【レナードの朝 ―― 映画と筆記具(7)】
夏休みに入って、子どもたちの姿を目にする機会が増えました。
親御さんと一緒に、どこへ向かうのか、とびっきりの笑顔。
友達と一緒に、プールバッグを引っかけて、走っていく笑い声。
そんな瞬間を切り取って見ると、此処彼処に光があふれているようです。
一方、モニターに流れてくるニュースは、茫漠とした、涸れた大地のような世相……。
第4土曜日ですので、「映画と筆記具」。
“いのち”について考える作品です。
■ それでも生きていることは……!
「レナードの朝」。原題は「AWAKENINGS」。
“目覚め”を意味します。
1960年代を舞台にした実話に基づいています。
生きることに不器用でありながらも、誠心誠意、患者に向き合う医師をロビン・ウィリアムズ。
流行性の脳炎にかかり、30年間、半昏睡状態であった患者をロバート・デ・ニーロ。
文字通り、2人の渾身の名演で綴られた、名作だと思います。1990年の作品です。
開発さればかりの新薬が、この脳炎患者に有効ではないかと気づいた医師が、
患者の家族と話し合い、チャレンジし、期待通りの効果――“目覚め”――にたどり着きます。
“目覚めた”患者たちの、とまどい、そして喜び。
しかし、薬はほどなく効き目を失い、再び、先の見えない“眠り”へ。
家族が、医師が、そして患者自身が、
ひとたび得たはずの“生の歓喜”を奪われていく苦しさは、
観る者の想像を超えているかもしれません。
それでも「生きていること」とは……。
この「……」に、どういう言葉を充てるのが正しいのか、
何度観ても、見つけられずにいます。
私は、少なくとも、その結びは「!」だと思っています。
皆さんは、どんな言葉を入れるでしょうか。
■ 「書く」ことが「証し」となる瞬間
筆記具が登場するシーンについては、3つ、選んでみました。
上から順に、1枚目は、
医師であるロビン・ウィリアムズが、患者であるデ・ニーロの母親に、
新薬で期待できることを話し、投与することを認めてもらい、サインを受けているシーン。
2枚目は、薬が突然、効果をあらわし、ベッドから一人でテーブルへ向かい、
クレヨンで、何かを書き始めたシーン。
3枚目は、最初に“目覚めた”デ・ニーロが、医師らとともに、
他の患者への投与、その後の経過を見守っているシーン。
とりわけ2枚目は、忘れがたい場面です。
30年ぶりに意識を取り戻した彼が、自分の意志で、自分の手で、書く。
すぐには判読できないような文字ですが、
「なんて書いたの?」
「ぼくだよ、レナード。」
“書く”ことが“生きている証し”となった瞬間です。
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