくつかの野菜を買いました。これでしばらくは間に合いそう。無くなったら再び再びここに来ればいい。必ずしもお目当ての野菜はないかもしれないけど。

 
 大阪や京都方面に移動するときは、京阪電鉄を利用する。
 駅前で飲酒ができる店は限られている。そこは繁盛しているみたいで実際美味しい店なのだけど、他に店がないから結果的に梯子酒や深酒をしなくて済むので、酔っ払って千鳥足で電車に乗り込もうとして、例のホームと車両の隙間に足を引っ掛けて事故に遭わないようになっているような気がする。
 これも神様の御膝元で生きる人間の知恵なのかなと思ったりもする。


全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
molirinho0930
molirinho0930
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事