BUT SERIOUSLY, FOLKS...京都の地の果てより

楽しみながら苦しみながら、学びながら馬鹿やりながら。

わたしのふるさと

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生まれたところを遠く離れて……でも、たまに、思い出す。
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今年二度目の帰省。

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 底冷えのする京都から西に向かえば幾らか暖かいと思っていたのだけど、立春を過ぎた今週は寒波が日本に襲来。天気は西の方から変わるもの、皮肉なことに真っ先に寒さと出会うことになってしまった。
 思えば一か月前もそうだった気がする。年末年始の帰省シーズンと重なっていた頃の故郷の天候。本来なら温暖で穏やかな晴天が続いているはずの瀬戸内海沿いの町が、曇天の空の下、予想外に冷たい風が吹き荒れて閉口したのを思い出した。あの頃は個人的に心身共に安定していない状態だったせいもあって、ある種不意を突かれたような驚きと疲労感に襲われてしまったのだけど、今回はあらかじめ全国的に寒波が襲来すると天気予報などで知らせていたので、それなりに落ち着いて受け入れることができている気がする。精神的にも一か月前、あるいは二か月前に比べたら安定しているようで、いつも悩まされている肩や首の痛み、気分の落ち込みを感じる時間は減っている。
 今日は昨晩のうちの雪が残る朝となった。風も結構強く小雪も舞っているのだが、そんななかでもウォーキングは続けている。
 かれこれこの二月で六か月目となったウォーキング。実際に歩いているときは歩くことで頭がいっぱいになっているので何も考えないことの方が多いのだけど、それでも半年間の季節の移り変わり、まだ夏の暑い一日が始まる前の澄んだ空気から、今の冬真っ盛りの肌を刺すような寒気へと変わっていく様は記憶のなかに残っているもので、半年間色々なことがあってその都度感じるものは多かったなと振り返りながら思ったりする。
 白い息を吐きながら、できるだけ大股で腕を振り約四十分の行程。
 歩いているうちに白い息はシャツの下の汗へと変わり、微かに残っていた白い雪もアスファルトを黒く濡らす滴へと変わっていく。自宅に戻って見上げれば、いつもは近くにあるはずの小さな山が、霧と雪に覆われて少しだけ威厳を湛えたような、遠くにあるちょっとした大自然のように見える。
 この霧が晴れ、雪が溶ける頃には、今ここにある寒波も違う場所に移っているのかもしれない。そうなるくらいまでなら、まだまだ歩ける元気が残っているぞと、から元気を出してみる。そうすることで今日一日も乗り越えることができそうだと思う。
 そういう風に一日一日を積み重ねて、ここまで辿り着いた。恐らくこれも通過点に過ぎないのだろうけども。


 寒波が襲来した故郷で、今年二度目の帰省。
 「お義兄さんが眼の手術を受けると聞いたんですけど、無事に終わりましたか?」
 弟の奥さん、義理の妹から母親に電話があったらしい。正確には眼の手術を受けるのは私と弟の父親で、義兄である私はその見舞いを兼ねて帰省するということを弟に伝えていたのだけど、どこでどう間違ったのか、こういう風な電話になってしまったようだ。
 父親が眼の手術を受けるということは年末年始の頃からわかっていたので、その頃になれば再度帰省して、見舞い先の病院と実家を往復するのも悪くないかなと思っていたのだけど、実際に帰省してみると先に触れたように寒波が襲来してしまったため、病院がある県庁所在地は内陸部にあり、そこに至るまでの道路が雪の影響で思うように通行できない恐れがあり、結局実家滞在四日間で一回しか見舞いに行けず拍子抜けというか、思うように動けないことで多少ストレスが溜まり気味である。
 でも、一番ストレスが溜まっているのは患者である当の父親だと思う。
 あくまで悪いのは眼だけなのだが、眼というのは頭部にあるため、手術後は思った以上に慎重に扱わなければならないようで、常時眼帯着用を義務付けられるのは勿論、テレビや書物を見たりしてはいけないし、頭に振動を与えたりすることも厳禁のようだ。例を挙げれば電動歯ブラシの使用や、何気なく頷くようなさり気ない頭の動きにも気を配らなければいけないようで、結局手足は元気なのに、実質的には頭を動かせないまま寝たきりの状態を強いられることになってしまう。うちの父親は多趣味でパソコンをいじったり、ステンドグラスを作ったり、ハンダゴテ片手に何やら古い機械をいじったりするのが好きなので、ただでさえ退屈で気弱になりがちな入院生活が苦痛になっているんじゃないかと心配になる。
 だからこそ唯一の外部からの刺激、耳から伝わるエンターテインメントやコミュニケーションというのに飢えているようで、ラジオやCDを聴いたり、携帯電話による会話というのが今の楽しみになっているようだ。先に書いたような勘違い混じりのお見舞いの言葉であっても、その気持ちが伝わるというだけでありがたいと思っているのだろう。何度も電話してきては、今日も母親あてに持ってきて欲しいCDのタイトルを伝えてきたようである。手術後の経過も順調なようで、さびしさ半分かつ元気が有り余っているのかもしれない。
 あとは天候の回復を待つのみである。


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 朝の残り雪はすっかり溶け、アスファルトの路面も乾いた色となり、灰色の空もすっかり青空が目立つようになり、蝋梅を照らす日差しも眩しくなった午後。明日は延期になっていた病院通いにも行けそうだと思う。父親も母親もすでに70歳を過ぎているが、大きな病気をすることなく元気に過ごしていることを確認する、今年二度目の帰省。そのことに感謝すべきなのだと思う。
 明日の朝もまだ寒いと思う。それでもウォーキングは続く。
 霧と雪で覆われた山がいつもの緑を取り戻した下で、新しい一日を一歩づつ踏みしめたい。



 動物園が好きである。
 単純に、色々な動物が見られるのが楽しい。
 そして、その動物たちが必ずしも人間の思うように動いてくれないのを目の当たりにするのも楽しい。
 あの動物たちは必ずしも元々住んでいた大自然のなかから連れてこられたものばかりでなく、動物園の檻のなかで生まれて何代目かを経ているものも多い。だったら多少は人間慣れしていてもいい、飼い慣らされている様子があってもいいと思うのだが、観る者の期待などおかまいなしに野生の動物らしく振る舞っているように見えるのも微笑ましい。身近なところで人間とはまったく違う感じ方や考え方をそれなりにしてるんだろうなという生き物がいっせいに見ることができるというのは面白いものだ。
 だから、故郷の町に動物園があるというのは結構誇らしかったりする。
 特別な動物がいるわけではない、どちらかといえばありきたりで地味な動物園だと思うが、定番動物であるキリンやゾウやライオンやトラや……大概の動物がそこにいてくれるというだけで、大人になった今でもワクワクする。
 そのワクワク感を抱きながら、何年振りかに地元の動物園に行ってみることにした。


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 今まで、ここに何回通っただろうか。
 幼い頃に両親に連れてこられたのはもちろん、幼稚園から小学校ぐらいまでは何かとここに通った覚えがある。遠足や写生大会など、ちょっとしたイベントに最適だったのだろう、先生にも生徒にも。入口横の蒸気機関車なんて何度乗ったり、絵に描いたりしたか。
 そういう郷愁を誘いながらも、やはりここは今を生きている動物たちが集っている場所。子供時代は子供なりの楽しみがあったと思うが、大人になると大人なりの楽しさがある。
 今日は冬にしては暖かい快晴の日。入園者も駐車場が満車になるくらい多かったようだが、動物たちもこの冬の陽気を堪能しようと檻のなかに佇んでいるように見えた。人間の期待などおかまいなしに、のそのそと奥の部屋から出てきて、陽のあたる場所で日向ぼっこをする動物が多いのには笑ってしまう。
 うん、気持ちわかる。人間も今日くらいの陽気なら、お日様に当たってのんびりしたいもの。


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 日向ぼっこしていたトラが、むくりと身体を起こして、ゆっくりこちらに向かってくるのを目の当たりにすると結構迫力がある。大人でもそう思うのだから、「うわー、すごい」と歓声をあげる子供にとっても怖いようだ。
 檻のなかにいる飼いならされた野生がひょんなことから露わになる瞬間。別に吠えたり牙を剥き出しにしているわけでもないのだが、黄色い縞模様の肉体が檻ごしに動くだけで、人間の日常とは違う底知れぬ恐ろしさを垣間見ることができる。
 だから、動物園は楽しいのだ。


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 猿のカップルに、どこかの小さな女の子が「お猿さーん、こっち向いてー」と叫ぶ。さらにお父さんに促され「お猿さーん、エサ投げるよー」とも。もちろん猿はそんなことは気にも留めずに、冬の陽気のなか毛づくろいのようなことをしている。
 女の子は、猿が言うことを聞いてくれないから少しがっかりしただろうか。でも、恐らく家に帰ってしばらく経ったら、また動物園に行きたいと思うのではないかと思う。そして再び猿山までやってくるのだろう。そうして幼い頃の記憶はできあがっていく。それはすぐに忘れられてしまうものかもしれないけど、ある日突然、成長してから心に浮かんでくる思い出として。その思い出の蓄積を楽しめる日がきっと来る。
 だから、動物園は楽しいのだ。


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 新年二日目。交通量も多少増えた国道をバスに乗って家路につく。
 このバスに乗るのも久しぶりである。車内のアナウンスで次に停まるバス停の地名を聞くたびに、こういう場所もあったなと懐かしい気分になる。
 車窓から見える風景も一見思ったより変わっていない。丘を切り拓いて緑地を残しながら国道を通し、その周辺に一軒家や公団風・社宅風の集合住宅などの宅地を造成し、さらに比較的大きなスーパーマーケットやレストランを営業するという、いかにもロードサイドにある地域の発展形態の名残りが未だに残る風景は子供の頃から変わっていない。
 ただ集合住宅は耐震工事をしているのが外からわかるし、スーパーやレストランも看板の名前を変え、薄汚れたコンクリートの外観をリフォームしながら何とか持続し、葉が散った枯れ木ばかりの緑地部分が寒々しく残っているのを見ると、これも人間の残した遺産みたいなものなのだろうなという感慨が浮かんだ。老朽化など時代の流れに押し潰されそうになりながら、昔の夢を何とか今まで壊さないように生きていたかのような逞しさと同時に。
 そんな風景を眺めながら、今日の目的地の動物園こそが、今を生きる人たちに昔の夢を未だに再現し、それを未来へと積み重ねることを許してくれる、ささやかで特別な場所なのだと思った。


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 ひとりで帰省するのは、いつ以来だろうか。
 今から四か月ちょっと前のお盆休みは、連れ合いと一緒に、京都の蒸し暑さに比べたら幾分過ごしやすい、この故郷の山口県の夏の季節を過ごした。
 あのときはバーベキューの席で、キンキンに冷えたビールと普段はあまり飲まない芋焼酎をちゃんぽんにして飲んだ彼女が、翌日朝から本格的な二日酔いでダウンしてしまい難儀したのを覚えている。かくいうこちらも寝覚めが悪く、保冷まくらに頭を乗せ苦しそうに唸っている彼女の横で、身体の痛みをほぐすためのストレッチをいつもより念入りにしながら、そのまま二度寝していたっけ。ふたりとも調子が良くなったり悪くなったりするのが普通のことだった。
 正月はここ数年、海外で過ごしていた。
 彼女の年末休暇が比較的長かったので、これは無理やりにでも生かさねばと背伸びした気分で贅沢をした。こういう背伸びして無理する必要もなかったと思うのだが、あの頃はそれでいいと思っていた。そうして特別な予定をわざわざ立てて、それを実行するのが長期の休みの過ごし方だと、何の疑問も無く思っていた。
 数年ぶりの冬、たったひとりでの帰省ということになった年の瀬である。


 元旦の朝も、去年からここ3か月間続けているウォーキングを、自宅の木々に覆われた八幡宮の石段から、実家近くのコンクリートの殺風景さばかりが目立つ道路沿いに舞台を移して続けていた。
 ここ数年で実家の周囲の環境はかなり変わったことに気付く。
 元々道路沿いの丘を切り拓いた住宅地なのだが、いつの間にか目と鼻の先に高速道路の入り口ができており、そこに向かって片側数車線もある急こう配の道路も、従来の国道を橋げたで踏み潰すような堂々とした姿できあがっていた。そしてその横、田畑だった場所が新たにアスファルトで区画整理され新築の一戸建てが次々と並び、しかも未だに「只今道路工事中」の標識が置いたままである。
 時代が変わっても規模こそ大きくなっても、うちの故郷は結局、公共事業と土木事業、道路と宅地造成から逃げられない運命にあるのだろう。母親に聞いたら、この道路を造成するために地元の地権者に払った土地の買い取り代金も結構な値段で、地主さんたちの懐はかなり潤っているらしい。利益を得た人がそのお金を社会に何らかのかたちで還元すれば、消費や投資に向けてくれるなら、景気もよくなるというものだ。年末年始というのに道路の交通量はさっぱり増えず、コンクリートとアスファルトの隙間の住宅地に人の姿が見えないという目の前のひっそりとした風景からは、あまり説得力がないかもしれないけど。
 冬の朝の寒さにも関わらず、一時間ほど歩けば上半身は汗でびっしょり、早く着替えに帰りたいなと思った頃、東の空の雲のなかから、入り組んだ道路の稜線と規則正しく並んだ家屋の群れの上に、オレンジ色の丸い光が現れた。
 え、と一瞬驚いた。時計を見たら既に7時半くらい。ちょっと遅くないかと思ったが、紛れもなく、これは初日の出。
 色彩も輝きも太陽の輪郭にくっついて離れないままの、空の色に溶ける前の生まれたばかりの光の姿。赤みの強い光は肉眼でその姿に触れることを許してくれる優しさをたたえ、徐々に周囲の雲と混じり合い、その下の道路や住宅地の姿を露わにする鋭い光へと変化していく。その時間はほんの数分程度だろう。それでも、これはれっきとした初日の出。観光地や名勝地でもない、ありふれた日常の延長にある故郷の風景の一部分。
 それでも何だか、とても救われた気分になった。生まれたばかりの朝の太陽、これからの1年間を照らしてくれる光の誕生の瞬間に立ち会えたというのは、やはり気分がいい。
 暦の上では一日しか違わない、物理的にはこれまで何度となく繰り返されてきた日の出の風景。初日の出といっても太陽の光に特別な意味があるわけじゃないということはわかっている。
 それでも、新しい年を迎えたというフレッシュな気分に少しだけなるから、季節の風物詩というのはありがたいものだと思う。一年の計は元旦にあり、というほど色々な思いを込めるわけではないけれども、これから一年間を照らしてくれる光の誕生の瞬間に立ち会えて、その光に導かれるように日々歩けるなら、これ以上幸せなことはないかもしれない。
 また新しい年が始まった。この瞬間だけは誰もが少しばかりの希望を持つことができる、そういう風に信じられる幸福なひとときなのだと実感する。


 元旦早々、弟夫婦は自宅のある東京へと戻っていった。
 どうやらペットのウサギが気になるらしい。愛犬を去年の2月に失ってしまった身としては痛いほどわかる。ペットホテルに預けたとき、そして引き取りに行ったときの、愛犬の不安そうな、あるいは幸せそうな様子というのは今でも覚えている。ウサギは犬に比べれば表情は乏しいかもしれないけど、絶対に飼い主に何かしらの意思表示をしてると思うから、帰ったら大事にして欲しいと思う。
 そして、こちらはもう少しだけ、故郷の地に足をとめる予定。
 初日の出は一回だけのものだけど、新しい年を迎えて気分をリフレッシュするためのエネルギーがもう少し欲しいから。いずれは離れなければならない故郷だからこそ、今の時間を大切にしようと思う。

となりは流浪の城下町

 わたしのふるさとの、となりのまち。というには、ちょっと遠い。クルマで約1時間くらいかかるかな。お正月、ちょっとだけ遠出しました。
 岩国といえば、錦帯橋、米軍基地、コンビナートということになる。私のなかでは。


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 山の上の、お城からの眺め。下に見える橋が錦帯橋。彼方にはコンビナートが。米軍基地は左上の方、だと思う。切れてて見えない?地元民ではないので、このへんはよくわかりません。


 岩国というのは、川に沿って色んな顔を見せる町だと思う。
 錦川の上流には山林が深く続いていて、岩国城と錦帯橋付近には城下町的な雰囲気が残っている。下流まで行けば、石油化学とか製紙とかコンビナートが連なり、米軍基地もある。瀬戸内海にたどり着けば島々も見えたりして、川の流れのように、町も流れていく。
 徳山、今は周南市ですが、山も平野も海も島もあるのですが、どうも分断されてるような感じがして。やっぱり、大きな水の流れがあると、雰囲気が違う。


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 岩国城。ちっちゃな天守閣です。
 昔々は、藩主の吉川氏が毛利氏とくっついたり距離を置いたり、藩と認められなかったり、認められたと思ったら時は明治時代になってたり……このお城も築城には随分苦労したようで、お金がないので瓦を探して大阪の堺まで出向いたり、限られた予算のなかでようやく完成したかと思ったら、徳川幕府の一国一城令で廃城になってしまったり、なんだか流転の歴史を歩んできたようです。
 昔も今も、時の権力の流れに巻き込まれるのは同じのようで、昨年は米軍再編計画の騒ぎで市長選挙があったりしました。“お殿様”は、この地では苦労するのでしょうか?
 

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 吉川史料館。岩国の領主であった吉川家の所蔵品を展示しています。
 お正月の特別展示として、掛け軸や蒔絵、有田や薩摩などの名器が飾られていました。『梅鶯寿老人図』とか、お殿様の元日発句とか、季節を感じさせる綺麗なものばかり。雛人形もあったしね。
 京都に住んでいる人間からしてみれば、少し物足りなくも見えるのですが、逆にこれくらいのこじんまりとした展示の方が落ち着いて観察できていいかもしれません。こんな地方の殿様も数々の名品を当然のように持っているわけで、時は流れて、為政者の顔は替わっても、歴史の積み重ねとしての美しさは残るのだなあと感心しました。
 山口県で城下町といえば萩、ということにもなりますが、あっちは幕末の激動の跡−爆発的に瞬間的に何かが生まれた、夢の抜け殻という感じで、どことなく寂しさを感じさせるのですが(単に田舎なだけかもしれん)、こちらは複雑で永い、どこが優雅な歴史の流れを感じさせます。


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 最後に定番。錦帯橋。
 アーチ型の橋は勾配が急なので、思ったより注意して歩かないと、ちょっと怖い?

 
 


 
トクヤマ<4043.T>
 11月27日、半導体などに使う多結晶シリコンの新工場をマレーシアに建設すると発表。投資額は約500億円、12年に年産3000トン規模で生産を始める計画。半導体や太陽電池の素材に使う多結晶シリコンの需要拡大は中・長期的に続くと判断した。[ 株式新聞ニュース/KABDAS−EXPRESSより ]


 トクヤマの株、上がってます。
 明らかに期待先行のご祝儀相場だとは思うのですが、まあ太陽電池関連銘柄で流行に乗ってるわけだし、半導体市況も石化市況も底打ちか?みたいな雰囲気もあるので、あとは上がるだけ!でしょう。単なるリバウンドの範疇を超えて動くとも思えないのですが、もう一度ドスン!と下落したとしても、また地を這うようになったとしても、そろそろ真っ暗な闇の向こうに何があるか?考える時期だと思います。
 買い増そうかな?


 株の話ではなかった。
 下の工場は、そのトクヤマの新しい工場(マレーシアとは関係ないけど)。これが、わたしのふるさと。


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 ここは、昔から軍港やコンビナートとして発展してきた場所。横浜や神戸の華やかさには、はるかに及ばない地味な場所ですが、昔の石灯台を移設して公園を造ったりして、それなりに雰囲気のある場所です。


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 トクヤマ以外にも、出光興産、東ソー、日本ゼオン、日新製鋼、日本精蝋……色んな会社があります。そんな会社の群れをじっと石の灯台が見守ってるなんて、なんとなく歴史の重みを感じてしまった。最近はシャッター商店街も増えてしまって、さえない工業都市になってしまったなあと思っていたのだけど。
 春夏秋冬、雨の日も風の日も、お正月でもお盆でも、人間の営みって続いてるんだなあ。


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