特殊乗り物と近代妖怪

忘れてしまったあの日の世界へ

UFO伝説

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南山宏さんの事

 さて、南山宏さん、我らが(?)南山宏さんである。少年向け雑誌の巻頭特集の円盤記事といえばこの人。今でも「ムー」なんかで活躍されている。
 でも南山宏さんの事なんてよく知らないよなあ。Wikipediaにも項目があるにはあるけど、なんか中途半端な感じは受けなくはないな。

 以下、つっこみめいた事を書くかもしれないけど、これは私が南山さんに直接お会いした時(2007年、大阪のOUCという集まりにて)伺った話とか、他の人に聞いた話とか。
 なんで、記憶違い、メモ間違いがあるかもしれない。だからまあ、なんとなく参考にしていただければよいと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/南山宏

>東京府東京市(現在の東京都港区)生まれ。

 少年時代の南山宏さんについてすっぽり抜けている。私が伺ったのは、海野十三の小説がSFに触れたきっかけという事らしい。その後、手塚治虫の作品を読んで漫画を描こうと思い、実際に描いて雑誌に投稿する。
 いくつかは載る事ができたが(この辺は古本で確認すべきだね)、「小野寺」という人は何度も載っていてかなわなかったという。「小野寺」というのが誰なのかは皆さんご存知の通り。

 だからパラレルワールドとして、トキワ荘グループとしての南山宏というのもありえるんじゃないだろうか? 


>東京外国語大学ドイツ語学科在学中、SF同人誌『宇宙塵』の初期の同人となる。

 実はこのとき、『宇宙塵』の母体となった『日本空飛ぶ円盤研究会』の事も知る事となる。SFの集まりがあるって聞いて行ったら、実は円盤の集まりが発祥なんだと聞かされたという事らしい。
 まだ「円盤」と「SF」が仲が悪くない頃のお話。好きな人が重なってもそんなにおかしくはないよね。
 それ以前から円盤について聞いてはいたものの、詳しく知ったのはこの頃からみたいだ。

>1974年に超常現象研究に専念するため退社して、フリーとなる。以降、超常現象に関する著作や翻訳を多数刊行。「日本における超常現象研究の第一人者」と呼ばれるようになる。

 こう書かれてしまうと、南山宏さん、1974年以降に超常現象の世界に入ったように読めてしまう。1974年といえばすでに「UFOと宇宙」のあった頃。でも、実際には1960年代に少年雑誌の巻頭特集を書いているよね。「円盤雑誌」が生まれる以前に。

 南山宏さんが円盤記事を書くようになったのは、編集長になる前。福島さんの下にいた頃らしい。ご本人によれば福島さんに、編集だけでは食べていけないだろう。と少年雑誌の円盤記事を書くことを紹介されたのだという。少年雑誌というのは、少年キング、少年マガジン、少年サンデーあたりの事だね。
 なんか「編集だけで食べていけない」ってのもすごい話だし、きっかけとしても強烈なんだけど。

 で、1960年代というと、まだ円盤雑誌は無い。UFOという言葉も一般的ですらない。日本の普通の新聞・雑誌にもたまに紹介が出るけどしょっちゅうじゃない。円盤カルトの「CBA」が終末論をぶったりしたもんで、大人の世界が円盤から離れていた頃な訳だし。

 円盤ブームについて私が書いたmixiの日記に対しての、SF作家の山本弘さんのレスによると

>60年代の少年雑誌には、海外の円盤関連の記事(たいていは南山さんが執筆したものですが)がよく載っていました。
>50年代の円盤ブーム自体は、CBAの騒ぎなどで一時下火になっていましたが、子供の世界では絶えることなく続いていたと思います。この時代は円盤の出てくる映像作品がやたら多い。テレビだと『遊星王子』『鉄腕アトム』『ウルトラQ』『ウルトラマン』などなど、映画だと『地球防衛軍』『宇宙大戦争』『怪獣大戦争』『怪獣総進撃』と、宇宙人はみんな円盤に乗ってくることになっていました。

 との事。すごいタイトルが並んでいる事を考えると、オウム事件をきっかけにしたような「自粛」は、この時代には無かったように思える。需要は続いていた。でも日本語になっている資料はない。

 作る? いやそこが南山宏さん、海外の記事を自分で翻訳する事ができた訳だ。

 私の手元にある「世界の円盤ミステリー」(秋田書店・1968年)の「元ネタ」について伺ったところ、南山さんは「フライング・ソーサ・レビュー」の記事だよとお答えいただいた。

http://www.fsr.org.uk/

 これの事だね。英国の雑誌。というところが興味深い。実はかの「3mの怪物宇宙人」の元ネタもこの雑誌からとの事。
 で、そのフレーズ自体を考えたのは誰なのかという質問をしたのだけど、「忘れてしまった」との事だった。英国もヤードポンド法の国なので、「3m」に換算したのも日本人だと思うんだけどね。

 また、矢追純一が円盤番組を手がけるとき、最初の頃については助言もしくは資料提供をしたらしい。矢追純一の円盤特集についての記事が、少年マガジンの巻頭に出たこともあったけど(1973〜1974年ごろ)、これはもしかしたら、その後別々の方向に進んだ二人が組んだ仕事だったのかもしれない。

 甲府で1975年に少年が円盤と搭乗者を目撃する事件が起こると(最初は山梨日日新聞の小さな記事だった)、一ヵ月後には現地調査を行うというフットワークぶりも見せておられる。
 このころ、バミューダに関する本を翻訳されてブームを巻き起こしておられるようだ。

 ずっと時代は下がって、マイク・ダッシュの名著「ボーダーランド」の翻訳も南山宏さん。これぞ英国派の超常現象研究についての本で、私なんかは結構衝撃を受けたものだ。

 次はどんな事で驚かせてくれるのだろうか。

UFO記念日? ケータイ投稿記事

1947年6月24日、アメリカはワシントン州レーニア山上空を自家用機で飛行中の実業家、ケネス・アーノルドは見たこともない飛行物体に遭遇しました。
物体は9機で編隊を組み、水面に投げたディスクのような飛び方をしていました。

これが、新聞記者によってフライング・ソーサーと名付けられ、以後、円盤型飛行物体の報告が相次ぎます。

ただ、アーノルドが見たのは、三日月みたいな、あるいはマンボウみたいな飛行物体だったんですけどね。

前に書いたかな?

ちなみにこの時点でUFOという言葉はありません(1951年頃から)。そしてそれを地球外生命に結び付ける考えもありませんでした(1949年末から)。
面白いですね。

さて、レーニア山ですが、実は「カフェラッテ」のパッケージに描いてある山なんですよ。知ってました?
どうでもいいですね。

http://naturalplane.blogspot.com/2009/09/photos-transformer-like-ufo-oshawa.html

http://www.big3news.net/2009/10/15/out-there-ontario-man-captures-unidentified-morphing-object-over-skies-of-canada/

http://www.tenerifeskywatchers.com/TSW/special_events.html

http://www.examiner.com/x-2363-UFO-Examiner~y2009m9d25-Ontario-morphing-UFO-photographed-at-close-range

 この「物体」を取り上げていませんでした。オンタリオってのはおかしなものが見られるスポットですね。 
 その朝、いつもより早く、5時20分頃起きたポール・シシスはデッキでお茶をしていると、何やら「啓示」めいたモノを受ける。「何者かに見られている」ように感じて、その後すぐ天空からフラッシュを何度か浴びせられる。
 で終わりではなくて、スカーバラというトコロに仕事に出て午後1時少し前、外に出てみると、100ヤード程離れた上空300〜500フィートの高さを、何やら黒いモノが飛んでいる。シシスはポケットからカメラを出して物体を追います。用意がイイですね。

 すると物体はいきなり変形、10〜15フィート程度の黒いシート状の物体になってしまいます。カナダ版一反もめんといったトコロでしょうか。
 逃げる「物体」を追ってクルマを走らせるシシス、一路東北方向へ。しかし残念ながら見失ってしまいます。
 メシがまだだったので引き返そうと思ったその時、遠く、1/4マイルから半マイル上空を白い物体が飛行している。シシスはこれもカメラに収めたそうです。
 シシスは以前にも、「空に静止する白い物体」を目撃たそうですが、ソレは撮影できなかったとのコトでした。


 
 なんか宣伝用の気球じゃないかとか、画像を調べたら「ドリームワークス」のロゴがあったとか、怪しい話もあったりしますが、まあ、UFOってのは肯定のみならず否定意見も眉につばつけて見なければならないもんです。

 個人的にはこういう不定形は好きですね。

 UFO。UFOとは飛んでいるもの、あるいは飛びそうなものから正体の判るものを消していった末に残る物です。

 多くの人が説明しているように未確認飛行物体という意味であり、それ以上の意味もそれ以下の意味もありません。ここを説明しているかどうかによって、その本が誠実であるかどうかの見極めができます。

 飛んでいるもの、飛びそうなものから、確認済みの飛行物体やインチキ、見間違いといったモノを排除していくと何が残るのか? 多くの人は(なんとなく)「地球外生命の乗り物」と考えているようです。

 私は違います。

 これは今まで取り上げたUFO話を見てきた方は、なんとなく判っている事と思います。

 私も小学生くらいの時には(なんとなく)、「地球外生命の乗り物」がそこに残るだろうと思っていました。しかし、その後だんだん意見が変わってきました。「ある事件」を考えなおした際に、「UFOはもっととてつもなく凄い物じゃないだろうか?」という可能性を考えなければならなかったのです。そのような事件が幾つも有る事を「発見」してしまったのです。

 確かに幽霊飛行船事件というのもその一つですし、あるいはパプア島で起こった目撃騒動もそうです。が、事件の一つはこの我が日本で起こっていました。
 それも四国は高知県、高知市の東側。高知市と合併する前は「介良村」と呼ばれた地域で起きていました。

 そのUFOは一見、駅の待合室に有ったような灰皿をひっくり返したような形状をしていました。ご丁寧にもサイズもソレくらいです。そして何度も少年達に捕獲されました。普通立場が逆です。
 その中には「ラジオのような配線」がありました。地球よりはるかに科学技術が進んでいるであろう、「地球にやってくる地球外生命」の母星とのものとはとても考えられないローテクの産物です。
 その底面には極めて日本的な「波に千鳥」の文様がありました。我々の持っている文化に合わせるように。

 その事件がきっかけでUFOの持っているある隠された性質を知りました。アメリカではアメリカ的な、ロシアではロシア的な目撃事例が起きている事。志水一夫さんが後に言った「UFOのお国柄」です。小さく細かいものを作るのが得意な日本人の前には、それに該当する目撃例があって不思議ではありません。
 それだけでなく、UFOは時代に合わせて姿を変えてきたのです。大航海時代には「空飛ぶ帆船」が飛び、飛行船実用化直前には「幽霊飛行船」に乗った発明家の紳士が現れます。V−2号が飛ぶと「幽霊ロケット」が、全翼機が試作されるとケネス・アーノルドの見たようなブーメラン形の飛行物体が現れます。その飛び方から新聞記者が「空飛ぶ円盤」の名前を作り出しと、ご丁寧にも彼らは円盤型に姿を変えたのです。

 背後に「他の星からやってくる生命体」が存在するとは考えられない程の早さで姿を変化させる事のできる物体。彼らの持っている性質を考えれば「妖怪の一種」としか思えません。「人工衛星の飛ぶ時代にお化けなんていない」。「人間が他の星(月)に行く時代にお化けなんていない」と良く言われたものですが、当の彼ら、人間と同じ頃にはこの地球に存在している彼らはその時代性を読み取り、瞬く間に姿を変化させる能力を身に付けていたのです。そう、「飛ぶ人工衛星のような姿」や「他の星からやってきた人間のような姿」に。

 そう、私は単純な「地球で見られるUFO=地球外生命の乗り物」説にはほぼ否定派ですが(「ほぼ女」が「女」ではないのと同じなのに注意)、UFOそのものの存在に関しては完全な肯定派です。


 そんな事を気付かせてきれたきっかけ。それが「介良事件」だったのです。

こっちに書くの忘れた

 先週の土曜日、大阪であの並木伸一郎さんと、UFO研究団体JSPSで甲府事件、介良事件を調査した林一男さん、介良事件に関するHPを開設しているモルダー龍馬さんによる「公開講座」があったそうです。

 いや、情報は得ていたのですが、アップするのを忘れました。前に南山さんが来た時は私も出席したんですけどね。仕事を休めませんでした。

 並木さんはともかく、林さんとモルダーさんは度々介良事件に関する講演(?)をやっているみたいですよ。


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