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法医学者の悩み事
地味な仕事してますが、よろしくおねがいします

何も学べていない

災害関連死 統一基準設定見送りへ 政府方針 自治体との矛盾避け
2019年3月11日毎日新聞

 政府は、長期間の避難生活で既往症が悪化するなどして死亡する災害関連死について、認定基準の設定を見送る方針を固めた。毎日新聞が実施したアンケートでは、東日本大震災で10人以上を関連死と認定し、遺族に災害弔慰金を支給した自治体の7割超が統一基準を求めたが、政府は「基準を作ると自治体の認定と食い違いが生じ、混乱を招く恐れがある」と判断した。基準を設けない代わりに、自治体の審査結果を追認する。弔慰金の支払い対象者を関連死と初めて定義することで、災害対策の立案などに役立てる考えだ。
 関連死は1995年の阪神大震災から、報道などで注目されるようになった。国は「災害の種類や地域によって態様が異なる」などの理由で公的な定義づけを回避してきたが、復興庁は東日本大震災に限り、2012年に「震災による負傷の悪化等により亡くなられた方で、災害弔慰金の支給対象となった方」などと初めて定義。自治体が認定した関連死者数を集計し、公表している。復興庁によると、東日本大震災では昨年9月末時点で3701人が関連死の認定を受けた。この集計により、避難所の見守りボランティアや精神面のケア、生活習慣病予防などの対策が講じやすくなったという。
  国は統一基準の設定を見送ったが、毎日新聞が10人以上の関連死を認定した岩手、宮城、福島の35市町村と自治体から委託を受けて審査委員会を設置している岩手、宮城県の計37自治体にアンケートしたところ、7割超の28自治体が「統一基準やガイドラインがあったほうがいい」と回答した。理由として「統一基準がないと、市町村間で認定の差異が生じる」「弔慰金は国の法律に基づき支給しているので、全国で同じ基準であるべきだ」といった意見が大半を占めた。
  関連死を巡っては、熊本地震や西日本豪雨などの他の災害については国は定義しておらず、国会審議でも「行政用語に関連死が定義されていないままでは、災害対策は進まない」と指摘されていた。このため、内閣府と復興庁、総務省消防庁は昨年から協議を進めてきた。早ければ来月、死者の扱いなどを定めた消防庁の「災害報告取扱要領」に、弔慰金の支払い対象者を「災害関連死」として災害による犠牲者に含めるよう全国の自治体に通知する。【最上和喜、安高晋】

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震災から8年もたった。法医学に関係したことは何も変わっていないように感じる。その一例が災害関連死の問題だろう。
災害関連死と認定されれば、見舞金が出される。しかし、その基準があいまいとなると、本来もらうべき人がもらう金額が減ってしまうなども問題も起きるし、不平等感の元にもなる。ましてや、国民の税金がかなりいい加減に扱われていることになるのだが、放置したままでいいはずはない。とはいえ、死因究明していない事例ばかりなので、基準の作りようもないというのが現実なのだろう。これも、死因究明をしていない日本だからこその問題に思われる。

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外表異状説を主張する方(田邉昇氏)が、広尾病院事件について最高裁判決ではなく、東京高裁判決に外表異状説を肯定する内容が書かれているというので、改めて地裁判決と高裁判決を読んでみた。


地裁判決は、患者の急変を聞いた主治医が2月11日午前10時44分に死亡確認をした際に、看護師による消毒薬の誤投与の可能性の報告を受け、かつ、右腕の血管が変色するなどの異状を認めていたのだから、2月11日午前10時44分から24時間以内に警察に届け出る義務があったのに、病院長は主治医と共謀し、それを怠ったとして、病院長に対して医師法21条違反で有罪と判断している。

一方高裁判決は、弁護士が指摘するように主に病死を疑っていた可能性のある主治医は、2月11日午前10時44分の死亡確認の時点では誤薬の可能性について報告を受け、その点では地裁判決が指摘するように異状性を認識できた可能性はあったものの、右腕の血管の変色については、じっくり見て確認まではしておらず、認識していない疑いが残され、その点について地裁判決は証明が十分であるとは言えず、事実誤認があるとしている。さらに、主治医は翌2月12日の朝の対策会議の時点では心筋梗塞で死亡した疑いもあると考えていたが、2月12日午後1時ころから始まった病理解剖では、主治医も立ち会って、これまであまり確実な自覚をもっていなかったのか、右腕の血管変色に気付いて驚いた様子を見せ、ポラロイドカメラで撮影するなどしているのだから、高裁はこの時点で主治医は異状を認識できたはず(つまり届け出をすべきであったはず)であるとしている。一方、病院長は、病理解剖後に、患者の右腕のポラロイド写真を見せられ、かつ、病理医から薬物の入った注射で死亡したことは殆ど間違いがないことを確信をもって判断できるとの報告を受けたにもかかわらず、警察への届け出をしないとの判断をしたので、医師法21条違反について病院長と主治医との間に共謀が認められるとして病院長を有罪としている。

そのうえで、高裁としては、地裁判決で、主治医が死亡確認をした「平成11年2月11日午前10時44分ころ」に異状を認めたのだから警察に届け出なければならなかったとされていた点を改め、主治医が死亡確認をした時点及び病理解剖に立ち会った時点である「平成11年2月11日午前10時44分ころ及び同月12日午後1時ころ」に異状を認めたのだから警察に届け出なければならなかったと修正し、その他の点は地裁判決と同じとしている。

こうして読んでみると、地裁判決も、高裁判決も、主治医が死体の外表を見た時点(死亡確認時と病理解剖の立ち合い時)を主治医が検案した時点と定義づけているようだが、果たして、これら判決文から死体外表に異常がなければ届け出が不要などとは読み取れるのだろうか。

地裁判決からは、右腕の血管変色と並んで、誤薬についての報告が、異状性を認識する手掛かりとなると捉えていることがうかがわれる。一方、高裁判決の一文に「異状性の認識については、誤薬の可能性につき当直医師から説明を受けたことは、上記事実関係のとおりであるが、心臓マッサージ中に患者の右腕の色素沈着に主治医が気付いていたとの点については、以下に述べるとおり証明が十分であるとはいえない。」とあり、高裁も地裁と同様、誤薬の可能性といった死亡状況の異常も異状性を認識する手掛かりの一つとして位置付けているように読める。

つまり、高裁としては、もともと病死の可能性を考えていた主治医は、2月11日午前10時44分頃には誤薬の可能性の報告を受けたものの、右腕の変色を見ていないので、異状性について確信を持てなかったが、2月12日午後1時ころに病理解剖に立ち会った際には、右腕の変色を間違いなく見たので、異状性を確信できたと主張しているのである。誤薬の報告も異状性の認識にとっては不可欠なので、あえて高裁は「平成11年2月11日午前10時44分ころ及び同月12日午後1時ころ」としているように思えるのだが。

このようによく読み込んでみれば、地裁判決も高裁判決も、死体の検案をした時点とは主治医が死体の外表を観察した時点であるとする一方で、警察に届け出るべき異状性の認識には、死体外表のほかに、死亡状況も含まれうることを示唆しているように思われる。ましてや、病院長による共謀については、病院長として異状を認識すべき情報のほとんどは、死亡状況などを含めた伝聞情報であったように感じられる。

これら判決文を一体どう読んだら、死体外表に異常がなければ届け出が不要と読めるのだろうか。例えは悪いが、片思いの相手が、ちょっとした言葉やしぐさをしたからといって、自分に気があると勘違いするようなこともあるだろうが、それと同じように、判決文も自分にとって都合よく読めてしまうこともあるのかもしれない。とはいえ、外表異状説に関心のある方は地裁判決も高裁判決も一度じっくり読んでみて、外表異状を肯定している内容なのかどうかは自分で確かめてみるのがいいだろう。

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異状死体の届け出徹底を呼び掛け、厚労省 - 異常所見を認めない場合でも
2019年2月14日 医療介護CBニュース

 厚生労働省は、医師法21条で定められている異状死体の届け出に関する通知を都道府県や医療関係団体などに出した。医師が死体を検案する際、その外表面に異常所見を認めなくても異状があると判断した場合は、警察署へ届け出るよう求めている。【松村秀士】
  検案に当たっては、死体の発見に至った経緯や発見場所、状況などさまざまな事情を考慮した上で、異状を認めれば届け出ることを徹底するよう要望している。
  医師法21条では、死体または妊娠4カ月以上の死産児を医師が検案して異状があると認めた時は、24時間以内に所轄の警察署に届け出ることを義務付けている。
  しかし、死体の外表面に異常所見を認めない場合は警察署への届け出が不要との解釈によって、薬物中毒や熱中症による死亡などで外表面に異常所見を認めない死体について、適切な届け出が行われない恐れがあるとの指摘があるという。そのため、厚労省は医療関係団体などに通知を出し、届け出の周知を呼び掛けている。

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都立広尾病院事件の判決で「 医師法21条にいう死体の検案とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい・・」と書かれていることから、「検案とは死体外表を検査することである」→「死体外表を検査することではない行為は検案ではない」→「死亡に至る状況などを検討する行為は検案ではない」→「死体を検案し、死体外表に異常がなければ、死亡までの状況がとうであれ。警察へ届出なくていい」という風説がここ数年来流され、現在多くの医師が信用しているような状況にある。しかし、これは、前件否定の虚偽という詭弁であり、間違った説と言わざるをえない。

前件否定の虚偽の一例として、「人間とは二足歩行ができる動物である」ということは万人が正しいと思っているが、それをもって「二足歩行できない動物は人間ではない」と解釈できるかという話がある。それを正しいと認めてしまっては、寝たきりで歩けない人を殺害しても殺人にならないという明らかにおかしな話になるだろう。それと同じような解釈を広尾病院事件判決でしているのが外表異状説であり、それが正しいなどとはロジカルに決していえるはずはない。

厚労省から出ている死亡診断書マニュアルで、法医学会の異状死ガイドラインのことが抹消されたことは、厚労省が外表異状説を採用したことを示しているとか、厚労省のお役人が委員会の答弁で外表異状説を認めたような発言をしたとか主張し、外表異状説を正当化しようとする方もいたが、議事録をよく読むとそんなことは書かれていなかったりなど、あまりに論拠が乏しかった。外表異状説を信じている多くの方は自分で確認していない可能性もあるので、一度ちゃんと確認してみるのがいいだろう。

外表異状説を放置してしまっては、薬物で殺害され病院へ搬送されても、外表に異常がないことから医師が届け出ないことにつながり、結果的に警察が捜査することができなくなり、国民の安全が脅かされてしまう。厚労省もここにきてようやくこのままでは問題であると認識したようで、通達を出すに至ったのであろう。
https://ajhc.or.jp/siryo/20190208.pdf

医学は、国民の健康のためにこそあるはずである。外表異状説は診療関連死問題でなるべく警察に届出をしたくない医師にとっては甘い言葉であったが、医師の保身のみを目的とするのは本物の医学ではない。しかも、基本的に、医療過誤が業務上過失致死で刑事手続きに乗ってしまう可能性は、異状死届出云々と無関係であり、外表異状説を信じ、看護師等が起こしたリアルな医療過誤事例について医師が届け出を怠ってしまうと、その医師が逮捕される危険さえあり、損をするのは臨床医である可能性もある。その意味でも外表異状説はさっさと消えるべきだろう。


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戦没者遺骨収集で日米に齟齬 共同現地調査の米提案に厚労省は消極的
2018年7月29日産経新聞
 
 終戦から今年で73年となる中、戦没者の遺骨収集をめぐり日米間で協力態勢に齟齬(そご)が生じている。米側は現地での収集、調査を共同で行う覚書の締結を度々要請するのに対し、日本側はかわし続けているのだ。厚生労働省は遺族の感情に配慮していると強調するが、日本遺族会は逆に「やってほしい」として、同省の姿勢に疑問の目を向ける。(坂井広志)
  7月10日、千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)に1人の米国防総省幹部が献花に訪れ、戦没者に哀悼の意を示した。捕虜・行方不明者調査局(DPAA)のマッキーグ局長だ。その後、挨拶で遺骨収集について「私たちは協力と協働の力を強化し、研究、分析、調査をしなければならない」と訴えた。
  マッキーグ氏は、9日には厚労省で橋本泰宏審議官と向き合いこう迫った。
  「日米共同で現場に行って遺骨の収集、鑑定をするよう覚書を締結したい」
  橋本氏は「これから考えたい」と答えた。
  先の大戦で沖縄や、東京都小笠原村硫黄島、さらに外地で命を落とした日本の戦没者の遺骨は約240万人に上る。収容されたのは6月末現在で約128万人。いまだ約112万人の遺骨が残されている。
  日米で死闘を繰り広げた南太平洋諸島をはじめとする南方地域には米兵の遺骨も残されている。
  日本側はこれまでの遺骨収集で、米兵とみられるものは現場に残し、米側に連絡してきた。細かすぎて身元が判別できない遺骨については現地で焼却した上で日本に持ち帰り、千鳥ケ淵に埋葬している。
  問題は、焼却した遺骨はDNA鑑定ができなくなることだ。身元不明人の識別を行う法医人類学者は米側が充実しているとされる。実際、遺骨収集事業の関係者は「米側は細かい骨も含めて自国へ持ち帰り詳細に鑑定するので、兵士個々のデータ管理も充実している。米側のゴールは遺族に遺骨を戻すことにあり、日本とは考え方に温度差がある」と語る。
  日本側もDNA鑑定を平成15年度から行っている。ただ、遺留品などの手掛かりがあったり、身元をあらかじめ推定できたりするケースに限定している。米側が共同調査にこだわるのは、こうした背景がある。
  産経新聞が入手した厚労省作成の内部文書によると、米側は近年、日本側が収容した遺骨に米兵が混ざっている可能性があるとして、現場での焼却に懸念を表明したこともある。
  日本側が鑑定に条件を設けていることに、それなりの理由はある。シベリア抑留中の死者は多くが鑑定条件を満たしているが、南方は戦闘地であったことや高温多湿で遺骨の保存状況が悪い。DNA鑑定の対象を拡大しても血縁関係を決定することは困難だという。
  鑑定技術が日本より勝る米側の協力は不可欠とみられる。それでも、厚労省の担当者は「旧敵国」との共同調査は遺族側の感情を害しかねないと慎重だ。
  これに対し、父親がミャンマーで戦死した日本遺族会副会長で山口県遺族連盟会長の市来(いちき)健之助さん(81)は「日米共同で調査することに感情的なものはない。米側が共同でやりたいというなら、それに乗っかったらよい」と述べる。政府は28〜36年度を遺骨収集の集中実施期間と定めていることについても、市来さんは「遅きに失した感がある」と語る。
  マッキーグ氏は取材に対し「厚労省は『政府間の決め事なので外務省にも相談する』と話すが、外務省が関係しなければならない国際的な法的基準を作るわけではない。今後、覚書の下書きを提出させてもらう」と語った。
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戦没者のみならず、身元不明な遺骨についてはDNA鑑定がされるべきだが、警察庁が予算の出し渋りから身元不明死体のDNA鑑定を大学に依頼しなくなったことから、大学におけるDNA検査は今まさに消滅しようとしている。厚労省は縦割り行政の下警察庁にDNA鑑定を頼めないので、大学等に検査を依頼してきたが、その大学が危機的なので、遺骨のDNA鑑定は宙ぶらりんになってしまうのだ。
そもそも本来なら身元不明死体のDNA検査自体を警察任せにするのは国際的にみても異常なことだ。こうした問題を放置したこの国の政治家にも責任があると言わざるをえない。

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府警、弟の司法解剖せず…妻が何度も要望し解剖
 2018年06月21日 読売新聞

堺市で3月、練炭自殺にみせかけて弟を殺害したとして姉が逮捕された事件で、大阪府警は、自殺とみて弟の建築会社社長足立聖光さん(40)(堺市南区)の司法解剖を実施しなかった。しかし、妻から何度も求められ、遺体を調べ直したところ事件性が強まったという。犯罪による死亡が見落とされかねない現状が浮かぶ。
 
府警などによると、聖光さんは実家のトイレで倒れていたのが見つかった。トイレには、燃えた練炭が入った鍋が置かれ、ドアの隙間は接着剤で埋められていた。聖光さんのものとみられる遺書もあり、西堺署は自殺とみて、大学の法医学教室などで詳しく調べる司法解剖を見送った。
 ただ、妻の要望で、事件性が高くない遺体の死因を医師らが調べる死因・身元調査法に基づく解剖を実施。大阪府の場合は血液検査は義務付けられておらず、尿検査で異常なしとされた。

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10人の男性を遺産目当てで青酸カリで殺害した疑いのある事件も関西だったが、また関西で犯罪見逃しだ。
今回は解剖されているものの、司法解剖ではないので薬物検査はされなかったという。オーストラリアなど他の国では解剖と付随して薬物検査は当然行われているが、日本の調査法解剖では、警察庁が予算を出したくないせいか、薬物検査も、組織検査もやらなくていいなどと各都道府県警察に指示を出したため、薬物検査が行われない場合がある。
数年前警察庁に死因究明に関する検討会があったさ際、警察庁が神奈川の監察医解剖を見学した際に、吉野家の牛丼のように、安くて速い解剖に感銘を受け、しかも神奈川では犯罪見逃しが起きにくいとか誰が言ったのかわからない根拠のない説明を信じてしまったせいで、新しく作った調査法解剖では、法医学者が神奈川の監察医解剖はだめだと助言するにも関わらずそれを無視して、警察庁のお役人だけの素人考えから解剖だけやって、薬物検査も組織検査もいらないなどとしてしまい、一体当たり12万円などとありえない低価格で大学に解剖を依頼する話になってしまった。結果的に薬物検査が医師の判断でできないという異常な法医解剖の運営がされてしまっている。
調査法解剖の運営はしっかり見直して、ちゃんとした価格に設定し、必要な検査すべてできるようにしなければだめだろう。
この事件は、解剖で大学側の善意により、臓器や血液などの保管がされたに過ぎない。善意にすがっただけの結果であった以上、単に運が良かったというだけだ。血液や尿、臓器などを保管し、しかも検査することを制度化しなければ、いずれ重大なミスを犯すと予想される。

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懲りないなあ

「死亡」の男性生きていた 警視庁誤認、遺体を別家族に
平成30年6月12日朝日新聞デジタル

 警視庁は12日、東京都内で見つかった男性の遺体を、無関係の家族に引き渡していたと発表した。死亡したとされた男性が今年、親族の家に現れたことで誤りが発覚した。
  刑事総務課によると、昨年6月下旬、東京都葛飾区の江戸川で意識不明の男性が見つかり、死亡が確認された。亀有署は、この3日前に行方不明者届が出ていた千葉県松戸市の40代の男性と年代や身長などの特徴が似ていたため、男性の親族3人に遺体の顔の確認を依頼。3人が「間違いない」と話したため、遺体を引き渡した。遺体は火葬されたという。
  しかし、今年5月、この男性が親族の家を訪れたため、親族が今月6日、同署に連絡。署が改めて残っていた指紋などで確認し、遺体の身元は東京都内の30代男性と判明した。親族らが顔を見て身元確認ができたと判断した場合は、指紋やDNA型の照合はしていないという。同庁は死亡した男性の遺族らに経緯を説明し、遺骨を引き渡す手続きを始めたという。警視庁の上原智明・刑事総務課長は「身元を誤認したまま遺体が引き渡されたことは誠に遺憾。本件を教訓に再発防止の徹底をはかる」とコメントした。

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顔貌を遺族に見てもらって個人を特定すると、間違いが発生することが昔から知られている。だからこそ、他の国では、顔貌を当てにせず、指紋、歯科所見、DNA検査といった客観的証拠に基づいて身元を特定している。
監察医務院のある東京23区でもこんなレベル。というか医務院も身元の特定は警察頼みなので、どうにもならない。他の国ではメディカルイグザミナーオフィスや、法医学研究所などが身元特定しているところも多いのではないだろうか。警察任せにするから、身元特定において遺族にDNA検査資料の提出を求められるなどプライバシーも侵害されるし、死体がいい加減な扱いを受けている可能性もある。厚労省は戦没者の遺骨ばかり扱うが、普段から出てくる死体についても身元特定をすればいいのにと思う。

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司法解剖の価格と鑑定書提出率の表を比較してみた。
青線が司法解剖の価格が35万以上の県、赤線が10万円未満の県である。
価格が低い件での鑑定書提出率が低い傾向にあることが見て取れる。

価格が10万円未満の県を総計すると、解剖数が996件で、鑑定書作成が221件、提出率は22.2%。

価格が10万から20万円の県を総計すると、解剖数が4760件で、鑑定書作成が2999件、提出率は60.8%

20万以上の県を総計すると、解剖数は10825件で、鑑定書作成は10310件、提出率は95.2%

これを見ると、少なくとも鑑定書を提出できるようにするには、最低でも20万円以上の費用が必要であろうことがみてとれる。さらに、適正に組織検査をするとか、薬物検査をするということを加味するのであれば、より費用が必要であるということは言うまでもない。

解剖費用は役人は安くあげたがるが、安ければいいという話ではないということだ。現在、解剖価格を一律にする話も出ているが、低いところと高いところの平均の価格にするという話はナンセンスである。そんなことをすれば、鑑定書をしっかり提出していた県まで提出できなくなるであろうし、やるべき検査も実施できなくなってしまうだろう。解剖に付随してどのような検査を実施し、鑑定書をしっかり提出するという基準を定め、各県それに近づけるには、どのような費用が必要なのかという議論をしていくことが本来求められる姿のはずだ。
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諸悪の根源

年3800遺体を解剖 法医学会も問題視する横浜の「研究所」
週刊ポスト2018年5月18日号

 自分が死んだら遺体は荼毘に付され、骨になって埋葬される──多くの人はそう思っているだろう。だが、「死に場所」によっては、火葬前に見知らぬ医師によって亡骸にメスを入れられ、遺族には「解剖費」が請求されることがある。

 昨秋、神奈川県横浜市にある一軒家で、70代の男性が早朝に死亡しているのを家族が発見した。すぐに119番通報すると、遺体は「警察の取り扱いになる可能性がある」と説明され、警察署に引き取られた。そして警察署で「病院に搬送して解剖することになる」と告げられたという。故人が自宅に帰ってきたのは翌日の夕方だった。その時のことを遺族が振り返る。

「『心筋梗塞』と書かれた死体検案書とともに戻ってきた亡骸は、胸から腹にかけて大きな縫い目があり、痛々しいものでした。さらに葬儀社から“解剖代を立て替えている”と言われて領収書を提示されたのです。金額は8万8000円でした。相場なんてわかりませんが、解剖理由も金額の説明もなかったので、釈然としなかった」

 葬儀社は、「日本のどこでも同じように必要な費用ですから」と説明したという。実は、この葬儀社の説明は正しくない。全国を見渡しても、こうしたケースで解剖費を遺族から徴収するケースはない。

◆1日平均10体超を解剖

 解剖というと多くの人は殺人事件などで死因を特定するための「司法解剖」を思い浮かべるだろうが、日本には他にも“解剖理由”がある。この遺体に行なわれた解剖は、「承諾解剖」と呼ばれるものだ。
 医師が看取らずに病院以外の場所で死亡するなど、死因が明確でない場合、その遺体は「異状死」とされ、警察が検死する。それでも死因が特定されない場合や公衆衛生の必要に応じて、遺族の承諾を得て解剖に回されることがある。これが「承諾解剖」だ。
「死体解剖保存法によって規定された制度で、同法7条には『死体の解剖をしようとする者は、その遺族の承諾を受けなければならない』とありますが、遺体を取り扱うのが警察のため、医師ではなく、警察が遺族に解剖の承諾を得ているケースが多い」(神奈川県内の葬儀社関係者)
 昨年は全国で16万5837体(交通事故を除く)の異状死が報告されている。そのうち承諾解剖は9582体だった。東京23区や名古屋、大阪、神戸では、戦後に作られた死因調査を専門とする監察医制度がある。監察医制度の下では、異状死を対象に、公費で承諾解剖が行なわれている。一方、監察医制度のない道府県では、承諾解剖はほぼ行なわれていない(2017年は32道県で「0」)。
 そんななか、監察医制度がないにもかかわらず神奈川県の承諾解剖数は4014件と全国の4割以上を占め、その全てが遺族負担だという。しかも驚くことに、そのうち3800体を超える解剖を1人の解剖医が行なっていた。365日稼働したとしても、この解剖医は1日平均10体以上の解剖を行なっている計算になる。
 その場所が冒頭の遺体が運ばれた施設であるが、建物には「○○研究所」という、病院らしからぬ名前が記されていた。法医学者で日本医科大学教授の大野曜吉氏が語る。
「承諾解剖では、まず遺体の外表を調べた後、メスで首の下から下腹部まで開き、臓器を取り出して重さを測ったり、組織を採取・検査したりして、死因を探っていく。その後に死体検案書を書いたり、解剖記録などを残すことになります。1人ができるのは1日1遺体か、多くても2遺体。年間300体が限界でしょう」

◆葬儀社スタッフも手伝う

 横浜市内にある「研究所」に運ばれてくる“患者”は遺体だけだ。朝7時頃から建物の前には葬儀社の車が並び、「研究所」に遺体が運ばれる。「鑑識」と書かれたジャンパーを着ている警察官も頻繁に出入りしている。「研究所」に遺体を搬送し、解剖の現場にも立ち会ったことがある川崎市内の葬儀社関係者は、こう証言する。
「臓器や脳を次々と取り出して容器に入れ、重さを測り終えると、再び体の中に流し込んで縫う。この一連の作業を医師と助手が猛スピードで行なうのです。1体につき20分ほどだったと思います」

葬儀社のスタッフが解剖を手伝うこともあるという。

「研究所内には解剖台が5つあり、ご遺体が“切られた”状態で並んでいます。ある葬儀社の社員が、容器に入った内臓を洗う手伝いをして、さらに解剖後、慣れた手付きでご遺体を縫っているのを見たことがあります」(横浜市の葬儀社社員)
 法医学関係者が問題視しているのはそうした“解剖数”の多さだけではない。承諾解剖の費用が遺族に請求されている点だ。日本法医学会理事長を務める名古屋市立大学教授の青木康博氏が言う。
「全国的に承諾解剖は公費で賄われており、遺族から解剖費を徴収するのは神奈川県だけ。1人の医師が多くの解剖を請け負うという構図も歪です。この問題をどう改善すべきかは、これまで学会などでも議論されてきましたが、いまだ解決されていません」
 この問題は行政側も認識しているようだ。神奈川県はこう話す。
「“隣の東京(23区)では、(監察医制度があるために)解剖は公費負担なのに、神奈川ではなぜ遺族負担なのか”という疑問の声が届いているのは事実です。その点については、これから対策を考える必要があると考えています」(県庁医療課)
 冒頭の遺族は神奈川県警から「解剖することになる」と告げられた。多くの葬儀社関係者も「研究所に遺体を運ぶように指示しているのは県警」と口を揃える。前述したように「研究所」には鑑識のジャンパーを着た者も出入りしている。
 そこで神奈川県警に、承諾解剖の委託先や費用についての質問書を送った。しかし県警は、「承諾解剖は御遺族の希望または公衆衛生を目的に、御遺族の承諾のもと、医師の判断で実施されている。警察としては答える立場にない」(広報県民課)と、“無関係”だと主張するだけだった。

◆「8万8000円はむしろ安い」

 では、当の解剖医はどう答えるのか。横浜市内にある自宅を訪ねた。インターフォンを鳴らすと、本人が玄関から姿を現わしたが、何を聞いても「取材は受けない」という。だが、後日、改めて質問書を送ると、電話での取材に応じた。

──1人で行なうには解剖数があまりに多いとの指摘がある。

「そんなことはない。毎日朝7時から夕方まで、それなりのスタッフとともに効率よくこなせば、1日10体ぐらいならできる。私は開業以来、趣味のゴルフをやめ、365日盆暮れもなく働いている。自分を犠牲にして死因究明にあたってきた」

──葬儀社スタッフに手伝わせているのは事実か?

「遺体を解剖台に乗せるなどの簡単な協力はしてもらっているが、それ以上のことはさせていない。研究所のスタッフには葬儀社から転職した者もいるので、それを勘違いしているのではないか。そもそも日本の法律には解剖補助の制限はないので、彼らの手を借りても問題はない」

──解剖費用の8万8000円は妥当なのか。

「それだけの費用がかかるということ。私が施設に投じた費用は3億円。浄化装置も毎日フル稼働していてランニングコストもかかる。むしろ安いほうだと思う」

──遺族から解剖費用を徴収することが問題視されている。

「神奈川県だけが遺族から取っているわけではないでしょう」

──承諾解剖を行なっている各自治体に取材したところ、遺族負担は神奈川県だけだった。

「私の認識では全国の7割、8割は遺族負担のはずだが……いずれにせよ、私のしていることは批判されるものではない。8年ほど前、当時警察庁の刑事局長だった金高雅仁さん(後に警察庁長官)が私の研究所へ視察に訪れ、“もっとこんな施設が増えればいい”と賞賛してくれた。いわば、警察庁長官のお墨付きだ」
 前出の日本法医学会の青木理事長は、こう話す。
「承諾解剖は行政上の必要があって行なうもので、公衆衛生上も、死者の生命の尊重という点でも必要なものです。しかし、明確なルールがないため、遺族への説明が不足していたり、自治体によって負担の差があるなどの問題は早期に改善すべきです。神奈川県の現状は、日本の死因究明制度の未熟さを表わしていると思います」
 冒頭の遺族はこう語った。
「本当に必要な解剖だったのか疑問なのです。何のための、誰のための解剖だったのか……」
 死因究明における制度のルールづくりや、地域差の解消など、課題は多い。少なくとも遺族が十分に納得していないような状態の中で、亡骸が傷つけられることはあってはならないだろう。

文■山田敏弘(国際ジャーナリスト)

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神奈川では監察医制度が廃止されたが、今でも元開業監察医が、遺族から費用をとって承諾解剖を異常なほど多数実施している。この解剖には多くの問題がある。問題点を箇条書きにしてみる。

・ 執刀医が一人で、まったくの無鑑査状態であり、死因判定の質の高低が不明であること。
・ 解剖所見を詳細に記載したレポート(記録)が作成されていない可能性が高いこと。
・ 遺族を委託者とする契約関係にあるはずが、詳細なレポート等が遺族に渡されていない可能性が高いこと(債務不履行の可能性)。
・ 組織検査や薬物検査など必要な検査を十分実施していない可能性が高いこと。
・ 当初犯罪性が疑われていなかったものの、だいぶ後になって犯罪性が疑われ、薬物検査や組織検査等が必要となっても、検査資料が残されていない可能性が高いこと。

こんな解剖であるにも関わらず、元警察庁長官が刑事局長であったころ、死因究明に関する警察庁の研究会において、やたらと神奈川の解剖を褒めていた。研究会に参加している法医学の専門委員が、あんな解剖ではだめだとアドバイスしているにも関わらず、その主張を変えることはなかった。結果的に、新しく作られた死因身元調査法による解剖(調査法解剖)については、価格の基準は神奈川の解剖とされてしまい、警察庁は、調査法解剖においては解剖だけやって、薬物検査などは不要などと馬鹿なことを主張するに至った。そんな解剖では薬物犯罪はフリーパスだし、感染症なども見逃され、公衆衛生向上の役に立つことなどないというのに。
諸悪の根源はこんなところにあったのだと思い出す。

それにしても、神奈川の数千体の承諾解剖を、法医解剖として警察庁はカウントしているのもいかがなものだろうか。法医解剖というのは、公益目的のために公費で実施されるべきものであり、しかも得られた情報が社会に還元されるべきものである。遺族の負担で実施され、解剖結果がデータベースや報告書として公式に残されていないようなものはカウントすべきではない。水増しによるまやかしと批判されてしかるべきことだと思うが。日本は警察届け出死体の解剖率が12%と極めて低いが、解剖結果が報告書やデータベースとして公式に残されているものこそカウントされるべきであり、そうでないものは解剖したなどとカウントすべきものでもないだろう。その意味では、本当の解剖率は10%にさえ達していないのではないかと思う。

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司法解剖鑑定書3000件超未作成か 「犯罪見逃す恐れ」 27、28年
産経新聞2018年5月3日

 犯罪死が疑われる場合に行う司法解剖が平成27年と28年、全国で計1万6750件実施された一方、捜査当局の委託を受けた大学などの解剖医による当局への鑑定書提出件数は両年度で計1万3530件だったことが2日、警察庁の開示資料などで分かった。統計が暦年と年度で単純比較はできないが、3千件以上の違いがあり、年間、千件単位で鑑定書が未作成だった可能性がある。
 複数の大学は背景として法医学分野の人材不足を挙げる。作成は法律で義務付けられていないが、専門家は「鑑定書がなければ解剖医の死亡などで過去の事例が検証できず、犯罪を見逃す恐れがある。早急に改善すべきだ」と指摘する。
 重要な資料
 開示された、鑑定書提出に伴う謝金支払件数の資料などによると、岡山県は27、28年の司法解剖が計270件だったのに対し、支払いは28年度の1件。愛媛、福井、香川、秋田、宮崎各県も解剖数に対する支払いが1割を切り、352〜126件少なかった。
 鑑定書には死因や死亡推定時刻、外傷の部位が写真入りで記載される。ある検察幹部は「容疑者の供述の合理性も推定でき、起訴時や公判の重要な資料になる」と話す。
 時間がない
 大学の解剖医らによると、一般的に作成には数カ月かかる。作成しないのは事故死や孤独死など事件性がない場合が多いが、事件性があっても結果を口頭や簡易なメモで伝えることもある。岡山大は「解剖を相当数こなし、教員の職務もおろそかにできない。鑑定書作成の時間まで取れない」としている。
 警察庁によると10年以降、検視や解剖などで事件性なしとされた遺体が後に犯罪死と判明したのは54件。同庁は「早期に提出を受けるよう指導している」という。
 内閣府の死因究明等推進計画検討会元専門委員の福武公子弁護士は「大学にポストがなく、法医学分野は人材が集まりにくい。政府が死因究明の専門機関をつくるべきだ」と話している。
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人材不足のため司法解剖の鑑定書が作成されないケースがある。
一方、調査法解剖と行政解剖、承諾解剖についてはどうなのだろうか?
ほとんど報告書が書かれていないのではないかと思うが。解剖したのにレポートがないなんて、解剖した意味がないと思うし、死者や家族、国民に対しての裏切り行為にも思える。そうした点の調査も必要だ。

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鑑定がばらつく原因

先日職場の抄読会で以下の論文が紹介された。

Oliver WR, Fang X.
Forensic Pathologist Consensus in the Interpretation of Photographs of Patterned Injuries of the Skin.
J Forensic Sci. 2016 Jul;61(4):972-8.

この論文によると、判定に自信がある人ほど、コンセンサスから外れる傾向があり、また、規模が大きい施設に属する人の方が小さい施設に所属する人よりコンセンサスの得やすい判断をするという。つまり大学法医学教室の教授や法医学研究所の施設長のほうが、その部下より独善的な鑑定をするという話なのだが、なんか日本で発生している状況をよく表しているような気がする。

司法解剖における鑑定書作成においてのみならず、虐待を受けた児童の生体あるいは死体について、捜査当局から意見を求められ調書が作成される場合、日本では法医学者や臨床医に個人的な依頼がされており、施設として依頼されることはない。結果的に法医学者も、臨床医も、誰とも相談することなく、鑑定書を作成したり調書作成に応じている。このような状況で何が発生するかを、この論文はよく表しているように思う。

都内も人口規模は大きいが、小規模な大学法医学教室がバラバラに活動している。そんな状況でどんなことが起きうるだろうか。

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