ここから本文です
法医学者の悩み事
地味な仕事してますが、よろしくおねがいします

書庫全体表示

福島県立大野病院事件、冒頭陳述の要旨(検察側)

◇本件の概要
 2004年12月17日、福島県立大野病院で産婦人科専門医として勤務していた被告人が、帝王切開手術を行い、女児分娩後子宮内壁に癒着していた胎盤を、手術用はさみであるクーパーを使うなどして無理に剥離し、その結果として大量出血を引き起こして失血死させたという業務上過失致死と、異常死について警察に通報しなかったという医師法違反の事案である。
◇前置胎盤および癒着胎盤について(疾患の定義、種類、原因については略)
 産婦人科医の鑑定書や、被告人の自宅から押収された専門書に示されているように、用手的剥離が困難になった時点で、癒着胎盤の判断を行う。この場合、胎盤を無理に剥離すると、癒着の程度や部位にかかわらず短時間のうちにコントロール不能な大出血にいたる可能性があるため、ただちに操作を中止し、胎盤が残った状態のままで、出血源である子宮を摘出するなどする必要がある。
 この件の被害者の胎盤は、子宮口全体を覆う全前置胎盤であり、子宮前壁から後壁にまたがって付着していた。病理学鑑定では、被害者の胎盤は絨毛が子宮筋層内まで侵入する嵌入胎盤であり、癒着部位も子宮前壁から後壁まで及んでいたことが判明した。
◇経緯
 大野病院は医師12人、看護師89人、ベッド数146床の規模で、産婦人科の診療には、被告人と外科の常勤医3人であたっていた。同病院は、高度の医療を提供できる第三次救急医療機関の指定を受けておらず、特定機能病院の基準も満たしていなかった。また、待機用の貯血はなく、輸血が必要な場合は、いわき血液センターにファクスで発注し、約1時間かけて自動車で搬送を受けることになっていた。
 被害者の女性は、前置胎盤の管理目的のため2004年11月22日、大野病院に入院した。被告人は、超音波検査の結果から、被害者の胎盤は子宮の前壁から後壁にかけて位置し、内子宮口全体を覆っており、一部は前回の帝王切開創にかかっていると考えていた。
 このような場合、突然の大量出血が起きる危険があるが、大野病院は大量出血した場合の輸血の確保が物理的に困難である。そのため従来、前置胎盤患者は、より設備の整った磐城共立病院に転院させるなどしてきたが、被告人は被害者の帝王切開手術を大野病院において行う旨の言動を、大野病院産婦人科職員に対しするようになった。
 同院の助産師は、大野病院での出産は不適切であると助言したが、被告人は「なんでそんなこと言うの」などと言い、この助言を聞き入れようとはしなかった。助産師が、ほかの産婦人科医の応援を要請した方がよいのではないかと申し入れたところ、被告人は問題が生じた場合には双葉厚生病院の医師に来てもらうと返答した。
 このほか、被告人は手術前に、福島県立医大産婦人科の先輩医師から、同大病院において、前置胎盤・帝王切開既往の妊婦の帝王切開時に大量出血を起こして、その処置に困難を来したことを教えられ、大学から応援を派遣してもらった方がよいのではないかと言われていたが、その場でこれを断った。
 被告人は産婦人科専門医として、帝王切開手術の既往がある前置胎盤患者で、胎盤が前回の帝王切開創にかかっている場合の癒着胎盤の確率は24パーセントであることを学んでいた。
 被告人はまた、12月6日までの各種検査から、被害者が全前置胎盤であること、前壁側に付着した胎盤が前回帝王切開創におよび、癒着胎盤を発症している可能性があることなどを診断していたが、被害者の帝王切開術は大野病院で行うことに決めた。
 その上で、癒着胎盤を前提としない前置胎盤症例で最小限準備すべき量である濃厚赤血球1000ミリリットルを用意すること、場合によっては単純子宮全摘術を行うことを決め、カルテに記載した。
 12月9日までには麻酔科医に、「手術中の出血が多くなる可能性があります。前回の帝王切開の創部に胎盤がかかっているので、胎盤が深く食い込んでいるようなら、子宮を全摘します」などと説明し、これを聞いた麻酔科医は、通常は1本のみ確保する点滴ラインを2本確保することに決めた。
 被害者と被害者の夫に対しては、12月14日に説明を行った。その際、「前置胎盤で、前回も帝王切開の場合は、前回切ったときの傷に胎盤が癒着しやすいんです」と被害者が癒着胎盤を発症している危険性があることを告げ、「出血があるときには、出血の源になる子宮を取ることになります」などといって、子宮摘出の可能性を説明し、同意を得た。
 この時点までに双葉厚生病院へは連絡していなかったが、被害者と夫には「何かあったら双葉厚生病院の先生を呼びます。もう先生には話してありますから」などと話した。
 被告人は手術当日の17日、双葉厚生病院の勤務医に電話をかけ、これから手術をする被害者について、前置胎盤であり、前回の帝王切開のきずあとに胎盤の一部がかかっている可能性があること、何か異常があれば午後3時ごろに連絡がいくかもしれないことを告げ、大量出血などが生じた場合の応援を依頼した。
 これを聞いた産婦人科医は、被告人が癒着胎盤の可能性を考慮して応援依頼をしてきたものと理解し、急変時の応援を了承した。
◇手術状況
 手術は2004年12月17日午後2時26分に始まった。腹部を切開したところ、子宮表面には血管の怒張(血流が悪くなり、はれ上がること)が認められた。被告人は超音波検査で胎盤の位置を確認し、子宮をU字型に切開した。
 午後2時37分、順調に女児が娩出された。女児は、直後は泣き方が通常より弱々しかったものの、じきに元気な産声をあげて被害者と対面した。被害者は女児の手を優しくつかんで「ちっちゃい手だね」などと言っており、この時点では被害者の意識はしっかりして、血圧なども正常の範囲であった。
 被告人は子宮切開創の止血をし、子宮収縮剤を注射した後、臍帯を手で引っ張って胎盤の剥離を試みたが、胎盤は剥離しなかった。胎盤に子宮が引っ張られて持ち上がってしまう状態であった。
 このため、被告人は2時38分ごろに用手的剥離を開始。左手で胎盤をひっぱりながら、右手手指を胎盤と子宮のあいだに差し入れ、指先で胎盤を押すように剥離を試みた。
 開始時は容易に右手の3本の指を差し入れることができ、容易に剥離することができたが、徐々に指を差し入れることができなくなり、力を込めなくては胎盤をはがすことができなくなった。3本指を入れることもできなくなったため、指2本にして剥離を継続。しかしそれも困難になり、やがて1本の指も入らなくなった。
 被告人はこの時点までに被害者の胎盤が子宮内壁に癒着していることを認識し、剥離を中止して子宮摘出の措置をとるべきであることを知っていた。子宮摘出の同意は得られており、摘出を回避しなければならない事情は全く存在せず、胎盤の剥離を継続すべき必要性・緊急性もなかった。
 被告人は、輸血の追加発注などもしないまま、「胎盤を手で剥離することができない場合に剥離を継続しても、大量出血しない場合もあり得るだろう」「指より細いクーパーであれば胎盤と子宮内壁のあいだに差し込むことができるだろう」などと安易に考え、2時40分ごろにはクーパーでの剥離を開始した。 この時点での総出血量は、羊水込みで約2000ミリリットルだった。
 クーパーのはさみを閉じた状態にして持った被告人は、先端部を胎盤と子宮内壁のあいだに差し入れ、閉じた状態の刃の部分で癒着箇所をそぐように剥離を行ったが、クーパーによる胎盤剥離を開始したころから、子宮の広い範囲で次々とわき出るような出血が始まった。看護師らは出血量を計量し、医師らに総出血量を口頭で報告していた。2時45分ごろには被害者の血圧は低下し始めた。
 この間、被告人は、剥離困難な部分をクーパーのはさみを開閉して切った上、そぐようにして剥離して、2時50分頃胎盤を娩出した。
 娩出された胎盤は表面が崩れた状態であり、一部分は欠損していた。その後の病理検査の結果、被害者の子宮内壁の胎盤剥離部分には肉眼でも分かる凹凸がみられる上、子宮内に胎盤の一部が残存して、断片にはちぎれたようなあとがあった。
 2時52分の出血量は2555ミリリットルだったが、その約13分後の午後3時5分過ぎごろまでの出血量は7675ミリリットルに増加していた。血圧は、2時40分時点で上100下50強であったが、2時55分には上50弱、下30弱に急落した。脈拍数はいったん下がったものの、午後3時ごろから急上昇して、出血性ショック状態に陥った。
 麻酔科医は、2時55分ごろから輸血を開始したが、使い尽くしたため3時10分ごろ、被告人からの指示を待たずに追加輸血を発注した。被告人はその後も完全に止血することができず、ようやく子宮摘出を考えたが、追加輸血がなければ摘出ができないため、血液製剤の到着を待った。午後4時10分ごろに総出血量は約1万2085ミリリットルに達した。
 この間、被告人は被害者家族への説明を行わなかった上、心配して手術室にかけつけた院長から応援要請をするかと尋ねられたが、これも断った。
 追加輸血が到着し、午後4時30分頃から単純子宮摘出術を行って子宮を摘出した。しかし午後6時5分ごろ、被害者は心室頻拍となって脈も触れない状態に陥り、麻酔科医らが蘇生措置を行ったものの蘇生しなかった。被害者は午後7時1分ごろ、クーパーを用いた胎盤剥離による剥離部分からの出血により失血死した。
 蘇生措置の途中、被告人は被害者家族に状況を説明するためいったん手術室を出たが、その際顔を合わせた院長に「やっちゃった」、助産師に対しは「最悪」などと述べた。
 被害者の死亡後、被告人は死因が癒着胎盤の剥離面からの出血に起因する出血性ショック死であったと診断した。8時45分ごろから被害者の夫らに対する説明をし、癒着胎盤であったこと、癒着胎盤をはがす際に出血が増加したことなどを説明した。
 院長には10時30分ごろに院長室で報告し、「癒着胎盤であった。胎盤を剥離するとき、最初は手で剥離できていたが、下の方に行くに従ってはがれなくなり、クーパーを使って剥離したら出血した」と説明した。
 被告は、胎盤を子宮から剥離するときにクーパーを使用する症例を聞いたことがなく、「クーパーを使用したのは不適切だったのではないか」と感じていたものの、院長にはミスはなかったと報告し、院長は専門医である被告人の「ミスはなかった」との言葉を信用して医師法に基づく警察への届け出を不要と判断した。
 福島県警は、県により設置された医療事故調査委員会が、この件は癒着した胎盤を無理にはがしたことによる出血性ショックなどによる医療ミスであったとの調査結果を公表した2005年3月31日付新聞報道を端緒に、捜査を開始した。

>>>>>>
検察の冒頭陳述を読んだ感想としては、検察側としては、何人かのアドバイスを無視して胎盤剥離を強行した点を重視しているような印象を受けた。検察のことなので、既に各人よりサイン入り供述調書も得ていることだろう。一方で、弁護側の冒頭陳述では、この点に関してであろうが、「検察官が作成した調書のなかに、被告人に有利な部分を削除して証拠請求するという前代未聞の措置を講じている。検察官の基本的職務に反する不公正な対応として強く非難されるべきである。」と主張している。争点は、手術自体の危険性・難しさより、「アドバイスを無視した上での強行」の方になる可能性もあると予感した。今後、何名かの証人が出廷して、この辺の真偽が確かめられるのかなと思う。
一方で、異状死届出は、病院がしなくていいといったのか、被告本人の判断でしなかったのかも問題になりそうだ。もし、病院が届出の必要なしとしたとすれば、その背景には、外科学会の異状死に関する声明も影響を与えているような気がした

  • 顔アイコン

    私も、同様の印象を受けました。「先輩医師や助産師の助言を無視して、前置胎盤・帝王切開既往の妊婦の帝王切開を行ったのはなぜか」と言うことが焦点になるのではないかと思います。

    [ - ]

    2007/1/30(火) 午後 11:08

    返信する
  • 顔アイコン

    書き込みありがとうございます。なんか、そんな気がします。 弁護側もそこを見越して弁護できるのか?手技的な難しさは、検察側も認識していると感じましたし、そこばかり弁護しても焦点がかえってぼけそうな感じがします。そんな難しいのになぜ、助言を無視して?という方向へ向かいそうです。

    [ ももちゃん ]

    2007/1/31(水) 午前 6:56

    返信する
  • 顔アイコン

    「紫色の顔の顔の友達を助けたい」 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/ の筆者です。焦点になることはないと思います。公訴事実では、癒着胎盤と診断した時点で、癒着を剥離せずに「子宮摘出術」を施行するべきだという主旨です。仮に先輩医師や助産師の助言を無視したとしても、それによって患者さんが死亡したのではありません。そんな漠然としたことが、「業務上過失致死」になることはないと思います。どのような弁護士さんとお知り合いかしりませんが、弁護団は馬鹿じゃないですよ。懸命に勉強してます。

    [ kaz*ki*393 ]

    2007/1/31(水) 午後 5:09

    返信する
  • 顔アイコン

    ありがとうございます。検察と弁護団の意図とは一致しないことが多いです。検察の意向を予想し、単に注意を喚起しているだけですので、誤解なきようお願いします。ところで、もし、検察側により「被告人は人の話を聞くような性格ではなかった」というように話が作り上げられると、話が変わる可能性はないですか?「別の先生が担当すれば、他の大病院で出産後すぐに子宮摘出したので死なずに済んだ可能性が増えた」とされてしまう可能性です。弁護側もそれは認識されてはいるのでしょうし、私も無罪を予想しますし期待もしますが。

    [ ももちゃん ]

    2007/1/31(水) 午後 5:40

    返信する
  • 顔アイコン

    癒着胎盤を100人の産婦人科医が対処して、100人が救命できないという場合、おっしゃる通りなのですが、一人でも救命できたかもしれないとなれば、「じゃあ、その一人の所になんで輸送しなかったんだ」といった論法にはまると、てこずる可能性もあるのかなと思います。私の老婆心ならいいのですが。

    [ ももちゃん ]

    2007/1/31(水) 午後 5:52

    返信する
  • 顔アイコン

    そういう論理にはめられないためにも、「被告はアドバイスなど受けていない」と却下するか、「アドバイスを受け入れない、やむをえない事由があり、アドバイスを受け入れる受け入れないのも医師の裁量の一つにすぎないのだ」という認識を裁判官の持たせることが大事だと思うのですが。

    [ ももちゃん ]

    2007/1/31(水) 午後 8:34

    返信する
  • 顔アイコン

    私が検察だとしたら「医療の裁量権」の及ぶ範囲は避けて、「先輩医師」と「助産師」が「前置胎盤時の帝王切開」のリスクを予見していたと主張すると思います。普通の医師であれば予見できた以上、被告は予見義務を欠いていた。また、「前置胎盤時の帝王切開」のリスクを予見していたと被告が主張したとするのなら、「リスクを予見した以上、回避義務がある。被告は、助産師の助言を受け入れ、設備の整った病院へ転院させるべきであった」と検察がカウンターを入れてくるのかなと思います。

    [ - ]

    2007/1/31(水) 午後 10:15

    返信する
  • 顔アイコン

    一番の問題は、遺族が「先輩医師や助産師が助言したというのに、なぜこの医師はそれを断ったのだろう」との、当然の疑問を抱いた場合、現在の制度では訴訟に訴えるしか方法がないと言うことでしょうね。このあたりは、報告書レベルで解決出来そうにも思うのですが、いかがでしょうか。それとも、報告書ではそこまで踏み込むべきではないでしょうか。

    [ - ]

    2007/1/31(水) 午後 10:18

    返信する
  • 顔アイコン

    その辺で揉める可能性はあるかもしれません。助産師と大学の先輩という身内から調書を取っているんでしょうかね。 ところで、報告書レベルで遺族が納得するかどうかは、個人的には難しいのかなと思います。もちろん、なんらかの権威あるところの書いた報告書であればいいのかもしれませんが、当該医師の所属していた病院が出した報告書では、中々難しそうです。結局現行制度では訴訟にいっちゃうんでしょうね。

    [ ももちゃん ]

    2007/1/31(水) 午後 10:24

    返信する
  • 顔アイコン

    産婦人科専門医の十年選手が助産師の意見に逆らったら犯罪なわけですな アホか

    [ inoge ]

    2007/2/13(火) 午前 1:52

    返信する
  • 顔アイコン

    なにせ判断するのは裁判官。裁判では、マスコミ報道の内容は原則排除され、裁判で出てきた証拠だけで裁判官が判断します。助産師の助言を無視したということを検事は一つの武器にしてきていると思いますので、それに対しても弁護側がどう裁判官に上手く反論するのかが求められていると思います。

    [ ももちゃん ]

    2007/2/13(火) 午前 6:40

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事