ビンテージ・モンブランの備忘録

毎週土曜日が定期アップ。心が温められたり揺さぶられたときには、イレギュラー投稿もあります。

梅田晴夫コレクション

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【「ウェブ時代をゆく」――梅田コレクション(番外2)】 

年が明けて早くも2週間になろうとしています。
“やろう”と決めて、取りかかれているもの、まだ手つかずのもの、
しっかり今のうちに整理し、軌道の微調整をしておかなければ……。

今回は、「文献案内」で、梅田望夫さんの『ウェブ時代をゆく』です。

■ 生き方って、伝わっていくんだなぁ
以前、梅田晴夫さんの「万年筆コレクション」について綴っていた時に、
ご子息である望夫さんについて、一言だけ触れたことがあります( ココ )。

書き出すと長くなりますので、
梅田望夫さんについては詳しく知りたい方は、ご本人の HP を、
また、『ウェブ時代をゆく』については、 ココ をご覧になってみてください。

昨年11月に刊行されて以来、ベストセラーとなっている『ウェブ時代をゆく』。
公式な内容紹介によれば、
「現代は、江戸から明治に匹敵する“時代の大きな変わり目”だ。
 ウェブという“学習の高速道路”によって、どんな職業の可能性がひらかれたのか。
 食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、“好き”を貫いて知的に生きることは可能なのか。
 この混沌として面白い時代に、
 少しでも“見晴らしのいい場所”に立ち、より多くの自由を手にするために――。
 オプティミズムに貫かれ、リアリズムに裏打ちされた、待望の仕事論・人生論。
 『ウェブ進化論』完結篇。」

望夫さんの文章は、“何を伝えたくて書いているのか”が大変明快です。
そのため、論の運びも分かりやすく、たくさん登場する実例・モデルも理解しやすい。
また、折々に引用される人々の言葉も、ご本人の言葉も、
「格言」「名言」といった趣を持ったものが多く、ともかく読みやすい。

私は、ウェブ・ユーザーという立場から、すっきり読めたことはもちろん、
今こうして綴っている“筆記具愛好家”としての立場からも、
昨今の潮流を見つめ直し、今後の自分のプランを練るにあたっての大きなヒントが満載でした。

さて、このブログでご紹介しようと思ったのは、
この本のなかで、父・梅田晴夫さんとの「忘れられない対話」が紹介されていたからです。
死期が近づいた晴夫さんに、望夫さんが「どうしても」聞いておきたかったこと。
それは、 多彩な経歴 を持つことになった晴夫さんの“人生の核心”についてでした。

  私(=望夫さん)が父(=晴夫さん)に尋ねたかったのは
  「なぜ純文学の作品を書き続けず、次から次へと新しいことをやったのか。
   そしてそのことを今どう思っているのか」ということだった。
  父は「その方がおもしろかったからだ」と私に言った。

今では、“日本の万年筆コレクターの草分け”とまで評される晴夫さんですが、
その根源的動機も「おもしろかったから」なのでしょう。
「おもしろいからやった」という言葉は、ともすれば軽く受け取られるかもしれません。
でも、この場面で――
つまり、自分の死期を悟り、20歳でまだ大学在学中の望夫さんらを遺して逝くという、
やんごとなき思いを抱えた瞬間に、
「自分がおもしろいと思ったとおりに生きてきた」と言えた晴夫さんは、
本当に強く、そして幸せな人だったのだろうと、改めて痛感させられました。

そして今、望夫さんが、
“時代の大きな変わり目”にあって、“好きを貫いて”生きるヒントを綴っている――。
同じ生き様が、父子にわたって、しっかり流れるいることに、
尊敬と羨望の入り交じった感情が起こりました。

興味のある方は、是非、ご一読をおすすめします。
私自身、「たかが愛好家。されど愛好家。」を貫いていく気概が湧いてきました。
もちろん、大いにウェブも活用しながらです。

(お知らせ)
昨年末、途中まで連載しました文献案内「モンブラン・ヒストリー」は、
近々、あと数回まとめて、アップする予定です。ご了承ください。

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【梅田コレクション(7)――PIX−672・グレー縞】 

2カ月にわたって、慶應大学三田図書館に展示・保管されている
「梅田晴夫 万年筆コレクション」をご紹介してきました。
今回は、その最終回。
そうです、私が大好きなモンブランのノック式ペンシル、PIX(ピックス)です。

■ 最後の1本がPIXだった!
「梅田コレクション」は、
母校の慶應大学に寄贈された当時、1本1本写真撮影され、それぞれに番号が振られ、
それをアルバム化して台帳が作成されました。
その台帳に現品照合されながら管理されています。
総数300点。

その「300番」が、
1950年代のモンブランのマイスターシュテュック系統のペンシル、
しかも、大変貴重なグレーの縞模様の【PIX−672】でした。

この【PIX−672】は以前、私のブログでもご紹介したことがありますが( ココココ です)、
数あるPIXのなかでも、
変化に富んだ縞セルロイドと金張りキャップのコンビネーションも美しく、
大振り(全長=130mm、軸径=11mm)で、
存在感でも実用面でも、私が“No.1”だと思うモデルです。

長年、倉庫にあったため、セルロイドの焼けも痩せもなく、非常にいい状態でした。
(もし展示棚に並んでいたら、恐らくセルロイドは痩せきっていたと思います)
金属部が汚れて見えますが、これは手垢などですから、拭けばすぐにきれいになります。
もちろん機構も完璧な、申し分のないPIXでした。

そもそも、梅田さんは「万年筆愛好家」ですから、
“ひょっとしてPIXがあったら……”とは期待はしないように、
気持ちを抑えて三田図書館へ行きました。
でも展示ケースをいったん総覧した後、
“やっぱりなかったなぁ……”という気持ちが起こらなかったと言えばウソになります(汗)。

ところが担当の方が、
「一部は倉庫に保管していますから、アルバムもご覧になってください」とおっしゃって下さり、
順に見てみると――最後の最後、300番に!
お願いをして、「300」のシールが付いたこのPIXを見せて頂いたときには、
“ああ、ボクは来るべくしてここに来たんだ”と手前勝手な感慨に耽ってしまいました(笑)。

■ 「文は人なり」「スタイルはペンなり」
さて、この「梅田コレクション見聞録」の“最終回”が、今年最後のアップとなります。
そこで、梅田さんの蘊蓄をもう1つ。

ペンの源流をたどれば、行き着くところ、「尖筆」、
すなわち、古くは芦の茎や骨などの先端をとがらせ、粘土板や蝋板に刻み書いていた“棒”になるわけですが、
その「尖筆」を意味するギリシャ語「スタイラス」が、英語の「スタイル」の語源なのだそうです。

  英語の語学事典を見ると《STYLE》という語は
  本来《彫ったり書いたりするための先の尖った棒》であって、
  それから転じて〈書き方〉とか〈表現法〉という意味ができ、
  やがてそれが〈やり方〉というような意味を持つようになった……

  《文は人なり》ということがあるが
  《スタイルはペンなり》ということが分かってくると、
  この言葉の意味は、一層深まってくるように思える。
  つまり、スタイルというのは、外から人間にはりつけることによって成立するものではなく、
  その人間自身が自ら発見して、自己を何らかの手段によって表現しようとした場合にのみ成立するのだ。

ちょっと表現は硬いですが、なかなか奥行きのある視点ではないでしょうか。

来年はこれまで以上に、
自分を内側から磨きながら、PIXをはじめ多くのモノやそれにまつわる事象を見つめ、
私らしいスタイルで、このブログを綴っていきたいと思います。
お付き合い頂ければ幸いです。

(新年は、元旦にスタートの予定です)

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【梅田コレクション(番外)――ペン・ステーション訪問】 

去る20日、「趣味の文具箱」(vol.9)が発売開始になりました。
詳しくは、 コチラココ でご覧ください。
ちなみに、このブログに折に触れてコメントをくださっている muminef551 さんの所属する 「北ペン倶楽部」 が巻頭カラーで紹介されていました。
今号ではその他にも、全国各地でペンを楽しんでいらっしゃるグループの様子もあり、
自分たちなりの工夫を凝らしながら運営している姿に、少し興奮です。

■ パイロット社のフリー博物館
梅田コレクションで触れた万年筆について、少しでも深めておきたいと思って、
東京・京橋にあるパイロット社の 「ペン・ステーション」 へ行ってきました。
近くにあっても、なかなか行ってみる動機がなくて……初訪問でした。

文字通りの一等地で、1階のおしゃれなカフェから入って自由に見学できます。
私のお目当ては、
1つは、 「ダンヒル・ナミキ」 につながった蒔絵技術について、
直に往年の製品を見ておきたかったことと、
もう1つは、 「シルバーン」 のネームの製造法について、
盛り上がったネームの入れ方を尋ねてみたかったからでした。

最近、訳あって(そのことはいつかご紹介します)、
日本の漆芸について見聞を広げたいと思っておりまして、
そうした私にとっては、一角を占める「蒔絵万年筆」のコーナーは、
見応えのあるものでした。
100年近くの歳月を経ても、
変わらぬ蒔絵の鮮やかさに、漆芸の丈夫さを垣間見た気がします。

ちなみに、「筆記具の歴史」のコーナーには、
それこそ紀元前からの、人の「書く」文化についての案内があり、
多くのペンも展示されていたのですが、
やはり熱や光、湿気と乾燥など、様々な要因で、
展示されている万年筆自体が痩せたり褪せたり――
これはやむを得ないことなのでしょうが、
それらと比較すると、漆で覆われた製品の強さもよく分かりました。

「シルバーン」のネーム入れについては、
なぜ梅田さんの名前が浮き上がっていたのか、その手法をお聞きしました。
ここではポイントだけかいつまんでおくと、
「蝕刻」という手法で、文字の通り、むしばんで制作します。
名前が浮き上がっていたのは、その文字の部分だけ腐蝕させないようにして残したためで、
逆に言うと、その他の部分は腐蝕させ取り去ったことになります。
この技術のミソは、腐蝕が「均一に」起こせること――。

慌ただしい年末の、楽しいひとときでした。
次週、梅田コレクションの、いったんの“最終案内”としたいと思います。

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【梅田コレクション(6)――オマス・ジェントルマン】 

いろいろ寄り道しながら進んで参りましたが、今回は軌道を戻して、
梅田晴夫さんのコレクションから、イタリア・オマス社の「ジェントルマン」です。

■ 大振りながら軽い!
オマスが1960年代〜70年代に製造していたものだそうです。
キャップを閉めた状態で140mmと、かなり大振りな万年筆ですが、
まず手にした印象は「軽い!」。

残念ながら、「梅田コレクション」を拝見させて頂いた時には
ハカリを持ち合わせておらず、正確な重さは計量できませんでしたが、
持った瞬間に“おおっ!”と思うほど、軽く作られていました。
ボディやキャップの素材はブラックセルロイドだと思います。

ニブは、紙に当ててみただけですが、
大変柔らかい印象を受けました。
この時代のものとしては、かなり柔らかい部類ではないでしょうか。

オマスの有名な製品「パラゴン」と同じく、
12角軸で、キャップリングの雷紋も精緻な美しさを見せてくれています。
(「雷紋」についてはかつて、 kugel_149さんのブログ で紹介されていました)

■ 「ジェントルマン」の真髄は「ヤセガマン」?!
300本にのぼる「梅田コレクション」の中から、
限られて時間の中で、これを選んで撮影した理由は、
単に、軸に「OMAS - Gentleman」と刻まれていたからでした。
万年筆についての知識の乏しさを露呈していますが(笑)。

でも、“紳士と言えば梅田さん”と言われるほど、
その在り方を説き、自らも実践されていた梅田さんですから、
その名も「ジェントルマン」となれば、記録しておかなければと……。

梅田さんは、「ジェントルマン」の基盤となるのは
「自立的美意識」だと考えます(以下『紳士のライセンス』参照)。

  自立的美意識というのは、法律とか道徳律とか不文律とかいった
  外から、人間に強制される様々なオキテに従う能力ではなくて、
  それらの外的な規制力がたとえどうあろうとも、
  どうしても自分として“ヤダ”ということである。
  
  たとえそれが、世間的にはソンだと分かっていても、
  あくまで自立的な美意識の純潔を守ろうとするところに、ヒネクレた人間の一品種が生まれるわけだが、
  私は、こうしたヤセガマンの精華ともいうべき人種に
  躊躇なく〈紳士〉の名を冠せても差し支えあるまいと思うのである。

梅田さんにとって大切なことは、この「自ら律する」ということでして、
そこから、「ジェントルマン」の反対語は「アニマル」だとも書かれています。
したがって、梅田さんのいう「紳士」とは、
出自とか、社会的立場とか、金銭的余裕といったこととは無関係で、
「ある野蛮人が一念発起して、自ら紳士たらんと欲して努力すれば、
 その道は険しいとはいえ、決してその門は閉ざされてはいない」。

今のご時世、「紳士」という言葉には手アカが付きすぎていますが、
ヤセガマンと言われてもこだわりを持って生きたいと思う私には、
やはり励みになる言葉です。

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【梅田コレクション(5)――オノト・マグナ】 

もうしばらく、「梅田晴夫コレクション」の見聞録を残しておきたいと思います。お付き合いください。
拝見したなかで、同モデル・同型でありながら複数本あったのが、
今回ご紹介する、デラルー社の1930年代の万年筆「オノト・マグナ」です。

オノトについては、「万年筆クロニクル」で、すなみさんの「『オノト』の謎と伝説」が興味深いですし、
「ペン!×3 ファウンテンペン!」でも、「私の1本」でマグナを挙げていらっしゃる方がおられました。
関心のおありの方は、そちらも是非ごらんください。

■ 梅田さんの“憧憬”――レバー式の「あえかに美しい瞬間」
梅田さんが開発に大きく関わった「#3776」について書いた際に、
「黒軸に、金の帯を巻いたキャップ、そして金のクリップ」という、
氏の“万年筆の理想”について触れました。

そうした外形的デザインに加えて、「インクの吸入方式」についても、
梅田さんなりのこだわりをお持ちだったようです。
1970年代前後から、多く用いられるようになったカートリッジやコンバータについては、
合理的結論としてその利便性を認めつつも、同時に「抵抗感」を感じていたとか……。

  実際に使ってみればテコ式(=レバーフィラー方式)というのは不便なもので、
  また故障がおきやすいからありがたいものとはいえないが、
  私はやはりインク瓶に万年筆をどっぷりとつけ、いったんテコを上げ、そしてまたそれを倒すと、
  かすかに万年筆の中にインクの入っていく音がする瞬間を、
  あえかに美しい瞬間だと感じるので、テコ式をこよなく愛するというわけなのである。
  
  カラカラとかカートリッジとかというものの美しさや便利さを十二分に認め、
  実際にはそれを日常使っていながら、
  心の中ではひそかに、あれは一時の流行にすぎぬなどと思っていることは事実なのである。

梅田コレクションの中には、マグナに限らず、オノトの製品が多数ありましたが、
やはりマグナは、その容姿からいっても、テコ式であることからしても、
本当に梅田さん好みの万年筆だったのだろうと思われます。
その結果(私が気がついただけで)3本もお持ちだったのではないかと……。
カートリッジ方式を「あれは一時の流行にすぎぬ」と腹の底で思っているほどですからね(笑)。

でもこの記述を読み直してみて、
レバー上げて戻して、インクが吸い込まれる音に耳を澄まして、
「あえかに美しい瞬間」とまで表現されると、“んーっ、分かる!”という気がしてきます。
他人にとっては“そんなこと、どうでもいい”ってことが、
自分にとっては代え難い“美”なわけで……「こだわり」って、こういうことですよね。

写真をご覧いただくと、ニブの付け根、首軸の先端のリップのあたりが、紫がかって見えると思います。
保存上は気になるインク痕ですが、
まさに、梅田さんが「インク瓶に万年筆をどっぷりとつけ」使いながら逝かれた証かと――。

ちなみに、「カートリッジ」と並んで表記されている「カラカラ」って何のことか知らん?
コンバータのことかとも思いましたが、むしろ、カートリッジの別名かな?
多くのカートリッジが、球で栓がされていて、使い始めるとその球がカラカラ動くことを指しているかと……?

何はともあれ、私はやはり“男前”な万年筆だなぁと思います。
クリップやレバーに刻まれたロゴ――
創業者のトマス・デ・ラ・ルー(Thomas De La Rue)の頭文字「T」「D」「L」「R」を組み合わせたロゴが、慎ましくもどこか誇らしげに思います。

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