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まずは豪雨により中島町怒和島の母子3人が
お亡くなりになりました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
中島に渡るのはですね。
間違いなく艦艇が通るときと言うことで
海上自衛隊発表で呉を護衛艦いなづまと護衛艦かがが
東南アジア方面に出港するというので
渡りましたよ〜
しかしこの日は年に一回の中島トライアスロン大会!!
いつもがらがらのフェリーが難民船状態!!
さらに想定外が撮影ポイントの宇和間地区の道路が
トライアスロンのバイクコースに重なるために
車両通行止め!!
中島に渡るときは絶対に失敗したらいけないときなのに
大失敗w
しかしポイントなんて近いものよ。と徒歩で機材
持って移動するわけですが・・・・
実際の所いつも原付で走っているので近いと感じるわけで
35度のとろけそうな日に行軍とは中島死の行進といえば
思いっきり大げさですよね。
そんなところでトボトボと歩いているとすげえスピードで
自転車が横を通過
この人たち3キロ泳いだ後20キロ自転車乗ってこの後10キロ
走るわけか!!
やるもんだと思いつつ約5キロの行進終了で
お客様の登場
護衛艦いなづま
以外ですがこの艦艇は来島海峡で撮影していないのです。
いつか撮って見たいです。
理由は後でわかりました。
江田島通った時の写真見せていただいたらヘリが乗っていないのです、
どこかでヘリを受け入れた分遅くなったわけですね。
この通り振っている旗が写っていますが、直後にメールが来まして
「もしかして中島にいる?」中の人からでw
これから答礼するね
って実はこの頃・・・
艦長何か来ている・・・ありゃかがじゃないか!!
伊予灘をたまたま伊予大和が訓練航行していたわけで
艦旗掲揚!!の艦長の号令でマストに艦旗を揚げてしばらく併走して
かがより答礼いただいたそうです。
自衛艦と併走と言うと悪名高き来島海峡観潮船がおりますが
ご心配は無用。
伊予大和艦長はかつてDE・DD・DDGそしてDDHの艦長職勤めたお方
ですからね。
だから船長でなく乗組員含めみんな艦長と呼ぶのですよ。
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