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一昨日は火山でバギー、昨日は透き通る海とまぶしい浜辺、2日連続で遠出をしたので、わたしもエリサも疲れ気味。月曜日ということで、ティーンエイジ3人娘も、5歳のアレックスも元気に学校に行ったようなので、別行動でおやすみモードの1日にしました。ホテルで休んだり外出したりを繰り返して、レガスピ市内を歩きます。 ここは、必ずしもビーチとかリゾートとかいう名称が似合う場所ばかりではない。写真のように、モロ港湾施設みたいな場所もある。IDナンバーらしき数字が書かれたTシャツ姿の男たちが、親方らしき人の指示のもと働いて、その隙を縫うように小銭稼ぎで生計を立てているらしいオバサンが荷物運びに勤しんでいる。 だから、わたしのような物見遊山の観光客が入り込んだりすると、そこ入るな!とばかりに大声で注意されたりしました。 市内中心部のロータリーにあるモニュメント。 これはフィリピンがスペインから独立する際に戦った戦士たちを讃える塔です。 小さなモニュメントですが、ちょうどマヨン火山と対峙するように立ち、ここを中心に放射線状に広がる道路に沿って、アーケードの下に小さな店から大きなショッピングモールまで賑やかに並んでる。夜になれば屋台や露店も登場。日本のセブンイレブンもありました。 何だか日本の古き良き商店街を思い出しました。その中心が戦士を讃えるモニュメントというのは、本当にこの町が由緒ある港町であり商業都市なんだなと思わずにはいられませんでした。 フィリピン旅行は今回が初めてだし、他の町のことはわからないのだけど、この町はこの町なりの誇りを持っているのが伝わってきました。 下の写真はリサール広場。そして奥に見える銅像は、この広場の名前の由来になっているホセ・リサール。彼こそがフィリピン独立運動の先駆者的存在であります。 彼は世界各国で勉強し、何ヶ国語も話せたという、今でいうグローバル人材そのもの。なんてことない広場なんですが、この向かい側にあるセントラファエル教会と合わせて眺めると、神聖な空間に思えてきました。 フィリピンという国は資源もなく、独立後も米国や日本に支配されたり、大統領の暗殺やテロ(今でもゲリラはミンダナオ島を拠点に活動しています)で内政が不安定だった期間も長いので、結局唯一の頼みは、人間そのもの、国民の明るいたくましさということになるわけです。 だからみんな、出稼ぎに国を飛び出して行く。より良い労働環境を求めて世界各地を転々として、フィリピン国内の家族に送金している。エリサも中国で働いていたというし、今度はシンガポールで働くそうです。 出稼ぎに出るのは国内で働き口がない、稼げないというのが直接の理由だろうけど、世界各国で学んできたホセ・リサールのDNAなのかなぁとも思いました。 なんていうのは、旅行者のベタでロマンチックな妄想なんだろうけど。 そういえば、この町には「school」「college」という看板も多い。夕方4時くらいからは、この広場も制服姿の若い男女で賑わう。みんな、うるさいくらいに笑うのは、どこの国でも同じだと思いたいものです。 明日は再びエリサと合流。 もうひとつの火山に行きます。そしてエリサの家にも。 |
ちょっと遠出を
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本日は待望の青い空!フィリピンに来て初めての、お日様の朝となりました。 そして、こういう日はやはり海、ですね。 最初は『地球の歩き方』に載っているビーチに連れて行ってもらおうと思ったのだけど、エリサがもっといい海辺があって、そこに行くように段取りしてあるからと言うので、彼女にすべてお任せすることにしました。地元の人間が言うことを信じるに越したことはないからね。
で、レガスピからバスで1時間ほどのソルソゴンに移動。 ここも港町で、狭い道をトライシクルタクシーが行き交う。その道に沿ってキチンとした店や露店が所狭しと並んでいる。海風のせいか、それほど暑くは感じない。なんだか気分がいい。
そこにいたのは、今回のビーチ巡りに参加するエリサの友だちや親戚たち。ここを集合場所にしていたらしいが、何だかたくさんいるぞ! さらにここから、グバド・ソルソゴンなる町に移動。いや、町というより集落という感じ。ここがエリサの生まれ育った場所らしい。ちなみに”グバド”とはタガログ語で”ジャングル”という意味なのだが、そこまで密林ではないが、発展途上国の片田舎的な雰囲気が漂う。 そこでさらに別の人間が合流。な、何だかむちゃくちゃたくさんいるぞ!! そして最終的に着いたのがマトゥノグという町。 ここも港町(ルソン島南部、というかフィリピン自体が大小の島々の集まりなので、とりあえずどこも港町という形容になってしまう……)で、大きな市場があるので、そこでお買い物となった。 どうやらここで食材を買い込み、この港から船に乗って島に渡り、バーベキューをするつもりなのだとか。 完全に他人事というか、任せっきりで何が起こっているのかわからないまま、物事が進んでいく。これって、わたしが振り回されているのだろうか?いや、そんなことはないぞ。彼女が一生懸命もてなそうと頑張っているのだ!客は客らしくしてればよろしい! もっと朝早ければ魚介類もあったはずなのだろうけど、お昼近くになってしまったので、市場は閑散。次に賑わうのは夕方の水揚げ時。ちょっと残念。 買っておくれよと、鶏の頭が訴えておりましたが、ここは豚肉をぶった切ったのを購入。恨めしげな視線が痛い。 しかし、大所帯になったなあと思って人数を数えてみたら、わたしを含めて19人もいるではないか! みんな同じグバド・ソルソゴンに住む、エリサの肉親、兄弟、親戚や友だちだとか。こりゃ大宴会になりそうだ! まずは、ファグラグーン禁猟区へ到着。 あああ、あっけにとられる透明感。 ここは禁猟区だけあって、基本的に人は立ち入り禁止。それでも少し前までは、漁はダメでも泳ぐくらいは許されていたそうだ。 人間がいなければ、魚はこんなに生き生きと泳いでいるものなんだなぁと、大感動。 しかし、感動はまだ終わらない。 次は、カリンターン島にあるスビックビーチへ。 スビックといえば、元米軍基地があったマニラ近くのビーチと同名なのだが、あちらは観光地として栄えているのに対し、こちらは単なる島の浜辺。 でも、その分、美しい! ボートが浜辺に着く前に、ケイト、エプリル、ジラの3人娘は海に飛び込んでしまった。弾ける若さは船の到着なんて待ってられない。でも、あとから聞いたら、オシッコが我慢できないから飛び込んだ人もいたそうな。誰とはいわないけど。あはは。 アレックスら幼い子供たちも、船から降ろしてもらうがいなや、元気いっぱい走り回る。昨日までの人見知りは何だったの、アレックス。今日はカメラを向けたら、すかさず笑顔が。こんなに早くなついてくれて、ありがとう。 自然は、大人も子供も問わず、心をオープンにしてくれる。19人いようが、誰と誰がどういう関係だろうが、そんなことはどうでもいいや! そう思いながら、バーベキューの席へと向かうのでした。 子供たちが浜辺ではしゃいでるなか、大人たちはビールを飲みながら雑談にふける。 幸いにも、エリサのお姉さんは日本在住経験があるので日本語がわかる。そしてフィリピンは英語とタガログ語を公用語としているので、わたしの覚えたてのタガログ語をみんなが英語でサポートしてくれる。だから色々話題が出てくる。フィリピン航空の遅れは日常茶飯事だとか、マニラの空港のクーポンタクシーは国内でも問題になってるとか、ダリルのお兄さんはマニー・パッキャオに似てるとか(ウケました)、アルコールの力も借りて寛ぎました。 本当に気分が良かった。 きれいな海と砂浜、あとは普通に住んでいる人しかいない。海の家的観光向けの店は無し。 だからこそ、いい。 もしもエリサが古くからの知人だったり、あるいはマニラ在住とか、都会に住んでいて案内すると誘われたら、果たしてフィリピンに来ていただろうか。 今、わたしの求めていたものは、こんな何もない田舎、こういう感じのもてなしだったのだ。自然しかない場所で、見知らぬ人と新しく出会い、現地の好意に甘えながらゆったり過ごす。考えてみれば、ものすごく贅沢な観光旅行になっている! 誰も知らない、特に日本人は知らない場所だろうなぁと、少し優越感に浸れるのもいいね。 写真は浜辺近くにつながれ、寝ていたブタ。さっきはこいつの仲間を食べたんだな。 だからだろうか、声をかけたら素早く反応し、ブーブー唸り始めました。おお、結構怖い。 名残り惜しいまま、日が暮れる前に、港に戻ることにします。だからブタさん、機嫌直してお休みなさい。 |
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今回の旅のスケジュールは、20日に日本を出発、27日に帰国するうち、初日と26日は乗り継ぎのためマニラに泊まる以外は、ルソン島南部ビゴール地方、レガスピ市を拠点にして、フィリピンの山と海を巡ろうというもの。 フィリピン観光といえば、マニラかセブ島というのが定番のようだが、今回はフェイスブックで知り合った友だちの住んでいるところに行くということで、定番コースからは大外れ、フィリピン田舎町巡りみたいになりました。 さて、日本人のほとんどが知らないと思われる都市、レガスピとはどんなところか。 まずは、町のシンボルともいえるマヨン火山を紹介。 高さは2,400メートルくらいあり、上の写真で見ても結構迫力があるが、現物はさらに厳かな活火山。今でも溶岩や火山灰を噴き出し、かなりの大災害をもたらすこともあるそうな。 下の写真は、カグサワ教会跡。 フィリピンは昔スペインの植民地だったせいもあって、アジア全体でも珍しいカソリック教徒が国民の大多数を占める国なのだが、この建物は1814年のマヨン火山の大噴火で倒壊した教会の塔である。 見応えのある建物だが、この手の火山の噴火の遺構みたいなものは、この地域にわりと残っているのに驚いた。まさに火山とともに生きてきた町なのだ。 そして倒壊から数えても200年経っているのに、未だにこうして残っていることに、この国の信仰の深さを感じる。そういえば、夕方に買い物に出かけたときに、デパートの館内にキリスト教のお祈りの放送が流れていた。カソリックが盛んなヨーロッパでもここまではしていなかったと思う。 周囲の風景の色が灰色っぽいのは、当日が雨風の天気だったこともあるけど、火山灰や溶岩が流れて溜まった歴史の土壌が醸し出す雰囲気のせいだったかもしれない。 で、そういう旅愁に浸りながらも、我々は無謀なレジャーを楽しむことにした。 このマヨン火山の350メートルあたりの高さまでの道なき道を四輪バギーで登ろう!というもの。 今、我々、と書いたが、今回の旅行の主役はこの人たち。わたしではないのよ。だって絶対登りたい!と主張したのは、フェイスブック友だちの方だったのだもの。 エリサ……今回フィリピンにおいでよ!と誘ってくれたフェイスブック友だち張本人。年齢は敢えて伏せておきます。昔モデルの仕事もしたことがあるだけあって、年齢より若く見える。日本語が上手く「デブ」「オバサン」と自分のことを称していたけどね。今はシングルマザー。 ケイト……エリサの一人娘。まだ16歳だけど、こちらは年齢より落ち着いて見える美人。さすがDNAと思いつつ、本当は人見知りしていたのかもしれない。 エプリル……エリサの姪。好奇心旺盛そうな17歳。今回の初対面で真っ先にフェイスブックの友だち申請をしてきた。ときどきメガネをかけるのも、そういう印象を強める。 ジラ……エリサの姪。18歳。ティーンエイジ3人娘のなかの最年長らしく、明るいしっかり者という感じ。旅の終わりにフェアウェルメールをくれたのも彼女。看護学専攻のカレッジに通学中。 なお、フィリピンの学制については何も知らないが、ハイスクールは15歳で終わりで、彼女たちは単科専攻のカレッジに通学中。みんな同じ女子学生用アパートに住んでる仲良し。 ダリル……トライシクルタクシーを生業とする27歳の男。風貌は一昔前の柔道マンガに出てきそうな、丸刈りどっしり型。しかしドライバーをやってるだけあって、運転の腕は確か。旅行中何度も助けてくれたナイスガイ。 アレックス……エリサのハトコ。まだ5歳!小学生だが、学校が休みの週末なので、チョコチョコ付いてきたらしい。挨拶しても、フィリピン人以外の人間に会うのは初めてなので、イヤイヤをしながらソッポを向く。カワイイ。 なんと、私を含め総勢7人になる! 確かに家族と遊ぼうという話にはなっていたけど、これほどとは! しかし、これはまだ序の口であった。彼らの家は、レガスピから車で1時間くらいのソルソゴンという町にあるのだが、翌日からさらに驚きの(でも嬉しい)体験をすることになるのだから。 まさに道なき道であった。 もちろんレジャー用の獣道的な路はあるし、ガイドの人が2人いるので安心ではあったが、基本的に火山灰が降り積もり、溶岩が固まり、そこを火山から湧き出る川が流れ、さらに空からは台風の名残りか少し強めの雨風を食らうというコンディション。水と泥で服はグショグショ。メガネも曇り視界不良になることも度々。 さらにバギーが何度もエンストやオーバーヒートを起こす。サスペンションなんてものは無く、地面のデコボコがそのまま体に伝わってきて、次の次の日(次の日、ではないところに年齢を感じる)は、腕が痛くなった。しまいには、わたしの乗っていたバギーのチェーンは切れてしまいました。 行き帰りトータルで4時間。ちょっとした冒険でした。 でも、むちゃくちゃ面白かったな。 なぜなら、自分ひとりの旅だと、雨風のなかラフロードをバギーで走るなんて選択はしないと思うから。 そういう未知の体験を共有してみると、初対面で年齢差のある人間同士が仲良くなれるとわかったから。 3人娘の賑やかなこと!バギー同士が衝突しても、茂みのなかに突っこんでエンストしても、グショグショずぶ濡れになっても、大はしゃぎで声を出して笑う。日本の女子高生でも、こんなに明るくはなれないと思う。 最年少のアレックスは、さすがに怖さでぐったり。そこをダリルのドライビングが生きる。優しく膝元で抱きしめながら、一生懸命あやす。 そして、一番張り切っていたのが、エリサ。エンストや衝突を繰り返しながらも、カメラを向けられれば、しっかりポーズ。笑ったのは、ビデオ撮影が始まると、それまで後尾にいた彼女がポーズを決めながら、一気に先頭までフルスロットル!さすが元モデル。決めるべき場面では決める習性がついてるね。 こういう人たちに囲まれると、やっぱり気分が高揚してくる。ただの旅行気分とは違う、達成感や満足感が湧いてくる。 写真は、ゴール地点の休憩所。屋根と柱とベンチがあるだけで、この悪天候のなか、安全に帰れるかどうか確認するため、待機中。おいおい、もし帰れなかったら遭難じゃないの! でも、このときはココナッツジュースを楽しんでました。実に穴を開けてそのまま飲んで。少しスイカっぽい味がしました。 ヘルメットを脱ぎ、頭のなかまでスカッとした気分です。
どうやら戻ることになりました。 雲が薄くなったところに見えるのは、レガスピの市内。そして彼方には、明日訪れる海辺があります。 このまま、バギーで突っ走ります。 |
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その昔、韓国に行くときに飛行機に乗り損ねたことがある。 原因は、寝坊。朝7時前の京都発関西空港行きの特急電車に乗らなければならなかったのに、起きた時点でその時刻になっていた! 全速力で空港に向かい、とにかく大韓航空のカウンターに向かい、チェックインは終わったかと尋ねるも、当然終了。 本来ならあらゆる変更の効かない格安航空券だったので、その時点でアウトなのだが、当時は若くて熱意があったのだろう、カウンターに両手をついて両肘を少し上げて深々と頭を下げる、いわゆる土下座のポーズで「何とかなりませんか!」と必死で頼み込んだら、渋々次便キャンセル待ちに振り替えてくれたことがあった。 やっぱり言ってみるものだなと思いつつ、二度とこういうことはしないぞと反省したものでした。
しかし、人間、あやまちは繰り返すものですね。 また、やってしまいました。乗り損ない。 飛行機搭乗2時間前に航空会社のカウンターにきちんと集合するのは日本人くらいなものだと、訳知り顔で言う人もいるが、アジアの空港はみんな早々と集まっている。いくつものバッグや段ボール箱を抱えて、朝早くから。 本日搭乗するのは、午前9時55分マニラ発レガスピ行きのフィリピン航空国内線。 昨日の交通渋滞などの経験から、ホテルを6時には出なければならないと思っていたので、朝食サービスは諦めて出発。 早々と人間と荷物の群れができている所に並び、無事にチェックイン完了。 さて、搭乗までの2時間はどういうふうに過ごそうか。 とりあえず腹ごしらえ。フィリピン料理の一種、ロミという麺を食べる。日本の醤油ラーメンみたいだ。そして食後のコーヒー。旅行のガイドブックと本棚から持ってきた文庫本をパラパラと……振り返れば、この時点で搭乗口に移動しておくべきだった。 なぜなら、早起きして無事に第一の用事を済ませ、腹ごしらえして気持ちに余裕が出てきたときに、文字など読み始めると、ついウトウトと睡魔が襲ってくる。カフェインの力など及ばないところで。 おっと、もう搭乗開始時間を過ぎてる! 少し慌てて、指定されている搭乗口に向かう。危険物の検査とチケットチェックを受けて、椅子が並んだ搭乗口らしき場所にたどり着いた。 しかし、いやに空いてるな。不安になったのでフィリピン航空の制服を着た男に「レガスピ行きの飛行機はここでいいの?」と尋ねると、イエスとの答えが。 そのとき、空港内の放送で、自分の名前を呼ぶのが聞こえた! え?!と思い、再び慌ててチケットをよく見る。 ターミナルナンバーが違うじゃないか! なんたる失態!フィリピン航空の別の従業員の女性に「急いでください!」と背中から声をかけられるも、ここマニラの空港は広い。何といっても1000万人都市が抱える空港。関空はもちろん、成田や羽田が比較にならないくらいの、アジア有数の空港なのだ。物理的にも心理的にも遥か遠くに目的地はある気がした。 しかし、焦りながらもその反面、さっきまでの危険物検査やチケットチェックは何だったんだ?という疑問も浮かんでいた。 間違っていたなら教えてくれてもいいじゃないか!日本なら間違いなく案内してくれるだろう。 確かに、ここは日本ではない。だったら、もし間に合わなかったら、思いっきり文句を言ってやろう!と思った。日本だと長いものに巻かれるがごとく、黙っておくかもしれないけども。土下座であれ、主張すれば何とかなることを思い出せ!焦り慌てつつも、一方でそういうことも考えながら、空港内を走る自分がいたりした。 結局、搭乗には間に合わず。失望のなか、怒りも抱えながらフィリピン航空のオフィスに走った。あとはクレームの言葉を思い切り投げつけるのみ! 「危険物検査とチケットチェックは通過したぞ!」 「他の従業員に尋ねても、間違った指示をした!」 「今日中にレガスピに行く用事があるから、そのまま次便に振り替えてくれ、無料で!」 こういうときは、自分でも不思議なくらい英語が口から溢れ出る。まったく流暢とはないのだが、荒削りな言葉のつぶてが次々に出てくるものだと、自分の英語力に密かに感心したりした。 しかし、これが最後の言葉となった。 「あなたがたのルールは変えられないんですね。はい、わかりました……」 ギブアップである。改めてチケット購入。次便があっただけラッキーだと思わねばならない。 ここが日本なら、土下座で無料になったかもしれないが。いや、自己責任か。油断して確認を怠った自分が悪いのだ。自己主張の限界を感じた瞬間であった。 という困難を乗り越え、ようやく搭乗。 機内に入るなり、エアコンの白い風にびっくり。たった1時間のフライトだが、乗客の鮮度はきちんと保たれて輸送されることだろう。ちくしょうめ! しかし、台風の影響の残りからか、雨風は少し強め、なかなか出発しない。ひょっとしたら運航中止で機内にこのまま冷凍食化されるのだろうかと、心細くなる。これまでの苦闘を思うと。 結局1時間くらい遅れて出発。ほどよく冷凍されたまま、レガスピ空港到着。ターミナルはひとつだけ。飛行機からターミナルまでは地面を歩いて移動。これなら迷ったり乗り損なったりしないと思う。 しかし、本当に彼女はいるのか? 何回もその顔は見ているけど、それはあくまでウェブ上でのこと。会ったら全くの別人、そういう人物さえいない可能性だってあるのだ。フィリピーナにまんまと騙されて、おびき出された哀れな日本人男性がここにも……。 いた! フェイスブックのプロフィールそのままの笑顔で、こちらが気づくより先に手を振ってくれている! 考えてみれば、周囲は浅黒い肌で彫りの深い顔をしたフィリピン人らしき人間ばかり。肌が黄色で彫りが薄い東アジア顔の人間はひとりだけだったから、気づくのが早いのも当然だったかもしれない。 でも、嬉しかった! 今までの苦労が報われ、疲れも一気に吹き飛ぶ気がしたもの。もちろん疑念なんて、どこへやら。 さあ、これから、国境を越えたオフ会が始まる。 |
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マニラの空港では、風に揺れるココナッツの木々がお出迎え。雨の方はそうでもないが、風は強い。日本を出発した時点で小雨が降っていたが、そこから台風目指してフィリピンに向かって飛んでいたのだから、これくらいの洗礼は当たり前か。灰色の雲の下、明日はきちんと飛行機が飛ぶのか不安になる。旅の初っぱなから。
しかし、台風に向かって飛んでるわりには、あまり揺れなかったな、フィリピン航空。よほど優秀なスタッフを揃えているのだろうか。そのへんは称賛に値すると思ったが、エアバスの機体は狭くないか。おまけにエアコン効きすぎで、かなり寒かった。たった3時間のフライトだったが、かなり疲れた気分。
こういう気分のときに、その隙を突くように、旅行者が必ず浴びる、もうひとつの洗礼がある。
タクシー運賃詐欺である。
今回は久しぶりの海外一人旅。で、以前から気を付けていたことに「できるだけタクシーには乗らない」というのがある。
タクシーは高い。できるだけバスや地下鉄などの交通機関を使った方が合理的である。タクシーを使うのは、ある程度その地に滞在して物の値段もわかってきたくらいの頃に、メーター付きのもの、あるいはあらかじめいくらかかりそうかを質問しておいて利用することにしている。
ところが今回は久しぶりということと、疲れのせいもあったのだろう。旅行本『地球の歩き方』に「クーポンタクシーは快適で安全」と書いてあったのを真に受けてしまって、そのまま乗り込んでしまったのだ。彼らのが案内するままに。
このクーポンタクシー、まずは笑顔で白いシャツの清潔感のある従業員らしき人間が、目ざとく空港から出てきたばかりの観光客を見つけて、カウンターへと連れていく。周囲にも似たような格好の人間がたくさんいて、みんなトランシーバーを持っている。きっと新しく顧客を捕まえたとか、配車の手配の会話に忙しいのだろう。
で、カウンターで行き先別・利用人数別の料金表を見せられる。目指すホテルのあるマカティ地区までは、3,250ペソ、日本円にして8,200円くらい、もちろん前金での支払いを要求される。
ここで一瞬モヤモヤしたものがわいてくるが、そのまま流れに任せてタクシーまで案内される。待っていたのは、一人用には大きすぎるワンボックスのバン。確かに広くてエアコンも効いているので快適だが、モヤモヤが消えない。
高すぎないか?このタクシー。
確かに一見良くできたシステムで、きちんとした会社が供給しているサービスのように見えるが、どうもおかしい気がする。
ホテルまでの1時間の交通渋滞のなか、愛想よくしゃべる運転手さんに思いきって質問してみる。「これって、普通のタクシーならどれくらいの値段なの?」
一瞬運転手さんの会話のテンポが止まったように思えたが、「2,000ペソくらいかなあ」と答えが返ってきた。
さらに次の日、ホテルが手配してくれたタクシーで空港まで向かったのだが、そのエクストラチャージは770ペソだった。
やっぱり、おかしい。これはボロい商売だ!ほとんど組織的犯罪に近いものがあるぞ。
なぜ、このようなボロい商売がまかり通るのか。
答えは世界共通で、この地域に強力な地盤とカネを持つ人間が営業権を独占し、他の業者を締め出し、さらに警察や交通など管轄する公務員当局に太いパイプを持っているからである。
で、公務員当局も"見逃し料"として、幾ばくかのカネを懐に入れているというわけ。
典型的な癒着の構造、ですな、これは。
快適な車内から外の風景を見つめながら、口のなかが苦くなってくる。
カネとコネと公務員が幅を効かすのは、発展途上国の特徴である。そして、先進国から来た旅行者は、快適な空間に閉じ込められて、観光の楽しみを享受するというわけか。こうして洗礼を受けながら。
ホテルに着いた頃には、時々雨も強くなってきた。
これでは今夜は市内散策など無理だな。それでも雨と風の止んだ隙間を縫うように、ホテル周辺だけでも歩いてみる。
ここマカティ地区は発展著しい場所で、治安もいいらしい。確かにホテルやオフィスやショッピングセンターと思えるビルディングが林立し、さらに建設中の建物も多い。
時はまさにラッシュアワー。ただでさえ狭い道路に、人もクルマも溢れる。フィリピン独特のジプニー(ジープを改造して乗り合いバスにしたもの)やトライシクル(サイドカータクシー)が、新しいクルマに負けじと列をなす。
そして、工事現場のそばには、商品を地べたに敷いて物売りをする人、物乞いをする子供たちがいる。台風の不穏な色に染まった空の下、時の流れに乗った者、乗り損ねた者が描く対比がある。
金持ち先進国から来た旅行者はホテルに戻り、レストランでひとりでディナー。
アドボというフィリピン料理。お肉を骨がボロボロになるまで煮込み、野菜と一緒にしたものを食べる。美味いね。
そこに東南アジア独特のパサパサしたライス、そしてフィリピンが誇る大企業サンミゲルのビールを飲んで、満足の夜。
果たして明日の天気は大丈夫だろうか。
「会社は儲かっているけど、ボクには10%しか貰えないんだよ」とぼやいていたタクシーの運転手さんが、「明日は晴れるよ、大丈夫」と言っていたから、それに賭けてみることにした。
明日は本来の目的地、レガスピに向かいます。人口1,000万人の巨大都市マニラから、ルソン島南部の田舎に住む、まだ見ぬ友だちに会うために。
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