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ツアー開始まであと20分。 集合時間の目安と考えている開始5分前までは、あと15分。 集合&出発場所の大田市観光協会までの距離は約2km。 走ればLSD並みの速さでも間に合いますが、ただでさえ体力に不安があり、かつ、 仙ノ山を越えてきた姉にとっては、かなり厳しい時間と距離です。 このとき初めて知ったのですが、姉は仕事で腰も痛めていたようです。 それでも、姉は遅いなりに一生懸命走ってくれました。 途中で力尽きかけ「もうムリせんでもええって」と言っても先に進もうとします。 残り1kmあたりでは完全に歩きペースでした。 だけど、前半の走りで時間に余裕ができ、4月に散策して引き返した場所に来たときは 勝利(セーフ!)を確信しました。 4月は龍源寺間歩に向かう時間が無く、かなり手前で引き返していましたから。 そしてそして… 10時22分、大田市観光協会に着きました^^v 間に合いました♪ 龍源寺間歩からココまでの道が、下り基調だったのが幸いでした。 兎にも角にも、姉に感謝です。 ツアーの定員には十分余裕があるみたいだったので、早速申し込みました。 一息ついた頃、ツアー開始。 参加者は私たちを含めて20人弱。 2人のガイドさんの案内で、2班に分かれて出発しました。 今来た道を戻ります。 今さっき下ってきた道を上ることになるから、姉には厳しかったかも。 まず、銀山遊歩道を歩き、初代銀山奉行、大久保石見守(大久保長安)墓に来ました。 通り過ぎてから撮影したので、写真に塚はほとんど見えません。 大久保長安の働きは、石見銀山の採掘量を飛躍的に向上させましたが、彼の死後に 幕府への献上量に不正があると疑いをかけられ、墓を掘り起こされて首を刎ねられたほか、 7人の子を処刑されるなど、非業の運命を辿りました。 結局、この疑いは長安を快く思っていなかった人物の謀略によるもののようです。 続いて、下河原吹屋跡。 発掘調査によって初めて発見された、17世紀初めの銀精錬遺跡です。 写真は、鉱石を砕く際に置かれた「要石」です。 中心部の窪みが、静かに当時の精錬作業の様子をもの語ります。 戦国の武将、毛利元就を祀った豊栄神社です。 1つの記事で、写真が7枚以上になるとアップ時におかしくなる可能性が高くなるので、 ひとまずここで区切ります。 つづく
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間に合ったんですか!すごいすごい〜(^◇^=)ヤッタネ
区切りが私の記事とバッチリ合ってます!トラバしますね〜
2009/9/26(土) 午後 9:53
流浪の民さん>記事拝見しました^^
見事に合ってますね^^
ちょっと嬉しいかも^^;
ツアーには無事間に合いました^^v
翌日or翌々日の筋肉痛と引き替えに…
2009/9/28(月) 午前 0:03