【「ウェブ時代をゆく」――梅田コレクション(番外2)】年が明けて早くも2週間になろうとしています。“やろう”と決めて、取りかかれているもの、まだ手つかずのもの、 しっかり今のうちに整理し、軌道の微調整をしておかなければ……。 今回は、「文献案内」で、梅田望夫さんの『ウェブ時代をゆく』です。 昨年11月に刊行されて以来、ベストセラーとなっている『ウェブ時代をゆく』。 公式な内容紹介によれば、 「現代は、江戸から明治に匹敵する“時代の大きな変わり目”だ。 ウェブという“学習の高速道路”によって、どんな職業の可能性がひらかれたのか。 食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、“好き”を貫いて知的に生きることは可能なのか。 この混沌として面白い時代に、 少しでも“見晴らしのいい場所”に立ち、より多くの自由を手にするために――。 オプティミズムに貫かれ、リアリズムに裏打ちされた、待望の仕事論・人生論。 『ウェブ進化論』完結篇。」 望夫さんの文章は、“何を伝えたくて書いているのか”が大変明快です。 そのため、論の運びも分かりやすく、たくさん登場する実例・モデルも理解しやすい。 また、折々に引用される人々の言葉も、ご本人の言葉も、 「格言」「名言」といった趣を持ったものが多く、ともかく読みやすい。 私は、ウェブ・ユーザーという立場から、すっきり読めたことはもちろん、 今こうして綴っている“筆記具愛好家”としての立場からも、 昨今の潮流を見つめ直し、今後の自分のプランを練るにあたっての大きなヒントが満載でした。 さて、このブログでご紹介しようと思ったのは、 この本のなかで、父・梅田晴夫さんとの「忘れられない対話」が紹介されていたからです。 死期が近づいた晴夫さんに、望夫さんが「どうしても」聞いておきたかったこと。 それは、 多彩な経歴 を持つことになった晴夫さんの“人生の核心”についてでした。 私(=望夫さん)が父(=晴夫さん)に尋ねたかったのは
「なぜ純文学の作品を書き続けず、次から次へと新しいことをやったのか。 そしてそのことを今どう思っているのか」ということだった。 父は「その方がおもしろかったからだ」と私に言った。 今では、“日本の万年筆コレクターの草分け”とまで評される晴夫さんですが、 その根源的動機も「おもしろかったから」なのでしょう。 「おもしろいからやった」という言葉は、ともすれば軽く受け取られるかもしれません。 でも、この場面で―― つまり、自分の死期を悟り、20歳でまだ大学在学中の望夫さんらを遺して逝くという、 やんごとなき思いを抱えた瞬間に、 「自分がおもしろいと思ったとおりに生きてきた」と言えた晴夫さんは、 本当に強く、そして幸せな人だったのだろうと、改めて痛感させられました。 そして今、望夫さんが、 “時代の大きな変わり目”にあって、“好きを貫いて”生きるヒントを綴っている――。 同じ生き様が、父子にわたって、しっかり流れるいることに、 尊敬と羨望の入り交じった感情が起こりました。 興味のある方は、是非、ご一読をおすすめします。 私自身、「たかが愛好家。されど愛好家。」を貫いていく気概が湧いてきました。 もちろん、大いにウェブも活用しながらです。 (お知らせ)
昨年末、途中まで連載しました文献案内「モンブラン・ヒストリー」は、 近々、あと数回まとめて、アップする予定です。ご了承ください。 |
梅田晴夫コレクション
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【梅田コレクション(7)――PIX−672・グレー縞】2カ月にわたって、慶應大学三田図書館に展示・保管されている「梅田晴夫 万年筆コレクション」をご紹介してきました。 今回は、その最終回。 そうです、私が大好きなモンブランのノック式ペンシル、PIX(ピックス)です。 ■ 最後の1本がPIXだった!「梅田コレクション」は、母校の慶應大学に寄贈された当時、1本1本写真撮影され、それぞれに番号が振られ、 それをアルバム化して台帳が作成されました。 その台帳に現品照合されながら管理されています。 総数300点。 その「300番」が、 1950年代のモンブランのマイスターシュテュック系統のペンシル、 しかも、大変貴重なグレーの縞模様の【PIX−672】でした。 この【PIX−672】は以前、私のブログでもご紹介したことがありますが( ココ や ココ です)、 数あるPIXのなかでも、 変化に富んだ縞セルロイドと金張りキャップのコンビネーションも美しく、 大振り(全長=130mm、軸径=11mm)で、 存在感でも実用面でも、私が“No.1”だと思うモデルです。 長年、倉庫にあったため、セルロイドの焼けも痩せもなく、非常にいい状態でした。 (もし展示棚に並んでいたら、恐らくセルロイドは痩せきっていたと思います) 金属部が汚れて見えますが、これは手垢などですから、拭けばすぐにきれいになります。 もちろん機構も完璧な、申し分のないPIXでした。 そもそも、梅田さんは「万年筆愛好家」ですから、 “ひょっとしてPIXがあったら……”とは期待はしないように、 気持ちを抑えて三田図書館へ行きました。 でも展示ケースをいったん総覧した後、 “やっぱりなかったなぁ……”という気持ちが起こらなかったと言えばウソになります(汗)。 ところが担当の方が、 「一部は倉庫に保管していますから、アルバムもご覧になってください」とおっしゃって下さり、 順に見てみると――最後の最後、300番に! お願いをして、「300」のシールが付いたこのPIXを見せて頂いたときには、 “ああ、ボクは来るべくしてここに来たんだ”と手前勝手な感慨に耽ってしまいました(笑)。 ペンの源流をたどれば、行き着くところ、「尖筆」、 すなわち、古くは芦の茎や骨などの先端をとがらせ、粘土板や蝋板に刻み書いていた“棒”になるわけですが、 その「尖筆」を意味するギリシャ語「スタイラス」が、英語の「スタイル」の語源なのだそうです。 英語の語学事典を見ると《STYLE》という語は
本来《彫ったり書いたりするための先の尖った棒》であって、 それから転じて〈書き方〉とか〈表現法〉という意味ができ、 やがてそれが〈やり方〉というような意味を持つようになった…… 《文は人なり》ということがあるが 《スタイルはペンなり》ということが分かってくると、 この言葉の意味は、一層深まってくるように思える。 つまり、スタイルというのは、外から人間にはりつけることによって成立するものではなく、 その人間自身が自ら発見して、自己を何らかの手段によって表現しようとした場合にのみ成立するのだ。 ちょっと表現は硬いですが、なかなか奥行きのある視点ではないでしょうか。 来年はこれまで以上に、 自分を内側から磨きながら、PIXをはじめ多くのモノやそれにまつわる事象を見つめ、 私らしいスタイルで、このブログを綴っていきたいと思います。 お付き合い頂ければ幸いです。 (新年は、元旦にスタートの予定です)
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【梅田コレクション(番外)――ペン・ステーション訪問】去る20日、「趣味の文具箱」(vol.9)が発売開始になりました。詳しくは、 コチラ や ココ でご覧ください。 ちなみに、このブログに折に触れてコメントをくださっている muminef551 さんの所属する 「北ペン倶楽部」 が巻頭カラーで紹介されていました。 今号ではその他にも、全国各地でペンを楽しんでいらっしゃるグループの様子もあり、 自分たちなりの工夫を凝らしながら運営している姿に、少し興奮です。 ■ パイロット社のフリー博物館梅田コレクションで触れた万年筆について、少しでも深めておきたいと思って、東京・京橋にあるパイロット社の 「ペン・ステーション」 へ行ってきました。 近くにあっても、なかなか行ってみる動機がなくて……初訪問でした。 文字通りの一等地で、1階のおしゃれなカフェから入って自由に見学できます。 私のお目当ては、 1つは、 「ダンヒル・ナミキ」 につながった蒔絵技術について、 直に往年の製品を見ておきたかったことと、 もう1つは、 「シルバーン」 のネームの製造法について、 盛り上がったネームの入れ方を尋ねてみたかったからでした。 最近、訳あって(そのことはいつかご紹介します)、 日本の漆芸について見聞を広げたいと思っておりまして、 そうした私にとっては、一角を占める「蒔絵万年筆」のコーナーは、 見応えのあるものでした。 100年近くの歳月を経ても、 変わらぬ蒔絵の鮮やかさに、漆芸の丈夫さを垣間見た気がします。 ちなみに、「筆記具の歴史」のコーナーには、 それこそ紀元前からの、人の「書く」文化についての案内があり、 多くのペンも展示されていたのですが、 やはり熱や光、湿気と乾燥など、様々な要因で、 展示されている万年筆自体が痩せたり褪せたり―― これはやむを得ないことなのでしょうが、 それらと比較すると、漆で覆われた製品の強さもよく分かりました。 「シルバーン」のネーム入れについては、 なぜ梅田さんの名前が浮き上がっていたのか、その手法をお聞きしました。 ここではポイントだけかいつまんでおくと、 「蝕刻」という手法で、文字の通り、むしばんで制作します。 名前が浮き上がっていたのは、その文字の部分だけ腐蝕させないようにして残したためで、 逆に言うと、その他の部分は腐蝕させ取り去ったことになります。 この技術のミソは、腐蝕が「均一に」起こせること――。 慌ただしい年末の、楽しいひとときでした。
次週、梅田コレクションの、いったんの“最終案内”としたいと思います。 |






