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今日は夜勤明けで帰宅後15時30分まで寝てしまいました…。
Eテレで放送している福祉番組「バリバラ」は田代まさしさんの薬物依存の話でした。 薬物に走るきっかけが、芸能界の荒波の中で疲れたことだと言います。 逮捕されて刑務所に服役しても人間関係もあり薬物に再度手を出してしまうと言います。 3回目の逮捕のときはサザンの桑田佳祐さんが食道がんであることがわかったニュースの後でした。 薬物依存は簡単には治らないという残酷な現実を語っていました。 桑田さんと田代さんいやサザンとシャネルズ(ラッツ&スター)はヤマハのイーストウエストでのコンテストで競い、サザンとシャネルズが出た昭和52年の大会では桑田さんが最優秀ボーカル賞を獲得したことでシャネルズのメンバーに取って「負けた」と桑野信義さんが話していました。メンバーの合同結婚式のときは桑田さんと奥様の原由子さんが仲人をしまいました。 関口和之さんのエッセイによるとコンテストで演奏しているときのパフォーマンスが格好良かったと言います。 最初はリーゼントにTシャツとスカジャンだったのが、サザンとの出会いをきっかけに田代さんのアイデアでボーカルは顔を黒く塗り、キャバレーの呼び込みのようなド派手なタキシードになったというのと、日本でドゥーアップの音楽をメジャーにしたのも彼らだと言います。 青山学院大学のサークル仲間のバンドのサザンに対し 、シャネルズはみんな働きながらバンド活動をしていました。 シャネルズがデビューした当時、ひとつ下の弟がサザンの「いとしのエリー」同様にリードボーカルの鈴木雅之さんの歌声に感動して親に「ランナウェイ」のシングルを買ってもらい、知り合いのサザンファンの友人は当時中学3年生で、文化祭の出し物でものまねをやりました。衣装も学生服の詰め襟を中に入れ込んでタキシードにし、顔を黒く塗るだけで簡単だからです。 諸事情でシャネルズは名前をラッツ&スターに改め、「め組のひと」が大ヒットするも、デビュー6年目の昭和61年に活動休止し、その10年後に1年だけ再活動しますが田代さんのこともあって出来ない状態になっています。 ボーカルメンバーでもあり、鈴木さんの同級生でもある佐藤義雄さんは活動休止後音楽プロデューサーとなり、早稲田大学のアカペラサークルの一員だったゴスペラーズをデビューさせ、ゴスペラッツとしてもコラボしています。 ゴスペラッツの活動当時田代さんは服役して、刑務所では民放の番組が見れないのでその事実さえ知らなかったと言います。 タレント転向後は桑野信義さんと共に志村けんさんの番組には欠かせない存在となりました。タレント田代まさしを見いだしたのは志村さんのおかげとも言われています。 薬物依存が原因で田代さんは鈴木さんと志村さんを裏切ってしまいました。 今年はピエール瀧さんの逮捕と吉本興業のタレントの闇営業が問題になっています。 芸能人と反体制力との問題もあります。 今の田代さんには是非とも子供たちに薬物の恐ろしさをきちんと話して欲しい。 最後にもう一度ラッツ&スターも復活して欲しいです。 |

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