monoRose 2005

生きること。それは日々を告白してゆくことだろう。−尾崎豊

瀬戸の花嫁

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子どもの頃からの夢は、いい人になること。ここ数ヶ月みていた夢は、子どもだった頃の時代に戻ること。1970年代の日本。激しく移り変わる風景に目を凝らしていた。片方で、ゆったりとして柔らな時の感触をオボエテイル。時代に育くまれた自覚がある。だから育てのそれに会ってみたいと思うようになっていた。

瀬戸内の島々を巡る旅。瀬戸内国際芸術祭をきっかけに島々に設置されている美術作品を観ることが目的だ。

直島の家プロジェクト「南寺」では、闇の意味を探るかのように指を這わせながら壁伝いに進んでいく。留まれば自らに向き合うしかなく、果てのない問いが続いていく。すると、顔をあげたのかも、ずっとそうしていたのかもわからないまま仄かな光が目の中に浮かび上がっていたのを知る。答えはじっと待っていた。見つけられるのを。http://www.benesse-artsite.jp/arthouse/minamidera.html

路地を抜けると海が開いて、その向こうには別の島々が見渡せる。アプローチ(暗闇)を抜けて一気に場面転換(光明)する、安藤忠雄建築を重ねてみた。ここではコンクリートで覆われたアプローチの代わりに、季節の花がつたう背の低い塀が寄り添うようにその場所に導いてくれる。潮の香りも手引きのひとつ。手の力が及ばない圧倒的な美しさがその先に広がっている。穏やかな時間に包まれて、ここに自分が求めていたものがあると感じていた。

心臓の音に胸がつぶされるパラドックス。闇を震わせる鼓動。呼応して点滅する光。豊島の「心臓音のアーカイブ」。さながら巨大な生命体の内部から脱出すると、聴診器を使って今度は、鼓動をたどり自らの内に滑り込む。操作できない部品が自分の主であることが何故か心地いい。幼い頃から畏れ、がそばにあった。http://setouchi-artfest.jp/artwork/33_christian_boltanski/

最後に渡った犬島で、アートプロジェクト「精錬所」を観た。閉ざされた錆びた扉の前に立つと、その向こうに横たわる歴史に拒まれているかのようだった。直島に泊まり、豊島を一周し、この島々に自分の幼い影を重ね合わせた矢先に、犬島で強烈にヨソモノの自分を認められた。鉄格子の隙間に見える煉瓦造りの煙突が寡黙に佇む。アートプロジェクト、のフレーズとともに泡沫の憧憬が海風に舞った。http://www.benesse-artsite.jp/seirensho/index.html

扉を抜けると、朽ちた施設のカラミ煉瓦の屏が、柔らかく届いていた日差しに照り返し、鈍く光る。銅の精錬はわずか10年で操業を終え、大規模な工場施設は百年近く島に放置された。風雨にさらされ崩れ落ちる煙突の音が島に響き渡るのを想う。時の移ろいに痛みが伴う。痛みが重なって深く轟く。

旅の終わりは見事な時間でやってきて、見事に腹も満たされて、そして最後に、島に生きる人をみた。その人は島を愛していた。島のあちこちに池が点在する、まさに身を削りながら石の産出を続けた満身創痍の生まれた場所を。http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/61604337.html

只中にいる時にはわからない。島を巡るというよりは美術作品を巡る旅だった。家並みや自然、流れる時間の中にくさびのように存在する作品群。その違和感も含めて作品を味わい、自分の反応に夢中になっていた。しかし時間が経って作品が記憶から抜け落ちた跡に、島の輪郭が鮮やかに残されていた。

思い出は応えてくれない。静かになだめてくれるだけだ。おかげで穏やかになりながら悲しみがつたう。同じ場所には決して戻ってこれないんだと、島々は静かに手を振った。

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