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1週間遅れの2日目です。 この日のメインは世界文化遺産、石見銀山めぐり。 なかでも、3月から11月までの祝休日に人数限定で公開されている石見銀山の坑道 「大久保間歩」の見学が目玉です。 実は、世界遺産登録前に石見銀山を訪れたことのある友人から「見られる坑道は 1つだけで、他に目立つものはなかったよ」と、伝えられていたことや、「鉱山」 という地味なイメージから、正直、石見銀山にあまり大きな期待はしていなくて、 「出雲の近くにある世界遺産だから見ておくか」という程度の気持ちでした。 「大久保間歩」の見学も、旅行直前に買ったガイドブックで限定公開を知り、 1人3800円という参加料に迷いながらも「限定」の言葉の魅力に負け、申し込んだものでした。 この考えが、後に大きな誤りだったと気づくことになります。 宿から石見銀山までは約50kmあります。 銀山の麓にある大森地区は、地域住民の生活や環境保護などのため、パーク&バス ライド方式を採用しているので、車での来訪者は少し離れた『世界遺産センター』に 停め、バスや徒歩で移動することになります。 大久保間歩見学の参加者の集合場所も世界遺産センターに指定されているから、早めに 着いておかないと駐車場がいっぱいになってしまう恐れがあったので、7時40分に 宿を出発しました。 朝早いこともあり道は空いていて、9時前には世界遺産センターに着きました。 駐車場はガラガラです。 集合時間にはかなりの余裕があったから、敷地内にある土産もの店や、センターの中を 見学して過ごしていました。 展示されている資料を見て、石見銀山はただ単に坑道(間歩)だけではなく、世界の 歴史や交易に深く関わり、想像以上に文化的価値があるものだと気づき始めました。 センター内にあるパソコンで、「世界遺産クイズ」に挑む奥さん。 石見銀山や世界遺産にまつわるクイズが目白押しでした。 ちなみに私は、「世界遺産 中級」で奥さんも達成できなかった全問不正解を 達成しました(^_^; 2〜4択クイズだから、全問不正解のほうが難しいんだけど…。 奥さんは運だけで2問正解でした。 ツアーが始まりました。 参加したのは私たちを含め19名。 自称「キムタク」のガイドさんの案内でバスに乗って移動した後、間歩までの道を登ります。 最初の坑道「金生坑」 「大久保間歩」で採られた銀鉱石を運ぶ役割などがあったそうで、明治時代には 全長数百mのトロッコの軌道も敷かれたそうです。 なお、「間歩」と「坑」の違いは掘られた時期とか。 「間歩」は江戸時代、「坑」は明治時代以降だそうです。勉強になりますな。 「大久保間歩」の入り口です。 中からとても冷たい風が吹いてきます。 参加者全員が長靴に履き替え、ヘルメットをかぶり、ライトを持って中へ入ります。 中はこんな感じ。 明治時代に発破で広げられ、人が歩けるほど広くなっていますが、江戸時代は1m程の 高さしかなかったそうです。ノミで掘った跡と、発破の跡では明らかに壁の様子が 変わっていました。 銀鉱石の層は、銀山(仙ノ山)へ板状に入っているらしく、この層に当たるまでひたすら 掘り進んだそうです。主な銀の鉱脈は23本あったとか。 そして、銀鉱石の層に当たると、そこから層に沿って横へ掘り進んだらしいです。 ふむふむ。 これが掘り進んだところ。パンフやHPにも載っている場所です。 ものすごく広くなっていて、階段状に掘られた壁や、足場替わりに設置された丸太が 当時のまま残されています。下を見ると、地の底まであるような深さの竪穴が。 すげー 高さはこれくらいです。 むっちゃ広いです。 今はライトが設置されている場所もあるから良いけど、採掘当時は灯り一つで 作業していたんだよなあ。 油の匂いや酸欠、粉塵などの過酷な環境のため、工夫たちは30歳まで生きれば 長生きだったとか。 江戸時代と明治時代の坑道が対比できます。 左側は江戸時代に掘られたもの。高さは1mほど。 右側は明治時代に発破で下へ掘り下げられたもの。 江戸時代は手作業で掘られていたので、断面もきれいです。 写真と文章だけでは様子を伝えきれない大久保間歩を後にし、少し上にある「釜屋間歩」 を目指します。 ガイドさんによると、銀鉱石の層がないかどうかこの近くを昭和40年代にボーリング 調査したのですが、「採算を取れるほどの量ではない」という結果だったそうです、 この山道を進めば、山頂の大集落跡を通過し、龍源寺間歩の近くに下りられるそうです。 行きたい! ここが「釜屋間歩」 江戸時代、減り始めた銀の採掘量が、この間歩の発見により持ち直したそうです。 楽しい&勉強になった大久保間歩ツアーも終わり、大森地区へやってきました。 この町並みもパンフなどで見かけます。 お店がたくさんならんでいますが、その半分以上は世界遺産登録後に他方から やってきた人たちだそうです。 ここを少し歩くと、普通の田舎の、普通の暮らしがありました。 違うのは、そこの雰囲気とは明らかに似つかわしくない服装の人たち(観光客)と、 走り回るレンタサイクル。 景観に配慮した自動販売機。 龍源寺間歩に行く時間がなかったので、明治時代の精錬所跡を見てきました。 先に紹介した「金生坑」から、ここまで2本の坑道で銀鉱石を運んで来たそうです。 こうして石見銀山見学が終わりました。 このとき、時計は16時を回っていたため、もう一つの目的地だった温泉津温泉には 行くことが出来ませんでした。 そして、三重県まで600kmを超える道のりを、9時間半かけて帰りました。 奥さんは、ミラの乗り心地に根を上げてしまいました(゚Д゚; この2日間とても楽しかったです。 訪れるまでは時に関心の無かった島根県が好きになりましたよ。 奥さんも「また行きたい、今度は松江城も」と言ってます。 「島根は鳥取の左側」と言われなくても大丈夫です。 私個人的には、もっとじっくり石見銀山を見たいです。 ガイドさんと一緒に歩いたことで、「石見銀山=龍源寺間歩」という考えは吹き飛び、 奥深さに気づかされました。 雄大な自然や、荘厳な建築物だけが世界遺産じゃないぞ。 石見銀山は仕事場。地味なのは当たり前。 でも、その仕事場がヨーロッパやアジア諸国との交易などに大きな影響を及ぼしたことや、 鉱山と言えば鉱毒や木の生えていない岩山というイメージがあるけど、ここは自然と 共生しながら発展していたこと考えると、立派な世界遺産です。 今回は大久保間歩と大森地区の一部しか見られなかったけど、温泉津温泉にも行きたいし、 仙ノ山から延びている2本の街道にも惹かれます。 とにかく、もっと掘り下げて見てみたいです。
奥さんは体力的に不安があるので、できれば健脚の山仲間と訪れたいなぁ。 でもそんなこと、奥さんに言えやしない。 |
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そうそう夫も石見銀山を訪れた人から『何も無い(=面白くない)』って聞いたそうです。
だから松江からも距離があるので「機会があれば行こう」って位だったのですがこれを読んで私も興味が湧きました。
“仕事場”という表現に納得です。
世界遺産と言うと京都や奈良の歴史的建造物や知床や屋久島のような自然をイメージしてしまいます。それだけじゃないんですね。
2009/4/26(日) 午後 3:52
やはり、世界遺産に登録されるだけのことはあるわけですね。
一度行ってみたくなりましたよ!
2009/4/28(火) 午後 1:19
MARURUさん>多くの人の石見銀山に対するイメージは、「地味で見どころがない」だと思います。
世界遺産だから見ておこうという気分で訪れる人が大半じゃないでしょうか。
某テレビ番組で「ガッカリ観光地」と紹介されたらしいですし。
でも、実際は違いますよ。掘り下げれば掘り下げるほど魅力が出てきます。
パッと見て「素晴らしい!」と思う場所だけが世界遺産じゃありません。
もし石見銀山を訪れたら、ぜひガイドさんをつけて散策してください。
きっと、「地味」なイメージがひっくり返りますよ。
2009/4/29(水) 午前 0:44
とーちゃんさん>数年前に世界遺産の登録基準が少し変更され、環境への配慮なども
考慮されるようになりました。
石見銀山は、この点も評価されての世界遺産登録です。
ぜひぜひ訪れてください^^
2009/4/29(水) 午前 0:47
素晴らしい偶然にトラバさせていただきます〜
2009/5/9(土) 午前 0:24
****さん>そちらに伺わせていただきました^^
2009/5/9(土) 午後 8:41
流浪の民さん>まさに運命の出会い??
2009/5/9(土) 午後 8:42