ということで(どういうことなのやら。。)熊本へいってきました
久しぶりの飛行機をなんとか克服し
到着した肥後の地 『熊本』
ちなみに自分にとっては初の熊本でした
熊本といって思い浮かぶのは
「阿蘇山」「熊本城」「加藤清正」「細川元首相」「熊本ラーメン」
「宮本武蔵」「馬」「雲仙天草」などなど
かなり短期間の旅だったため、ゆっくりいけたのは「熊本城」だけでした
ちなみになぜ熊本へいったか?。。というと 配偶者の母上の親戚や祖母が
いるからでして、行ったことのない土地を訪れる際、
そこに知り合いがいるというとてもラッキーな旅でもありました
なのでいった観光地は「熊本城」だけでしたが 他は親戚一同の方々の
ゆかりの場所へ行き、熊本の歴史話も沢山きいてきました
その土地で育った人にしかわからないものに触れることができた
重ね重ね言うようですがにラッキーな旅でした(^^)
熊本話”第一弾”は早速ですが「熊本城」
熊本城は来年なんと 築城400年を迎え今は前祝なのか”おしろ祭り”なるものが
開催されていました
来年はさらに大々的に『熊本城築城400年祭』が開催されるそうです
熊本城は熊本市の中央部に位置する壮大堅固な石垣で名高い名城です
かの西郷隆盛は西南戦争の際、”不落の城”としても名高いこのお城を52日間に及ぶ籠城戦の末結局おとすことが出来なかったとき、終焉の地城山で
「わしは官軍に負けたのではない清正公に負けたのだ」と独白したと今も伝えられているそうです
ちなみに熊本城周辺には西南戦争にまつわる史跡が多々ありますが
現在の熊本城はかつて茶臼山と呼ばれた丘陵地に、
1601年から1607年にかけて、加藤清正公が築いたお城ですが
その前は大河ドラマ「利家とまつ」にも出ていた佐々成政が肥後の地の領主として入国しています
加藤清正は豊臣秀吉とは血縁関係にあったそうです
加藤清正が肥後の地に入国する前のは熊本は荒れ放題だったそうですがそれを速やかに開拓し
豊かな土地にしたため、今でもその人気は衰えることなく土地の人に愛さ続けているそうです
清正公は最期病気となり熊本城で亡くなっています
その後、細川家、宮本武蔵などがこの地で過ごし
幕末には西南戦争の合戦地ともなり 多くの歴史的ドラマが展開されました
歴史的なことは本に書いてあることをそのまま書く形になるのでここまでにして。。。
ところで建築的なことですが熊本の優美な石垣は現在文化財に指定されているそうです
天守閣の1つも昔のまま残っていてこの部分も文化財だそうです
他は西南戦争で焼かれ、現在、昔の姿を再現する改築&増築工事が行われています
今まで世界遺産の姫路城にはいったことがありますが、あの優美・豪華絢爛な城とはまた違い
「質実剛健」というか何かとても硬く、重く、強いイメージを抱きました
これは肥後の地 熊本の人々の性格が反映しているものなのでしょうか?
もともとあった川を城のまわりに誘導したその技術にはすごい!と感心
城のまわりを半周している川はお堀の役割をはたしながらも
優雅な流れのおかげでかにごることはないそうです
東京から遠く離れた熊本という地 明治維新に多少乗り遅れることがありながらも
歴史の教科書にも多く載る『肥後の地』についてもっと深く知りたくなりました
ところで熊本城といえば『武者返し』の石垣が有名です
にしても毎回 色々なお城をみるたび思うのですが あの”石垣”は本当にすごい
積み上げるの大変だったでしょうね〜
*写真 昔のままの天守閣・改築されている天守閣・加藤清正公の石像など
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