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法医学者の悩み事
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死臭に関して思う

法医学に入る前は、死臭とはどんなものか、知らなかった。おそらく、普通の方で知っている人はあまりいないだろう。死臭とは、要は腐敗臭である。
死臭にもいくつか種類がある。家屋内で腐敗していた場合、くさやの干物やチーズ、生ごみの腐った臭いに近い。水中で腐敗した場合はドブのヘドロの臭い、低温で腐りにくい状態で中途半端に乾燥した場合はスルメの臭い、ミイラの場合はかつお節の臭いに近い臭いがする。質的にはこうした臭いに近いのだが、量的には、こうした腐敗した物が、100個並んでいるんじゃないかと思うくらい強烈な臭いといえる。そんなわけで、私はくさやの干物が大嫌いだが、法医学で仕事をしているおかげ?で、死臭とはどんな臭いかがわかるようにはなった。数年前近所で生ごみが腐った臭いが数日にわたってするので、「どっかで死体が腐ってるんじゃないの?」と冗談で家族と話していたら、お気の毒にも、その数日後に、近所から独居老人の遺体が出てきたことがあった。周りの住人は、死臭を知らないものだから、1週間以上にわたって、まさか人が死んでいるとは思いもよらず、悪臭を我慢していたわけだ。

正直私は、腐った死体の解剖は好きとはいえない。臭いも生理的には好きになれないし、解剖の後は、髪の毛や手を洗剤で洗っても、臭いは丸一日取れず、解剖した割には死因もイマイチわからないからだ。しかし、法医学という領域では、公平・公正な死因究明による、遺族・国民の権利維持が学問的使命であるし、それをプライドとして我々は仕事をしている。だからこそ、腐った死体も平等に解剖しなくてはいけないという使命感を持ってやっているのが実際だ。

時々、交通事故から1、2週間後に、自宅で腐った状態で死んでいるのが見つかり司法解剖になることがある。将来は、病院を受診してから1、2週間後に自宅で腐敗して見つかった死体についても、医療事故を疑って解剖する時代が来るだろう。医療関連死は病理解剖すべきだ、などと安直な主張をする臨床医もいるようだが、こうした意見は、あまりに法医学者や病理学者のことを知らない意見といえる。もし、こうした腐敗した死体まで病理解剖する場合、病理学者が我々法医学者と同じような使命感を持って解剖できるとは到底思えない。腐った死体では、病理学の本来の目的・使命である病気や癌の研究などできないわけで、「腐った死体など解剖しても何もわからないし、解剖したくない」と主張する病理医が続出するだろう。そうした意見を真に受けて、解剖しないで終わったりすると、2週間の間に腹を蹴られて死んでいたような場合、犯罪も見逃すことになる。結果的には、臭い事例だけ法医学に回してくる可能性もあるが、それではあまりにご都合主義だろう。病院内死亡であろうが、病院外死亡であろうが、一個人の死が社会にどのような影響を与えうるのかを考慮しつつ、公平・公正な立場で死因究明をするプロフェッショナルな解剖執刀医の養成こそが本来求められている。そうした執刀医が法医出身だろうが、病理出身であろうが、プライドを持って仕事ができるような環境作りこそが求められているのであるが、今の医療関連死の議論の中ではどうもその辺が抜けているような気がしてならない。死因診断においては、解剖所見だけではだめで、薬物検査なども必須になるし、それがなければ、正確な死因診断ができないので、仕事にプライドなど持てないものだが、今の医療関連死の議論では、薬物検査などの整備についても完全に抜け落ちている。死因究明制度全体に目をつむったままでは、「臨床医をかばいたいがために始まった制度改革であり、その他の領域の事故死・犯罪死などどうでもいいというのが実体である」と揶揄されても仕方がないだろう。実際マスコミは裏ではそのような反応を示し始めているようなので要注意といえる。数千億の費用をかけて事故調だけ作って、数百億しかかからないはずの解剖・検査機関を作らないとしたら、どうなってしまうだろう。事故調設置のおかげで、民事訴訟やADRは確実に増え、賠償金の増加から医療費はかさむだろうし、一方で、パロマ事件のような医療事故以外の事故死が続発する構図に変化はないので、国民にとっては何のメリットもないし、なんのための制度改革なのかわけがわからなくなってしまう。

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    先生 とても興味深いエピソードありがとうございました。先生のような職業の方はとても貴重な存在ですね。

    タイニーポエム

    2007/3/28(水) 午後 4:48

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    ずいぶん昔のテレビドラマ「北の国から」で主人公の純君が、ごみ清掃のアルバイトをする場面があったのですが、ごみの臭いが洗っても洗っても取れなくて、悲しくなるなどといっていました。我々としては、何甘えてんだ!と思えるくらい、とにかくきついです。しかも医師の中では最低賃金ですので、なり手もありません。困った国です。

    [ ももちゃん ]

    2007/3/28(水) 午後 6:05

    返信する

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