07年春通信

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全16ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

今日は広島のおっさん主催の似顔絵コンテストに訂正した桑田さんの似顔絵を早起きして描き、スキャナーに取り込んでメール添付して送りました。

その後でおむつ体験の感想を書くためにヘルパー講座の授業でもらった紙おむつと昨日岐阜大学の近くにある介護用品のお店でもらったおむつを着けて感想をノートに書きました。

下着を脱いでおむつを付けて思ったことはおむつをつけてというのは人間として否定されるということと、おむつをつけることによって赤ん坊と同じ扱いになるのではと言う屈辱感でした。

今から17年前の平成2年7月に盲腸の手術をした時に麻酔が切れてからおしっこが出なくなるトラブルが起きました。とてもトイレに行けない状態で、尿瓶を出しても出ないのです。看護師さんを呼んで尿管にカテーテル(管)を入れて出す形になりました。私はパニ食っているのに母が怒ってしまったのであれは気分が悪かったです。(この話をすると母は「悪かった」と言っています)それも真夜中だったのであれは地獄でした。

人間として一番つらいのはトイレがいけないことです。そして自分でご飯を食べること、服を着替えること字を書いたり絵を描いたりすること、車を運転すること、体を動かすことそれが出来ないというのは人生がおしまいと言う烙印を押されたような感じがします。

今日のおむつ体験を通して言いたいのは人間と言うのはいずれは弱者になると言うことと、弱い立場の人にはやさしくするということです。

中学3年生のとき、担任の先生が厳しい人で、生徒の知能指数にまで文句を言いました。異常なまでの厳しい指導が生徒との間に溝が出来てしまいました。担任は昭和一桁世代で、厳しい家庭に育った人でした。こういう人はヘルパーさんにも厳しいのではと思います。でも、厳しい人でも受け入れなければいけないのです。

前のだんなの妹がひねくれ者でぶつかった経験もそうでした。私に欠けていたのは相手を受け入れるということでした。

今回のおむつ経験を通して人が否定されない生き方についてまじめに考えたいと思います。

そして、このブログはレポートを書く上の参考資料とさせていただきます。

今日は母に頼まれて家の近所におある畑に車を走らせて家庭菜園で育てた多量の玉ねぎを車で運ぶことになった。最初は午後からだったけど、天気が悪くなるというのであわてて家を出た。

しばらくスーパーで玉ねぎを買わなくてもいいくらい玉ねぎがあったけど、車が玉ねぎくさくなりました。(勘弁して!!)

父の勧めで渡辺淳一氏の「鈍感力」を買ったんだけど、まだ半分しか呼んでません。念のためにアマゾンのレビューを見たら評価がムチャクチャ低いし。

おむつ体験のレポートですが、岐阜大学の近くにある介護用品店に行き、おそるおそるお店の人に「授業で使いたいんですけど、紙おむつの試供品はありますか?」と聞いたら「好きなのを選んでください」と言われた。体験上パンツタイプじゃなくて、普通のおむつをもらいました。本当にありがとうございました。

下着の上とは言えども付けてみたらごわごわしていて、盲腸の手術時におしっこが出なくなるトラブルでカテーテルを入れて痛い思いをしたのでオムツを付けるということは人格を否定された気分だと重いました。

9時から「なんでも鑑定団」で昨年「タカシマヤが悪い!」と逆ギレした大橋巨泉さんの大風呂敷があるのでみないと。

最後に・広島のおっさんへ。桑田さんの似顔絵また描き直して送ります。

昨日の話の続きですが、例の紙おむつはクローゼットにしまいました。ドラックストアでLサイズの試供品をもらおうと考えている。下着の下から付けたが、なんだか悲しくなった。

午前中に実習レポートをまとめていたんだけど、バイタルサインの確認で、自分の脈を探そうとしたけど、なかなか見つからず…。四苦八苦したシーツ交換も落ち着いてやれば上手にやれたことでした。

心配していた4回目のレポートですが、80点で合格でした。間違えたところが障害者でも介護保険料を払わなければいけないという決まりに驚きました。でも、先週の面接はダメでした。

父いわく、「萎縮するからうまくいかないのでは」と言われました。考えてみればそのとおりかもしれない。面接に行くと神経がぴりぴりするもん。

今日は坂井泉水さんの訃報と松岡農水相の自殺と言うショッキングなニュースが流れた日でした。坂井さんの訃報を聞いたとき「うそでしょ?」と思いました。「負けないで」はいい曲だったのに。

私は私になっていく

4回目のレポートもやっと出してレポートの復習をしていたらスクーリングで教えてもらったクリスティーン・ブライデン(ボーデン)さんという人の話を図書館で借りた本に解説していたのでその本を探しに市立図書館の分館に来ました。

彼女はオーストラリアの元官僚で、46歳だった95年にアルツハイマー病と診断され、病気で押さえながらこの病気と闘い、闘病記も執筆しました。当時彼女は3人の子供を抱えるシングルマザーでしたが、現在は理解あるご主人と再婚し幸せな毎日を送っています。

彼女の言葉にこういうものがあります。
スピードを見てちゃんと目を見て話しかけてほしい。
表情を見て何を言おうとしているのか考えてほしい
その人の要望にそって考えてほしい
すべてが失われても愛は最後に感じることが出来る
私が一番考えさせられたのは最後の言葉です。今日から始まった光市の母子殺人事件の差し戻し裁判の報道を見て感じたものは本村さんの奥さんと子供を殺した当時少年だった男に欠けていたのはこの言葉ではないかと言うことです。そして今の私に必要なのはこの言葉ではないかと。

離婚するとき私が恐れていたのがすべてを失うことでした。でも、それがあったから今の自分があると思います。

ヘルパーの勉強を始めた当初より今のほうが「食生活を気をつけないといけない」「水泳をやったり歩く回数を増やさないと」「ネットより本を読んだり字を書いたり絵を描いたりする」「弱者には優しくする」強く思う以上に「何故人は暴走してしまうのか」と思うようになりました。

10代のときに人間関係のエゴで傷ついた経験を引きずった私に取ってヘルパーの勉強は心の傷を癒すものだと思います。そういう経験をしたから人にやさしくなれるのではと。

最後に自分は犠牲者だといっても誰も分かってくれないし、助けてくれません。私も人を憎んだりしたけど、その人のための復讐で生きたって楽しくないです。

今度の日曜日はシーツ交換など体力を使うものが多いですが、毎日が予習復習です。

イメージ 1

今日は道路の温度計が33度をさす中面接に行きました。長袖のワンピースで行ったので汗だくでした。

面接より4回目のレポートの方が心配で、何とか今日の午前中に仕上げました。(面接の帰りに家の近所のコンビニのポストに投函)一番苦労したのが介護保険や障害者自立支援法等の法律関係で、父が会社経営をしていたのでそこのところを聞いたりと大変でした。

障害者自立支援法は結婚していた頃に旦那の弟が自閉症だったので支援費の話は良く出ていました。4回目のレポートが結構時間がかかりました。

3回目までは合格でしたが、4回目はどうなるか不安です。学科のレポートが終わってもスクーリングの感想文と実習のレポートもあります。その中でもおむつ体験もあります。(もらった紙おむつを実際当てます)


面接の帰りにカラフルタウンと図書館に行きましたが、図書館では父にばったり会った。

今日は母が夜勤のため夕食は葉はお手製の散らし寿司でした。

全16ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
spamomochan
spamomochan
女性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事