風を変えよう!

核も持てる新憲法、九条堅持で商売繁盛

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東京新聞はえらい!東京新聞社説(2006/10/29)

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20061029/col_____sha_____001.shtml

週のはじめに考えるバーチャルな改憲論

 就任後の“豹変(ひょうへん)”が指摘される安倍晋三新首相も、新憲法制定への意欲は変わりません。間もなく公布六十周年を迎える日本国憲法はいぜんとして揺れています。

 戸惑いを隠せない顔の数々が目に浮かびます。安倍首相が誕生して一カ月、新首相の本当のところが見えてこないのです。

 ベストセラーになった著書『美しい国へ』は、言葉が躍るだけで具体的内容が乏しく、戦前的価値観への郷愁ばかり、という印象でした。それまでの首相は、ナショナリズムを鼓吹する人たちから輝く星のようにもてはやされていました。

 ところが、政権を握ってからは様子が違います。

■どちらが“実像”なのか

 日本によるアジア侵略と植民地支配を認めた村山首相談話や、従軍慰安婦問題で強制があったことを明確にした河野官房長官談話を踏襲し、靖国神社参拝は事実上凍結です。

 これらと矛盾する過去の自分の発言は「個人の見解」と棚上げしました。中韓両国の声を無視し続けた小泉外交から舵(かじ)を切ったようです。

 個人としての安倍像、首相としての安倍像、どちらがリアルで、どちらがバーチャルなのでしょう。

 その一方で、一九四六年十一月三日に公布され、平和憲法として国際的にも評価されている日本国憲法を廃止し、新憲法を制定する熱意は衰えないのですから「はて…」と判断に迷います。

 辞書を引くと「リアル」の項には「本物の・本当の」と、「バーチャル」は「仮想の」とあります。側近の一人で、首相補佐官となった世耕弘成参院議員が雑誌『論座』十一月号で披露しているメディア戦略を読むと、戸惑いは一層募ります。

 政策はもちろん、記者会見での話し方、カメラ位置についてのメディアへの注文、対談中の肘(ひじ)のつき方、視線の方向など首相に対する“振り付け”は多岐にわたります。

■欠けている現実の認識

 懸念されるのは、そのように振り付けする側も、振り付けされる側もリアルな現実認識がないのではないか、と思われることです。

 太平洋戦争中の日本人の意識と生活の記録『暗黒日記』を残したジャーナリスト、清沢洌は四五年元日のページに次のように書いています。

 「昨夜から今暁にかけ三回空襲警報なる。…日本国民は、今、初めて『戦争』を経験している。戦争は文化の母だとか、『百年戦争』だとかいって戦争を賛美してきたのは長いことだった。…戦争はそんなに遊山に行くようなものなのか。それを今、彼らは味わっているのだ」

 沖縄以外の国内が地上戦の戦場になったことはなく、政府による情報統制とそれに対するマスコミの迎合で、当時、国民は実情を知らされずに、圧倒的多数が戦争を支持していました。米軍の空襲に連日さらされるようになって、やっと戦争についてリアルな認識を持ち始めたが遅かった、と清沢は批判したのです。

 アフガニスタンやイラクでの戦争に対する日本人の意識と似通っていませんか。私たちは、遠くの、自分に見えない戦争を人ごととして傍観していなかったでしょうか。

 爆弾が落とされる下には、ミサイルを撃ち込まれる先には、必ず普通の市民が暮らしているのです。イラクではいまだに連日、たくさんの人々が亡くなっています。

 国際社会に背を向けた北朝鮮の暴走は止めなければなりませんが、戦争のもたらす現実をしっかり認識してことに当たりたいものです。

 民族派の論客である、一水会顧問の鈴木邦男さんは「今の日本では右翼団体より市民団体や右派メディアの方が過激だ」と苦笑しています。

 いまや人口の大部分が戦後世代です。安倍首相と首相を取り囲む政治家の大半も、戦争を知らない、しかも市井のホコリにまみれたことのない二、三世議員です。

 首相の変化は就任して現実の重みに直面したせいかもしれません。それでもなお、彼らの改憲とナショナリズムの主張は、戦争に対する正しい認識を欠いたまま戦争できる国を目指しているのではないか、という不安を感じさせます。いわばバーチャルリアリティー(仮想現実)に基づく新憲法制定論です。

 二十世紀のはじめ、デンマークの陸軍大将、フリッツ・フォルムは各国議会に自分の考えた「戦争絶滅受合(うけあい)法案」の制定を働きかけました。一口で説明すると、戦争開始から十時間以内に国家の元首、その親族、首相、大臣、国会議員、高級公務員など地位の高い人たちを最前線に送り込む、という内容です。

■戦争の顔をしてこない

 これが法制化されれば憲法第九条はもっと大切にされるはずですが望み薄です。せめて局面転換に向けて

「戦争は戦争の顔をしてこない」という言葉を反芻(はんすう)しましょう。

 戦争をしなかった国がいつの間にかそれのできる仕組みを持つようになるさまを描いた絵本『戦争のつくりかた』の制作に協力した翻訳家、池田香代子さんの指摘です。
 
東京新聞社説 全面引用 http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20061029/col_____sha_____001.shtml

閉じる コメント(8)

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我々共産主義者も現実社会では共産主義者の顔はしていませんから、ここに書かれているのは事実でしょうな。革命は機を待って実行ということです。

2006/10/30(月) 午後 0:09 [ 共産主義者 ]

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「共産主義者」さん、こんばんわ。不達の手紙が50年ぶりに届いたって感じで感動です。憲法を変えないと言う事は、大げさな事ではなく今日と同じだと言う事に過ぎません。だから残念ながら、貴方の「機」は訪れません。万一の場合、不肖桃太郎が退治します。冷戦終結で拳の下ろし所がなくなり、生きがいを無くされた方もいると聞きまが、ご自愛下さい。

2006/10/30(月) 午後 8:50 mom*t*ro*345

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安倍内閣から感じるフワフワと浮いた感覚はこうゆうところから来ているのだと思いました。今日はまだだけど明日から戦争なんてことはありえないですよね。戦後の日本が戦争をしないでこれたのは現憲法と戦争の記憶の力が大きいと思います。知らない世代が政権を握るようになり、現憲法まで守れなくなったらと思うと憂鬱です。

2006/10/31(火) 午前 1:34 [ jil*i*ne_a ]

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ご無沙汰しています。コンビニさんが、私の記事を転載して下さったので、訪問しました。そしたら、風さんの記事にお会いしました。転載させて下さい。

2006/11/19(日) 午後 6:29 [ - ]

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[ 共産主義者 ] さま。あなたはどなたですか。今は市場主義に変ってしまいましたよ。ソビエット連邦の解体を始めとして、もうレーニン主義・マオイズム(毛沢東主義)はもう影形もなくなったようです。でもマルクス・エンゲルスが唱えた共産主義社会が、人類の永遠の理想であることは、不滅ですがね。

2006/11/19(日) 午後 6:38 [ - ]

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桃太郎さま。1945年からこのかた、日本人は折角の憲法を蹂躙することに専念してきました。明治憲法からまだ、脱却できない方々ばかりです。公明党が選挙違反を犯しながら、選挙運動を繰り返し、何処へ日本を持って行こうとしているのかな?URL: http://blogs.yahoo.co.jp/miyasitama2000/42186616.html

2006/11/19(日) 午後 6:49 [ - ]

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中村様、コメント有難うございます。「共産主義者」さんとはもう少しお話がしたかったけれど、逃げてしまわれたのかな。かって掲示板(Yahoo)で論争してましたが、ブログは議論がやりにくいですね。最近はウヨ系のブログに行ってコメントしてますが、コメントバックは殆どないです。

2006/11/19(日) 午後 8:32 mom*t*ro*345

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TBさせていただきます。

2006/12/31(日) 午後 4:26 [ tec**o_bow ]

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