特殊乗り物と近代妖怪

忘れてしまったあの日の世界へ

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富山のスロープカー

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 富山市の売薬資料館近くのお寺に、この乗り物はある。嘉穂製作所のスロープカーだが、会社のウェブページに載っていないので、その存在はあまり知られていないかもしれない。
 特に観光社寺という訳でもなく、檀家の方の便宜を図っているのだろう。ちなみに係員などはおらず、エレベータ感覚で利用できるのがありがたい。短距離だが途中駅(?)もあるし、上のほうが急になっており面白い線形ではないかと思った。

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 岡山というのはなかなかUFO好きには捨ててはおけない土地なのかもしれない。例えば度々「空飛ぶ円盤」を目撃、その搭乗者と接触した安井清隆さんという人がいる。1949年に最初に目撃した時は「戦争中の日本軍の秘密兵器」と思ったそうである。接触した宇宙人の星の花は直径3〜5m、リスに似た生物は羊ぐらいの大きさだったという。そして歯医者のある漏斗のような器具で用を足していたそうだ。そういえばなかなか「宇宙人のトイレ」について、宇宙人との接触者は語らないので貴重な話ではなかろうか。
 そして四国への玄関口である宇野では、「宇宙人の首を交換した」というトラック運転手の接触事件が起こっている。直径8mの金属板のようなUFOが、まるで小鳥が木に止まるように着陸し、何時の間にか現れた女性のようでロボットのような「宇宙人」に、「地球に来てから調子が悪いので頭を交換してください」と言われたそうだ。スペアの首はその宇宙人の服のボタンを外すと納まっていたとのことだ。これもまた奇妙な話である。もし私が今まで聞いた話で、これに一番近いものを挙げるとすれば「それゆけ!アンパンマン」だろう。
 mixiという所に参加しているのだが、その中で聞いた話で「岡山に来たUFO」という本に出ている事なのだそうだが、「岡山在住のある男性が金星人に巨大なリスを柔らかく煮た物を食わされた」という話があるそうだ。先の安井さん(実は金星に連れて行かれたと言う)の事例とも関連がありそうである。
 さらにもう一つ「岡山県営グラウンドに自動車型UFOが現れ、女学生が後をつけられるという事件が発生。UFOにナンバープレートが付いていたのもはっきり確認できた」という話もあるそうだ。いや、自動車なんじゃないか? との可能性もかなり高いのだが、いかにUFOが盛りあがったかが反映されているエピソードにも思えて興味深い。
 また、何かの本には「岡山市内の電話ボックスに、頭が猫のような人がいた」という話も載っていた。確か普通にスーツを着ていたような話だった。とすればどこで買ったんだろう。売ったほうも売った方だ。
 岡山を探ればまだ奇妙な話は出てくるかもしれない。何しろ上流から大きな桃が流れてくる所でもあるのだから。

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流れ行く星

 1948年7月24日午前2時45分(アメリカ中央部時間)、テキサス州ヒューストンからマサチューセッツ州ボストンに向かっていたイースタン航空のDC-3型機は、信じがたい速度で輝きを増しながら近づく葉巻型の物体に遭遇する。世に言う「チャイルズ=ウィテッド事件」、又の名を「イースタン航空機事件」である。
 その胴体には2列の窓のような物が並んでいるように見え、写真を撮るときに使うマグネシウムのようなまぶしい光を発していた。その底の部分は暗青色に輝き、尾部にはオレンジ色の炎を15メートルほども吹き出していた。機長のチャイルズは「レーダーのついた明るい操縦席」や「後部にあるノズル」を目撃している。
 とても地球上にある飛行物体とは思えない。しかし現在良く言われる「UFO」ともまた違った姿をしている。これに似ているものをもし挙げるとすれば、昔の(つまりこの事件の当時の)SF小説に出てきた惑星間航行ロケットそのものである。キース・トンプソン著「UFO事件の半世紀 ロズウェルからMIBまで」によるとウィテッド副操縦士はこの物体を、漫画のフラッシュ・ゴードンに出てくるロケットに似ていると思ったという。

 この事件で目撃されたものは現在ほぼ「隕石ではないか」という事になっている。隕石(流星)の尾が脈状あるいは繊維状に見えることはあり、これを「窓」と間違えたのではないか。底部が青く光っていたのは灼熱光、尾部はガスの炎ではないか…と。さらにこの時期、流星が多く目撃される時期でもあったという。

 な〜んだ…とは私は思わない。その時代、時代に合わせた「訳の判らない飛行物体」は現れるものだという重要なサンプルの一例だと思う。「正体が隕石(流星)だった」事ももちろん重要だが、「それがSFに出てくるロケットに見えた」事もまたUFO文化を知る上で重要なのだ。

 甲子夜話、巻四十(平凡社の東洋文庫版だと3冊目)に癸未(文政6 1823年)の10月8日夜戌の刻に現れた「飛び物」の話がある。
 松浦氏の知り合いの林氏の話で、西天から北に向かって大砲のような音がするので戸を開けてみると、北天に余響が轟いていた。通行人よるとその時大きな「光り物」を見たそうだ。数日後の話では、その時、早稲田に住む御家人の家の玄関に石が落ちて屋根を割り、破片が飛び散ったのだという。
 7,8年前にも同じように音がして「飛び物」が来た事があったが、その時は昼間の事で、八王子の農家の畑に大きな石が埋まった。焼け石のようで、人々は打ち砕いてもてあそんだ。見た人によるとその時の物と今回の石は同じ材質だったという。松浦氏は、星が落ちて石になったという話が昔からあるが、こういう事を言うのかと思ったそうだ。
 この7,8年前の「飛び物」は松浦氏の家の人も見ているというが、その大きさは4尺(120センチ)に過ぎず、「赤きがごとく、黒きがごとく、雲のごとく、火焔のごとく、鳴動回転して中天を迅飛す。疾光のあと火光のごとく、且つ余響を曳く事二三丈に及べり」という物体で、東北から西に向かった。見た人は怖れて家に入り、戸を塞いでしまったのでその後はどうなったか判らなかったのだという。

 やはりこれも隕石、流星の目撃事件だろう。石が空から落ちてくるなんて、思いもしなかった時代なのだから。しかしその時は正体が判らなくとも、しっかりと状況を記録しておく事で、後の時代の調査に役立つという例と言えるんじゃないだろうか。
 松浦氏は巻六十の文章で、この「飛び物」と「日本紀」の中に書かれた「乱の予兆」であるという「天狗」(昔の人は大流星を天駆ける狗と考えたらしい)との共通点を見出し、天変は昔からあるものだが、今回は悪い知らせでは無かった。とにかくありがたい事だ。と結んでいる。

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 去年の年末の「コミックマーケット」にいらっしゃった方、ありがとうございます。来られなかった方でUFO本に興味ある方、そろそろ下記より通販が始まるはずですのでお問い合わせ下さい。

http://sp-file.qee.jp/

 いやぁ、当日売り子に座っていましたら、色々なお客さんが来られるんです。非常に興味深い事でして、目撃談を載せて欲しいとか、年末の韮澤さんの番組のファンだとか(今回韮澤さんをガチで取材に行ってます)、貴重なご意見を伺いました。
 でも私がこういうブログをやっているのをご存じないのか、どちらかというとUFO否定派の方なのかな? あまりUFOってものが面白いものではないと思っておられるような方が来られまして、どうやら私にUFOがありふれていると言いたかったようなのです。そういうのを東洋では「ブッダに教えを説く」っていう気がしますが。バリエーションとか時代性が見えてなおかつ共通点があるからこそ面白いと思いますがね、飛び物は。んで、「斎明天皇の頃に駕籠が空を飛んで現れた話があるんですよ」なんて言い出すんですね。はい、この方、日本書紀の記述と井原西鶴の「諸国ばなし」をごっちゃにしておられます。学校の勉強はできなくとも、せめてUFOはしっかり勉強してほしいものですね。だいたい斎明天皇の頃に「駕籠」は無い、あるとすれば「輿」だと思いますが。趣味の事が覚えられない人間は、だいたい勉強や仕事はもっとダメですから。ここのブログとか「Spファイル」をお読み下さる事を切望致します。私もあまり知ってる方ではありませんが、原文には正確にやってますから。

 松浦静山の「甲子夜話」。平凡社から出ている分の2巻を入手しましたが、こちらにも飛び物事例は出ております。越前大野郡の九頭竜川でこの所、雨の日に数千の鞠のような陰火が四方から集まって戦い、砕け散ったり敗走したりという状況が里の人に見られているとか、なかなか興味深いのですが、この本にも「人が空を飛んでいた」話は出ているんですね。
 この本の書かれた5,6年前、ある席上で坊主が集まって話していたところによると、高松公の世子貞五郎の語っていた話に、まだ若い頃に矢の倉の邸に住んでいた頃に、凧を揚げていると、飛んでくるものがある。人がさかさまになって両足は天を指し、首は下になり、衣服はみなまくれて頭や両手に被り、号泣する声が聞こえ、よく判らないが女のようだったとの事。近くにいた家臣も見ていたとの事で、天狗が人を連れ去る様子なんじゃないか? って事なのです。いや、もしかしたらバカ殿に話を合わせる家来の図と思えなくも無いんですが。しかし他に「池北偶談」という本に、一人の婦人が午の刻に白馬に乗って南北の空を飛んでくるのが見えただの、朱の衣を着て団扇を手にした艶粧なる美少女が南に北に飛んでいるのが見えただのという話もあるとの引用もでていて、空を飛ぶ人の話がまだ奇談ではあるけど受け入れられる時代だったと判ります。今は「なんでそんな話が…」ではなく、お笑いのネタにされて終わりってのが悲しいです。

 画像はフライング・ヒュ−マノイド? 尾を引いた飛行物体です。ここの河原は凧を揚げるほどの幅はないんですが、おそらく上流で上がっていたのが大きく見えたのでしょう…とは確認済みではありませんが。

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 池田隆雄氏の「日本のUFO」という本には、日本の歴史上、「UFO」と言えるモノが何度か現れている事が書かれている。当然UFOってのは未確認の飛行物体、しかし当時は(異星人の乗り物としての)UFOブームだったため、そっちに偏っているようにも思える記述となっている。それはそれで時代を感じさせてくれて楽しい物だ。
 「扶桑略記」(第3巻)によると、推古天皇4(596)年11月(旧暦)、法興寺(現・元興寺)で供養会が行われている時、蓮の花のような天蓋のような物体が天空から降りてきて滞空し、色を変えたり形を変化させたとの事である。なんだか以前あった沢口靖子の出てくる映画(ビオランテじゃなくて)のラストシーンに出てきて、彼女が乗って月に帰って行きそうな乗り物である。
 同じ本には斎明天皇元年(655年)5月に現れた、竜に乗った唐の人の話もでているという。これは以前も書いたな。

 「帝王編年記」には天智天皇9(670)年閏9月6日、中臣鎌足が改葬されている際、大和の上空に傘のような雲が現れ、妙な音が聞こえてきたという記述があるそうだ。近代のUFOも空震のような音を発したり、映画ではテルミンのような音を立てたりしているから、そういう現象が昔からあるのだとも考えられる。

 傘のような物体は、東大地震研の武者金吉博士の調査した事例にもあり(博士の集めた事例は「大日本地震資料」、「日本地震資料」にまとめられているという)、明応7年8月26日(1498年9月20日)、東海道地震の際に「傘の精云々」が飛んだという。傘だけではない。寛文12年9月26日(1672年11月16日)江戸地震の際、酉の刻(午後6時)より東を指して飛び物あり、その形提灯のごとし。その後地震が2度あったとの事だ。以前「すすけ行灯」の話は書いたが、この時代、提灯もありなのである。

 寛永4年10月4日(1707年10月28日)の津波の際、猪野山(この本の書かれた当時、和歌山県日高郡南部町東端にある)から見ると波の中に白く丸い妙な光り物が見えたとの事。これは安政元年11月5日の津波の際にも現れ、鞠のような大きさで終夜浮かんでいたというのだが、この和歌山県のあたりも前にも言った様に奇妙な物体が度々現れているという土地柄なのだ。

 怪物体の目撃が多く見られたのが安政2年10月2日(1855年11月11日)の江戸の大地震の際、
・「一筋の白気ななめに飛来、金竜山浅草寺なる五重塔なる九輪を打ち曲げ散じて八方に散る」、「浅草寺の九輪は根より未申(南西)の2、3尺曲がり」
・「西北の空より馬のごときもの南方へ飛行したり(って年末にそんな話、テレビでやってたな)」
・「地震の少し前に洋の方に四斗樽というものの太さなるものありて、左右に分る。一つは房総の方におもむき、一つは江戸のほうへおもむくと見えし」
・「辰巳の方より大風吹き起こるが如し音聞こえて、一団の太さ9尺余りという烏雲虚空を渡りし…その雲船の頭上をよぎり、駒形より浅草のあたりとおぼしき方へ飛び去りたり」
・「海底より鳴り渡りて船底へ砂利の打ち当たる様聞こえて恐ろしかりが、また一団の火焔空中を渡りしかば」
・「天窓の上にて恐ろしき音しけるゆえ、何事やらんと仰ぎ見れば鐘のごとき真っ黒なるもの、東より西へ飛行ける」
・「根太板程の真っ黒なるもの幾つと無く空中を飛びまわりける」
・「北東の方より南方へかけて黒気の中に青光あるもの、烈風のごとく響き渡り飛び去ると見る」
・「蹴鞠ほどの光り物飛びしを、正しく見たりという人三人より聞けり」
 などなど、多くのバリエーションを持った飛行物体が目撃されている。一番すごいと思ったのが、
・「天窓の上よりグン引という音響きけるゆえ、何心無く振り向き見れば、張子の大天窓の坊主の首火の付きたる木をくわえて、東より西へ飛行しとぞ。体半身現れて下のほうは見えざるよし」
 ううむ、「フライング・ヒュ−マノイド」ですかい。この時代の日本にも現れたというのは、結構ポピュラーなカタチなのかもしれないよねえ。

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