ビンテージ・モンブランの備忘録

毎週土曜日が定期アップ。心が温められたり揺さぶられたときには、イレギュラー投稿もあります。

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【梅田晴夫コレクション――自由研究(4)】

お待たせ致しました。
前回、もったいつけて(?)お出しした「問題」の答え。
それは、 慶應大学の三田キャンパス に寄贈され保管されている
「梅田晴夫万年筆コレクション」でした。

■ すなみさんの一文に突き動かされて ■

『万年筆クロニクル』 のなかに「日本の『万年筆人』列伝」という章があります。
そこに、梅田晴夫さんについて綴られています。

ご自身が交流のあった、すなみさんの言葉のままご紹介すれば、
梅田さんは、「日本人コレクターの草分けとして今や伝説的な存在」であり、
「所有する1000本以上にのぼるコレクションの長所を結集して『理想の万年筆』をプロデュースした」
――そうして生まれたのが「プラチナ#3776」ですね。

そして、すなみさんの文章の末尾に、こうありました。
「彼の万年筆コレクションは、母校の校内にある三田図書館に寄贈され、
 主なものは館内壁面に特注の大きな額装と共に展示されている」

私は、この一文にはじかれるようにして、
慶應出身の知人たちに取材をし、
(当然ながら、本来は学外の人は出入りできませんので)
大学職員の方の大変なご厚意を得て、
そのコレクションにたどりついたのでした。

現在、このコレクションの額装は、
図書館新館 の最上階、来学者などのためのスペースに展示されていました。
前回の写真は、
その会議室から、向かいにある煉瓦造りの 図書館旧館 を臨む位置で、
「#3776」を写したものでした。

■ 銘板から ■

額装の右脇に、梅田さんをしのぶ銘板があります。
まずは、そこに書かれたままに、ご紹介します。

 【梅田晴夫 略歴】
 大正九年東京に生まれ、本名梅田晃。
 幼稚舎から慶應義塾に学び昭和十九年文学部仏文学科を卒業。
 在学中から「三田文学」の編集に携わり、小説「五月の花」で昭和二十四年度水上瀧太郎賞を受賞。
 博報堂取締役を経て、四十年から作家生活に専念し、
 代表作に戯曲「未知なるもの」、ラジオドラマ「母の肖像」などがある。
 フランスの喜劇作家ラビッシュの翻訳紹介者としても知られ、また、
 三十年余の収集趣味を生かした著書「The万年筆」「Theパイプ」などで雑学の大家として知られた。
 昭和五十五年没。

このコレクションは、奥様の梅田政江さんによる寄贈とも、記されていました。

■ ペンは剣よりも強しを信じて ■

梅田さんの著作を挙げると、小説家としての作品以上に、
趣味人として出されたものの方が、よく知られているかもしれません。
ウィスキーとかパイプとかタバコとか宝石とか……。
そうしたものを趣味にしている人と聞いて、皆さんはどんなイメージを持つでしょうか?
私ははじめは、ある意味、どこか贅沢人なイメージを持ってしまっていました。

ところが、実際の人生の軌跡を見てみると、かなり違った顔をしてらっしゃいます。
――梅田さんが、、10代から20代で経験していた戦争。
それは、自分の「死」と向き合うことであったそうです。
その切実な思いをもとに書いた小説が、
いともたやすく検閲当局に取り締まられ、「執筆禁止」の処分を受けました。

幼稚舎(=小学校)から慶應義塾に学んでいた梅田さんは、
校章に込められた「ペンは剣よりも強し」を当然のごとく信じていたものの、
この経験によって、「信念を貫く」とは「自身の生死もかけてのことである」と、
文字通り「身をもって」知ったそうです。

そして、そんなご自身を支えてくれたのは、ほかならぬ「ペン」そのものであった
――そう梅田さんは記しています。
万年筆を愛し続けた梅田さんの、“心の原風景”を知ったとき、
私は、梅田さんのペンたちに、いつかは出会ってみたいと思っていたのでした。

■ ペンに魂は宿る ■

1本1本見ていると、“あっ、これが……”と、
梅田さんがそれぞれの万年筆について綴った言葉が、どんどん思い起こされます。
約2時間。じっくりと拝見させて頂きました。
かつての主の母校で、静かにたたずむ万年筆たち。
なんだかガラスの内側だけ、時間が止まっているかのようでした。

梅田さんの言葉に、こんなものがあります。
「たとえば文人や政治家が日ごろどのような万年筆をもっていたか、
 そしてその万年筆をどのように愛しいつくしんだか、
 あるいは、存外なことに万年筆について無頓着な人柄であったか、
 そういったことから、その人物の個性とか、かくれた趣味や心情というものが
 はっきりと判断できる思う」(「万年筆と歴史の生き証人」から、『The万年筆』所収)

梅田さんの万年筆たちには、確かに梅田さんの息吹が今も宿っていました。
東西、新旧を問わず、300本余が寄贈されていますが、
お好みの傾向は、やはり、太い軸、作りの確かなもの――そんな印象を受けました。

そしてその傾向は、単に作家として“書きよいもの”ということにとどまらず、
“ペンは心の支え”であった梅田さんだからこそかしら……
そんなことを思いながら、三田キャンパスをあとにしました。

私にとっての“宝探しの地図”をくれた『万年筆クロニクル』に感謝、
無理を聞き入れて、学外の私を案内してくださった職員の方にも感謝、
そして、ペンに宿る人間味を教えてくださった梅田晴夫さんに感謝です。

コレクションのうち、かなりのものについて、
関係者のお許しをいただいて、個別の写真も撮らせて頂きました。
スペシャルな“夏の出会い”でした!

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万年筆にも古い、深い歴史があったのかー!夏の出会い、よかった、ね^^

2007/8/29(水) 午後 8:20 フウセンノ夢 返信する

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万年筆通には有名ですね。すごいコレクションがまたありますね。大学の図書館にあるんですね。だから#3776が出てきたんですね。

2007/8/29(水) 午後 11:48 ムーミンEF551 返信する

なるほど、格調高い万年筆は、やっぱりこういうところが似合いますね〜^m^

2007/9/2(日) 午前 8:23 [ zar*204* ] 返信する

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この方のメガネのお話の本を読んだことがありました。
万年筆の知識が全くなくて、梅田コレクションとは?と
思っておりました。
ここに来て、おおっ! こういうことだったんだと
感動しました。
奥が深いのですね。

2007/12/30(日) 午前 9:31 じゅりまま 返信する

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