|
今週の古い写真はSLと電車特急の並びです。
列車に乗車中に写した写真のようです・・・写した記憶がありません。
集煙装置付きのD51と「特急はと」の組み合わせである事とホーム屋根の形状から
これは下関駅だと思います。
下関のホームは現在もこの当時のまま残っていますからね。
D51837は鷹取式の集煙装置を装着。それから写真を良く見るとデフの形状が左右で違っています。
写真左側(助手席側)は戦時型?でしょうか??
客車数も多いので山陽本線の列車のようです。
「特急はと」は写した時期からたぶん481系だと思います。
山陽本線にSLが走っていた頃である事から撮影したのは1970〜1971年頃ではないかと・・・
追記
D51837号機の車歴を調べてみました。
1969年5月に岡山機関区から新見機関区に転属
1973年4月に新見機関区から長門機関区に転属
1974年12月長門機関区で廃車
となっていますので、どうも山陽本線の列車ではなく山陰本線の列車のようです。
撮影したのも1973年4月から1974年11月の間のようです。
|
山陽本線
-
詳細
コメント(10)
|
昔のネガをスキャンしている時に見つけた写真です。
これは下関だと思われます。
左側に写っている少し高い位置にある線路が関門トンネルへつながっている線路で、
現在も全く変わっていませんよね。
写っているのはEF66、EF65、EF58。DD13の姿も見えます。
ここは現在の下関車両センターになりますが、昔は何と呼ばれていたのでしょうね。
給炭機の下に電機が並んでいるのも面白いですよね。
先週大宮で535の生誕45周年イベントが開催されましたが、写っているのは537号機で
その後ろに並んでいるのもPのようです。
撮影して40年は経っていないと思いますので(笑)
それからDD13の後ろに写っている山が彦島で関門トンネルの入口がある場所です。
たぶんこの頃にブロ友のHeartさんが関門トンネル入口付近で遊んでいた頃だと思います(笑)
この頃は電機には興味が殆どなくてここで写したのも全く覚えていません(^^;
現在、給炭機は無いものの給水塔はまだ残っています。下関にも蒸機時代の面影が残ってます。
たぶん山陰遠征(・・・っていっても子供の頃ですからそんなに遠くではありません)の際に
立ち寄ったものだと思われます。
関門トンネルを挟んで下関側には直流機がずらり並んでいるのに対して、門司側では
関門トンネル用の銀釜と赤い交流機が並んでいて対照的でした。
確かEF81 300番台が登場しEF30の置き換えが始まった頃でしょう。
そして・・・・
今年1月に行った時の写真です。
下関駅から歩いて行く途中で通った事があるようなデジャブに襲われましたが・・・
一度来た事があったのですね(笑)
行く途中の道も迷いもなく歩けたのはこういう訳だったのですね・・・
こちらは上の写真の少し右側から写したものです。
DD13の後ろに写っていた山が左側の山になります。
こちらの写真も良く見ると広島更新色とカフェオレと末期色が一緒に写っていて面白いですね。
何といっても国鉄の面影がかけらもありません。
末期色の奥くらいにJR貨物の電機が置いてあり、このあたりは電留線へと変わってしまっていて、
電機が並んでいた頃とは少し違った印象です。
撮影日:上の写真はたぶん1975年頃、下の写真は2012/1
|





