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昨日の午後からここ道東は猛吹雪。 だからと言うわけではありませんが、 今日は第二次大戦中に起こったある戦いについて書いてみたいと思います。 上の画像。「ハカリスティ」といいます。 一見、ナチスドイツの「ハーケンクロイツ」にも見えますが、由来は全然違って、 スウェーデンのローゼン(ルーセン)伯爵家に代々伝わる幸運のしるし。 このルーセン家のおかかえパイロットだったのがかのナチスドイツ空軍元帥、ヘルマン=ゲーリング。 ナチスの党章のデザインは彼がパクったのか? で、 それがなにかって? はい。 こちらは、1918年から1944年まで「フィンランド」で空軍機の国籍標識として使用されたマーク。 そうです。今日の「yangさんのひけらかし飛行機講座」は 北欧の小国、「フィンランド」のおはなし。 「フィンランド」というとみなさん何を思い浮かべますか? 「森と湖の国」、「ムーミン」、「ノキアのケータイ」、「北極圏」、「キシリトール」、「1000湖ラリー」 etc・・・ あと、最近まで「インターネット普及率世界一」なんてのもありました。 この「フィンランド」、小国ゆえ、さまざまに歴史に翻弄されてきました。 今回は私の得意分野、第二次大戦中にかぎって話をすすめます。 1939年冬、ドイツとの不可侵条約を結んでいたソヴィエト連邦(以下「ソ連」)は、大国にありがちなその領土的野心を満足させるべく、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)の目の上のたんこぶ、フィンランドに圧倒的な兵力をもって侵攻を開始した。(フィンランド側呼称「冬戦争」) 当時のフィンランドの人口は370万人(現在の静岡県とほぼ同じ)。対するソ連は1億7千万人。ソ連軍がこの「侵略」の為に用意した兵力は、 人員 約20個師団45万名 航空機 約3,200機(直接戦闘に加わらない機体を含む) 戦車 約2,000両 火砲 約2,000門 対して迎え撃つフィンランド側の兵力といえば、 人員 約40万人(うち現役の正規軍は10万人、残りは予備役を招集) 航空機 114機 戦車 20両 火砲 300門 (以上の数字は1939年11月末の開戦時のもの。) 文字通りケタが違う。一瞬にしてフィンランドは蹂躙されるだろうと思われた。 しかし、そうはならなかった。 ソ連軍は大規模とはいえ、「スターリンの大粛清」により有能な前線指揮官は戦争前に大部分が処刑され、いわば寄せ集め、烏合の衆。 対するフィンランドは、「戦時非常召集」とはいえ、国民の戦うことができる成人男女がほぼ全員、挙国一致でこの危難に立ち向かった。 当時のフィンランド空軍は、「少数精鋭」と言えば聞こえはイイが、実際の所は他国の2流以下の装備をわずかにそろえていた程度。なんとかソ連機と渡り合えそうなのはたった36機(!)のオランダ製「フォッカーD-21」のみ。 その機体には1917〜1918年の独立戦争時にスウェーデンから義勇兵として参加した前記のフォン・ルーセン伯爵の2機の「ツーリンD」なる珍機に描かれたマークにあやかった幸運の青い鉤十字、「ハカリスティ」が描かれていた。 貧乏な小国の軍隊は知恵をしぼる。 幸いフィンランドには大小6万を超える湖や沼がある。冬ならこれらがすっかり凍って滑走路として使える。フィンランド軍は正規軍によるゲリラ戦を展開、加えて、国民的スポーツとして「狩猟」や「射撃」を挙げるほどの狩猟民族としての血、そして連日の猛訓練の成果もあって、パイロットたちは揃いもそろって凄腕揃いであった。 上記の理由から練度の低かったわりには完全にフィンランド空軍を「田舎空軍」呼ばわりでナメてかかったソ連空軍に対し大損害を与えることになる。 フィンランド空軍が冬戦争の期間中に投入した航空機は、隣国スウェーデンやノルウェーからの援助などを含めて250機あまり。損害は74機だったのに対し、ソ連側は推定で2500機の実線機を投入し、撃墜されたものだけでも200機あまり、練度の低さからくる事故や、地上砲火、地上で破壊された機体も含めると、実に800機近くを失った。 数字で言えば、共に損失率は約32%。互角とも言えるかもしれないが、フィンランド側から見れば常に10対1の状況で戦った事になる訳で、これは「善戦」以上の何者でもないであろう。 結局、1940年3月、フィンランドはカレリヤ地方と北部のペッツァモをソ連に明け渡すことで休戦。領土は失ったが独立は守り通した。この事実は、フィンランド国民に対して誇りと自信を持たせ、同時に大国の理不尽さを思い知らせることになる・・・。 このあと、フィンランドは、もうひとつの軍事大国「ドイツ」との関係にも翻弄されつつ第二次世界大戦の大渦に巻き込まれてゆく。 小さな空軍の為か、はたまた生真面目な国民性に由来するのか、詳細な飛行、空線記録が残されていて個々の空戦や飛行中のエピソードには事欠かないです。詳細に追えるだけあって、私の文才ではここまでが 一日量の限界ですね・・・。 それにしても、他国では2線級の「どマイナー」な機体を寄せ集め、「もったいない」とばかりに大事に大事に扱い、また、その飛行機の性能を存分に引き出し、驚異的な撃墜戦果を上げるパイロットたちのなんと魅力的なことか。 フィンランドのトップエース、「エイノ・イルマリ・ユーティライネン」は撃墜機数94機を数えますが、その空戦中、敵機からの被弾は1発も無かった、と言われてます。 上のの画像は、その「ユーティライネン」の「継続戦争」(近日記事をアップ予定)時の乗機、「メッサーシュミットMe-109G-2,MT-222号機」 私が作ったプラモデルです。 テグスで吊り下げて、いい感じの空を背景に撮影、トリミングしたものです。 上はこの記事を書くにあたって参考にした書籍の数々。 最後に、当時(1939〜1944年まで)フィンランドで使用された戦闘機を列記します。 知ってる飛行機、ありますか? フォッカーD21(オランダ) ブリストル・ブルドッグ(イギリス) グロスター・グラジエーター(イギリス) ブリュースターB239「バッファロー」(アメリカ) フィアットG-50(イタリア) モラン・ソルニエMS-406(フランス) ホーカー・ハリケーン(イギリス) ポリカルポフI-16(ソ連、捕獲品)
〃 I-153( 同上 )
メッサーシュミットBf-109G-2,G-6(ドイツ、こちらはバリバリの新鋭機)etc・・・
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Yangの軍事博物館
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戦争は大嫌い。でもなぜか軍事的なモノに魅かれてしまう。
そんな矛盾に満ちたヲタクテイスト満載な記事をご覧下さい。
独断と偏見に満ちた戦争・軍事論です。
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先日、WEBでニュースをチェックしてたらこんな記事が。 「90式」の正式化からすでに18年、そろそろかな?とは思ってましたが、 (ウワサは聞いてましたケド。) まぁ、画像が公開されたところをみると、開発は順調なのでしょう。 「1輌7億」、すごいですね。 私が現役の頃の「74式」で、確か1億4千万。 「90式」で4億くらいだったかな? 教育隊時代には教官がたから「おまえらが一生かかっても弁償できないモノなんだから大切に扱え!」 と、耳にタコができるほど言われた事を思い出します。 採用されたらどういった呼称になるのかな? 西暦なら「10式」? それとも和暦から「22式」? まさかとは思うけど皇紀から「70式」?? ま、いずれにしても、 願わくはこの戦車が「活躍」することなく退役できますように。
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こちらの作品は、比較的最近(といっても5年ほど前)に作ったものです。 第二次大戦末期のドイツ空軍に配備された戦闘機です。 正式名称は Fockewulf Fw190D−9(フォッケウルフFw190D−9) 通称 Dora (ドーラ)あるいは Langenase Dora (ランゲナーゼ ドーラ「長鼻ドーラ」) などと呼ばれておりました。 この機体の事を詳細に語るとそれこそ本が10冊は書けそうなので、 かいつまんで解説します。 1941年春にドイツ空軍に正式採用されたFw190A型は、フォッケウルフ社の主任設計者、クルト・タンク教授には、高高度性能の面で不満があった。
Fw190A型に搭載された空冷のBMW801系列のエンジンでは、高度7000mを越えると急激に出力が落ちるという欠点があったのである。 すでにこの時期、アメリカで排気ガスタービン過吸機付エンジンが実用化され、航空戦は次第にその高度を上げはじめつつあった。 1942年の初め、クルト・タンク教授の設計チームはFw190B,C,Dの3設計案を計画、設計に着手。 従来の空冷BMW801Cエンジンを改良する計画のB型、液冷ダイムラーベンツDB603Aを搭載するC型の両計画は不調に終わったが、液冷のユンカース・ユモJumo213Aを搭載するD型は空軍当局の要求性能を満たし、1944年8月、ドイツ空軍技術局は量産の命令を発する。 こうして、ドイツ空軍パイロットから大戦末期の最優秀レシプロエンジン搭載戦闘機と認められたフォッケウルフFw190D−9は誕生した。 しかし、当時のドイツ空軍にはすでにベテランパイロットの消耗が激しく、速成による技量未熟なパイロットの操縦ではその高性能も充分に発揮できず、戦線への登場が遅かったこともあり、華々しい活躍はそれほど見られない。 それでも、数少ないベテランパイロットに操縦された「ドーラ」はやはり手ごわく、当時連合軍重爆撃機隊に随伴するようになった米空軍の「ノースアメリカンP−51マスタング」とも互角に渡り合える性能を有していた。 世界初のジェット戦闘機メッサーシュミットMe262の離着陸時の上空直掩や、(映画「頭上の敵機」「メンフィス・ベル」などにみられる)ドイツ本土上空防衛戦における連合軍重爆撃機編隊の迎撃など、重要な任務に欠かせぬ機体として重宝された。 と、こんな感じでしょうかね。 際限無いのでこの辺にしときます。 話の流れで飛行機好きがばれると「好きな飛行機は?」と聞かれます。 たいてい「フォッケウルフ!」と答えるんですが、 飛行機に詳しく無い方(大半ですが。)には 「あ〜、あの脂の乗った美味しいアレね!」 とか、 「居酒屋いったらぜったい頼むよね!」 とか、 ノリツッコミを秘かに要求されるような展開になってしまいます。 ちなみに、フォッケウルフとは、 創業者のハインリッヒ・フォッケ、ゲオルグ・ウルフの2人の名前から。 ロールス・ロイスなんかもそうですね。 実は今、もう1機制作中です。完成したらまたそのうちUPします。 まともに模型を作るのは約4年振りなのでどうなることやら・・・。 いちばん上の画像は「GIMP」という無料のフォトレタッチソフトを使用して作成しました。 このソフト、凄いです。もう「フォト●ョップ」とかいらないぐらい。 ちょっとクセはあるけど、騙されたと思って使ってみて下さい。 では最後に模型のデータを。
作品データ キット名:Fockewulf Fw190D−9 スケール:1/48 メーカー:タミヤ |
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という模型専門誌があります。 この雑誌に、著者の映画製作の合間を縫うようなカタチで 「超」不定期連載されている(平均すると3年に1話ぐらい(笑))マンガが 「宮崎駿の『雑想ノート』」
です。 ご存知「宮崎駿」氏の、「雑学」と「妄想」が混ざり合って生まれた、 独特の世界観と、映画のようなストーリーが魅力の作品です。 大日本絵画という出版社から単行本としても発売されています。 因みに、映画「紅の豚」の原作も、「雑想ノート」の1エピソードです。 こちらは「飛行艇時代」として独立して単行本化されています。 この「雑想ノート」、10年ほど前にラジオドラマ化されて、ニッポン放送で放送されていました。 のちにCD化され、私のコレクションに加わることになります。 こちらがその画像。上は全12枚の予約特典としてついてきた収納BOXに収まったトコロ。 下は全12枚のジャケット。 5巻目は「カテリーナ古楽合奏団」によるサウンドトラックです。(これもイイ!) さて、このCD、先日めでたく再販されました。 全12巻セットで¥20,000 おいそれと手の出る金額ではありませんが、機会がありましたらぜひ聴いて見て下さい。 オススメポイント 豪華な出演陣!驚きのエピソード!!
「知られざる巨人の末弟」・・・ヨーロッパの小国に配備された巨大な爆撃機をめぐる物語。 出演:佐野 史郎 「竜の甲鉄」・・・・・・・・・日清戦争で起こった「黄海の海戦」のエピソード。 出演:峰竜 太 「最貧前線」・・・・・・・・・太平洋戦争末期、海軍に徴用された漁船のお話。 出演:イッセー 尾形 「高射砲塔」・・・・・・・・・第二次大戦中のドイツ、対爆撃機用の高射砲塔が舞台の物語。 出演:大竹 しのぶ 「多砲塔の出番」・・・・・・・一時はアニメ映画化も検討された傑作フィクション。 出演:桃井 かおり 「甲鉄の意気地」・・・・・・・アメリカの南北戦争で起こった、世界初の装甲艦同士の一騎打ち。 出演:名古屋 章 「特設空母・安松丸物語」・・・太平洋戦争初頭、たった一隻でアフリカ沖に出撃した空母のお話。 出演:三木のり平 「ロンドン上空1918年」・・第一次世界大戦のロンドン夜間爆撃を題材にした物語。 出演:谷 啓 「Q−SHIP」・・・・・・・第一次大戦時のイギリス海軍対ドイツ海軍の命懸けの騙しあい。 出演:松尾 貴史 「農夫の眼」・・・・・・・・・原作はアンドレ・マルローの「希望」から。舞台はスペイン市民戦争。 出演:天本 英世 「ハンスの帰還」・・・・・・・第二次大戦末期のドイツ、戦車整備兵ハンスの決死の脱出行。 出演:西田 敏行 「九州上空の重轟炸機」・・・・日中戦争のさなか、実際に九州上空まで飛んだ中国軍爆撃機のお話。 出演:春風亭柳昇 すでに故人となられた方もおりますが、すごい顔ぶれでしょう? エピソード的には実話あり、フィクションありと色々ですが、 どのお話も、その時自分たちのおかれた立場の中で精一杯に生きようとする人々を 愛情とユーモアたっぷりに描いてます。 同時に、戦争の愚かさ、醜さもいやになるくらい伝わってきます。 今年も8月がやってきました。 平和に過ごせることに感謝しつつ たまには戦争の意味なんかも考えてみるきっかけにでもなればと・・・。
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