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かつて勤めた会社に、うつ病を発症して長期間業務に従事できずに休んでいる人がいた。その人は一見明朗快活そうなタイプで、直接一緒に仕事をすることはなかったが、その仕事っぷりの評判は悪くなかったと思う。
ところが人事異動による配置転換でこれまでと違う業務を任されるようになってから、発症したようだ。出勤しても体調不良を理由に帰ってしまうし、何日も欠勤することが多くなる。そうなると必然的にしわ寄せを食うかたちで周囲の人間の仕事量が増える。そこの部署の残業量は多くなっていたはずだ。
さらに、うつ病というのは、本人が今は調子がいいな、症状が軽いなと感じる時間というのは必ずあるし、あるいは単に特定の行動にストレスを感じて上手くできないだけということもあるので、ときには家事などの身近な活動に勤しんだり、あるいは外出してレジャーを楽しんだりすることもある。別に他の病気や怪我のように病院のベッドにいるしかないというわけではないのだ。彼自身も「子どもと一緒に遊んでいるときが本当に救われる気分になる」と言っていた覚えがある。
ところが、これが第三者である会社の同僚には理解できない。わかりやすい意見として「遊んでるくらいなら会社に来い」的なことを平気で口にする人間もいたりする(あれを聞いたときは本当に驚き、そいつの人間性を疑ったな。よく仕事帰りに一緒に飲みにいっていたのに。会社の人間関係の情なんて、一皮むけばボロボロである)。
彼の休みの期間は、『年次有給休暇』の範囲を超え、『病気欠勤』の扱いを受けるようになり、そしてついに『病気休職』まで続いていった。
これらの最大の違いは、『病気休職』になってしまうと給料が支払われなくなること(本人には、一定の条件を満たせば傷病手当金が支給される)。しかしあくまで会社に在職しているのだから、住民税や健康保険料、厚生年金保険料は今まで通り差し引かれることになり、特に保険料関係は会社も負担し続けるということになるのだ。もちろん彼が正社員として復職することを期待して、そこまで期間を伸ばしたと思うのだが、そもそも会社に行きたくない、今の仕事をしたくないというふうに彼が病気のかたちで無意識に表現しているのだから、そこまですることが有効だったのかという疑問はあった。相変わらず欠員補充がないということは、逆に言えば彼不在でもやっていけるという組織の皮肉な意思表示になっていた。
結果、彼は退職することとなった。小耳にはさんだ話だと、今では仕出し関係のアルバイトで社会復帰してるとか。子供と一緒の時間を増やして、自身が調子よく過ごせる時間を増やし、明朗快活そうな姿を取り戻して欲しいと思う。
個人的な話を書いてしまったけど、今更ながらこれらの事例は決して当事者たちに利益をもたらしていない、あるいはもっと感情的な表現をするなら、誰も幸せになっていないと思う。
なぜ、こういうことになってしまったのか。法律的な手続きとしては間違っていなかったし、そのときどきで芽生える感情というのも褒められたものではないが、わからないでもないと思う。しかし経済的合理性の観点でも、あるいは人間の感情の面でも、明らかに当事者に利益やポジティブな姿勢をもたらしてはいない。
まず、彼にうつ病を発症するきっかけとなった人事は適正だったのか。
それを企画した上司が彼をフォローすることなく、彼に不向きな仕事量ばかりを増やしていた可能性はあったと思う。その人事上のミスを訂正するだけの配慮もなく、ひとりの人材を潰しながら周囲の人間にも無理を強いるという結果になってしまったのだ。
次に、職場の内でのうつ病に関する知識の欠如から、彼に対するイメージをダウンさせ不満を募らせて職場の雰囲気を悪くするというのはあったのではないか。
別に病気について勉強しろとか、温かい目で接してやるべきとか言うつもりはない。ただ少なくとも「遊んでるくらいなら会社に来い」的な気持ちは持つべきではないだろう。そういう無知からくる不満を程度の差こそあれ同僚たちが持ってしまうと、ただでさえ会社に行けない・行きたくない状態のうつ病患者である彼をますます職場から遠ざけてしまうことになるからだ。
そして彼の休みの期間を『年次有給休暇』から、『病気欠勤』さらに『病気休職』まで引き延ばしてしまったこと。その間給料はもちろん、各種保険料の類を働いていない人間に支払うことになる(この事実も「遊んでるくらいなら会社に来い」的な意見に影響を与えていると思う。わかりやすくいえば「私は頑張ってるのに、頑張ってない人に給料が支払われるなんて!」的な不満が必ず出てくるのだ)。
病気による退職あるいは解雇ということで所定の手続きを早めに採っていた方が、彼の社会復帰にもベターだったかもしれないのだ。傷病手当金だけでなく失業手当も早めに出ることだし。しかし結局ダラダラと在職することを前提にして、会社の負担も増えてしまった。
あと、これはそれぞれの家庭の事情に首を突っ込むことになるのだけど、実は彼の奥さんは公務員だったので、経済的に余裕があったかはわからないが、休暇の取得や各種保障については一般企業よりも安定していたはずなのだ。だから早めに退職して彼女の扶養に入るという選択肢もあったはずなのだ。それを選ぶかはまさに家庭の事情だから言及すべきではないかもしれないが、制度的に余裕があるのなら、様々な選択肢があることを皆が考慮すべきだったかもしれない。
この『障害者の経済学』という本を読んでいると、当時のことを色々と思い出した。
この著者は脳性マヒの子供を持つ経済学者である。だから彼自身あとがきで触れているように、障害者の親という現実の当事者が、その現実を客観視するにはそれなりの時間がかかったようで、福祉という狭く決まりきった世界から抜け出せず、障害者という弱者の親という立場に甘えていたと振り返っている。
そして、そういう立場から著者が表現するところの“吹っ切れた”状態、治す対象物として障害と対決するのではなく、それを受容し人間の特性として認めるようになることが、この本を書く第一歩になったようだ。
曰く、“車椅子に乗っていることがメガネをかけていることと同じ”、“自閉症であることが空気が読めないのと同じ”という具合に解釈できるようになる。
この解釈でいけば、うつ病も単なる心の不調として捉えることから始めればいい。治す対象ではないその人の特性であり、生かし方次第では十分貢献できる、変な人事異動で向いていない仕事を無理矢理押し付ける必要もなくなると思った。
そして、この“吹っ切れた”視点から繰り広げられる主張は、基本的には障害者が消費者として生きていくことを押えながら、そうあるためには健常者からみたこれまで通りの“自立”という価値観ではなく、多種多様な障害を持つ人間のひとりひとりの、そのままの“多様性”を認める社会を目指した方がベターだとする(その具体例として、この本を読むと、工場での単純作業から農業まで、きちんと上司が指示を出したりIT機器を使用することで、障害者がその特性を生かした職種というのがいかにたくさんあるかがわかる。職種によっては“健常”な労働者以上に成果を挙げるケースもあるのだ)。
そのための視点の基本にあるのが、あくまで経済学という学問なのが面白い。
経済学というと合理性や冷徹な印象を持たれがちだが、逆にこの本ではそういう学問の特性を、著者自身が“吹っ切れた”状態で生かした視点を持ち続けているので、逆に温かみのある、読者の好奇心を刺激し、勇気付けるような印象を与えるようになっている。
その読者に与える勇気のもととなっているのは、その著者の視点が単なる障害者を巡る問題を超えて、今を生きるすべての人々が抱える問題を深く掘り下げていくように機能しているからだろう。
第9章『障害者就労の現状と課題』で、著者は次のように述べている。
重要なのは雇用を増やすことである。人間には得手不得手がある。比較優位の原則に従って、自分の相対的に優れているところで仕事をすることが社会にとって効率的である。
(中略)
雇用情勢がいっこうに改善しないなか、これらの政策の重要性は障害者に限ったことではない。本来、人間の能力には多様性があるのだから、それに合わせた働き方があってもおかしくないはずだ。さまざまな種類の仕事が数多く存在していれば、職を失っても再び仕事を得る可能性は高くなる。
さらに終章『障害者は社会を映す鏡』での主張は圧巻である。
ニートとよばれる人たちは、自立という言葉がトラウマになって雁字搦めの状態だそうだ。病気を治そうと頑張れば頑張るほど発作から抜けられなくなる精神障害の人々と似た性質を持つ。
(中略)
現代の若者の多くは型にはまった働き方を嫌うようになってきている。にもかかわらず、年金制度や税制などは従来型の正社員を中心として設計されており、そこからはみ出した人は制度の外に追いやれれる。今後はこうした制度からはみ出す人をなくすためにも、多様な働き方を認める社会を構築していく必要がある。
加えて、何度でも働き方の選び直しができるような仕組みも必要だろう。ハンディキャップを負っている障害者は体調に波がある。調子の良いとき悪いときの差が激しいのである。それならば、調子の良いときをうまくつなぎ、トータルの生産性を高める働き方があっても良いはずだ。こうした柔軟性は出産や育児など時間を割かざるを得ない女性にとっても働きやすい環境へとつながるだろう。
このように、障害者が働きやすい環境をつくることは、他のさまざまな特性を持つ人々にとってもプラスとなるのである。
これは単なる理想論ではないと思う。未来への希望を語りながら、今ある制度や仕組みが現実に対応していない、そこにいる人々すべてに何らかの生きにくさを与えていることへの警告でもあるのだ。
表紙には、なぜか七福神の恵比寿様が描かれている。
え?なんで?と読者は思ってしまうのだが、この恵比寿様の起源には面白いものがあって、古事記神話には、イザナギノミコトとイザナミノミコトが最初に生んだ子どもは全身マヒの未熟児状態で生まれ、海に流された後、漁師に救われ、エビスという名の神様として復活するというエピソードが載っている。だから本来は漁業の神様なのだけど、今や商売繁盛をお願いする神様みたいに親しまれているのは、誰もが知るところだろう。
これだけで、著者がこの本で伝えようとすることが、はっきりわかる。
全身マヒの障害者として生まれた子どもが、漂流しているうちに助けられ、そこで漁師の役に立つために生まれ変わり、さらにはもっと広い意味での商売などの交易や消費活動を盛り上げるための神様になったという物語が、ここにはある。
それは現代を生きる弱者としての立場を背負っている人たちが、既存の硬直した制度や組織から離れ、流れ漂ううちに自分らしく生きていけるという希望でもあると思う。
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読書感想文
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最近読んだ本の感想文。もっとも、最近メインの感想文はこちらに書くことが多くなりました。お暇ならご覧ください。 http://booklog.jp/users/molirinho
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「官僚の官という文字は、上に冠があり、その下に二つの口があるね。この冠は、人民が与えるものじゃないのかね?官僚が成すすべてのことは、人民の利益を代表していて、人民のためであること。そうして初めて、『官』の文字にふさわしいんじゃないのかね?我々の国は、我々の党は、この数十年間、ものすごく多くの努力をして、ようやく今日に至ったんだ。しかし、どんなに努力しても、もっと心血を注いでも、ほんの小さな虫食いの穴から、すべてが崩れ去ることだってありうるんだ」
(407ページより)
これは登場人物の一人、共産党市書記の孫長興の言葉。舞台は上海、開発と破壊を繰り返し、成長という名の下に人々の欲望も時代の流れに翻弄される魔界ともいえる中国の大都市。官僚とはこうあるべきだという理想に燃えた熱い言葉(これがどういう場面で出て来たかは……それは実際に本書を読んで下さい。考えようによっては余りに皮肉っぽく思えたりします)。
こういう理想に燃えた言葉って、誰もが一度は人生のなかで発したことがあるんじゃないかな。別に中国人に限らず。
例えば、新社会人1年生になったとき、会社内で昇進して新しいポストに就いたとき、転職して新しい会社に入社したとき、会社から離れて独立開業したとき……別に引用のように大仰な表現こそしないまでも、ここで理想と希望を抱きながら心機一転ガンバロウ!的な決意は心のなかに芽生えるものだと思う。
しかし、そういう理想と希望に満ちた気持ちとは裏腹に、目の前の現実は流れて行く。一旦組織に属してしまった者は、良くも悪くもその組織の流儀に合わせていくことで、その現実のなかで生き延びて行く選択を迫られることになる。例えそれが明らかに間違っていること、ときには道徳や法律に反するようなことであっても、それを受け入れ、目をつぶり心に蓋をしてやり過ごしていくことだってあるかもしれない。その見返りとして、それなりの富や地位を手に入れることができるのなら。
いつの間にか心は曇り、そのなかにある理想や希望は当初の輝きを失っていることも自分ではわかってはいる。でも気が付けば様々な人間関係のなかで、自分一人で青臭い考えや思いを持っていたとしても、一旦背負ってしまった自分も含めた人間関係、組織の構造を捨て去ることはできない。
そしてそれは、個人的なささやかな幸福に満ちた生活さえにも影響を与えていく。
こういう変化って、誰もが一度は経験があるんじゃないかな。知らず知らずのうちに自らが招いてしまった人生の濁流。別に中国人に限らず。
「僕は、今離婚することはできない。今の僕は、僕だけのものではなくなっている。僕は背中にものすごく多くの人たちを背負っているんだ。肩には1000キロの荷を負っている。きみと二人だけでどこかに行ってしまいたいというのが、今の僕が最も望んでいることだ。でも僕は見えてしまったんだよ。僕の向かっている道は、歩けば歩くほど狭くなっている。このままだと、行きつく先は、死に繋がる袋小路かもしれない。この袋小路は、どのくらい奥深いところにあるのか、今の僕にはわからない。そこから抜け出したいと思っても、もう抜け出すことはできないんだよ」
(379ページより)
これは登場人物の一人、上海市の優秀な役人である宋思明が妻に対して発した言葉。本来は穏健で理想に燃えた青年官僚が、なぜこういう言葉を吐くようになったのか。人間関係はカネとコネがすべて、そこに権力と情実が絡んで、それらが中国という国家が成長していく時代の流れを作り出していくなかで生まれた小さな個人の叫び。
それはカネとコネだけでなく、個人の愛欲−それが青春期の甘いプラトニックな思い出に基づくもの、恐らく理想や希望を抱いていることをはっきり自覚していた頃の姿を再び呼び覚ました結果として陥った袋小路であることが、逆に切なさを増す。
その袋小路に陥りつつも手にしたのは、大いなる富と権力。そして失ったのは、生活に根差した一個人の心や感性。(このあたりの対比の描写は凄いものがある。常識を超えたスケールで展開された生業の果てであることに、読者は驚かされることになる)。
個人が個人らしく生きていく、多少の困難や挫折を繰り返しながらもそういう生き方を貫く。中国といえば“個人の自由がない国”みたいに思われがちだけど、庶民は庶民なりに、官僚は官僚なりに正直に生きていく道だってあるのだ。そんなこともわかっていたはずなのに。
あるいは逆に、むしろ“自由がある”日本で生活を謳歌する我々の方が、そういう生き方を忘れているんじゃないか、富と権力を引き換えに袋小路に陥ってるんじゃないかと、読みながら思ったりもする。
歩けば歩くほど狭くなっていく袋小路のような人生を抜け出すことを望んでいるのに、それができない。贅沢といえば贅沢な悩み、自業自得といえば自業自得な運命なのだけど、この人生の悲しさはすべての人間に当てはまるものだと思う。
「私、絶対にこの子を産むわ。心配しないで。世の中も変わってきたし、いろいろな人がいると思うの。私みたいなものも、きっと受け入れてくれるわ。彼も約束してくれたのよ。私たち母子に責任を持つと。彼がいる限り、なんの心配もないし、何も怖くないの」
(383ページより)
この言葉は不倫の果てに妊娠してしまった子供を生もうとする女性、海藻がその姉の海萍に告げた言葉。その子の父親は彼女の面倒を見るだけの財産を持っている有力な権力者。そして何の因果か姉の海萍も、彼に色々と金銭面での援助を知らず知らずの間に受けている関係(このあたりのカネとコネの流れの描写も凄まじい。どこかしらユーモラスな部分もあるのだけどサスペンスを読み解く様なスリルもある)。
海藻はいわばシングルマザーの道を歩もうとしているわけだが、そんな彼女と生まれてくるであろう子供の存在を受け入れてくれるような世の中が、本当にあるのだろうか、今の中国に。未だに“一人っ子政策”が続く社会。その生まれてくる子は父親から見れば、政策に反する二人目の子供、そして母親から見れば、 父親がいない“普通ではない”家庭で育てられる子供。そんな母子を受け入れるほど世の中は変わったのか。
そして彼女が信じる父親である男との約束は本当に実現されるのだろうか。その男は確かに十分な富と権力を持っている。しかしそれがいつまでも続くかどうかはわからない。内実は一寸先は闇、前述の優秀な役人である宋思明の言葉の引用すれば“行きつく先は、死に繋がる袋小路かもしれない”、カネとコネの流れのなかで翻弄され明日をも知れない世の中なのだ。
それでも海藻は信じている。たとえ余りにナイーブな、世間知らずな思い込みかもしれないけど、生まれてくる子供と彼女がしっかり生きていける世の中になることを信じてる。シングルマザーも、不倫の果てに生まれた子も、一人の個人としてささやかな幸せを求めることができる、そんな希望に満ちた未来が彼女のなかにはあるのだ。
考えてみれば日本だって、シングルマザーとその子供を許容できる社会の成熟度こそあるものの、彼女たちが経済的に自立できるだけの余裕があるかと言われれば、首をかしげざるを得ない部分があるはず。日本ほどの自由に溢れた経済大国なのに、“いろいろな人がいると思うの。私みたいなものも、きっと受け入れてくれる”という理想をかなえるほど希望に満ちているだろうか。
この母子が生きていけること、それこそが中国や日本を含めた社会が本当の意味で一個人としての様々な幸福を追求できるものになることの隠喩のような気がするのは、私だけだろうか。
そして、海藻と子供の運命はどうなるのだろうか……。
この小説、一言で説明するなら“成長する中国の歩みに潜む光と影”ということができるのかもしれない。
中国の社会情勢等に興味のある人は小説という虚構を通じて、現在の中国を焙り出すための手掛かりになるかもしれない。あるいは中国にまったく興味のない人には、人間のあらゆる欲望が渦巻く社会のなかで強かに生きていく人生と、そこから脱落していく人生が互いに絡み合ったテンポの良い物語展開に魅了されるに違いない。間違いなく傑作だと思う。
そして、私はこの小説のなかに、一個人が組織あるいは国家という制度のなかで、いかに一個人としての生き方を貫いていくことが難しいこと、それでも何処かでそれを貫かねばならない人間の悲しさと力強さを感じる。
最終章で今挙げた孫長興、宋思明、海藻とその子供、海萍がどのような行動をとり、どのような結末を迎えるか、それに対して読者がどう思うかは自由である。
ただ、そこに希望に満ちた未来を少しでも抱かないとやっていけない、一個人としての人間の姿を感じとってしまう。それは中国に限らず、日本も含めた普遍的な人間の願いだと思う。
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私の生まれは山口県である。
山口県というのは本州の西の端にあって、日本のなかでも印象の薄い都道府県のひとつだと思うが、交通のインフラは比較的整っていて、大概の道路は昔から舗装されていたし、新幹線の駅も5つもある。同じ山陽新幹線の岡山県には2つしかないのに、何だか申し訳ない気分になる。
工業地帯等の産業施設も多い。私の地元の周南市だけでも、出光・東ソー・トクヤマ・日本ゼオン……名だたる日本の企業がコンビナートを成している。
これは恐らく明治維新以来、時の政権の大臣を多く輩出してきた影響があるのだと思う。当然そこには総理大臣も含むわけで、現在の安倍首相もその流れのなかにある。この流れというのはなかなか根強いものがあって、かつて社会党が躍進した時代や、最近の民主党による政権交代ブームの際に多少の影響はあったにしても、基本的には盤石の地盤の下、世襲も含めて絶え間なく人材が生まれている。
そんな政治の不変さとは対照的に、山口県の都市の大半は地方都市の例にもれず寂れた街並みになってると思うが、老朽化しつつも道路と鉄道はしっかり残り、シャッター商店街や縮小・撤退傾向にあるコンビナートは、辛うじてかつての繁栄を思い出させる遺跡のような佇まいを残している。
政治の主流であること、政策を自由にできることと、その治政者の地元が繁栄することが必ずしも一致するわけではあるまい。そういう地元利益誘導型の政治家は実際には未だに多いのだろうが、表立ってそういうことが露わにできる時代とも思えない、今は。
そういうふうに考えると、今の大半の地方都市の現状は、かつて日本が右肩上がりの成長を続けていた頃の名残りが、寂しく残っているということなのだろうか。
高度成長、と言われていた時代の遺産として。
安倍首相といえば、アベノミクス、ですね。
三本の矢の成長戦略とか、日本銀行による“黒田緩和”とか色々言われてますが、その中身の分析は他の人に任せるとして、少し面白いのは、本来タカ派である安倍さんが、できるだけ自分の本来の色を隠して、ハト派的に経済成長に軸足を置いているように見える点。前回の政権時には『美しい国へ』なんてキャッチフレーズと、実際にそういうタイトルの新書本を出版したりして、ぼんやりとしつつ強権的なイデオロギッシュさを前面に出してしたのに、今回は明確で実務的でありながら実態や成果が未だわからない戦略を出してる。
これって、今から自民党が本来持ってた二面性−俗にいう“五十五年体制”をひとりで再現してるような気がするのは、私だけでしょうか。
ここで歴史のお勉強を。
本来自民党というのは、戦後の荒廃のなか経済優先政策を唱えた自由党と、憲法改正や再軍備を唱えた民主党が1955年に一緒になって出来上がったわけで、その結党目的は当時隆盛を極めていた社会党への対抗のためという面が大きかったようです。
で、そこから真の意味で長期安定自民党政権が始まるわけですが、元となる当時の両党出身者のなかには、安倍さんの祖父である民主党系のタカ派の岸信介、自由党系のハト派の池田勇人がいました。
この2人は続いて総理大臣になるわけですが、岸から池田への政権交代が行われたのは1960年。それは今から考えれば、日米安保条約締結や労働争議に揺れた波乱の時代から、所得倍増計画など成長かつ安定を目指した時代への転換を象徴するものだったと思います。
それから42年後、奇しくも旧社会党出身者も含む民主党から政権を奪取した自民党の総裁、内閣総理大臣になったのは、岸信介のDNAを持ちながら、池田勇人的成長戦略を掲げる安倍さんになったというのは、歴史の不思議な巡り合わせを感じてしまいます。戦後の荒廃からは程遠い豊かさを手にしたとはいえ、どこかしら閉塞感の漂う今の日本に。
それが良い事なのか悪い事なのか、まだわかりませんが。
この本の副題に『日本を変えた6000日』とある。大まかに捉えて1950年あたりから1970年あたりまで間に、日本は大きな変化を遂げました。そのものズバリ“高度成長”と言われるほどに。
この本は色々なデータをわかりやすく取り上げているが、経済面以外のテーマの方が個人的には興味深かった(前述の政治の勢力図の変遷にも当然触れている)。
例えば平均寿命の変化−1950年には男58歳・女61.5歳に過ぎなかったのに、1970年には男69.3歳・女74.7歳(!)と驚異的な伸びを見せていることにも触れて、その背景として乳児死亡率の低下(1950年には60.1%もあったのだ!ちなみに1970年は13.1%、1994年には4.2%である!)や、国民皆保険の制度確立による受療率の変化(1950年から1970年までの20年間に大まかな受療率は4倍にもなっている!)のデータも取り上げてわかりやすく説明してくれる。
これらの数字のデータやグラフをわかりやすく感じる最大の理由は、そこに著者自身の同時代的経験による私見をさり気なく入れているところだと思う。あくまで冷静な分析の根拠として提示しながらも、リアルタイムでその時代を過ごした個人的経験値として昇華されているように感じるのが面白い。
そこで感じられる著者の歴史観−経済成長の価値は認めながらも、そこからこぼれ落ちる何か重要なもの。裕福な生活を送ることができる時代のなかで、数字的なデータでは捉えきれない貧しさみたいなものをしっかり見つめようとする態度が、この本をより魅力的なものにしているのだろう。
著名な経済学者の著者が経済学という範疇を越えて、個人的な体験談や、世相を映す著名人の発言(夏目漱石の講演の引用など)を織り交ぜることで、逆に過ぎ去った昔の数値データが時代を越えて今の読者の知識欲と感情に訴える力を持っている。
ニュースを見れば閉塞感を煽り立てられるような気分になる今の時代に、高度成長の真っ只中の政治経済の歴史を体現するような政権が生まれました。それに賛同するも拒否反応を示すも個人の自由。
ただ、そんな今だからこそ読んでおきたい本。
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「今まで、自分は何でもできて、自分は世界を変えられると思ってたんでしょ」
「人ひとりが1日生きるって、すごい大変なことだって、よくわかったでしょ」
「ミャンマーの難民助けようと思う前に、自分のすぐそばの足元みたいとねえ」
………………ぐさっ。とどめが刺さった。
(174ページより)
誰にでも「自尊心」はある。この「自尊心」の部分を「プライド」とか「誇り」とか「意地」とか適当な言葉に変えてもらってもいいのだけど、要は誰もが自分のことを多少なりとも誇らしく思っているわけで、日常生活のなかで、知らず知らずのうちに。
だから逆に、他人の何気ない一言に傷付いて凹んでしまうこともあるわけで。そういう自分の「自尊心」なるものを逆撫でされるようなことになれば、それまでの人生で得てきた経験や自信みたいなものを否定された気分になる。元気があるうちは反発心も湧いて、所謂「逆境へのエネルギー」に昇華されて前向きに人生を歩もう!みたいな展開もあり得るのだけど、人間いつもそんなに健康的ではないわけで。
冒頭の引用は、難病にかかった著者が担当医から言われた言葉の数々。
ちなみに著者は、難病以前はビルマ難民を研究し、実際に現地に向かい援助等のフィールドワークに励んでいた大学院生女子。
その言葉を受けた著者はこれまで歩んできた自分の人生の傲慢さに無理矢理向かい合わされ、反論できる気力すらなく落ち込んでいく。奇天烈な難病(どういう病気かは書かない。まあ、凄まじいというかわけがわからんというか……ぜひお読みになって下さい)にかかり、地獄に仏、オアシスだと思っていた病院の担当医からはこういう言葉を投げ付けられたら、どうしようもない。
おまけに頼りにしていた友人をはじめとする人間関係もおかしくなってくるし。
「何でもするよ」
「何でも言って」
それは、「その場」「その時」の、そのひとの本心だと思う。優しさだと思う。そんな言葉を言ってもらえること自体が、有り難いことだと思う。
でも、ひとは、自分以外の誰かのために、ずっと何でもし続けることは、できない。
わたしの存在が、わたしの周囲のひとたちにとって次第に重荷になってきていることを、心の底ではわかっていたけれど、見て見ぬふりをした。まるで、わたしのお見舞いが「義務」や「責任」のように、みんなの肩に重くのしかかっていた。
(中略)
「救世主」は、どこにもいない。ひとを、誰かを救えるひとなど存在しないんだ。わたしを助けられるのは、わたししかいないのだと、友人をとことん疲弊させてから、大事なものを失ってから、やっと気がついた。
(235ページより)
まさに絶望一直線的な闘病の記録になっている本だけど、著者自身も述べているように、これは「闘病記」ではないのだ。
なぜなら、病気と闘っているわけではないから。
闘っている相手は、医者であり、人間関係であり、医療サービスや自立支援と銘打った各種の制度、だから。
それまでの「自尊心」とやらを脱ぎ捨て、徒手空拳に近いまま既存の使える制度を使い、他人には頼れないとわかったうえで、それでも信頼できる誰かを探し、自分の居場所を作っていく作業の積み重ねを改めてしなければならない、そんな厳しい現実に著者は気付いているのだろう。闘う相手は病気よりも手強いかもしれない、今目の前にある現実なのだ。
だから、未だに病気も治癒せず、既存の社会制度に疑問を抱き、新しい人間関係を築きながら文筆活動を始めた状態である限り、この本は「闘病記」として完結した作品では有り得ないのだと思う。「生きていく」「生き延びる」ことに直面せざるを得なくなった人間の、あくまで覚悟の途上の記録なのだ。
難民の友人たち、彼らはみんな、自らが置かれた境遇というものをよく理解していた。わたしになけなしの食材でごはんをこちそうしてくれることはあっても、わたしに何か過度に期待したり、求めたりすることは、一度もなかった。
(中略)
ひとが、最終的に頼れるもの。それは「社会」の公的制度しかないんだ。わたしは、「社会」と向き合うしかない。わたし自身が、「社会」と格闘して生存していく術を切り開くしかない。難病女子はその事実にただ愕然とした。
(238ページより)
著者の「社会」と格闘して生存していくための努力が始まる。
様々な社会保障制度を受けるために資料を取り寄せ病室を書類の山に埋めたり、限られた病院からの外出時間のなかで役所はもちろん不動産屋なども回り、なんとか自分の居場所を探そうとする七転八倒の日々。当然車椅子姿であるから、なかにはバリアフリーとは言い難い場所もあったであろうことは容易に想像がつく。
それでも困難を伴う行動に著者を向かわせるモチベーションとなったのは……え?!とビックリするような、優しくも甘いエピソードが絡んでいたりするから、やっぱり「生きていく」「生き延びる」ことは面白いなあと思ってしまう。
ひとりの弱者としての人間が「社会」と格闘するということは、必ずそこには人間としての感情抜きではできないのであって、社会制度に怒ったり、人間関係から安らぎを得たり、何がしかの感情が芽生え、それらを積み重ねを大事にしないと「社会」では「生きていく」「生き延びる」ことはできないのだ。そういう当たり前のことに気付かされる場面もあって、軽妙な文章と共に読者はホッとさせられる。
いつも先生たちは、「よくなってます」と繰り返し言う。一辺倒に言い続ける。これはお医者さんという生き物の癖なのかもしれない。
わたしは正直、百万回以上の「よくなってます」に辟易していた。ステロイドや免疫抑制剤の副作用で次第に身体が喰われていくのに、いいときも悪いときもあるのに、ひたすら念仏のように「よくなってます」と唱え続けられるのはなんだか違和感がある。
(中略)
わたしとしては、「よくやってます」と言われたほうが、ずーっと嬉しくて、ほめられているような気持ちがして、社会の中で生きる気力がわいてくるのだが。
(317ページより)
冒頭に「自尊心」という言葉を使ったが、著者は作品中でこの手の言葉は一切使ってない。念のため。
ただこの本は難病に襲われた人間が、一度は「自尊心」どころか生きる気力さえ失いかけた人間が、再度「よくやってます」と褒められ、社会から存在を認められるための「自尊心」回復の記録だと思う。
だから、『困ってるひと』なのではないか。
未だに病気は治らない。それでも「社会」のなかで「生きていく」「生き延びる」ことに一生懸命にならなきゃいけない。かつてミャンマーで見た難民と同じように困った状態が続いているから。
それでも、苦しいながらも他人を思いやったり、他人から思われたりしながら「生きていく」「生き延びる」術を身に付けなければならないのは、誰でも同じことだと思う。
この世の中に“困っていないひと”などいない。理由はどうであれ、生きている限り苦しんだり悩んだりすることだらけなはず。だからこそ皆『困ってるひと』であることを自覚すべきなのかもしれない。
いま、この社会を、生きるって、たぶん、すごくしんどい。
(中略)
病気にかかっているかどうかにかかわらず、年齢や、社会的ポジションにかかわらず、けっこうみんな、多かれ少なかれ苦しくって、「困ってる」と思うんだが、どうだろう。
どうしてこんなに苦しいのか、みんな困らなくてはならないのか。エクストリーム「困ってるひと」としては、いろいろ思うところがあるのです。
(9ページより)
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テレビに出ている、それなりに有名で稼いでいるであろうお笑いタレントが生活保護を受給していたというニュースが広まって、結構時間が経ちました。ネット上では色々な噂や憶測が飛び交っているようで、毎日覗き見るのが楽しみのような、もはや飽きてしまったような複雑な気分であります。
本来は生活保護の申請をするのは、あくまで個人の自由であるはずなんですけどね。
そもそも生活保護というのは、日本国憲法第25条にある「すべての国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という条文を基にしているわけで、極端にいえば他人が羨むような金持ちでも「文化的で最低限の生活を受けていない!」と思えば、親族共々生活保護を受ける権利だけは保障されているわけですよ。
だから、テレビの出演料を何十万・何千万円単位で得ているであろう吉本興業のひな壇芸人風情でも申請する権利だけは認められてるわけで。ましてや人気は水物の明日をも知れない芸能界、テレビを賑わす芸人だって数年前までは交通費程度のギャラしかもらってなかった実態があるわけですから、本当に生活に困窮していた時代に生活保護を受けていても不思議ではないと思うのですよ。そして売れてからも、そういう事実を忘れてしまって受給を受け続けていたということもあるんじゃないでしょうか。
それ自体は単なる見落とし、受給取り止めの手続きを(意識的であれ、無意識であれ)忘れていた可能性もあるわけで、法律に定められた権利を行使しているだけで何の問題もないと思うのです。が、周囲の人はそういう風には見ませんわね、普通。特別に高収入が予測できる芸能人でなくても、地道に働いてる自分と生活保護受給者を比較すれば、嫉妬など割り切れない感情が湧いてきても不思議ではないわけで。
釧路市内のタクシー運転手二郎さん(仮名)はドライバー歴13年。
(中略)フルに働きながら、生活保護以下の水準で暮らす二郎さんは「それでも受給者は優遇されてるとは思わない」という。(中略)でも、生活保護を受けている人をタクシーでパチンコ店に送るときは「ちょっと、どうかな」と思うこともあるという。
世間の目はきびしい。実際、釧路市役所の生活福祉事務所には「遊んでいる」「使えないはずの車に乗っている」などの苦情が絶えない。(同書115ページより)
生活保護受給を受けていた芸人が、自分の現在の収入や親族の扶養義務を意識的に無視していたかどうかはわからない。でも、それ以外の受給者−甘んじて生活保護の受給を受けなければならない立場になってしまった人々が胸を張って法律で認められた権利を行使しているかどうかといえば、それは甚だ疑問な実態があるのであるんじゃないでしょうか。
この手の話題になると「不正受給が問題なのであって、本来必要としている人々に保護が行き渡らないことが問題なのだ!」と力説する人は結構いて、その意見には頷くしかないのだけど、当の「必要としている人」は少なからず負い目を感じながら生活保護の受給を受けていたりする。なかには認められた権利や!とばかりにパチンコやレジャーに給付金を注ぎ込む人もいるのだろうけど、自分は働かない・働けない境遇を恨めしく思いながら、苦渋の思いでひっそりと生活の建て直しに一生懸命になってる人もいるみたいなんですよね。むしろ、そっちの方が多数派だと思われるようで。
「本来必要としている人」ほど、目立たぬように小さくなりながら暮らしてるなんて、どこかおかしいと思うのは私だけなんでしょうか。
釧路市内のケンさん(仮名)は七年間続けたホームレス生活を遠い昔を思い出すように語った。
「それまで生活保護を勧められたことはあっても、生活保護は病気とか、お年寄りとか本当に働けない人だけで、ホームレスや働ける人は受けられないと思ったいた。(中略)抵抗感もあった」とケンさんは言う。
(中略)保護を受けて、生活が安定したケンさんはいま、アパートで暮らしている。(中略)「意外と使わないね、と言われる。みなさんの税金をいただいているのだから、そう気軽に使えない」とケンさん。(同書6ページより)
先に、生活保護は法律で認められた権利と書いた。
しかし実際問題、申請があるごと無条件にに支給するわけにはいかないので、支給する側=行政の方としては、その審査を本来しなくてはならない。その申請者が受給対象者にふさわしいかどうか、この先経済的にも精神的にも自立した生活が送れるかどうか、きめ細かい調査とサポートが必要なはずなのだ。
ところが生活保護費は4分の3は国が負担、残りの4分の1は市町村が負担する仕組みになっていて、市町村の負担分は国からの地方交付税交付金で手当てされるようになっている。つまり保護費部分が増えると、他の交付金部分が減ってしまうこととなり、トータルで保護費が増えてしまうと、地方の財政にとっては痛手が大きくなるのだ。つまりは数字でしか、その実績を測る尺度がないということにも繋がっていく。予算の管理は数字でしかできないからね。1人1人その実態を調査するのは、時間も手間もかかってしまう。
だから地方行政の側としては、半ばやむを得ず、生活保護に対する抑制策をとることにもなってしまう。予算の範囲内で生活保護対象者を選別する、あるいは見捨てるということも。勿論、国と受給対象者の間に板挟みになった挙句に、不正受給者を防ぐ苦渋の選択だったのかもしれない。しかし、この政策のもとで犠牲になった人間もいるわけで。必要としている人に扶助が届かないということも十分あり得るわけで。
日記に「おにぎり食べたい」と書き残して、死後1ヵ月後に発見された男性。
(中略)主治医の意見から「普通就労が可能」と判断し求職活動を行うように指導。(中略)それから福祉事務所と男性の接触はなく、自宅で死亡しているのが発見された。(同書93ページより) なんだか悲惨な事例ばかり、知ったかぶりで引用してしまいましたな。
でも、個人的に恐ろしいのは、貧富の格差ではなくて、同じような金持ち、あるいは貧乏の階層に属する人々の間で、足の引っ張り合いのような醜い争いが静かに起こること、だったりするんですけどね。
昔から金持ちと貧乏人の間には格差というものがあったはずなんです。大邸宅に住んで外車を乗り回す人達と、賃貸住宅に住んで軽自動車に親子ギュウギュウ詰めで乗る人々の間に差があるのは当然のこと。もっと上を見れば国内外に別荘を持つ人もいるし、もっと下を見れば自転車しか持ってなくてスーパーの特売のチラシに釣られて行列を作る人もいるわけで。
まあ、余裕がある金持ち連中はどうでもいいんですけど、余裕のない「貧乏」な連中がお互いに足を引っ張り合って、相手を「貧困」に陥れるという構図があるような気がするのですよ。今の社会は。一連の芸人生活保護騒動を見ていると、彼らだって数年前までは紛れもない「貧乏」。金持ちになってからも受給を受けていたのは疑問の余地があるとしても、それ自体は正当な権利、責められるべきは調査を怠った行政の側という見方もできるわけで、同じ「貧乏」な連中には何の責任もない。それなのに「ウチとこは一生懸命頑張ってるのに、ヨソは楽して生活費もらってる。そんなんありか?」みたいな短絡的な思考で、本来自立して生きていく可能性のある人々を「貧困」へと転落させながら、自分は「貧乏」なまま文句を言いながら現状に甘んじるなんて、物凄く不幸な生き方だと思うのです。
他人を「貧困」へと陥れないことが、自身を「貧乏」から抜け出すことのきっかけになること。
「格差」を固定的にするのではなく、単なる「違い」として認め合い、お互いに余裕のある豊かな社会を作っていくことは可能なんじゃないかと思うのですけどね。
水面の上の経済的な自立を考えてみよう。いま福祉事務所の多くは、水面近くにいる人を水上にあげようとしている。問題は、水中の奥深くに潜っている人を、いかに水面近くへ引き上げるか。それがうまくできたとしても、水上には出ないのでお金の削減など、成果は見えない。この水中から水面近くへ引き揚げる努力を、お金でなく、別の形で評価しないといけない。(本書188ページより)
お金に直接結び付かない、数値化できない「自立」の証。
それが今、最も求められているものなのではないかと思う。
無償のボランティアでもいい、最安値の時給による労働でもいい。ただ必須条件は、社会に参加する権利と義務を大事にすること。
社会に参加する以上、臆することなく自分の権利を主張しなければならない。それは、社会で生きていくための、他人と付き合うための義務を自ら進んで負うことと表裏一体なのだと思う。財力も労働力も劣る人間が社会参加しながら、そこで認められながら生きていく第一歩−それは数字で測りにくいものなのかもしれないけど、人間が生きている以上必ず認められる可能性を常に秘めていると思うのだ。
そういう可能性を信じている限り、生活保護を受けている人は自身を引け目に思う必要はないし、周囲も嫉妬や偏見の目から解放されると思うのは、楽観的な予想だろうか。
生活保護が良くも悪くも話題になっている今日。
この本の良い所は、数値データを織り交ぜ現在の問題を提起しながら、決して希望を失わず、早急な解決策を望まずに、初心者にもわかりやすく生活保護の過去の経緯を解説しつつ、未来への展望を忘れないところだと思う。
芸能人がネタになることで、俄かに脚光を浴びた生活保護制度。
年金問題に触れた箇所は少ないけども、現在の社会保障制度を考えるひとつの窓口、入門書としては最適だと思う。
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