momoの部屋

「六花の森(ろっかのもり)」に行ってきました

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           ゴールデンウイークが終わって、数日経ったある日
       親しい友人A子さんに電話で
       「ゴールデンウイークはどこかに行ってきたの?」
       結婚したばかりの東京のお嬢さんに会いに行ったかなと
       思っていたら
       「震災の支援のボランティアに行ってたわ」
       A子さんは軽く言った。
       「え〜、本当に? 被災地にボランティア!?」
       「4日から4泊5日、短いけれども岩手県に行ってきたの」
       私よりは8歳下で主婦でキャリアウーマンの彼女。
       今までもボランティア活動はしてきていたが被災地に入って
       の支援ははじめてである。

       州から帰ってきて、お土産を渡すためにA子さんを訪れた。
       ボランティア活動をしてきた人に、ノー天気な旅の話をするのは
       はばかられたが・・・
 
         A子さんはテレビや新聞を見るにつけ、何かしたいと思って               いたところに災害支援ネットワークからの誘いがあり二つ返事で
        承諾したのである。
       A子さんは写してきた被災地の写真を見せながら、被災地の
       様子を手短に話してくれた。
 
       ★6月11日午後3時から災害支援ネットワークの活動報告会
       開催されるので聞いてくださいとA子さんさんから誘いがあった。
 
       2時半頃、ロビーに行く。被災地の様子を撮ってきた写真が
       たくさん掲示されている。
イメージ 1
          震災後2カ月になろうとしているのに、瓦礫はまだ
          まだ最初と変らないである。
          
イメージ 2
           ボランティアとして被災地に入って撮った写真は
           災害のむごさやひどさを感じさせた。
           なお被災者の自宅内を写さないように、指示されて
           いるとのことである。
                
                       
              支援に向かった4名が↓で活動状況のお話をされた。
           イメージ 3                              
       当市に発足して間もないこの支援組織から、被災地
       ボランティアとして7名(うち女性が2名)を派遣した。
      今回のボランティアの職業はさまざまで小学校の教員もいた。
 
       岩手までは大変遠くて、朝7時台のJRで出発し乗り継ぎ5回
       経て目的地の岩手県遠野市に着いたのは11時間以上後あった。
            信じられないほど時間がかかったのである。 
       7名のボランティア(発表は4名)の、被災地での体験談は胸に
       せまるものがあった。
 
       ★以下A子さんの報告を簡単に記載        
        駅に到着したのは、夜の7時近く。ボランティアセンター煮立ちより
       宿泊施設に向かう。ミーティングと翌日の準備をを終えて大広間で
       就寝。
 
       翌朝は5時半に起床し(以後毎日同じ時刻に気象)、まず食事の
       準備をする。朝食後の片づけを終了すると、7時半にボランティア
       センターに出発。
       一日の仕事の指示を受ける。とにかく分刻みである。
        
       目的地に向かう途中、壊滅状態になっている岩手の海岸沿いの
       市町村を車の中から見ているだけで大きな衝撃を受け涙が
       止まらなかったと言う。

       震災からすでに2か月になろうとしているのに、釜石の
       大きななホテルひとつとっても瓦礫がほとんど手付かずの
       状態であった。
       女性の仕事は、荷物の整理配分、食事作りはもちろん
       手があくと瓦礫撤去や清掃などの肉体労働もしてきたという。             せっかく来たのだからと目いっぱい体を使って手伝いをしてきた。

           A子さんは活動状況の報告は最後のほうである。
        
イメージ 4

          「避難所生活をしているの人々も班を決めて、掃除や
        炊事などを担当している。
        ボランティアが入っている時間は、自宅に戻って片づけを
        することができるというのである」
 
        「私たちボランテイアに心から感謝をしていますと言って
        くれましたし、涙を流す人もいました」 

        さらに過酷な環境の中、労働されている自衛隊の方々の
       活動を身近に目にして尊敬の気持ちを持ったとも言う。        
 
        A子さんハ実際に現地に入って気がついたのは、現地は
       まだまだボランテイアを必要としているということ。                   A子さんは活動報告の最後のくだりでは涙で声を途切らせ
        ながら続けていた。 
             
        当市にこのようなネットワークが設立されていることを知らなかった。
        この場で代表の方のお話を聞き感心した。
        しかもその後も、ボランティアを続々派遣しているという。

        ボランティアの方々の活動に頭が下がるとともに、今私に
       できることは何だろうかとつくづく思うこの頃である。
 
      追記(補足)
      ★7名で出かけた今回の支援。男性と女性では支援市町村も、
        支援内容も違っていた。 女性は食事作りや後片付け、清掃や
        物資の整理整頓、配分等細々した仕事が多かった。
        男性が災害のひどい場所に出向き力仕事をするのを見るにつけ、
        せっかくの機会を与えていただいたのにという焦りもあり自分たち
        女性の仕事だけに満足できなかったまた男性並みの力仕事が
        できるという思いもありもその旨申し出たという。
         願い通り男性と同じ現場に変更してもらったこともあるが、女性とし        ての活動や調査も仕事であることを忘れないように注意を受けたとい         う。(ネットワークのリーダーからか)        
       支援するということはなかなか難かしいのだなと思って聞いて
       いた。
       A子さんたちの活動や調査が次のボランティアの参考になって
       いるだろう。

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