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6.憲法はまだか(ジェームス三木、角川書店、NHKテレビドラマ) 実はこれは1996年に放映されたNHKドラマでジェームス三木が脚本を書いている。今夏「日本映画専門チャネル」で再放送になったとき、DVDに録画した。第1編「象徴天皇」2時間、第2編「戦争放棄」2時間の大作である。ジェームス三木は歌手時代のディック・ミネさんで脚本家としてはNHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」など多くのドラマを手がけている。 1945年11月憲法問題調査委員会が発足し、幣原首相が国務大臣の松本烝治(津川雅彦)をその委員長に指名するところから始まり、憲法が公布される1946年11月までの、「押し付け」とそれに抵抗する松本の1年間を描いている。何度見ても面白い。再々放送はあまり期待できないが、その機会があればぜひ見て欲しい。DVDはないが、同名の小説は角川書店から発売されている。 新憲法は、軍国主義の排除と民主主義、自由主義、人権擁護を要求するポツダム宣言との合致が要求されていたが、憲法問題調査委員会は明治憲法の若干の手直し程度にしか捉えていなかった。それでも制憲は遅々として進まない。「天皇は神聖にして侵すべからず」に対して「尊厳」にしよう、いや「至尊」だ、「元首」だ、やっぱり「至尊」だ、と小田原評定を繰り返えされる。 殆ど明治憲法のままだった。「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」は「天皇ハ軍ヲ統帥ス」、「兵役ノ義務」は「役務ノ義務」になっただけだった。また「臣民」は「国民」にすべきだと言う意見もあったが、後に新憲法の旗手になる憲法学者の宮沢俊義委員でさえ「臣民(被統治者)が当然だと思います」と「国民」を退ける。極秘ではあったが、はなはだ保守色の濃いものである事が毎日新聞にスクープされ、「あまりに保守的・・・失望しないものは少ない」と酷評される。 そんな中で民間の憲法研究会も活動を初め、国民主権と人権を重視した草案がGHQに届けられ、報道にも発表される。現在の憲法にもかなり近い。GHQによる戦犯の逮捕や軍国主義者の公職追放、政治犯の釈放、言論統制の廃止など民主化指令が続く。そして天皇の人間宣言。松本の周辺の人々、幣原首相や吉田茂や他の閣僚も少しずつ新しい時代に心を開いていく。だが松本は抵抗し続ける。 松本「天子様が人間であっては国体の護持が成り立ちません。・・国民はぽかんとしてしまうんじゃないか」 松本夫人(岡田茉莉子)「陛下はほっとなさったと思いますよ」 松本は一人取り残されていく。 草案はやっと出来上がるが、GHQはあまりの期待はずれで手直しは不可能と判断、マッカーサーはGHQ自らが、憲法草案を1週間で作成するよう指示をする。民間人10人を含む総勢26人、日本側にもアメリカ本国にも動きを察知されないように、極秘で徹夜の作業を続けた。この部分はドラマでは出てこないが、小説の方はかなりのページ数を割いている。マッカーサーはニューディール政策のスタッフであったケーディス大佐はじめ、リベラルな人材を多用した。 1週間後(1946年2月13日)、何も知らない松本、吉田らはGHQに見解を拝聴しに行くが、代わりにDHQ案を手渡される事になった。 象徴天皇/戦争放棄/武装放棄・・はもとより「条文の一字一句に、脳天を爆撃された」 空にはB29が飛来し窓ガラスがビリビリ音を立てる。「受胎告知の日」(小関彰一) 「日本政府が拒否した場合は、直接日本国民に公開し、広く賛否を問う」 閣議は狼狽する。GHQの憲法案をうまく骨抜きにして、保守的な憲法に戻したい松本は、憲法学者の宮沢に修正案を依頼する。 しかし宮沢は、 「あのままでいいじゃありませんか・・・私は一読して感動しました。目からうろこが落ちる思いでした」と、松本の申し出を断った。 「あれは民生局の素人が作ったんですよ」と言う松本に対して、 「正直言いますと、私は憲法学者の限界を感じました。もともと法律家というものは、保守的な考え方しかできないものだと、思い知らされました、・・・調査委員会のメンバーは、明治憲法しか、頭にありませんでした。明治憲法を改正するという固定観念に支配されていました。・・・私は自分自身を批判しているんです」 「アメリカの押し付ける憲法を、すんなり容認しろと言うのかね?」 「押し付けとはいえないでしょう。我々はナショナリズムにこだわりましたが、あの憲法案は、インターナショナルですよ。国家と言う概念を飛び越えて、人類の理想が示されています。戦争を放棄して、平和国家を建設すると言う、偶然絶後の条文には、心を洗われました。」 この松本と宮沢の対話がこのドラマのクライマックスであり、最も感動的な部分である。 それでも松本は「株守」「径庭」「庶幾」などの難しい表現を入れたり、日本語と英語の翻訳上の違いを使って抵抗するが、撃退されてしまう。 3月6日憲法草案はついに公表され、「一般国民の反響はすこぶる良かった。特に戦争放棄の条項はあらゆる層から熱烈に歓迎された」 その後、国会での激しい論議、字句の修正を経て8月24日衆議院可決でされる。 もし「押し付け」がなかったら、日本はどんな道を歩んでいたんだろうと想像を巡らしています。
松本烝治や政府の面々がバカだとか反動的だとか、と言う風には思わない。ただ、人間の「思考の枠=固定観念(宮沢)」あるいは「認識の歴史的拘束性」から自由たり得ない宿命から、如何すれば解放されるのかな、と言う事を考えてしまいます。 |
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決して押し付けではではありません。戦後進駐軍GHQと日本の共同で素案作りがされております。マッカサーは軍人でありましたが平和主義です。日本に不戦を誓った憲法を制定し戦争のない世界を目指そうとしたのですが、その後冷戦構造の始まりとともにアメリカは軍事大国化してしまい、いまは、軍事産業を守るためにテロとの戦いと言って戦争をやる国になっている。
2006/10/15(日) 午後 1:15
日本には軍事兵器を買わせ今では軍事兵器はそうとう準備されている。やがては自衛隊とともに利用しようとしていると思います。そのような要請を加速度に進めたのが小泉元政権であり、その政権を継承している安倍政権が受け継いで進めようとしているのです。日本のためでなくアメリカのために。
2006/10/15(日) 午後 1:24
コメント有難う。「押し付けシリーズ」を6回やってきて、逆説的ですが「押し付け」でもいいとという気になっています。日本政府というバリアー(バッファー)の向こうには、これを歓迎する国民がいる。このバリアーを突破するには強圧的な態度が必要であった。マッカーサーが提案したか、幣原首相が提案したかは、どうでもいいような気がしてきました。
2006/10/15(日) 午後 1:42