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清水谷精錬所跡を後にし、まち歩きも終盤にさしかかりました。 次は清水寺(せいすいじ)。写真はありません (・・; 安原伝兵衛という山師が、銀の採掘量が減ったため、このお寺で七日七晩祈願したそうです。 そして、7日目に「銀の釜」を賜る夢を見て、そのことを大久保長安に告げて資金を得て、 釜屋間歩を発掘したそうです。 この釜屋間歩で採掘された銀を徳川家康に納めた際、いたく感激した家康から 「辻ヶ花染丁字文胴服(つじがはなぞめちょうもんどうぶく)」を拝領しました。 遊歩道を歩いていると、川の対岸に大きな間歩がありました。 そこに吸い寄せられるようにツアーの一行から離れ、写真を撮りに行きます。 新切間歩です。 内部から水が絶え間なく流れてきます。 水抜き坑のようです。 写真を撮った後、走って一行に追いつき、歩いているとまた大きな間歩が。 福神山間歩です。 姉と一緒にツアーの集合場所へ急いでいるときも前を通っていたのですが、その時は時間との 戦いを繰り広げていたのでスルーしていました。 今はじっくり見られます。 間歩は3つあり、1つは空気抜き坑、2つは内部でつながって道路の下2mほどを通り、 川の下をくぐって仙ノ山方向に伸びているそうです。 中で左にカーブしているのがわかります。 「高橋家」山師の代表が暮らしていた住宅です。鉱山を取り締まり、支配層と銀掘たちを つなぐ重要な役割を果たしていたそうです。 この穴は、牛をつないだ縄をくくっておくためのものだそうです。 さあ、龍源寺間歩が近づいてきました。 ガイドさんが「大久保間歩に入ったことがあるなら、この間歩を見て拍子抜けするかもしれないですよ」と話してくれましたが、入りますとも。 まち歩き編は終わりつつ、つづく
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休んでる間にまち歩き編が・・多すぎて読めんw
また時間あるときにゆっくり来ますだw
2009/10/1(木) 午後 3:45
新切間歩と福神山間歩は私も逃さず撮影しましたよ(^∀^v 龍源寺間歩が拍子抜け?大丈夫、しないしない〜(笑)
あ、トラバしました〜
2009/10/1(木) 午後 11:11
部長>多すぎてすまんね(^_^;
撮った写真を多く載せようと思ったら、記事が膨大になってしまったのさ(汗)
それだけ充実していた旅だったのもあるし^^
超おヒマなときに、それとなく来てくださいましw
2009/10/2(金) 午前 0:01
流浪の民さんの記事を改めて伺い、写真のキレイさに見とれてきました^^;
龍源寺は拍子抜けじゃないですよね〜。
観光用に整備されたとはいえ、採掘当時の雰囲気の漂う場所が、随所にありました。
2009/10/2(金) 午前 0:35