特殊乗り物と近代妖怪

忘れてしまったあの日の世界へ

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そのUSOホント?

 UFOはアンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト(未確認飛行物体)。では「USO」となると何だろう? これは動物学者であるアイヴァン・T・サンダーソン(日本で言えば「UMA」という言葉の産みの親、実吉達郎さんあたりのスタンスに近い?)の造語であり、アンアイデンティファイド・サブマリン・オブジェクト(未確認潜水物体)の略である。読みはユー・エス・オーが正しいが、日本流に「ユーソー」と呼ぶのも乙かもしれない。
 幽霊船があれば幽霊飛行船もあるのと同じで、地球の表面上かなりの割合をしめる水面の向こうに、宇宙空間の向こうと同様、我々の知らない何者かが住んでいる…と考える人がいるのは自然である。これもまた最近はあまり聞かれないが、なかなかにぶったまげた話の目撃談が存在するのである。
 例えばこんな例がある(これでも一例にすぎない)。

・1845年6月18日、英国船ビクトリア号がシシリー島沖で満月の5倍に見える物体が3個海面から飛び出してくるのを目撃。同船より半マイル離れた上空を飛びまわったあげく姿を消してしまった。
・1879年5月15日、ペルシャ湾で英国船ヴァルチャー号のプリングル船長は、数個の明るく輝く物体が同船の真下を通って海中で行動するのを目撃。西の海面で車輪状の物体が回転しているのを目撃し、その後同様の物を東の海面でも目撃した。現場には油状の浮遊物が残っていた(賢明なる読者諸君はこれが以前記したカハホタルの例に類似する事を見出すだろう)。
・1880年、ペルシャ湾を航行中の英国印度会社のパトナ号は海面下で車輪状の物体が二つ回転しているのを発見。付近の海上には燐光性の物体が漂っていた。
・1882年、南太平洋を航行中の英国蒸気船ソールスベリー号の船員が海面に浮かぶ約800フィート(デカい!240mだぜ!)の巨大な物体を目撃。船長が近くに寄ろうとすると、その物体はゴトゴト機械の音を立ててゆっくり沈んでいった。
・1885年2月24日、北大西洋上でイナーウィッチ号の乗組員が赤く輝く物体を目撃、水柱をあげて潜っていった。
・1887年11月24日、カナダのニューファンドランド島のレース岬の近くで英国商船シベリアン号のムーア船長が海面から上がってくる「火の玉」を目撃。高さ15mくらいの所で風に逆らって近づいてきたかと思うと消えてしまった。
・1909年7月3日、デンマーク船の船長がシナ海で真昼間に車輪状の物体が海中で回転し、海面上に浮かび上がってくるのを目撃。
・1920年代、スカンジナビア半島で「幽霊潜水艦」目撃が多発。ドイツ軍の仕業ではないかと言われた。
・1946年7月19日、オスロ北96Kmのミエーサ湖に長さ2mで1mほどのずんぐりした翼をつけた物体が飛びこんでいくのを地元の一家が目撃。
・1954年10月29日、神戸港和田岬沖でアナゴ釣りをしていた運転手の潤井さんが神戸上空に三日月型の飛行物体が飛ぶのを目撃。海面に向かっていくうちに丸くなり、火の玉のようになって海中に突入した。
・1955年9月16日、ニューヨーク州にあるチチカス貯水池でボード夫妻がピンク色に輝く物体が水面から空中に上がってまた水面に消えるのを目撃。夫妻はその後黒っぽい物体が出てくるのも目撃。こちらは底部から2筋の白い光を出し、上部には淡黄色の光が回転していた。
・1959年6月頃、アルゼンチンのブエノスアイレスの港に垂直尾翼のようなもののある魚型潜水艦が現れた。海軍は潜水夫を潜らせて調査したが正体は判らなかった。
・1959年12月、ローレンツ・ジョンソンは白く光る葉巻状の物体を目撃。2個の細長い物体をナムセン・フィヨルドに落す。音波探知機により深さ90mの所に長さ6m、高さ2.1mの物体が発見され、海底に2本の車輪の跡があるのが確認される。
・1961年4月、アメリカ、ロード・アイランドのニューポートで作業をしていたジョン・ギャラガーが波間に漂う赤い玉のような物体を発見。その後海面から18mほどの高さまで浮上し、時速160kmぐらいの速さで沖に向かって飛び去った。
・1962年8月1日、地中海、フランス人の漁師が長い金属製の物体が浮かんでいるのを目撃。潜水夫らしき10人あまりが作業していたが声をかけると一人は右手をあげて答えた。潜水夫達が中に入ると物体は波より高い空中に浮かび上がって静止、その後ライトをつけて回転しながら空に舞いあがって消えてしまった。
・1963年、北大西洋で演習を行っていたアメリカの航空母艦ワスプと12隻の軍艦が、時速280km(通常の潜水艦の3倍!)で進み、深海8200mまで潜る物体を記録。
・1964年4月13日、ロンドンでトッテンハム行きのバスを運転していたボブ・ウォールは葉巻を銀紙で包んだような物体がコンクリートの土手をえぐり、電話線を切断してリー川に飛びこむのを目撃。
・1965年3月、カナダのセントローレンス川面の海岸から320km離れた所に「潜水艦」がいるのを、ケベックエアのクロード・ローリン機長が副機長とともに目撃。
・1967年4月、デンマークのコペンハーゲン北東80kmのシェラン島に近いカテガット海峡に物体が落下するのを少年二人が目撃。「石炭と石灰の未知の化合物」が引き上げられる。
・1967年7月30日、アルゼンチンの商船ナビエロ号のモントヤ航海士とアンダルサ船長が、全長32〜34mぐらいの葉巻のような奇妙な船が15m先を進んでいるのを目撃、強い光を放ちながらいきなり商船の方に向かって下にもぐり海底の方に消えてしまった。
・1967年夏、カナダのニューブラウンズウィック州のセント・ジョン市から32km離れた湖でカブスカウトの子供達が、赤、オレンジ、緑、青の光を出しながら降りてきた円盤が、湖面に触れるとジュジュジュという音を立てて沈んでしまうのを目撃。
・1970年7月、スペイン領の地中海の海底でダイバーが長さ7m、直径3mのリベットも開ける所も無い円筒を発見。翌朝には消えていた。
・1972(あるいは1973)年11月12日、ノルウェーのバンスクネに近いフィヨルドで漁師が水中に突起物を見つけたのをきっかけに、連絡船や軍艦のトロントハイム号のソナーに「金属質の物体」がキャッチされ、23日には浮上した怪物体や水中から飛び出す6個の「ロケット」の目撃。全面的な追跡にも関わらずノルウェー政府は27日に「怪潜水艦に逃げられた」と発表。
・1976年4月30日、スウェーデン中央部のシルヤ湖で黒灰色の物体が、厚さ20cmはある氷を長さ800mに及び幅3〜3.6mに渡って切り裂いていくのが目撃される。
・1979年3月27日、マサチューセッツ州オーク・ブラッフへ車を走らせていたグラマン青年は海上に長さ9mほどの物体が浮かんでいるのを目撃。静かに上空に上がっていったがその間中首から下が動かなくなり、カレンダー付きの時計が3日先に進んでしまった。
・1980年7月26日、ブラジルのナタール市沖95Kmの海上でタグボートの一等航海士が直径10mほどの物体が海面に浮かんでいるのを目撃。その後上空から楕円形の発光体が近づき、海面に浮かぶ物体に向かって降りると二つの物体は合体、その後上空でホバリングしたあと沖のほうに姿を消した。
・1980年11月、ブラジルのアラグアリ川でフェリーを待っていた70人以上の人が、川の中から直径5mぐらいの物体が空中に飛びあがり、上空200mぐらいでホバリングして海の方に去るのを目撃。
・1981年、カナダのカムループス近くのトンプソン川から飛行物体が飛び立つのを二人が目撃。雪解けで冷たいはずの水が生ぬるくなっていた。
・1981年5月16日、カナダのブリティッシュ・コロンビア州で釣りをしていた人物がフライパンに水を注いだような音を聞いたかと思うと、100mほど岸からはなれた水面にぶくぶく泡を立てた奇妙な乗り物が現れた。ブーンという音を立てて目撃者の頭上を飛び去り、食べカスのようなものを落していった。

 都市伝説風あり「流星だろう」ありで、この辺でおなか一杯という感じだが、今回のメインの舞台は1950年7月2日。カナダはオンタリオ州のスティーブ・ロック地方。同地で発行されている製鉄会社の機関誌「スティーブ・ロック・エコー」の同年9・10月合併号の記事にこんな話がある。
 この日夫婦で釣りに出掛けていた目撃者は崖にかこまれた所で軽い夕食を取り、さあ帰ろうかという所で空気が大きく振動する感じを受ける。鉱山の爆発作業か何事かと崖を登ってみると、湖の上、4分の1マイルほど離れた所にコーヒーの受け皿を向かい合わせにしたような銀色の物体が浮かんでいた。周囲には1.2mぐらいの間隔をあけて丸窓が並んでいる。驚いて崖を降りた彼は妻を連れてまた崖を登る。
 今度はなんと上部にハッチが開いて、小さい人物が作業している。そして一本のアンテナ(桶のタガに柄がついたものとの表現)が立って回転している。それが二人のいる方向を向いた時、なぜか止まり、人物達も動きを止めてしまう。「やべ、見つかった」と思った目撃者。しかしそれは湖岸に来ていた一頭のシカに反応したものらしかった。シカが立ち去ると「なんだシカか」という感じで(この辺の感覚もちょっとおかしいが)アンテナの回転は始まり、人物達は作業を再開した。
 アンテナの下あたりに操縦室があるらしく、赤い帽子を被った人物が突っ立って指示し、青い帽子を被った人物が動いていた。身長は3フィート6インチから4フィートぐらい。金属製の光る物を身につけ、のっぺらぼうのようだったという。そして低くなっている端を歩く時も不自由はないようで、ひざの関節は後にも曲がるようであり、まっすぐ歩いてそのまま戻るという動きをする者もいたという。いわゆる「ムーンウォーク」ってヤツだろうか。
 やがて水面に突っ込んでいた緑色のホースを一人が引き上げ、ビーンという振動音がすると円盤は水面上8フィートぐらいの高さに浮き、下には赤と青と金色のカクテル光線が写っていた。円盤の厚みは15フィート、周辺部では12フィート前後であるのが判った。その時円盤は45°の角度に傾いたかと思うと疾風のように彼方の空に消えてしまった。その後水面にボートを漕ぎ出し、円盤と同じ幅があった木の間の間隔を測ると、48フィートほどだと判った。
 その後目撃者は友人と「円盤」の探索を続け、この日から3週間ほど後に着水している様子を湖面上のボートから発見する。今度はカメラがある。これを撮ろうと思うのだが大波の上に手がかじかんでうまく扱えない。そのうち「円盤」の方ではボートの二人に気付いたのか、人物達はぴょんぴょんと中に入ってしまい、桶のタガのような回転するアンテナもたちまち引きこまれ、緑色のホースを引き上げた人物が中に入らないうちに飛び立ってしまった(心配だな)。
 その後このボートのエンジンがかからず大変な思いをしたそうだが、別の漁師はソウビル湾に流れ星のような物が落下し、緑色の蛍光を発する物体が漂っているのとその付近で魚が釣れなくなった事を言っており、また別の漁師も流れ星の落下と滓状の浮遊物と魚の死骸を発見したという。また、飛行物体についてはスティーブ・ロック鉱山で働いていた人達やアティトカン市の人々も目撃しているし、フォート・ウィリアムズからポート・アーサーにかけての140マイルにも及ぶ地域で報告があり、カナダ国有鉄道の電信技師も連携して「追跡」を行ったという。
 高梨純一氏も言うように何らかの現象は起こったのだろうが、今の「UFO話」と比較するとなんとも「現代の御伽噺」っぽいお話ではあると思う。

参考資料
空飛ぶ円盤の跳梁 高梨純一著 高文社
超常現象の謎に挑む コリン・ウィルソン監修 教育社
謎のUFO怪事件 南山宏著 廣済堂文庫

 空飛ぶ円盤の誕生日が1947年6月24日であり、民間人で自家用機を操縦していたケネス・アーノルドの目撃した、ブーメランに似た物体の飛び方が「水面に投げた受け皿のよう」だった事から広まったのは有名な話である。さて、この「円盤」、生まれた頃にはどんな話が他に語られたのだろうか。
 今回のサンプルはJ・アレン・ハイネック著で抄訳版が二見書房から出ていた「ハイネック博士の未知との遭遇レポート」(絶版)からである。これもまたなかなか面白い事例を載せているので折々紹介したい。

 1947年8月15日(対日戦終結の2年後だね)付けのアイダホ州ツイン・フォールズのタイムズ・ニューズの記事から、プロジェクト・サインが収集した記事である。目撃者はスネーク・リバー渓谷のオーガー・フォールズで仕事をしていたA・C・ユーリー。彼は午後1時頃見ているのだが、同じ日の午前9時半ごろ、ツイン・フォールズ郡行政委員会委員で元フィラー郡保安官のL・W・ホーキンズもサモンダム近くで2個の丸い物体が高高度で飛んでいるのを目撃している。

 ユーリーの話はこうだ。
「8月13日の午後1時、空飛ぶ円盤がスネーク・リバー渓谷を75フィートの高度で飛び、トラウト・ファームのそばを通って行くのを見たんです。そいつは、時速千マイルぐらいの速さだったと思います。このとき、息子達がボートで渓谷の北側から川を渡っていたんですが、川のほうへ降りていった所、約3百フィート先で、ほとんど同じ高さの所を飛ぶ円盤の側面が見えたんです。息子達二人は私より下にいて、約45度の角度で見ていましたから、円盤の底と側面を目撃しています。色は淡い空色の単一色で上部の側面にでは筒状のものが赤く燃えるように輝いていました。とくにあの地点は、渓谷の底がでこぼこなのに、まるで人間業ではないようなたくみなコントロールと速いスピードで飛んでいるのです。私の考えでは、操縦は自動操縦で、原子力エネルギーを動力に使っているに違いないと思います。飛び去る時は、ごくわずかにヒューという音がしました。大きさは、長さ20フィート、高さと幅が約10フィートで、楕円形でした。パイの皿をひっくりかえしたような、つばの広い麦藁帽子を両側から押しつぶしたようなかっこうでした」
 ホーキンズ氏の方は、
「ええ、確かに見ましたよ。正直に言って、自分の両目で見るまではずっと疑ってかかっていたんですが、何者だか判りませんが空中に何かがいた事はたしかですよ」
 とためらいがちであり、サモンダムでモーターの唸り声に似た音がしたので、ひょいと見上げると、太陽の光を反射してピカピカに輝く2個の円形の物体が目に入ったのだそうだ。どの飛行機よりも速く、ものすごいスピードで飛んでいたとの事であるが、「空中に何かがいた」以上の事を話したがらなかったという。

 この証言から時代性が見えてくる。「原子力エネルギー」という今から考えればなんとも中途半端で(おっさん、んなことわかるんかいという突っ込みもしたくなるが)、少なくとも太陽系外から飛来するにしては十分ではない動力(ごていねいにもこの本のスケッチに有る円盤は筒からの噴射推進で飛行している)、自動操縦ならば人間技を超える事もできるというあたりから推察できるのだが、この当時、「空飛ぶ円盤」は何者か…ナチスの残党、ソ連からの侵入者、空軍や海軍の特殊プロジェクト…等、地球にいる存在の作った秘密兵器という説が根強かったのである。いわゆるETH、UFO=異星人の宇宙船説は1949年末頃にドナルド・キーホーらによって出された事から流行したものである。
 逆に言えば時代がもう少しあとであれば、このような目撃になっていたかどうかは判らないのだ。UFOはたいていその時代に合わせた姿で出現している。
 一方でホーキンズ氏のような、ある程度地位についている人間がこの話題を話すのをためらい(新聞記者の考える「判らないなにか」以上の事というと、おそらくユーリーの言っているような正体についての推察だろう)、「円盤目撃者」と同じ扱いをされたくないと思っていたという風潮も確かにあったようである。今でも地位に有る人が精神異常扱い(あるいは公衆の面前で笑い者に)されるのを恐れ、アヤシイ体験(神話や怪談あるいは都市伝説に類似例のあるような体験)をした場合にそれを詳しく話したがらないという風潮はある。ケネス・アーノルドは町の実業家で名士だった事から体験は信用され、「空飛ぶ円盤」という言葉が定着したのであろうが、同時に「円盤目撃者」という事で世間から冷ややかな目で見られるようになったのかもしれない。

 UFO本を読む時には「結局の正体」だけに執着するのではなく、こういった事も考えると楽しめるものではないかと思う。

異星からの遊覧船?

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 1976年7月のある朝、8時半、ナイアガラの滝に近いオンタリオ湖に来ていたフリーのカメラマン、バリー・ディグレゴリオはその鏡のような湖面を横切る謎の物体を発見、思わず声をあげた(かどうかはわからない)。

「表面がきわめて滑らかな、円筒形の物体でした。銀かクロム製の感じを受けました。側面にはずらっと窓が並んでいました。海上航行用の船舶なら標識や旗があるはずです。ところが何も見当たらないので非常にびっくりしました」

 沿岸警備局を訪れ、ホバークラフトや水中翼船の製造会社をあたり、ジェーン年鑑も念入りに調べたが、この物体に該当するものは見つける事ができなかった。
 テンプル大学のマイケル・ネギン教授によるコンピュータ解析では、この物体は水面よりほんのわずかに浮かんでおり、右から左へ移動している事が確認されたという。

参考資料:「UFOと宇宙」1981年11月号

 実はこの写真について、懐疑派の方の意見を聞いたのですが、ある人はコンテナ船ではないか、またある人は橋が蜃気楼によって変化したのではないかという事で、いまだ結論はでておりません。

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 1964年9月4日、カリフォルニア州プラサー郡シスコ・グローブに身長120cmぐらいの「宇宙帽」(この感覚がいいね)を被った人物二人と、身長150cmぐらいのロボット(図を参照…宇宙人ならもう少し予算かけろよ…)が現れ、弓矢で狩猟に来ていて、その前に現れた黒いドーム型の飛行物体(ライト付き)に驚いて(クマだと思ったらしい)木に登っていたドナルド・S氏(本によってドナルド・スマイズだったりドナルド・シュラムだったり)を追い詰めた。
 ロボットは口から煙を出した。どうやら毒ガスだったらしい。危うしドナルド! しかしこの人物、木に登れなかったのだ。ロボットの方は浮遊して近づいてくる。ドナルドは弓矢で応戦、これはロボットに命中。火花が出た…ひっくり返ったのだが起き上がり(無敵だ!)押し留めただけだった。ドナルドは着ている服に火をつけて人物達に攻撃。あわてて木の下から逃げる謎の人物達。しかしもう一体のロボットが現れて近づく、もう一体とドナルドの登っている木をはさんで向かい合い、その胸から胸に激しい放電が起こった(味方を攻撃してどうする…)、そして口からは先ほどよりも強力な黄色いガスが…ドナルドは気を失ってしまい、気付いたのは朝だった。ロボットも人物もそこにはいなかったという。

 この話には後日談がある。マクラレン空軍基地のマクラウド大尉とR・バーンズ軍曹がこの人物とロボットについての調査結果を報告したのであるが、それによると「日本人の集団が暴れていただけ」との事である…っておーい! まあ否定派にもトンデモな事を言わせるのがUFOの特徴ではあるな。あと一つだけ言っておくが、この当時、「丸出だめ夫」等の特撮番組のロケがカリフォルニアで行われた事実は存在しない。

参考資料:
謎のUFO怪事件 南山宏著 廣済堂文庫
エイリアン・ベース ティモシー・グッド著 斉藤隆央訳 人類文化社
宇宙人大図鑑 中村省三著 グリーンアロー出版社

UFOきのこ事件

 今年は暖冬の影響で鍋料理の材料があまり売れなくて困っているとの話。その鍋料理で主役はなかなか張れないものの名脇役と言っていいのがキノコ。「キノコのこのこ元気の子」などともいいますし、マタンゴなど映画でもなかなかの活躍をしている(っていうのか?)訳ですが、そのキノコが関連しているUFO事件もあります。
 1972年1月28日、フロリダ州セントジョーンズ川河口のブラント島で夜釣りを楽しんでいたノーマン・チャステインさんに、オレンジ色と青の光が近づきます。直径20数m、本体の厚みが2mで、その上に高さ2mのドームを付け、まばゆいライトをたくさん付けたUFOを目撃したんですね。まともといえばまともなサイズ、そして70年代ともなるとなかなか豪華になってくるものですね。実はチャステインさんのボートも回転灯やら赤と緑の点滅灯やら白いハイライトで飾り付け、まるで長距離トラックみたいな状態だったらしいんです。
 で、チャステインさん、「あれは地球のものではない」と感じたらしいんですが、この辺の感覚もいかにも70年代風ではありますね。そして中から現れたらしい、身長1m半、腕は小さく、大きな頭に尖った耳、とがったアゴ、少し開き加減の口、飛び出し気味の目、銀色に光る服というこれまた70年代っぽい「宇宙人」さんから左手に持った直径10センチばかりの装置で「体のシビレる光線」による攻撃を受けます。同時に悪臭も放たれたとの事。
 その後、2月に入ってジャクソンビルの自宅の庭でまた異臭を感じ、見てみるとなんと「宇宙人のアタマ」が生えて来ていたとの事。どうもボートにたまった水を撒いた所だったらしいんですが。チャステインさんはとにかく新聞社に持っていく事を決意、一番大きい「宇宙人のアタマ」を車に乗せて、道中これがどこかにぶつかって「傷口から血を流したり」するという事も経験しながらジャクソンビル・ジャーナル編集部に到着。編集者達は吐き気をもよおしたり…しかしこれが翌日にはピンクのスポンジの塊のようになってしまったとの事。

 アメリカのキノコ学者ルイス・クリーガー博士はこれをスッポンダケというキノコの一種と説明しているようですが、それにしても宇宙人がキノコに結びつくというのはなかなか面白いです。SFの世界だったら胞子で増える宇宙菌類とでもなるのでしょうか? だれかこの「ニョキニョキ生える宇宙人のアタマ」をイラストにしてくれないかなあ?


参考資料「謎のUFO怪事件」南山宏 廣済堂文庫


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