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先日は東京、日野にある『高幡不動』の散り行く紅葉をのせましたが
今日はその『高幡不動尊』内にある日本史の遺産をのせたいと思います

この不動尊境内には奥殿という、平安前期の様式でつくられた建物がありますが、
この中には日本が誇る重要文化財が沢山展示されています
その数はなんと二万点にのぼるとか。。。すごい。。。
すべてを見るわけにはいきませんが、展示されてるものだけでも
ほ〜っとしてしまうものが沢山あります

高幡不動は土方歳三の銅像がたってるぐらいなので
展示されてるものは新撰組のもの?と思う方結構いるかと思いますが、
ここにはその江戸末期よりさらにずーっと古い、平安、室町時代のものも展示されています
そして、徳川家康、土方歳三、徳川慶喜 etc....

全部説明してると長〜い文になってしまうのでとりあえず写真のものを簡単に

サムネイル左から 
*舎利塔 一基 江戸時代(1740) 
*重要文化財 像内文書 南北朝時代(1339) 中世武士の生々しい記録で50枚は山内経之の筆跡
*重要文化財 鰐口 鎌倉時代(1273) 関東地方最古のものといわれている
*重要文化財 勧進状 室町時代 (1415)
*土方歳三 書簡 江戸時代末期
*土方歳三の写真と 使用していた木刀 江戸時代末期
*井上源三郎の刀 江戸時代末期
*第十五代将軍 徳川慶喜の書簡 江戸時代末期
*重要文化財 木造不動明王像ならびに両童子像 平安時代 


一番最後の丈六不動三尊は関東唯一の平安時代の巨像だそうです 
日本一の不動三尊と伝えられてるそうです 写真がぶれてるのが残念!

紅葉もさることながら、素晴らしい文化財に思いもかけずめぐり合えて
これまた有意義な時間が過ごせました


にしても、この地から出発した、近藤勇と土方歳三の二人は、その国への思いとともに
京に行き、最期はばらばらに若い命を散らしていきました
NHK大河ドラマでやっていた新撰組はなんとなくリアリティーにかけていたような気がしますが。。。
 
個人的には新撰組の若者達の最期がなんか切ない気がしてしまいます
多くの政治的思惑、人々の思惑の中でその若さがゆえにもっていた情熱を
日本の未来に注いだ若者達 その情熱を利用した時代の権力者
新撰組の彼らが何を思い、どうして国のためにそこまで命を散らすことができたのか
それも『時代』の波だったのでしょうか
当人達の本心を正直に書いた物が残ってたら見てみたいな〜

でも、こういう『お家』のため『お国』のためという社会性は
一体、日本のいつの時代から芽生えたものなのでしょうかね 
よく時代劇ドラマで、「これはお家のためだ」なんて台詞を聞きますが。。。
それがエスカレートしてしまったのか?と思われる太平洋戦争の後、
やはり今でもまだ日本社会の中には日本特有の『お家』は残存してるのでしょうか?


と、新撰組の話で国宝文化財からそれてしまいましたが、
この『高幡不動尊』、目の保養にも、のんびり時間を過ごすにも、そして歴史遺産と出会うにも

なかなかおすすめの場所です♪



<高幡不動尊 重要文化財年表>

http://www.kaiun.jp/takahata/takahata01.html

「歴史の風景 和の風景」書庫の記事一覧

閉じる コメント(12)

私の隣町ですが、重要文化財の古いお家があります。あれって、維持しないといけないから、お金がとってもかかるんですってね(*^_^*)お金持ちじゃないと、指定されても拒否する人もいるみたいです(^_^;)一般の人もよく入って来るみたいだしね(^_^;)

2006/12/14(木) 午前 10:03 [ - ]

幕末は末法的な退廃が民衆の精神にあったんだと思います。しかも新撰組は名族の子孫ではなくて、腕は立つけど農民上がりとかじゃないですか、やっぱり基本的な武士道は身についていなかったから、残念だけど、中途半端になったんでしょうね。日本人が国と土地に拘る背景は「農業国」だからでしょうし、伝統を重要視するので家名は特別なものでしたからねぇ。

2006/12/14(木) 午前 10:41 プチ・アポロ

家を中心に考えるには何も日本独特のものではありません。例えばお隣韓国はもっと家=血縁関係を重視して結婚、日常生活、さらには就職にも支障をきたす場合があるようです。私は田舎出身なのでまだ、そういう考え方は身近にあるのでそれほど違和感はありません。

2006/12/14(木) 午後 0:27 うめたろう

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いや迫力のある写真ですね… 新撰組の人たちについては、あの時代を力いっぱい生きたということで中味の濃い時間を過ごしていたのではないかとも思います。長いこと幕府から禄をもらってきた旗本が何もせずに時代の波に呑まれていく中、北海道まで転戦して徹底抗戦する姿は、合理的ではないにせよ、ある種筋の通った感じがして、私は好きです。

2006/12/15(金) 午前 1:54 [ giant1312 ]

ぱんさん そうですよね 重要文化財の維持は大変ですよね 国のものになるとまー税金からになるんでしょうが。。。

2006/12/15(金) 午前 8:23 mon*uk*02jp

Petittさん まー名族っていうのがどこから名族なのかは不明ですけどね〜 徳川家康も征夷大将軍となのったとはいえ、実際は清和源氏の血はついでないという説の方が強いみたいだし(織田も) 彼らの存在が歴史の流れを遅くしたという人もいれば色々賛否両論ですが 彼ら自身は祖国のために最期まで戦いぬいたという満足感が最期はあったんでしょうかね

2006/12/15(金) 午前 8:27 mon*uk*02jp

うめたろうさん 確かにそうでした 中国もまたFamilyはすごいですし イタリアとかもそうでした ただ、今までどの国の人にも会い友達もいまだいますが、もうちょっと感情が激しいきがするんですよね。。。どっちかっていうと欧米的な激しさというか… お家のために静かに自己を犠牲にする.。。。ってのは韓国でもあるんですかね?

2006/12/15(金) 午前 8:29 mon*uk*02jp

Giantさん そうですね〜 力いっぱい生きて30代前半までにほとんどの若者が命を散らして… でもそれが時代であり、彼らの青春だったんでしょうね

2006/12/15(金) 午前 8:30 mon*uk*02jp

武家の名族は、平安時代中期以降から室町時代以前に出現した清和源氏と桓武平氏の血筋でしょうよ。元々、従五位下の位階を与えられる姓の系統は限られてるから、戦国時代なんて系図の改ざんをする人も多かったんですよ。で、開幕するには征夷大将軍を拝命しなければいけませんが、これも元は蝦夷討伐将軍で、東北部を制圧する頭領ですから、京より東を制圧する事も重要ですけどね。氏と姓は複雑ですよ(笑)。

2006/12/15(金) 午前 10:18 プチ・アポロ

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はじめまして。 私も、昨年秋に行ってみました。 山内経之さんの文書が心に染みました。 日野市図書館ではそれについての歴史書が販売されているようなので 入手しようと思っていますが、なかなか手に入れられないです。 WEBを調べている限りでは、涙なくして読めないかも、とか思っています。

2007/1/4(木) 午後 7:31 k_w*n*c37

こんにちは ちゃんと文献を読み込まれているとこすごいですね うちも今度いったときはもっとしっかりとみてきたいと思います

2007/1/5(金) 午前 8:01 mon*uk*02jp

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ウソやはったりは許せません。高幡不動尊は、直ぐにその国宝表示の看板を下ろすべきです。

2017/12/23(土) 午後 1:19 [ 雪川風太郎 ]


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